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訂正

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 7月18日(月)22時51分34秒
  イタリアの宗教協定・・インサートではなく、インテーサです。

この間違いは、わざとではありません。
が、その誤りの来たるところ原田色狂い怪鳥と谷川副怪鳥のせいです。

わかる人には、わかると思います。


失礼しました・・・生涯広布 ペンギン
 

違和感寿司いかがですか~違和感いかがですか~ご本尊丸め込み巻き寿司はいただけません(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 7月18日(月)22時50分9秒
  ご本尊云々と言う長~くなる話しを延々すると、何処ぞの板のように思い込みやら異なる主張の乱立と意見の衝突が予見出来ます。

詳しい事までお知りでしたら、本板の主題通り、昭和54年に揉めた『御本尊模刻問題』を中心に分かりやすく解説いただけますか?

私は宗門から出された出版小冊子の知識しかありません。宜しくお願い申し上げます。
 

広布兄弟スカイプ会話(20)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 7月18日(月)22時36分37秒
  生涯:私が言いたいのは、そこなんだ・・救うのが難しくなる。
   もちろん、長い時間をかけ、少しづつ、伝えていけばいいが、一人、二人ならいいが、
   組織的にとなるとちょっと難しい。一人のメンバーの言い方によっては団体相互間で大問題になる。

一筋:そういえば、以前、ある同志が国際部から絶対にイスラムの人を折伏してはいけないと言われたと、
   聞いた事がある。それを聞いて私は、そんな馬鹿なと思った。
   聞くところによると、昔、サウジかエジプトで大きな問題があったらしい。
   しかし、イスラム教も宗派、国、地域によって随分違いがある。
   私にはイスラムの人の友人・知人が大勢いる。中には何の抵抗もなくさっさと題目を上げ始めた友人もいた。

生涯:話を戻すと、もう一点、私が危惧するのは誤った仏教を呵責しなければ私たちのメンバーが、
   誤った宗教への慣れが出てくる。患部に聞いてもよくわからない。で、他仏教の仏像を買ったり、
   写真を貼ったりする者が出てくる可能性が大きい。そういった物に惹かれる。

一筋:そうなると、身口意の三業、つまり、六根で捉えて生命に焼きつく。

生涯:そう、そうすると、どうなるかというと邪宗の像、絵は目に焼きつき、
   題目をあげていながら、心ではその像に対してあげている可能性も出てくる。
   これが、邪宗教のもつ危険性だ。 また、仏の生命が自分の身の中にあることを忘れてしまう。

一筋:生命に入った仏像、曼荼羅は、そう、やすやすには抜けない。

生涯:口では南妙法蓮華経と唱えながら、心の中では念仏をあげているようなものだ。

一筋;そういう、怖さを知らない患部が増えている(最も、今ではほとんど・・)
   わからないので、末端のメンバーへの影響も考えられない。

生涯:我々の目的は人を救うこと、正しい仏法、正しい御本尊様と題目、先生を伝えること。
   そして、自分の宿命を転換し、永遠に崩れない幸せを築く。

一筋:セクトやオカルトと言われれば、間違いであると堂々と説明すればよい。殉難を怖がってはいかんよ。

生涯:そうだ、第一、仏教会に入って、そういう批判が出なくなるという保証もなければ、
   権威が与えられるものでは全くない。

一筋:そういえば、昔から創価学会は誤解されっぱなしではないか。それが歴史。
   先生は、そんな事はされなかった。誤解や誤った認識のところへすぐ行かれた。

生涯:つまり、執行部、欧州は批判を恐れた。
   その批判といっても、先生の迫害からすれば・蚊が刺した程度。
   戦うより、叩かれないように逃げた・・。
   もしくは、答えられないような事をしていたかのどっちかだ。

一筋:最も、その批判はおおよそ当たっていたんだが・・つまり、お金の問題。

生涯:大聖人の教え、そのものへの批判ではない。

一筋:そ~考えると、こう考えられないか・・トレッツの問題と重なるが。
   トレッツはフランス創価学会の物ではもともとなかった。欧州SGIの所有物件と成っていた。

生涯:欧州の責任者は高橋欧州議長

一筋:そのトレッツはフランス政府の検査で整備拡大のための浄財として多額の財務がなされている。
   しかし、実態は浄財の割には、あまり整備拡大された様子はなかった。

生涯:そう、聞くところによると、何百万ユーロの資金がフランス政府から抑えられていたという情報もある。

一筋:セクト、カルトの問題・・これは、何も、創価学会がターゲットにされたものではなく。
   アメリカの人民寺院の集団自決事件から、フランス政府が一体フランスのどのくらいの宗教団体が活動
   しているのかを調べた・・その数は膨大であった。

生涯:その中で、お金、脱税、ほか、犯罪の匂いのする団体をリストアップした。

一筋:そのような中でトレッツがおかしいと・

生涯:そのようだ、ただ、SGI欧州はパリに登記してあった。

一筋:そのような幾つかの事件があって、批判から逃れるため。
   トレッツを教会にし、政府に渡してしまった?

生涯:仏教会に入る事で、批判を免れれば彼らの仕事(ビジネス)がやりやすくなると思わないか?
   私は仏教界加入の隠された目的は自分たちのビジネスのカムフラージュではないか・・
   間違っても信徒の事は考えていない。

一筋:信徒が仏像を置いたり、拝んだりして不幸になっても、他仏教を実践して不幸になる人々が出ても
   知らんぷりという訳だ。

生涯:もし、そういう本音があっての事ならばゆゆしきこと。今の日本の執行部の状況を知れば、知るほど、
   その可能性は高い、宗教ビジネスに走っている・・
   欧州はその先駆け、実験 ?

一筋:しかし、その代償は大きい。
   その結果、最近ヨーロッパには大混乱・・

生涯:流れを堰止めなければ、欧州はそれこそメチャクチャになる。
   私は南米に来てしまったが。そうなれば、また、欧州に帰って戦う。


生涯広布ペンギン
広布一筋トラ
 

広布兄弟スカイプ会話(19)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 7月18日(月)22時13分23秒
  一筋:源蔵様、ご意見、誠にありがとうございました。
   とても大事な事ですから、我々の考えを少し。

   まず、この部分・・

   <<大聖人は「教機時国抄」で「仏教は必ず国に依って之を弘むべし」(御書439㌻)と仰せられ、
  「開目抄」では「末法に摂受・折伏あるべし所謂悪国・破法の両国あるべきゆへなり、
   日本国の当世は悪国か破法の国かと・しるべし」(同235㌻)、「無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、
   邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし」(同㌻)と述べられています。
   仏法について無智の人々が充満している国土では摂受を基本とし、
   仏法を知っていながら正法を迫害する邪智・謗法の人々が多い国土では折伏が基本になると仰せです>>


   この御文は海外に法を広める上で特に大事なことです。我々もよく肝に銘じています。

生涯:そう、仏法が広まってない国、地域、外道の教えだけしかない国、地域では摂受。

一筋:しかし、仏法・仏教・内道の教えが既に広まっているところでは摂受とはいかない。

生涯:欧州における、他仏教・いわゆる邪宗は、今、確実に広まってきている。特に、禅宗は大いに広がっている。

一筋:禅天魔・・

生涯:大聖人様は法華誹謗の教えを呵責、間違った教えが不幸にし、国も危うくしていると・・

一筋:そして、源蔵様の次の文

   引用:日蓮大聖人の仏法を知りながら、それを迫害している日本は邪智・謗法の国に当たり、
   日蓮仏法を知らなかった海外の国々は無智・悪人の国土といえるでしょう。・・・

   ところが、大聖人様は法華誹謗に当たる教えを糾弾されているわけです。

一筋:この日蓮大聖人の仏法を知りながら・・というのはおかしいのです。 ここは仏教は知りながらでなければなりません。

生涯:邪教が広まっているところであれば、どこであれ、呵責しなければならない。
   それが、不幸の原因であり、抜苦与楽。呵責といっても、喧嘩する訳でもない。誤りを柔らかく言えば良い。

一筋:地域で分けるのか?法が広まっているかどうかで決まるのか?

生涯:大聖人様は誤った教え・法華誹謗の教えこそ不幸の原因と喝破されて折伏をなさった。
   仏法について無智の人がいる場所とは、仏法が広まってない地域、主に外道の教えだけがあるところを指しますよね。

一筋:現在までに、多くの仏教が欧州には入ってきている。多くの店で仏像を売っており。もっとも、インテリア用だが、
   多くの人が買って部屋に飾っている。我々のメンバーもそうだ。確実に増えてきている。

生涯:いかなる仏法でもそれを知って実践をしている人々は無智の人ではない。
   法華誹謗の教えである事を教えてあげなければ、友人がかわいそうであり、見て何も言わなければ与同罪。

一筋:例えばイギリスの友人が日本で禅をやれば、私から間違っていると言われ。
   イギリスに帰ったらOKとなる。そこに矛盾も出てくる。

生涯:日本ではNO イギリスではOK・・、一体どっちなんだとなる。

一筋:また、仏教界に入っていると他の仏教(邪宗)を誤りの宗教とは言ってはならない。
   やっていて不幸になっている友人に、あなたのは間違った教えと言ったとする。
   友人はやっている宗教の坊主に間違っていると言われたがどうなんだと・・となる。

   そうなると、問題が生じ・・
   他の仏教徒には何も言うなとなり。これこそ、無慈悲そのものではないだろうか。






 

御本尊について勉強しませんか 3 

 投稿者:月夜の散歩  投稿日:2016年 7月18日(月)21時30分56秒
  御書に書かれた、御本尊の相貌
日女御前御返事 1243:09~1243:15 第四章 御本尊の相貌を明かす

