医師の飲酒運転事案と「一人医長万年オンコール」問題、そして診療サポートのあり方について(2/2)
(承前)
ところで、この医師は自宅から徒歩では通勤が難しいところに住んでいたようです。
たしかに地図を見ると、
報道上この医師の自宅のあるとされる対馬市厳原町から、対馬病院までは10kmくらい離れています。
少なくとも患者急変に際して歩いて登院するのはちょっと無理です。
ただ、患者の急変に際して夜間でも呼ばれる体制をとっていた以上、
飲酒していない時の緊急時は普通に自家用車で出勤していたのでしょう。
(水色は筆者の推測。以下同様)
ただ、普通の人付き合いをする人であれば病院飲み会だってあったでしょうし、
そういった飲酒時を想定した対応を
本当にどうしていたか、その実態は内部の人でないとわからないでしょう。
ここが、もと離島の病院管理職を勤めていた人間としては引っかかるところなのです。
このような状態に対して、病院側は何も手を打たなかったのでしょうか?
必ずしも、そうは思いません。
実際に、長崎県病院企業団では、こういった場合のタクシー通勤は
認めていたようです。
ただ、では、厳原地区のタクシー会社が営業を終了する深夜3時以降に
飲酒した状態で呼び出しがあったらどうするつもりだったのでしょう?
この医師の「自宅」というのは
病院で用意した公宅なのでしょうか?
それとも自前で建てた、自分の家、なのでしょうか?
その情報は少なくとも記事にはありません。
そもそも、何故、こんな島で病院からわざわざ10kmも離れた場所から
通勤しているのでしょうか…?
で、病院サイトに戻ってみると
件の医師は「対馬いづはら病院」の次の勤務先が「長崎県対馬病院」なので
病院併合に際して10km離れた病院に異動になったものと思われます。
その際、この医師の自宅が、「この医師のもの」であったか、あるいは
「医師公宅」であったかによって、病院のとるべきであった対応は大きく異なります。
かりに所有する自宅であったとしたら、
少なくとも病院側が万年オンコール状態にあったことを把握していないはずはないですし、
仮に事務方が把握していなくとも、
病院管理職が動いて、
万一タクシーの動かない夜間に呼ばれた際の保険をかけておくべきだったでしょう。
(今回の件は捕まったのがまだタクシーの動いているはずの深夜2時10分なので
あてはまらないかもしれませんが、ではタクシーの営業の終了する3時以降は?
という問題は残ります)
また、公宅であったならば、病院併合の時点で
新しい病院の近くに公宅が準備されるべきでしょう。
実際どうなのかはわかりませんが、何らかの事情で病院は移ったけれど、
医師の住居は移らなかった、ということだけは間違いないと思います。
その状態を病院として許容するのならば、
例えば深夜3時以降の呼び出しに備えて、
運転のできる事務職を待機させ、
公用車を出せる状態にしておく、くらいはやっておくべきでしょう。
それが「診療をサポートする」ということです。
実際、私のいた離島では、患者の島外搬送に備えて、
輪番で運転手を確保していました。
そういうことが、同じ離島の病院で、できないはずがないのです。
同じようにして対馬いづはら病院から病院併合とともに移ってきた、
自宅が厳原地区にある医師はまだいるかもしれません。そうならば、
少なくとも私がこの病院の管理職であれば、絶対にその対策はとっただろうと
もとそういう立場にあった者として断言します。
これは危機管理として前もってやっておかなければならないことです。
それができないというのなら、病院経営陣も事務方も、
「医療の何たるかをわかっていない」という批判は免れません。
厳しい言い方になりますが、
そのような経営母体に病院を運営する資格はないと思います。
件の医師の話に戻りますが、
この医師がいなくなると、
島内での放射線治療ができなくなるそうです。
困りましたね。
ただ、県の対応として、
それを理由にして情状酌量を行うことは
このご時世、絶対に許されないと思います。
「これまでの島の医療への貢献を鑑みて」とか、
「緊急で患者のためだったので」とかは、
もう現在には通用しません。
まして、この医師は検問を振りきって逃げているのです。
筋を通すならば、
まず、この医師に対する処分は県の基準に照らして
どれだけに相当するか(減給?停職?免職?)を
はっきりさせた上で、
遠距離通院の万年オンコール状態の一人医長に対する
診療サポートが、企業団として、病院として、十分にできていなかったことが
今回の事件の誘因の一つであり、
その責任の半分は企業団および病院にあることを認め、
知事、病院企業団のトップ、院長、事務長が公式の場で謝罪の上で、
処分の執行を保留する形で件の医師に診療を続けてもらうことを
理解してもらうよう県民に伏してお願いする、
これしか、この医師の残る道理はないと思います。
むろん、件の医師は、針のむしろ状態でしょうから、
残って診療を続けることそのものがもう、「ペナルティ」になると思いますが、
まあ、一定期間禁酒を命じるくらいのけじめは必要でしょうか。
もちろん、この医師が事件を起こしたことを真摯に反省し、
かつ、これまでの診療活動の実績が島民に認められており、
島民がこの医師の残留を望んでいることが最低条件です。
いずれにしても、情状酌量を理由としての処分軽減は、あり得ません。
それをやると「医師の甘えを許すのか?」という世論を惹起し
逆効果になってしまいます。
こういう田舎では
「お医者さんを守ろう」とか「お医者さんを大事にしよう」とかいうスローガンが
よく聞かれます。
でも、本当に守り、大事にしなければならないのは、
「医師」ではなく「地域の医療体制」であるはずです。
その一環として個人である「医師」に、
無駄な仕事をさせないとか、変な心労をかけないとかいうのがあるはずであって、
「医療体制を守る」ことは「医師を腫れ物のように扱う」ことではないのです。
まともな医師はそんなことを望んではいません。
心置きなく診療活動をできるように、
ただでさえ忙しい中で、いろんなことに惑わされずに
患者さんの命を救うことに集中させてもらいたい。
少なくともその邪魔だけはしてほしくない。
でも、診療活動のサポートはしてくれるとありがたい。
そして願わくば、田舎の医師は一人の人間であると同時に
存在そのものがまちのインフラであるという
非常に特殊な状態におかれているということを真に理解していただきたい。
ただ、それだけなのです。
それがいつの間にか捻じ曲げられ、
医師を腫れ物のように扱い、必要以上に持ち上げるような
そんな「医師過保護化」があちこちで見られます。
かつて田舎に勤務した医師としては、大いに違和感を感じます。
行政も、住民も、事務方も、
「医師の腫れ物扱い」ではなく、
ビジネスパートナーとして
「医療の何たるか」をちゃんと勉強して理解した上で
スタッフをサポートすることが、
こういった地域の医療体制を守る上で最も大切なのだということは
強調しておきたいと思います。
結びに、先日職場で配られ、全職員に署名の上で携帯を命じられた
「飲酒運転根絶道民宣言」を提示してこの稿を終わります。
どうしても報道記事からの推測に頼らざるを得ない部分があり、
「実情は違うよ」という部分があるかもしれませんし、
異なる意見は当然ありましょう。
是非お聞かせいただけると、私の勉強にもなります。
長文に最後までおつきあいいただきありがとうございました。
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