大相撲名古屋場所
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新貧乏物語第5部・18歳の肖像 <特集>壁を越えるため現代社会が抱える格差や貧困を見つめる連載「新貧乏物語」。第5部「18歳の肖像」では、今月10日に投開票された参院選で国政での初選挙に臨んだ18、19歳の困窮をテーマに、大人と子どもの境界で揺れ動く姿を取り上げた。児童養護施設からの退所や生活保護費の減額、高騰する大学の学費など、10代の終わりを迎える若者には多くの「壁」が立ちはだかる。制度のはざまに隠れている困窮の実態を再検証し、壁を乗り越えるきっかけを探る。 ◆支援打ち切り、細る18歳日本は世界の中でも家庭への公的支援が乏しい。 国立社会保障・人口問題研究所が昨年十月にまとめた統計によると、政府が育児や保育所の運営など家族関係に充てる予算は年間約六兆円。国内総生産(GDP)に占める割合は1・25%で、英国の3・76%、スウェーデンの3・46%、フランスの2・85%などを大きく下回っている。 現状でも十分とは言えないが、公的支援がさらに減らされるのが「十八歳」からだ。父母の一方からしか養育を受けられない子どものための「児童扶養手当」、親を亡くした家庭に支給される「遺族年金」、生活保護制度の「母子加算」。いずれも、ひとり親世帯を対象にした支援だが、すべて十八歳になった年の年度末で打ち切られる。 児童扶養手当は、低所得のひとり親家庭に収入に応じて支給。子ども一人の場合は月額最高で約四万二千円、二人目は五千円、三人目以降は三千円ずつ加算される。今年の八月分からは二人目以降が二倍に増額されるが、十八歳の年度末での打ち切りは変わらない。児童扶養手当法が「『児童』とは、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にある者」などと定めているためだ。 親の離婚や病気、虐待などにより、家庭で過ごすことが困難な子どもが暮らしている「児童養護施設」も、原則として高校卒業とともに退所を求められる。二十歳まで入所を延長できる例外規定があるものの、やはり児童福祉法は「児童とは、満十八歳に満たない者をいう」と規定している。 厚生労働省によると、児童養護施設は全国約六百カ所にあり、入所者は計約三万人。施設から高校に通って昨年春に卒業した千八百人のうち、十八歳の年度末を過ぎても施設に残ったのは六人に一人だった。全国児童養護施設協議会(東京)は「基本的に十八歳をゴールとして支援する施設」と説明する。 児童養護施設の退所者を支援するNPO法人ブリッジフォースマイル(東京)は「施設を出て一人暮らしをする子は、親に頼れず、周りにも頼れる大人がいない。孤独を抱え込む傾向にある」と指摘する。ブリッジフォースマイルは、社会人ボランティアが退所者と一対一で連絡を取り合う支援を続けているが、同様の取り組みは全国的にみてもまだ少ない。 児童養護施設以外の住宅支援では、社会福祉法人などが運営し、義務教育終了後の十五歳から二十歳未満が働きながら入所できる「自立援助ホーム」がある。全国自立援助ホーム協議会(東京)によると、入所には児童相談所の承認が必要で、月に三万〜三万五千円ほどの家賃と食費で共同生活を送っている。 十八歳になった後も暮らせる施設で、厚労省は現在約百二十カ所のホームを百九十カ所に増やす計画だが、虐待などで対人関係が難しい入所者も多く、同省家庭福祉課は「生活に困窮している若者を救う住居支援としての役割強化には課題がある」としている。 (中崎裕) ◆学費高騰でも仕送り増やせず 進学阻む家庭の困窮十八歳の若者が迎える大きな転機に、大学や専門学校などへの進学がある。生まれ育った家庭が経済的に豊かではない場合、進学を通じて知識や経験を広げ、就職機会を増やすことなどが「貧困の連鎖」を断ち切るうえで有効になる。 ところが、児童養護施設や生活保護世帯で暮らす若者の進学率は高くない。国の調査によると、児童養護施設から高校に通い、昨年三月に卒業した若者の大学や短大、専門学校などへの進学率は23・3%。高卒者全体の77・0%に比べて著しく低くなっている。 生活保護世帯の若者の大学などへの進学率も、二〇一四年度で31・7%。全体の四割程度にとどまり、家庭が困窮している若者ほど進学の高い壁に直面している実態を示している。 背景にある理由は、学費や生活費などの負担の大きさだ。