されば首題の五字は中央にかかり・四大天王は宝塔の四方に坐し・釈迦・多宝・本化の四菩薩肩を並べ普賢.文殊等.舎利弗・目連等坐を屈し.日天・月天.第六天の魔王・竜王.阿修羅・其の外不動.愛染は南北の二方に陣を取り・悪逆の達多・愚癡の竜女一座をはり・三千世界の人の寿命を奪ふ悪鬼たる鬼子母神・十羅刹女等・加之日本国の守護神たる天照太神・八幡大菩薩・天神七代・地神五代の神神・総じて大小の神祇等・体の神つらなる・其の余の用の神豈もるべきや、 宝塔品に云く「諸の大衆を接して皆虚空に在り」云云、 此等の仏菩薩・大聖等・総じて序品列坐の二界八番の雑衆等一人ももれず、 此の御本尊の中に住し給い妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる是を本尊とは申すなり。
-----―
 したがって、首題の妙法蓮華経の五字は中央にかかり、四大天王は宝塔の四方に座を占めている。釈迦・多宝、更に、本化の四菩薩は肩を並べ、普賢・文殊等・舎利弗・目連等が座を屈している。更に日天・月天.第六天の魔王や、竜王・阿修羅が並び、その外、不動明王・愛染明王が南北の二方に陣を取り、悪逆の提婆達多や愚癡の竜女も一座をはり、三千世界の人の寿命を奪う悪鬼である鬼子母神や十羅刹女等、そればかりでなく、日本国の守護神である天照太神・八幡大菩薩・天神七代・地神五代の神々・すべての大小の神祇等、本体の神がこの御本尊の中に列座しているのである。それ故、そのほかの用の神がどうして、もれるはずがあろうか。宝塔品には「諸の大衆を接して、皆虚空に在り」とある。これらの仏・菩薩・大聖等、更に法華経序品の説会に列なった二界八番の雑衆等、一人ももれずに、この御本尊の中に住し、妙法蓮華経の五字の光明に照らされて、本来ありのままの尊形となっている。これを本尊というのである。

講義
 御本尊の相貌を述べられた段である。
 南無妙法蓮華経の首題を中央にしたためられ、四隅には持国・増上・毘沙門・広目の四天王を配置され、この中に釈迦・多宝から提婆・鬼子母神・十羅刹にいたる十界の衆生が列座している。
 これは法華経の虚空会の儀式の姿そのままであり、日蓮大聖人の御生命そのものである。それは、法華経自体、釈尊の生命を示したものであり、総じて、全ての人の生命の実相でもある。
 しかしながら、妙法を信じ行じていない人においては、中央の南無妙法蓮華経は冥伏しており、それにしたがって、この「妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる」べき十界の生命・特に仏・菩薩など・も、あらわれない。あたかも電灯はあるが、消えて真っ暗の場合、室内にある物は、その姿をあらわさないで闇の中にとけこんでいるようなものである。
 電灯に電流が通じて、球が点ることにより室内は光に照らされ、個々の物が、はっきりとその姿をあらわすのである。この電灯にあたるのが、中央の首題であり、電灯に電流を通じるのが、信心口唱といってようであろう。
 それによって、生命の内に具わっている仏界・菩薩界の働きが顕現し躍動を始める。また、もともと「三千世界の人の寿命を奪う悪鬼」である鬼子母神などの生命も、ちょうど法華経においては妙法受持者を護る諸天となっているように、私達の幸せを守る働きになっているのである。これは、人間みな持っている破壊的衝動や欲望が、その人の幸せを増進し、生命を護り、ひいては文化を育ていく働きになるのと同じである。
 その人の生命の中に、妙法への信が確立されることによって、これらのすべての生命の働きが、調和を保ちつつ創造と発展への営みを織りなしていくのである。それが、私達の生命に約した場合の「本有の尊形となる」ということである。
宝塔品に云く「諸の大衆を接して皆虚空に在り」
 この文は、宝塔品で釈尊が虚空にある多宝の塔の中に入り、多宝仏と並座したとき、大衆が「私達も、倶に虚空にいさせてください」と願った。そこで、釈尊が神通力をもって、大衆を皆、虚空においた、というところである。
 大衆が虚空に在かれたということは、釈迦・多宝と同じ状態になったことであり、それは同じ餓鬼界の鬼子母神、畜生界の竜女、地獄界の提婆であっても、根本的に異なる。妙法の光に照らされ、本有の尊形となったことを意味するのである。
 三悪道の生命ならば、醜悪であるのが本有であるように思いがちであるが、そうではない。三悪道・四悪趣の生命も、たとえば餓鬼は、本来は、生命を維持するために不可欠の働きであり、善なるものである。ただ、それが、自己の生命のために他を願みなくなり、ひいては欲望の充足がもたらす快感のために、他の犠牲をも平気で強いるようになると、自己の存在の尊厳性自体を損うにいたる。
 その意味では、醜悪なのは“本有”ではなく、歪められたものであり、妙法に照らされて“本有”のものとなったとき、それ自体、尊形をもっていることが明らかとなるのである。
以上 御書講義 http://www.geocities.co.jp/inae_sokagakkai/150/newpage1.html#0036
 

優しさと強さを兼ね備えてこそ

 投稿者:魂の炎  投稿日:2016年 7月18日(月)21時26分28秒
  ジョーカー様
「力量不足と傲慢は違う。力量不足は包容し、傲慢(悪)は許さない。」
心から同意致します!優しさと強さを兼ね備えてこそ、本門の池田門下生ですね。

「自分はどんな目に遭おうとも構わない。しかし、師が同じ目に遭うことは絶対に許さない。」
その想い、すごく大事だと思います!
 

世界がおかしい

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年 7月18日(月)21時04分38秒
  トルコでクーデター未遂。
エルドアン大統領が権力を強める結果に!
とのニュースがありました。
エルドアン大統領はイスラム民族主義をあおり、民主主義を守ろうとした軍にSNSを駆使し、勝利し、軍関係者だけでなく、自分の身内の訴訟に関係する法曹関係者も3000人規模で処分するという暴挙に出たもよう。
ここに至るまで、徹底的にマスコミに圧力を掛け、大統領を批判するものは自由を奪われることもあったようである。
自分の政権基盤の強化というより、独裁政権になりつつある。

彼は、安倍晋三総理のお友達の一人である、と共に中東におけるキーパーソンの中核である。
マスコミを抱き込み、批判を封じ、宣揚する言論人をどんどんTVに出し、少数の御用学者を重用し、ポピュリズムの為に国費を使い(何とかミックスと同じ)、周到に権力基盤を固めていった。
安倍晋三総理と同じようで、驚きです。

それ以上に、原田さんともそっくりです。
彼が会長になり宗旨の変更等を規範してから世の中がおかしいような気がします。
昭和54年は先生は健在でありました。
今は何とか存命ではありますが、力は相当無くなっていられると思います。
天変地異が多くなったのもこの頃からかと思います。
御嶽山の爆発は54年、35年後再び。お亡くなりになった方々方には本当に断腸の思いでいっぱいです。

イギリスを始め、世界が内向きになってきたこの状況はただ事ではありません。
世界の民衆が統合をしていくことを止めて、分断の構図を作り出しています。

一凶を禁じるしかありません。
それは原田創価学会です。
創価学会を正常にしていくか、新池田創価学会を作って原田創価に対処するしかないように思われます。
創価学会は組織的に金属疲労を起こしていて再構は難しいのではないでしょうか?。
そしてすべての幹部が拝金主義、個人主義に毒されています。
色好美味の良薬はお口に合わないようです。
学会は「一人を大切に」してきたからここまで大きくなった。(先生)
この思いを共有できる人しか後に続けません
如何でしょうか?
 

勉強!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 7月18日(月)20時26分45秒
   月夜の散歩さん


~~~~~~~~~~~~~~
南無多宝如来の箇所
「多宝は我等己心の無作三身の内の真理の表象としての法身にあたる」→「法身」

不動明王の箇所
「これは定慧の二法、境地の二法をあらわすもので、己心の妙法蓮華経にほかならない。御本尊のなかで右端に梵語でしたためられ、生死即涅槃の法門を表す。法華経の説法では仏は東を向くとされ、右は南にあたる」→「右は南にあたる」

八幡大菩薩の箇所
「古くは農耕神とされたが、豊前国(大分県)で祭られてからは、付近で採れた銅産の神とされた。後に国家的神格として信仰を集め、平安時代に朝廷から大菩薩号が発せられた。鎌倉期になると、源氏の氏神とされた。」→「豊前国(大分県)で祭られてからは、付近で採れた銅産の神とされた」
~~~~~~~~~~~~~~
 は、まったくの新情報です。

 お心遣いといい、誠に、誠に、ありがとうございます。
 あとは、自分で思索します。



 

広布兄弟スカイプ会話(18)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 7月18日(月)20時05分2秒
  生涯:そのSGI イタリアが得られた権限とは以下のものである。

   ・イタリアSGIの記念日を祝日にする
   (これは、国民的祝日ではなく、メンバーは祝日として学校を休んでも、仕事を休んでも公式な祝日とされる、
    学校も欠席にはならず、会社も欠勤にはならないという意味かな・・)

   ・学校で日蓮仏法の宗教教育が出来る(あくまで、SGIで設立した学校内)

   ・公共の墓地にイタリアSGI の墓地が与えられる。

   ・そして「1000の8条項」(納税者が個人所得税の申告の際に、特定の宗派を選択することにより、
    申告額の0.8パーセントが当該宗派に配分される)

   ・もちろん、宗教団体として非課税の権利

一筋:色々な権利がもらえるわけだ。 最後の規定は非常にいい。

生涯:ああ、この権利は喜ばしいことには変わりない。しかし、誤解してはいけないのはこのインサート
   (宗教協定)結んだことによって、その宗教の教義、宗教・宗教を国家が認定したことにはならない。
   あくまで、協約を結ぶことで一定の自治権を得ることができるということに過ぎない。

一筋:そうだね、スペインと同じで国家がある特定の宗教団体を正当な宗教・または、
   宗教団体として認定することはしないし、また、できない。

生涯:つまり、あなた方が反社会的行為をする宗教団体ではない限り、あなた方に一定の自治権と権利を
   与えますよということ。早く言えば契約だ・

一筋:今までこの協約を結んだ団体は幾つあるんだろう?

生涯:11団体・イスラム教も入っている。現在、協定を結んで議会の承認待ちのものが2団体、SGIイタリアと、
   フランスでブラックリストに載ったエホバの証人。

一筋:イタリアSGIとしては、規模も大きくなり、やはり社会的にもインサート協定を結んだ団体としての
   認可を受けると、活動もやりやすくなっていると思われる。

生涯:そう、セクトやカルト問題で、数年にわたり悩まされてきたので反社会的団体ではないという、
   お墨付きをもらったわけだ。 反社会的行為があったとしたら、
   取り消されるわけだ。特に金銭の問題には気をつけないといけない。

一筋:また、宗教そのものの認定でもないので、国家認定という言葉は誤解を与えやすい。
   聖教もその辺に注意して報道すべきと思う。ある方は、イタリアSGIがインサート、宗教協定を結び、
   国家認定の宗教・宗教団体となったと思ってらっしゃった方もいらした。

生涯:とにかく、いまや、イタリアはフランスに変わってヨーロッパ広布の中心。
   そして、イタリアの青年のヨーロッパ広布開拓の貢献度は非常に大きい。 全体の60%がイタリア。

一筋:多くの、あの明るい青年たちに今後も期待したい。
   また、今の日本の執行部がやっていることも知ってもらい、悪・ダイバダッタを叩き潰す運動に加わってもらいたい。

生涯:そうだ、私もイタリアメンバーは大好きだが、高橋に汚染されているメンバーは除く。


一筋:そういえば、ありがたいことに、今日の宿版に早速、源蔵様という方から、
   ヨーロッパにおける各国SGIの仏教界加入は大聖人様の教えに反しないとの投稿があった。

一筋:そうだね。

生涯:どこまで、ヨーロッパの事情をご存知かわからないけれど、今のヨーロッパには様々な仏教が広がっている。
           つまり、日本と同じようになりつつある。

一筋:次のスカイプ会話で、少し突っ込んだ話をしよう。

生涯:そうだな・・板の趣旨とあまり離れない程度に・・ひとつ、ひとつ、確認しながら。

一筋:しかし、この問題は、54年問題、その中核の連中が推し進める政策なので、
   ここに彼らの意図・意向_行く末が見えるようにも思える。



生涯広布ペンギン
広布一筋トラ
 

創価の世界

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 7月18日(月)20時03分13秒
編集済
  yさん
>いろいろな長の下で経験させていただきましたが、どんな器量の狭い幹部だからといって批判、追及したからと組織が歓喜あふれるように変わるでしょうか。その幹部の足りない所を補いながら支え、自身の真剣な行動で組織に波動を起こしていくのが、先輩方から教わった学会精神だと私は思います。<

::::::

何事にも原則と例外があります。原則は、いかに器量の狭いリーダーであろうとも包容し、支えていくことです。「人間革命の途上」と捉え、批判をしないことが根本です。リーダーが愚鈍であろうとも、自分自身の信心で、組織を発展させていくことが、学会精神であることは論を待たない。しかし、原則論だけに、すべてをあてはめてはならず、それはかえって、学会精神を破壊することにもつながってしまいます。では、原則論にあてはまらない存在はいかなるものか。それが「悪」です。

仏法上の悪は、五逆罪です。五逆罪について詳しくは、大仏のグリグリのとこ様が講義をされているので省きます。簡潔に言うならば、理不尽に会員を苦しめる幹部、三代会長と会員を分断する思想や行動(破和合僧)等が挙げられる。そういった悪に対して池田先生はどのように指導されているか。

「青年を下に見たり、あごで使うような幹部がいれば、絶対に許してはいけない。たとえ相手がどんな役職や立場であろうと、その行為が間違っていれば、『何をやっているんだ』『先生の指導と違うではないか!』と、はっきり言っていくべきである」(師弟の宝冠VOL.3より)

悪を包容せよとは断じて指導されていない。それどころか「許すな」と言われている。力量不足と傲慢は違う。力量不足は包容し、傲慢(悪)は許さない。これが学会精神です。やさしいだけでは結果的に誰も守れず、かえって会員を苦しめる。本門の池田門下とは、この真の学会精神を体現した者をいう。

54年問題の根底は、先生を会長から引きずり下ろすこと、即ち、先生と会員との分断であり、破和合僧である。師に敵対する傲慢さは、万死に値する。先生はそれらすべてを飲みこみ、反転攻勢された。しかし、もしも戸田先生が会長で、弟子たちが、戸田先生を会長からひきずり下ろしたのであったら、池田先生は烈火のごとく怒り、断罪したことでしょう。自分はどんな目に遭おうとも構わない。しかし、師が同じ目に遭うことは絶対に許さない。師が包容したとしても、同じ弟子の立場としては許さない。それが創価の世界ではなかろうか。

 

相貌!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 7月18日(月)19時54分41秒
  月夜の散歩さん

 ありがとうございます。はは~んって感じですがね。
 いえ、ご配慮、ありがとうございます。

 あとで、じっくりと拝見します。



 

御本尊について勉強しませんか 2

 投稿者:月夜の散歩  投稿日:2016年 7月18日(月)19時38分50秒
  日寛上人御本尊相貌
1 南無妙法蓮華経
字義でいえば、妙法蓮華経に帰命すること。日蓮大聖人の仏法の本義においては、一切万法の帰趣する究極・所詮の法体をいう。釈尊および三世十方の仏の悟りを明かしたのが妙法蓮華経である。南無妙法蓮華経の深意については御義口伝を参照のこと。(御書P708参照)日蓮大聖人の御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えることにより、南無妙法蓮華経の当体を証得し、即身成仏の大功徳を顕現することが出来る。
2 日蓮
日蓮大聖人(1222-1282)は末法万年の全世界の民衆を救うべく御出現された、主、師、親、の三徳を具えられた末法の御本仏であり、一切衆生を成仏せしめる法体を本尊として顕され、仏道修行の明確な実践法を示された。
御本尊は根源の妙法を体得された大聖人の御生命そのものであり、「日蓮がたましひをすみにそめながして、かきて候ぞ信じさせたまえ」経王殿御返事 p1124とある。
3 在御判
日蓮の花押(判)在り
書写の御本尊の場合、大聖人の花押まで書写する事は出来ないので「在御判」と記す。

4 南無釈迦牟尼仏
御本尊は大聖人が悟られた南無妙法蓮華経の法を虚空会の儀式を用いて顕わされている。
その虚空会の儀式の中でも重要である寿量品の中で、釈尊は久遠実成の本地を顕わす事によって永遠の生命を示唆し、釈尊の本因、本果、本国土が示されている。
又この釈尊は、我等己心の無作三身の内の智慧の表象としての報身如来にあたる。

5 南無多宝如来
法華経の説かれる所に出現し、所説が皆真実であると証明する。
又この多宝は我等己心の無作三身の内の真理の表象としての法身にあたる。

6 南無上行菩薩
地湧の菩薩のリーダーである四菩薩の内の一人であり、地湧の菩薩の上首
常楽我浄の四徳の内、「我」を表す
我とは大我であり、妙法の徳による上行菩薩には、世間の小我妄執を離れた自由自在の真の我徳がある
地水火風の四大の内、「火」の働き
煩悩を焼いて智慧の光を出し、世間の闇を照らす

7 南無無辺行菩薩
地湧の菩薩のリーダーである四菩薩の内の一人
常楽我浄の四徳の内、「常」を表す
常とは常住のことであり、妙法の徳をもって荘厳された無辺行菩薩は、時間・空間を超越し、有為転変することのない常徳を具えている
地水火風の四大の内、「風」の働き
何があろうと決して行き詰まることなき智慧と生命力を持っている

8 南無浄行菩薩
地湧の菩薩のリーダーである四菩薩の内の一人
常楽我浄の四徳の内、「浄」を表す
浄とは、妙法の徳による浄行菩薩は清浄であって、世間の種々の煩悩や悪業・悪事による穢れをよく浄化する、清浄の命である浄徳を具えている
地水火風の四大の内、「水」の働き
常に清らかな境涯を保ち、現実の汚濁に染まることなく、万物を清めていく

9 南無安立行菩薩
地湧の菩薩のリーダーである四菩薩の内の一人
常楽我浄の四徳の内、「楽」を表す
楽とは安楽であり、妙法の徳による安立行菩薩は、生死の苦しみを脱し、いかなることにも患わされることのない楽徳を示されます。
地水火風の四大の内、「地」の働き
何があっても動じない、そして多様な草木を育くむ大地のごとく、全ての人を公平に守り、慈しむ