「国公立大に進めば学費は安い」と思われがちだが、一四年度の国立大の年間授業料は五十三万五千八百円で、三万六千円だった一九七五年度のおよそ十五倍。この期間の物価上昇率をはるかに上回っている。 私立大は、七五年度の十八万二千六百七十七円から一四年度は約五倍の八十六万四千三百八十四円。国公立、私立とも学費が跳ね上がり、特にバブル後は独立行政法人・日本学生支援機構(旧日本育英会)の奨学金を利用して進学する若者が急増した。半面、保護者からの仕送りは月四万一千七百二十円から七万百四十円と、学費の高騰に比べて増えていない。 児童養護施設を退所した若者らの相談事業をする「ゆずりは」(東京)の高橋亜美所長(43)は「施設を出る若者を対象とした企業やNPOによる返還不要の奨学金もある。施設の職員は子どもたちに多くの情報を伝えてほしい」と訴える。 一方、生活保護世帯からの進学率が低いのは、保護を受けながら大学に通うことが制度上、認められていないことも背景にある。 厚生労働省保護課によると、現在の制度は自立に必要な教育を「高校まで」とみなしている。このため、保護世帯の若者が大学などに進学するには、同居していても本人だけは保護対象から外れなければならない。この場合、世帯の保護費が月額四万〜五万円ほど減るため、家計を考えて進学をためらったり、あきらめたりする要因になる。 ただ、一四年からは進学のための高校生のアルバイト収入を保護費から減額しないようにするなど、進学支援に向けた制度の見直しも始まっている。 (杉藤貴浩) ◆18歳の公的支援、なぜ手薄に
「児童」ではなくなる十八歳への公的支援が手薄なのはなぜなのか。若者の貧困に詳しい放送大の宮本みち子副学長(68)に聞いた。 −十八歳で打ち切られる支援が多いのはなぜ? 高卒で就職する人が多かった時代は正規採用で独身寮があり、会社が社会保障の役割を担っていた。男性は結婚して家庭を持つ年代になると、自分の生活以外に妻子を養う責任を負うため、相応の処遇をされていた。当時は女性も正規雇用が普通で、結婚すれば暮らしのセーフティーネットが得られた。 ところが、今は違う。(非正規労働などが増え)仕事に就いても生活が保障されないケースが増えた。十五年ほど前までは家族と会社が若者の暮らしを保障していたが、現在は会社による保障が危うくなり、家族保障しか残っていない。 −高卒での就職が減り、大学を出ても正社員になれない若者がいる。現行制度は時代の変化に対応していないのでは? 学校を卒業したら何とかなるという時代は終わったのに、会社に代わる公的保障が確立していない。戦後の日本の職業教育訓練は、企業に丸投げされてきた。そのため、現金給付などを伴う(公的な)職業訓練がほとんどない。生活に苦しんでいる人たちが、職業訓練や学び直しをできないまま再び仕事に就かざるを得ず、その人たちの暮らしは一向に安定しない。 五年ほど前、給付金をもらいながら職業訓練を無料で受講できる求職者支援制度が導入されたが、雇用保険を財源とするため企業の反対が根強く、訓練や講義への出席回数などの条件を厳しくした。そもそも不安定な仕事にしか就けない人には心や体の調子が悪い人が多く、これらの人々は結局排除されてしまった。 −十八歳の「壁」を乗り越えるための効果的な対策は? 自立のためには、いくつかの問題を同時に解決する必要がある。まず、住宅保障がいる。バブル崩壊までは企業が独身寮を持っていたから、日本には若い人たちの住宅支援がなかった。公営や公団住宅は家族向けで、独身の若者を想定していない。親元にいる若者は、独り立ちするときに親が費用や情報を提供しているが、児童養護施設や生活保護家庭から自立する若者には、住宅という生活基盤がない。 生活を安定させるには、職業訓練も重要で、さまざまな政策がセットでなければならない。給付金ありの訓練や住宅に加え、親の代わりに一緒になって寄り添う伴走型の支援が必要だ。労働と福祉と保健医療の連携体制が必要で、自治体が細かな施策などを通じ、重要な役割を果たすべきだ。 (中崎裕) <みやもと・みちこ> お茶の水女子大大学院修了、専門は社会学、生活経営学。千葉大教授、放送大教授を経て現在副学長。厚生労働省の社会保障審議会委員や、国の「子供・若者育成支援推進大綱」策定の有識者会議座長などを務めた。長野県松本市出身。 PR情報
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