10 有供養者福過十号
供養することある者は福十号に過ぐ。妙法を信受する福運は十種の尊称を有する無上の仏身を持つ功徳に勝ること。
11 若悩乱者頭破七分
若し悩乱する者は頭七分に割れ。日蓮大聖人の三大秘法の御本尊を謗ずる者が、必ずその罪果を受けるとの意。頭破七分は、善悪、邪正の判断がつかず苦悩することをいう
12 大毘沙門天王
四大天王の一つ。多聞、遍聞などと訳す。須弥山中腹由けん陀羅山の北峰に住し多くの夜叉や羅刹を統率して閻浮堤の北方を守る。また財宝富貴をつかさどって仏法を守る。法華経陀羅尼品では持国天王とともに、法華経の行者の守護を誓った。御本尊に向かって左上にしたためられている。
13 大持国天王
四大天王の一つ。須弥山の東面中腹、第四層の賢上城に住し、帝釈天の外臣として、東方世界の守護をつかさどり、他の三洲もかねて守護するので持国天王という。法華経陀羅尼品で法華経の行者の守護を誓った。御本尊に向かって右上に認められている。
14 大増長天王
四大天王の一つ。帝釈天の外将で須弥山の南面中腹に住し、南方を守護する。増長とは免難の意とされ煩悩を近づけない働きをするとされる。?(とう)利天の主である帝釈の命を受けて、使者・太子を出して四天下を巡行し、諸人の所業について善悪を検討し、帝釈に報告するとされる。法華経陀羅尼品で法華経の行者の守護を誓った。御本尊に向かって左下に認められている。
15 大広目天王
四大天王の一つ。帝釈天の外将で、須弥山の西面中腹に住し、浄天眼を持って衆生を観察して西方を守護する。正法を持つものを守り、悪人を罰して仏心を起こさせる護法の善神とされる。御本尊に向かって右下にしたためられている。
16 愛染明王
大愛欲と大貧染の三昧に住する本尊。愛を持って衆生の煩悩を浄化し解脱させるところからこの名がある。手に弓を持ち、三障四魔を払い、世を捨てる妄見を射る。御本尊のなかで左端に梵語でしたためられ、煩悩即菩提の法門を表す。左は北にあたる。
17 不動明王
不動明王のこと。大日経に出てくるので、真言宗の本尊の1つとされた。不動明王は、一切の煩悩を断ち切って、不生不滅の彼岸に更正させる働きを表している。法華経においては、法華経の行者を守護する諸天善神の一つ。日蓮大聖人の仏法からみれば、煩悩即菩提を表す愛染明王とともに御本尊の中に、左右両側に梵語でしたためられている。これは定慧の二法、境地の二法をあらわすもので、己心の妙法蓮華経にほかならない。御本尊のなかで右端に梵語でしたためられ、生死即涅槃の法門を表す。法華経の説法では仏は東を向くとされ、右は南にあたる。
18 大梵天王
色界の初禅天に住する三天(大梵天、梵輔天、梵衆天)の一つで、娑婆世界の主とされる。帝釈とともに仏法を守護する諸天善神の一人
19 帝釈天王
能天帝のこと。インド神話上の最高神で雷神で有った。帝釈は四天王を従えて須弥山の頂の喜見城に住し、三十三天を統領している。仏法を守護する諸天善神の一人。釈迦修行中は様々に姿を変えてその求道心を試みたが、成道後は守護を誓っている。法華経の会座では、色界初禅天の梵天とともに、眷属二万の天子を連れて連なった。
20 大月天王
名月天子、宝吉祥天子、月天子ともいう。インド神話では月を神格化したもの。月の宮殿に住む天子の意。法華経序品第一には三光天子の1つとされる。法華経の会座で連なった諸天善神で正法を持つものを守護する。
21 大明星天王
法華経序品第一には三光天子の1つとされる。天界に属し、法華経の会座で連なった諸天善神で正法を持つものを守護する働きがある。
22 第六天魔王
他化自在天のこと。欲界の六欲天(四天王、?(とう)利天、夜摩天、兜率天、化楽天、他化自在天)の最上に住する。四魔の中の天子魔にあたり、正法に敵対し、仏道修行の障害となり、成仏を妨げる働きをする。智慧の命を奪うので、奪命ともいう。この天の寿命は一万六千歳で、人間の1600年が1日にあたるという。
23 大日天王
宝光天子、日天子ともいう。天から光をもって守護し、天界に属するので天子と呼ばれる。法華経序品第一には三光天子の1つとされる。法華経の会座で連なった諸天善神で正法を持つものを守護する働きがある。
24 鬼子母神
王舎城の夜叉神の娘。鬼神般闍迦(きしんはんじゃか)の妻で、一万の鬼子の母なので、鬼子母神という。性質は凶暴で人の子供を取って食べるのを常とした。釈尊はそれをみて哀れみ、戒めるために、末子の嬪迦羅(びんから)を取って隠した。鬼子母神は7日間捜しても見つからず、釈尊のところに行ってその安否を尋ねた。釈尊は鬼子母神の悪行を戒め、三帰五戒を授けて、死ぬまで人の子供を取って食うことをしないと誓わせて、その子を返した。法華経陀羅尼品26では、十羅刹女とともに、法華経を受持し、読誦し、修行する者を擁護して安穏を得さしめ、諸の衰患(すいげん)、毒薬を消させることを釈尊に誓っている。日蓮大聖人はこの誓願から鬼子母神を諸天善神の1つに数えられている。
25 十羅刹女
10人の羅刹女、悪鬼の女人のこと。鬼子母神の娘。爾前の諸経では悪鬼とされたが、法華経に至って成仏を許され善鬼になり、母鬼子母神とともに法華経を守護する諸天善神に列せられている。
26 八大竜王
竜の王。八部衆の一つで畜生界の代表。竜王は種々の経典にとかれており、その種類も多いが、法華経では八大竜王が説かれている。法華経の会座でこの八種の竜が多くの眷属とともに正法を守護することを誓っている。
27 天台大師
中国天台宗の開祖。智者大師ともいう。著書に法華玄義十巻、法華文句十巻、摩訶止観、六妙法門などがある。釈尊の一切経を法華経を中心にして統括している。釈尊一切経の高下浅深を分別するため、三種の教相、五時八教を説いた。天台仏教における観心とは一念三千の法理を一心に観ずることとされた。
28 伝教大師
日本天台宗の開祖、最澄。37歳の時に唐に渡り天台宗の肝要を学ぶ。日本に帰り法華経を宣揚した。
29 天照大神
天照大神。日本神話の神。仏法では法華経を守護する善神の1つとされる。
30 八幡大菩薩
八幡大菩薩、八幡大明神のこと。古くは農耕神とされたが、豊前国(大分県)で祭られてからは、付近で採れた銅産の神とされた。後に国家的神格として信仰を集め、平安時代に朝廷から大菩薩号が発せられた。鎌倉期になると、源氏の氏神とされた。仏法では正法を護持する者及び一国を守護する諸天善神とされる。参照:御書583ページ
31 仏滅後二千二百三十余年之間一閻浮提之内未曽有大曼荼羅也
32 奉書写之
之を書写し奉る

33 日寛上人の署名と判
34 享保五年六月一三日
 

正義の走者さん!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 7月18日(月)19時04分10秒
  正義の走者さん


 いかがでしょうか? 「本尊問題」の投稿、お待ちしているのですが。
 そのあとも、投稿が続いておりますし、是非、本格版をお願いします。

 この種の問題はやはり、良く知った方がいいと思いますので、よろしくお願いいたします。



 

源蔵 様

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年 7月18日(月)18時56分33秒
編集済
  >海外のSGI組織が各国の仏教会に加入することは、日蓮仏法の教義の上では必ずしも誤りではなく、容認されると考えています。
 大聖人は「教機時国抄」で「仏教は必ず国に依って之を弘むべし」(御書439㌻)と仰せられ、「開目抄」では「末法に摂受・折伏あるべし所謂悪国・破法の両国あるべきゆへなり、日本国の当世は悪国か破法の国かと・しるべし」(同235㌻)、「無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし」(同㌻)と述べられています。
 仏法について無智の人々が充満している国土では摂受を基本とし、仏法を知っていながら正法を迫害する邪智・謗法の人々が多い国土では折伏が基本になると仰せです。日蓮大聖人の仏法を知りながら、それを迫害している日本は邪智・謗法の国に当たり、日蓮仏法を知らなかった海外の国々は無智・悪人の国土といえるでしょう。従って、日本においては他宗の誤謬を破折していく折伏が基本になりますが、海外において日本と同じように折伏を前面に出すことは国土の相違を無視している故にむしろ誤りになり、海外では「たとえ人々が低い教えを信じていたとしても、そのことを咎めず、仮に受け入れたうえで次第に人々を導いていく方法」(『教学の基礎』264㌻)である摂受による弘教が正しい在り方となるでしょう。
 仏教会に加入することは他宗の教義を宗教的に受け入れることではなく、教団同士の交際という社会的行為であり、他宗寺院での会合の際に他宗の本尊に対して礼をしたとしても、信仰としてその本尊を信じて行うものではないので、他教団に対する社会的な礼儀を示すものとして問題ないと思われます。この点は、日本においても学会員が他宗・他宗の葬儀に参列して祭壇に礼をしても(宗教的行為ではなく社会交際上の行為なので)差し支えないのと同様でしょう。仏教会に加入するかどうかは、もちろん各国組織の主体的な判断によるものですが、仏教会に加入していることは、その組織が特異なカルト集団と見なされる恐れを低減する意義はあるかと思われます。
   また、学会員が他宗の僧侶と「談笑」することも許されないとすることは余りにも偏狭で硬直的な態度であり、むしろ不適切です。他宗教の聖職者であれ、誰であれ、人間として対話していくことは一切衆生に仏性を認める仏法の精神から当然の在り方ではないでしょうか。この点については、池田名誉会長がキリスト教・ユダヤ教・イスラム教の指導者とも対話されてきたことが明確な模範となると思います。<


一見、全うな意見のように思えますが、大聖人の仏法では、相対論が主になります。
唯一違うのは、戒壇の御本尊を文底独一とした日寛師の決断であり、その他は五重の相対で正邪を決めていきますね。
海外の特にキリスト文化の中で育った方々は、日本等の仏教の相伝や違いといった基礎的な知識に全く乏しいと聞いた事があります。
印哲の学生や研究者等がフランスへ行き、仏教の成り立ちや歴史的考察等と称して、仏教本来の民衆救済を説いてこなかった現実に驚きを感じぜづは無いと共に、他宗の坊主の食うための布教を是とする、そして互いに批判し合わないという仏教会に素直で、無菌状態の彼らを晒すには私は抵抗があります。
謗法与同罪では功徳はないと思いますが、如何でしょうか?
執行部に毒された拝金主義の幹部さんが考えそうなことですね。


 

広布兄弟スカイプ会話(17)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 7月18日(月)18時30分40秒
  生涯:今日はイタリアのイタリアの宗教協定、インテーサ。

一筋:どうだった ?

生涯:基本的にはスペインの協定と似たようなもの。ただ、こちらはローマカソリックの本家、総本山、バチカンがある。

   昨日、お前さんが資料として出した日本文化庁の調査書 から。まず、イタリアの憲法
   http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/shumu_kaigai/pdf/h22kaigai4.pdf

   1 憲 法

   イタリア共和国憲法〔1947年12月27日〕(抄)
   第2条〔人権の不可侵性・中間団体の承認・社会連帯の義務〕 共和国は個人
   としての、またその人格が発展する場としての社会組織においての人間の不
   可侵の権利を承認し保障するとともに、政治的、経済的及び社会的連帯の背
   くことのできない義務の遂行を要請する。

   第3条〔法の前の平等、実質的平等原則・参加〕 すべての市民は等しい社会
   的尊厳をもち、法律の前に平等であり、性別、人種、言語、宗教、政治的意
   見、人的及び社会的条件によって差別されない。[第2項、省略]

   第7条〔国家と教会との関係〕 国家とカトリック教会は、各自その固有の領 域において、独立・最高である。
   ② 両者の関係はラテラノ協定により規律される(*)。この協定の改正が両当
   事者により承認される場合には、憲法改正の手続を必要としない。

   *ラテラノ協定(Patti Lateranensi)は、1929年2月11日にイタリア政府と
   聖座(教皇庁)との間に結ばれた条約(Trattato)、財務協定(Convenzione finanziaria)及び協約
   (Concordato)より成る。

   第8条〔すべての宗派の自由〕 すべての宗派は法律の前に等しく自由である。
   ② カトリック以外の宗派は、イタリアの法制度に反しない限り、自己の規約
   により団体を組織する権利を有する。

   ③ カトリック以外の宗派と国家との関係は、双方の代表者との合意に基づき、
   法律により規律される。

   第19条〔信仰・布教・礼拝の自由〕 何人も、個人としてであれ、団体として
   であれ、いかなる形態においても、自己の宗教的信仰を自由に表明し、その
   布教を行ない、及び私的に又は公的にその礼拝を行なう権利を有する。但し、
   善良の風俗に反する儀式はこの限りでない。

   スペインと同様、どんな宗教であろうとも信教の自由、法制度に反しない限り結社設立の自由、
   布教活動を保障している。

   ところが、次にこういう資料を見つけた。

   イタリアにおける国家とカトリック教会 田近 肇(岡山大学)
   http://religiouslaw.org/cgi/search/pdf/200605.pdf

   その最初のところに・・

   イタリアでは、20年前までカトリック国教制が採られてきたが、1984年の政
   教協約により国教制が廃止され、憲法裁判所は、国家の非宗教性(laicit┠)
   は憲法の最高原理の1つであると述べている。しかし、現在でも、イタリア政
   教関係は「三段階の制度として示される。

   頂点には、カトリック教会が存在し、[......]特権的な地位を享受している。

   国家と協定を結んだ宗派が中位を占める。[......]

   最下位に存するのは、[比較的最近になってイタリアに根付いた]諸宗派である1)
   という説明がなされ、カトリック教会とその他の宗派の
   間には、憲法レベルないし原理的なレベルでの位置付けにおいても2)、

   各種の法令によって形作られる具体的な宗教法制のレベルでも格差があることが指摘
   されている3)。

   つまり、憲法裁判所のいう国家の非宗教性原理にかかわらず、
   カトリック教会は、わが国の研究者の目には、「特権」を享受しているように
   映るのである。

一筋:そうか、国家の非宗教性を謳っているが、宗教団体を三つのカテゴリーに分け、それぞれ、
   個別の対応をしているというわけだ。

生涯:そうだ、やはり、バチカンは特別の権利を持つ。その詳細は上の所領に詳しく書いてある。

   ここで、紹介したいのは二番目の国家と協定を結んだ宗派について。

一筋:なるほど、バチカンはあくまでバチカン、特別な地位を持つ。

生涯:しかし、全ての宗派に布教活動と結社設立の自由を与えているが、国家と協定を娘ば一定内の権利が与えられる。

   つまり、宗教団体は当該団体が反社会的行動を取らない限り、結社設立の自由があり、宗教協定を結ぶことができる。
  (ここで、反社会的行為を掲げたが・・投稿規制にかかるという表示なので・掲載できず)


   申請をし、以上の行為が行われていないことが確認されれば、宗教法人の認可が許され。
   認可された場合、非課税、学校教育施設、正式なその団体・宗派上の形式による婚姻祭礼を行い、
   それが公式婚姻等と認められる。

  ・・続く・・


生涯広布ペンギン
広布一筋トラ
 

立正安国論の地震

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年 7月18日(月)17時47分23秒
  善隣友好、偃武修文、共存共栄を目指す人の意見を聞き、逆を言う人のことは聞かないで善隣友好、偃武修文をしていくと多士済済(目的にかなった人材に限る)になって、おのずと万民太平の易、健康長寿の易、元気溌剌の易、雨不破塊の易、四海波静の易、尭風舜雨の易、仁国無敵(者を国にかえてみた)の易を得られる

立正安国論は「脅し」と言ったのは、立正安国論では今までに起きた怖い結果のこと、これから起こる怖い結果のことが書かれているから。怖い結果が待っている(真実です)=脅かしている で「脅し」を使ってしまいました。で、この時私が思っていたのは、怖い話が多く脅し的じゃみんな分からないだろうと。立正安国論の原理の逆バージョンがこれでもかと書かれているもの(立正安国論の解説としてですよ)じゃないとだめだろうと。立正安国論への私の思いです。それと立正安国論の地震についての思い。それ以外に2つ。4つの事を1つにまとめて、私は分かっているけど、読んだ人には意味不明ですよね。

地震に関してはこの時の投稿で「地震は人類が地球上にいようがいまいが起こります。人間にはどうにも出来ない自然現象のひとつだと私は思います。人間が悪いのではありません。」と書いて。直近の投稿では 戸田先生「しかし、こうした現証が起きなければ、謗法に気づかないのだから愚かな話だ」「法難と噴火とが、かならずしも符合するとは限らないだろうがね。だが、『立正安国論』の原理のうえから、正法が途絶えようとするときには、台風や地震、日照りなど、自然界にも異変が生じ、政治も乱れ、戦災や疫病など、さまざまな形で、民衆が苦悩の辛酸をなめる結果になることは間違いない。日蓮大聖人は、そのことを教えて下さっているのだ」を読んで、戸田先生の生命の法則は信じられると言い、私自身矛盾しているとわかっていたのですが。

で私なりの答を出しました、仮に大聖人が大木聖子先生の講演を聞いた後に立正安国論を書かれていたら、地震に関しては違う書き方だっただろう。地震に関しては立正安国論は真実でない。地震は地球の生命活動だから、人間がその生命活動をコントロールするべきではない、また出来るわけがない。人間は地球の生命活動に合わせていくべき立場の存在。
 

違和感寿司いかがですか~違和感いかがですか~社交サロンって素敵な言葉じゃあーりませんか!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 7月18日(月)17時44分13秒
  隠蔽やらモッコリやら内弁慶に建物の中でニヤニヤヘラヘラして、マスかいている創価村のサイコ大患部さま方々は、ターゲットにする獲物(婦女子・男子に拘らず)への社交行為は別として、対話ゼロ、交流ゼロで社交性オールゼロの方々です。

創価村地下ゴールデン街が出来たのも、社交性オールゼロの方々ばかりだから、身内のみの世界が欲しかったからですよね。身内だらけであれば、役職の上下、報酬の上下だけで会話が成立する。更に媚び売る者は、何も言わなくとも、酒はついでくれるし、余計な話をしない。常に相づち打ってくれるから気楽、寿司店の売り子のユカコも下を向いたまま沈黙。

創価村のママの店のオーナーであるピーママもおしゃべりは得意だけれども、政界情報は黙秘。アダルトショップ山脈のオーナーマスさんも無口でジロジロと通りかかる錦の御旗マークをつけた患部連中を覗いている。

本陣古書店やら雀荘YY倶楽部のオーナーyさんは、店にいるのかと店員の弓子さんに聞いたら、実は数年前から芙蓉会館地下の超特別養護老人ホームに入所しており、徘徊癖があってゴールデン街のあちこちで立ちションしたり、患部に絡み、弓T突撃隊員に拘束されたりしているみたいで大変な状況になっているそうです。

社交性の無い内弁慶の創価村地下での出来事でした。

この板が、様々な方が投稿する『社交サロン』でよかったですね\(^o^)/
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 7月18日(月)17時26分26秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2006-7-8 【記念代表協議会】
●信心で勝て 執念で勝て
 一、尊き同志の奮闘のおかげで、創価学会は、ますます勢いを増し、隆々(りゅうりゅう)と、また堂々と、仏意仏勅(ぶついぶっちょく)の広宣流布を全世界に広げている。
 全国の同志の皆さま、毎日の折伏・弘教の大闘争、本当にご苦労さまです(大拍手)。
 折伏は難事中の難事である。なかなか思うような結果が出ず、苦労している人もいるであろう。
 しかし、大変だからこそ、成長できる。人間革命できる。実ったときの喜びも大きい。
 「一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(御書1361ページ)とは御本仏の仰せである。妙法を語った功徳は無量無辺なのである。
 どうか、「地涌の菩薩」の使命に燃えて、互いに祈り合い、励まし合い、喜び合いながら、縁するすべての人々に、希望と勝利と幸福の種をまいていっていただきたい。
 最後は「信心」で勝つのである。「執念」で勝つのである。「団結」で勝つのである。
 「創価学会、万歳!」
 「尊き全同志、万歳!」と天高く叫びつつ、最大の感謝を込めて、記念のスピーチを残させていただきたい(大拍手)。

●弟子の勝利こそ師匠への報恩
 一、戸田先生の時代と比べると、今は、あらゆる面で恵まれている。会館は各地にあり、力ある人材がそろっている。
 そのなかで、幹部が惰性になって、闘争精神を忘れ、増上慢になって、師弟の心を忘れるようなことがあっては、敗北は避けられない。
 真の弟子ならば、断固として勝って、師匠に「勝利の栄光」を捧げゆくことである。それが、報恩の真髄であるからだ。
 「勝てるか?」
 「勝ちます!」
 勝利の源泉となりゆく、この師弟の朝の深き心の呼吸を、私は後継の青年たちに伝えておきたい(大拍手)。

●惰性と傲慢(ごうまん)から目を覚ませ!
 一、法華経の信解品(しんげほん)では「四大声聞(しだいしょうもん)」と呼ばれる釈尊門下の長老たちが、未曽有の大法を聞いて、それまでの惰性から豁然(かつぜん)と目を覚ましていく生命の劇が描かれている。
 長い間、修行してきたという慣れ。もはや、年老いたという疲れ。それなりに境涯を開いたという傲(おご)り ── 。
 そうした命の無明を打ち破ったのが、師である釈尊の師子吼であった。
 彼らは、大仏法の真髄の計り知れない奥深さに目を見張り、再び求道の心を燃やし始めた。その生命は、いまだかつてない歓喜に包まれ、躍動していった。
 経典では、その歓喜が「無上宝聚 不求自得(むじょうほうじゅ・ふぐじとく=無上の宝聚は求めざるに自ら得たり)」と表現されている。
 我々もまた、先輩になり幹部になっても、新たな決意で立ち上がり、「人生の勝利の総仕上げ」へ、いな、「三世永遠の勝利の行進」へ、新たな一歩を踏み出すのだ。
 師の大恩への尽きせぬ感謝を込めて、師弟不二の心で、後に続く無数の人々のために道を開いていくことである。
 戸田先生は、いつもこう言われていた。
 「若い人のために、学会はあるのだ。
 先輩は、後輩にヤキモチを焼いたりしないで、成長を祈っていけ! 社会のため、日本のため、人類のために活躍する若い人を育てるのだ。
 これが、学会の目的である」
 創立80周年へ一段と総力をあげて、「新しい人材」を育て、「新しい創価学会」をつくり、「新しい広宣流布」の時代を構築してまいりたい。

●「今いる場所」が常寂光土(じょうじゃっこうど)と輝く
 一、また、有名な「当体義抄(とうたいぎしょう)」で、大聖人はこう仰せである。
 「所詮、妙法蓮華の当体とは、法華経を信ずる日蓮の弟子檀那等の、父母から生じた肉身そのものをいうのである。
 正直に方便の教えを捨て、ただ法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱える人は、煩悩・業・苦の三道が、法身(ほっしん=仏が証得した真理)・般若(はんにゃ=真理を悟る智慧)・解脱(げだつ=法身・般若の二徳が一如となり、生死の苦界から脱却した状態)の三徳と転じて、三観(さんかん=三種の観法。観法とは法を観ずること)・三諦(さんたい=仏が悟った究極の真理を三つの側面から捉えたもの)が、そのまま一心に顕れ、その人が住するところは常寂光土となるのである」
 「法華経本門寿量品の当体蓮華の仏とは、正法を信受する日蓮の弟子檀那等のことである」(同512ページ、通解)
 すなわち、大聖人に直結して広宣流布へと戦う学会員こそが、尊極の「妙法蓮華の当体」なのである。
 そして、その一人ひとりが、凡夫の「三道」を仏の「三徳」へと転換し、今いる場所を、常寂光土として光り輝かせていくことができる。
 これが、大聖人の御約束である。

●わが身に無量の智慧と力が
 一、さらに、日蓮大聖人は、健気(けなげ)な信心を貫く門下の日女御前に対して、こう仰せである。
 「法華経宝塔品の儀式には、多宝如来、釈迦如来、十方の諸仏、一切の菩薩が集まられたのである。
 その宝塔品が今、どこにあられるかと考えてみると、それは、日女御前の胸中、八葉の心蓮華(しんれんげ)の中にこそあられると日蓮は見るのである」(同1249ページ、通解)と。
 仏法は抽象論でもなければ、観念論でもない。現実に広宣流布のために真剣に戦う創価の同志こそ、全宇宙の仏菩薩の智慧と力を備えた、何よりも気高い妙法蓮華の当体なのである。
 どうか皆さまは、この最高無上の生命の誇りと、無量無辺の大福運を深く強く自覚して、いかなる試練も、断固として勝ち越えていっていただきたい。

●陰徳(いんとく)は陽報(ようほう)に!
 一、見栄を張ったり、虚栄でわが身を飾っても、真実の幸福は決して手に入らない。
 イギリスの劇作家シェークスピアも、地位や富がもたらす一時の栄華について、「その華やかさも、地位にまつわるきらびやかさも、うわべだけの親友同様、実体のない虚像にすぎないのだ」と綴っている(小田島雄志訳「アテネのタイモン」、『シェイクスピア全集VII』所収、白水社)。
広宣流布に生き抜く創価の女性こそ、真実の「幸福博士」である。
 とりわけ白蓮グループや婦人部の香城(こうじょう)会など、陰で学会の前進を支えてくださっている方々の福徳は、はかりしれない。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ)の原理のまま、偉大なる功徳に包まれゆくことは間違いない。
 また、学会のリーダーの皆さま方は、こうした方々の尽力を決して当たり前と考えてはならない。どうか、その功労を最大に讃え、深く感謝していっていただきたい(大拍手)。

●「恩知らず」を絶対に許すな!
 一、私は、広宣流布に青春のすべてを捧げた。そして今日の学会をつくりあげてきた。
 高い山には烈風が吹く。世界一の平和の大師匠である戸田先生を、偉大なるがゆえに嫉妬し、歪め、悪罵するマスコミもあった。
 いわれなき中傷を目にするや、私は「行ってきます!」と敢然と飛び出した。徹底して抗議し、真実を訴えた。
 そんな私を、先生は温かく、ねぎらってくださった。美しい劇の一幕のようであった。
 師弟不二の道を進む限り、行き詰まることは絶対にない。
 ここで、戸田先生のご指導を拝しながら、未来のために、何点か確認し合っておきたい。

 第1に、戸田先生が最も厳しかったのは、「恩知らず」に対してであった。
 先生は、峻厳に言われた。
 「恩を仇で返す者は、必ず地獄に堕ちる。
 そしてまた、傲慢な恩知らずほど、鬼畜の如き卑しい人間はいない」
 「学会の支えのおかげで、それなりの社会的地位を持てるようになりながら、同志を見くだす。また、学会でお世話になった恩を忘れて、同志を守ろうとせず、反対に利用するだけ利用する。こういった人間は、本当の異体同心ではない。学会の同志ではない」
 「恩知らずがそのままいると、学会が食い殺される。これは、どこの団体も同じだ」
 「一生、あのずる賢い、畜生の如き恩知らずを許すな! 叩き破るまで戦え!」
 戸田先生は、日蓮大聖人が南岳大師の言葉を引かれた御書を、しばしば拝しておられた。
 「もし菩薩がいて、悪人をかばって、その罪を罰することができず、そのために悪を増長させ、善人を悩乱させて正法を破壊させるならば、その人は、実は菩薩ではない」(御書1374ページ、通解)
 まったく、この仰せの通りである。
 悪を見ながら戦わない。正義のために戦わない人間は、結局は、自分が悪と同じになってしまう。
 悪に対しては、徹して責め抜くことだ。それが慈悲に通ずる。

●幹部は会員や後輩に尽くせ
 一、第2に、「幹部は絶対に威張らない」ということである。
 先生は言われた。
 「幹部は、会員や後輩に仕え、尽くしていく存在である。威張って会員を苦しめるようなことは、絶対に許さない」
 「本当の立派な信心とは、後輩を心から尊敬し、大事にすることである。大切な学会員を、下に見るようなことは断じてあってはならない」
 「ぼやぼやして、動かずにいて、戦いの邪魔になる幹部、また増上慢になり、威張り散らして、皆の迷惑になる幹部は、いなくなってもらったほうがよい」
 あのロシアの大文豪トルストイも、こう綴っている。
 「人間てものは威張り出すが最後、すぐに臆病がさして来るもんだ」(米川正夫訳「闇の力」、『トルストイ全集第13巻』所収、岩波書店)
 文豪が喝破した通り、「威張り」と「臆病」は、表裏一体なのである。

●戦い抜いた人を一生涯、讃えよ
 一、さらに第3として、戸田先生が強く言われたのは、「傲慢な幹部は、厳しくただせ」ということである。
 先生は、一段と強く言われた。
 「戦って戦って戦い抜いた人は、必ず賞讃せよ! 一生涯、また一家も、子孫までも賞讃せよ!
 反対に、戦うべき立場にありながら、敵を前にして戦わない、ずるい人間は必ず罰せよ!悪事をなした者には自らの行動の報いを受けさせよ!」
 「あまり、皆に守られ過ぎて、おかしくなっていく奴らを、絶対にのさばらせてはならない。 権力は魔性であるからだ」
 戸田先生は、民衆のため、社会のために闘う、有為な指導者の出現を願っておられた。それだけに、同志のおかげで偉くなりながら、堕落した人間には厳しかった。

●ペテン師どもにだまされるな!
 一、中国の「ペンの闘士」巴金(ぱきん)先生とは、私も4度にわたり、忘れ得ぬ出会いを重ねた。
 その生涯のなかで、絶えずペテン師を糾弾してきた巴金先生は、こう指摘する。
 だれかがペテン師を軽視したり、「たいしたことはできない」と考えても、「ペテン師の方ではひそかに毒気を発散し、影響力を広げる」。
 そして追放すべきペテン師に「養分を与え、成長させている」のは、ほかならぬ「だまされる人たち」なのだと。
 ゆえに、必要なことは何か。それは、今まさに、ペテン師どもにだまされている人々に向かって、「大喝一声(だいかついっせい)、『目を大きく見開け』と怒鳴りつけるべきなのだ!」。
 〈石上韶訳『巴金 真話集』『巴金 無題集』筑摩書房を参照〉
 文化大革命の迫害を耐え抜いた、巴金先生の血涙の叫びである。
 ペテン師や、忘恩の裏切り者の悪の根を断つために、正義の声を、いよいよ張り上げていかねばならない。

●青年が下から上を動かせ!
 一、そして第4に、戸田先生が常に訴えられたのは、「青年を伸ばす」ことである。青年の力を最大に発揮させることである。
 先生はリーダーに対して、繰り返し言われた。
 「創価学会を愛し、そして青年の力を存分に養ってほしい」
 「青年を、青年時代のうちに徹して訓練することだ」
 そして青年に対しては、このように大きな期待を寄せておられた。
 「舞台を大きくもつことだ。正義のため、不幸の人びとのために。青年期の奮闘は、やがて、悔いなき財宝に変わろう」
 「青年の成長なくして広宣流布もない、時代の未来も開けない」
 「上からの指示で動くのではなく、青年が、下から上を動かしていけ」
 「悪い幹部も出るにちがいない。口のうまい人、学会を利用して自分の利害を考える人等々 ── 常に青年は、濁ったそれらの人々を見抜き、戦っていかねばならない。
 そうでなければ、正法の永遠性も、信心の正しさも証明できなくなってしまうからである」
 私は、この恩師の心のままに、万年の広宣流布の道、永遠の勝利の道を開いてきた。

●広宣流布は女性で決まる
 一、最後に第5は、「女性を大事にすること」である。
 先生は言われた。
 「女性の意見を最大に尊重せよ。女性は、ウソやごまかしを見破る鋭い感性を持っているからだ。女性を大事にしないところは必ず衰退する」
 「壮年の幹部は、婦人部、女子部を、絶対に叱ってはならない」
 男女同権である。婦人部や女子部を下に見るような幹部がいたら、先生は厳しく戒められた。
 戸田先生が繰り返し拝された御聖訓が、四条金吾の夫人である日眼女(にちげんにょ)への一節である。
 「この法華経だけには、『この経を受持する女性は、他の一切の女性にすぐれるだけでなく、一切の男性にも超えている』と説かれている」(御書1134ページ、通解)
 妙法を受持し、広宣流布という崇高な人生を歩む女性は、何と尊い存在か ── 御本仏は、女性門下を心から賞讃されたのである。
 また先生は、婦人部に言われた。
 「信心をやりとげていけば、家庭も、すべて幸福になるに決まっている。信心強く、自らの生命に生き切って、幸福になり切っていけばいいではないか」
 さらに女子部には、「『自分観』『人生観』『社会観』『宇宙観』 ── この四つをきちっとまとめているのが仏法なのです」とも教えておられた。
 女子部は「教学で立て」、そして「一人ももれなく幸福になれ」と祈り、訴えられたことは、ご存じの通りである。
 ともあれ、「広宣流布は女性で決まる」。
 これが、戸田先生の提唱された合言葉であった。

●悪い人間とは 善い人間とは
 一、世界の知性の箴言(しんげん)を贈りたい。
 アメリカの大哲学者デューイの言葉である。
 〈池田名誉会長は、世界随一のデューイ研究センターを擁する南イリノイ大学力ーボンデール校から、名誉人文学博士号を受章している〉
 「人類というものは、一たび大権(たいけん)が手中にはいれば、どんな好い人でも、すべて自ら堕落して、大権を濫用(らんよう)するの趨勢(すうせい)をもっている。これは人類の一大欠点である」(永野芳夫訳・大浦猛編『デューイ:倫理・社会・教育 北京大学哲学講義』飯塚書房)
 ゆえに、権力は、常に青年が厳しく監視しなければならないのである。
 同じく、デューイいわく。
 「悪い人間というのは、今まで善であったにせよ、現に堕落し始めている人間、善が減り始めている人間のことである。
 善い人間というのは、今まで道徳的に無価値であったにせよ、善くなる方向へ動いている人間のことである。
 私たちは、こういう考え方によって、自分を裁くのに厳格になり、他人を裁くのに人間的になる」(清水幾太郎・清水禮子訳『哲学の改造』岩波文庫)
 まことに含蓄(がんちく)ある、深き人間観である。
 さらに、デューイの言葉に、「建設的力を生み出す最善の方法は、その力を実際に働かせることである」
「力は、活用と実践によって生まれる」(杉浦宏・田浦武雄編訳『人間の問題』明治図害出版)と。
 責任をもち、実践することによって、人は、真の力を発揮するのである。

■ 「7月3日」を記念して、愛する創価の青年たちに ──
 「君よ、正義の勝利王たれ!」
 「君よ、広布の勝利王たれ!」
 と呼びかけたい。
 さらに、創価の女性たちに ──

 「私の使命は
  広宣流布である
  私の使命は
  皆様方が幸福に
  なることである」

 との言葉を贈り、私の記念のスピーチとさせていただきたい。
 いよいよ、本格的な夏である。明るく、スカッとした振る舞いで、充実と勝利の日々を送りたい。
 皆さまのご健康とご長寿を、心からお祈りします。
 お達者で! ありがとう! (大拍手)

 

そうですね

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 7月18日(月)15時00分36秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/52246
御本尊売込み計画   投稿者:虹と創価家族   投稿日:2016年 7月18日(月)14時50分56秒
について

犀角独歩さんが、社会的抹殺状態を回避し、今後の人生のためにもそれが最善でしょうね。
FBIさんの二の舞になる前に。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

御本尊売込み計画

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 7月18日(月)14時50分56秒
  マスコミ関連が、この情報をスルーするとは思えない。

人物・場所・日時・内容が、あまりにも具体的だからだ。
ましてや、教学部レポート・遠藤文書と掛け合わせたら大変な話題となりそうだ。

既に、頭の切れる報道関係者なら、情報の裏を取りに行っているのではないだろうか。
ましてや、犀角氏のコメント(証言)をとったら、大変なスクープになるのでは。


【御本尊売込み計画】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/51234
 

ありがとうございます!

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 7月18日(月)14時35分8秒
編集済
  ひかりさんありがとう!m(_ _)m

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

先日来の本尊を巡る議論を拝して

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 7月18日(月)14時11分53秒
  願主・弥四郎国重とは誰なのか?(具体的な人物特定の問題ではなくて)

熱原郷の農民たちは人としての尊厳をかけて一体何と戦ったのたか?

>>>>>>>>>>>>>>>>>>

「一閻浮堤総与の大御本尊」が認められ、戒壇本尊に位置づけられた経緯を辿り直す試みをなす中で、
東国武士政権という新たな統治機構が形成された鎌倉期という時代に大聖人がご出現なされた意義、
そして21世紀の今、連立与党を使嗾する信濃町の硬直した官僚機構の下で本尊の意義が大きく歪曲
されていく現下の事態に対して、独自の考察を披瀝する機会を得たいのですが、、、

すみません、まだ論考として明瞭に定まったものではないので、もう少し思索を深め総論を練り直したいと思います。
長らく活字の世界で祿を喰んできた者としては、むしろ紙の上で所見を開陳するに相応しい論題かも知れません。
 

太ちゃんさま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年 7月18日(月)14時06分4秒
  どうぞ、どうぞ。
お役に立つようなら、必要な方に話してあげてください。
こちらこそよろしくお願いします。
 

本尊が蒲鉾上に湾曲する理由は?

 投稿者:感性  投稿日:2016年 7月18日(月)13時55分34秒
編集済
  >御本尊様、そして体感と記憶。   投稿者:蘭夢   投稿日:2016年 7月17日(日)18時08分17秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/52155

貴重で崇高な御体験を書いてくださった謝意やいくつかのことについて書いていたところ誤操作で投降予定文が全部消えてしまいました。だからとりいそぎ以下の部分についてのみ言及させて
いただくことをお許しください。

②日達上人書写の御本尊様
のところで

>幹部は語った。
>秘密だけれど・・・口外しないようにと、口止めした上で語った。

>お題目がたくさんあがっている御本尊様というのは、このように厚みのあるような姿に変わると
>のこと。

と書かれています。

私も第二次宗門問題が起こる前の80年代前半に当時、多くの家庭に安置されていた日顕書写本尊で
この現象はあからさまに見ています。
近所に住むブロック長相当の方が自然な形で同じことを述べられていて、、ちょうどその頃、題目をよくあげる一人暮らしの先輩の同様の本尊が中央の南無妙法蓮華経を中心として蒲鉾上に湾曲していたのをまざまざと見ていたので現実感を持って受け入れることができました。
(ちなみに当時、登山会を引率した会館職員の方から大石寺境内を歩きながらの例の大聖人の「御肉牙」について聞かされたことがありますが、到底、受け入れることは出来ませんでした。)

そしておっしゃるよう題目をあげているとは思えない家庭の本尊では蒲鉾上に湾曲しているものは
見た記憶はありません。私は当時、「特別」の付かない日達写しの普通のお形木本尊を安置していましたが、それ以後、先輩の日顕特別お形木本尊のような蒲鉾上に湾曲を目指して唱題に励んだこともあります。(これは適いませんでした。)

誰の書写の写しであるにも関わらず、この現象はあるのでしょうか?

例えば死後の相の良し悪しについては宗教上以外の理由はありえると思います。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/48889
しかし、唱題の量(質も?)と本尊が蒲鉾上に湾曲をするのは宗教上以外の理由はありえる
のでしょうか。そうだとするとやはり、水分(湿気)や乾燥の問題なのでしょうか?

蘭夢様に限らずどなたか御所見等をお願いしたいところです。
 

竹岡男子部長へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 7月18日(月)13時42分15秒
編集済
  父親が金属製の御本尊を、学会本部に売り込もうとした。

息子として黙っていて良いのか?

それとも、「犀角氏のブログは全てウソ」と言うのか?

男子部だけでなく、学会全体、そしてマスコミ関係にも情報は拡散し続けている。

【御本尊売込み計画】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/51234
 

yさん様

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 7月18日(月)13時18分33秒
  貴殿の投稿が当掲示板の主旨に全く反しているとは考えておりません。
しかし、議論を深めようとするのか、真実を求めているのか、眼を覆い隠そうとしているのか、
長らく議論され積み重ねてきているにも関わらず、表層的なことに囚われているように見えます。

法が顛倒すれば道理は通じなくなります。
常識や当たり前だと思っていることを、もう一度見つめ直すことも重要ではないか。

投稿を自粛するかしないかはお任せしますが、有意義な議論を望みます。
 

管理人様

 投稿者:yさん  投稿日:2016年 7月18日(月)12時58分57秒
   管理人様の意向は了解致しました。コメントは今後しないことをお約束いたします。この板の主旨に反するコメントを長らく許可いただいたことは、感謝しております。ありがとうございました。  

yさん様へご提案です

 投稿者:管理人  投稿日:2016年 7月18日(月)12時47分58秒
  > 師敵対との批判の根拠となっている教学レポート、遠藤文書の作者がもう割れているのですから、少なくともその方が実名で、執行部の過ちを糾弾してもらわなければ、一般会員には何の説得力を持たないばかりか、

貴殿はそれが容易もしくは可能であるという考えなのでしょう。
ここに投稿されている方の多くは、それぞれの組織の実体験や社会経験上、
そう容易にできるものではないと判断をしているではないでしょうか。

貴殿が可能であると考えることは自由ですが、それならばそれよりも簡単な
本人たちへの確認を貴殿が行うことを提案します。

貴殿の投稿を見てきましたが、当掲示板で長らく議論されていることを
全て無視しての投稿が目立ちます。

一見さんであればまだわかりますが、貴殿はずーと見てきていることが伺える。

貴殿は以前より本物であれば自分が立ち上がると仰っていたかと記憶しております。
それであるならばぜひ貴殿が確認を取られてみてはいかがでしょうか。

それをされないのでしたら、当掲示板を「社交サロン」と仰るぐらいなのですから、
今後、議論の妨げになるような『投稿は』ご遠慮いただきたいと思います。

以上
 

(無題)

 投稿者:yさん  投稿日:2016年 7月18日(月)12時42分44秒
   ジョーカーさんとのやり取りをした後、しばらく見るだけにしていましたが、やはり現執行部を師敵対と断言してしまう方々の言動には賛同できませんでした。

 ジョーカーさんには申し訳なく思いますが、半年ほど思索したうえで今の思いを正直に述べております。桃太郎さんのコメントには、大変共感しています。この掲示板の拡散を先生が期待しているとは私もとても思えません。

 いろいろな長の下で経験させていただきましたが、どんな器量の狭い幹部だからといって批判、追及したからと組織が歓喜あふれるように変わるでしょうか、、、。その幹部の足りない所を補いながら支え、自身の真剣な行動で組織に波動を起こしていくのが、先輩方から教わった学会精神だと私は思います。









 
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年 7月18日(月)12時37分37秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2007-2-8 【新時代祭4回本部幹部会 新時代第1回全国青年幹部会】

■ 一、新時代第一回の青年部幹部会おめでとう!(大拍手)
青年の時代だ。
私も青年時代、やり切った。
 戸田先生の弟子として、世界的な偉業を成し遂げてきた。
 青年部の君たちも、若いのだから、なんだってできる。
 この「時」を逃して、身勝手に生きたり、臆病になっては、自分が損をするだけだ。  今こそ、永遠性の価値ある青春を、偉大なる広宣流布の歴史を、師子王のごとく堂々と築いていっていただきたい。
 それが創価の青年の生き方である。
 男子部も強くなった。
 女子部も光っている。
 学生部も頼もしい限りだ。
 特に若い、新しい人材が躍り出始めた。私は、うれしい。
「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ(御書231㌻)」と経文には仰せである。
 今、これほど真剣な青年が、希望に燃えて、躍動している世界は、ほかにどこにもない。創価学会しかない。本当に明るくなった。
 ゆえに、経文に照らせば、広宣流布の未来は限りなく明るい。学会には素晴らしい前途が洋々と開けている。(大拍手)

●人間性光る幹部 法に則った組織
 一、後世の為めに申し上げておくが、幹部が威張ったり、堕落して、その為に会員が犠牲になるような組織だけはつくってはいけない。
 どこまでも、人間性あふれる幹部であり、組織であり、普遍の法に則った学会であらねばならない。
 もしも、仏法に違背するような幹部が出ればきっぱりと正しい意見を言いきっていくべきである。その人が本当に学会を守る人である。

■ 一、尊き海外の同志の皆さま方、遠いところ、寒い中、本当にようこそ、お越しくださいました!(大拍手)
 カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、フランス、ブラジルの皆さま、有意義な研修会、まことにご苦労さまです。
 私たちは、法華経の通りに、広宣流布の指導者の皆さま方を、「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如く」最敬礼をしてお迎え申し上げたい。
 全員で起立して、もう一度、大拍手歓迎しましょう。本当にご苦労さまです!(大拍手)

● 「恩師に捧げる」
このほど、ブラジル政府の教育省から、公式文書が届いた。
 それは――名門・マットグロッソ連邦大学から私への「名誉博士号」の決定通知であった。
 これで名誉学術称号は決定通知を含めると「226」となった。(大拍手)
 一、すべては、恩師・戸田先生に捧げる栄誉である
 ――この一念で私は生きてきた。
 どんな世界でも、師匠の事を忘れず、師匠に何かで応えていく。それが弟子の務めである。師弟とはそういうものである。
 いわんや、「師恩」を最も大切にするのが仏法である。それを知るか知らないか。深く実行するかしないか。それで一切は決まってしまう。断じて増上慢にいなってはいけない。
 そしてまた。福運は全て我が同志に通ずるものであり、お子さんやお孫さん、必ず立派に育ち、海外に雄飛したり、優秀な博士になっていく証なのである。
 さらに、私が代表でお受けする事で、わが同志が、我が弟子が、その国、その地で、未来永劫にっ絶対に護られ、勝ち進んでいける「信頼の道」を開いていることを知っていただきたい。
 ここに師弟一致の深き意義がある。
 ともあれ、全世界の心ある知性も、指導者も、創価学会の「人間主義」の哲学を求め、その「前進・勝利」を喜び始めた。
 時代は大きく変わっているのである。(大拍手)

●人間賛歌を高らかに!
 一、『永遠の都』の主な舞台は、西暦一九〇〇年のローマである。
 若き革命家たちが、民衆が、時の暴政に立ち上がる。宗教の権威や政治の権力と敢然と、敢然と戦う。
 その先頭に立つ一人がロッシィ。
学会でいえば青年部のリーダーである。
 革命児たちは、人間共和の理想を掲げる。
 本来、人間に、上も下もない。皆、平等だ。我らの「人間主義」の心情とも共鳴する。
 『永遠の都』を目指す若人は、絶対の同志愛で、厳冬のごとき幾多の試練を乗り越え、歓喜が躍動する「勝利の春」を勝ち開く。そういう物語である。
 この本を通して戸田先生は、学会の真髄の精神を教えてくださった。
本当に偉大な先生であられた。
 広宣流布とは、平和と文化と教育の「永遠の都」作る大事業である。

●師弟で築け永遠の都を
 一、再びロッシィの信念を紹介したい。男子青年部の諸君の為めに。
 「今後どんな事態が発生しようと、そんなことは少しも意に介さないで、民衆の為めに一身をささげよう。自分と、人の世のために尽くすという仕事のあいだには ―― たとえどんなことであれ割り込んでくる余地はないのだ」
 そしてロッシィはこうも綴っている。
 「我が身に課した使命を貫くにあたって、いつかふりかかってくるやもしれぬ艱難(かんなん)を受け止める覚悟ができていなくてはなりません」
 またある登場人物は語っている。
 「山は動かない。しかし人間は動くようになっている」印象深い言葉である。

●学会ほど素晴らしい集いは、世界にない。
 一、広宣流布は、戦いだ。抽象論でもなければ、遊びでもない。
 その戦いに臨む心構え、覚悟を大聖人はこう仰せである。
 『「釈迦・多宝・十方の仏よ! 来り集まって、我が身に入り、我を助けたまえ!」と祈念しなさい』(御書1451㌻通解)
 「弥三郎殿御返事」で、大聖人が激励しておられる。
 祈りがあれば、すべての仏菩薩が動く。
 我々とともに、何千万、何億万という仏菩薩がいる。
 それは、目に見えないけれども、仏の眼からご覧になれば、厳然と見えているのである。
 毎日、皆さんが唱題する時にも、無数の仏天が、一緒に御本尊に向かっている。
 日々の勤行、唱題とは、そういう儀式であり、「全宇宙が舞台」なのである。

●一番強い「大願」それは広宣流布
 一、さらに御書を拝したい。
 大聖人は、法華経授記品から、「魔および魔民があったとしても、皆、仏法を守護する」という一節を引かれている(同1242㌻ 通解)。
 本当に信心が強ければ、魔物も、魔民も、全部、その人を守る働きとなる。敵であっても、味方に変えることができる。
 これが妙法の力だ。

● 来るべき春に備え力を蓄えよ
 一、戸田先生の哲学に学びたい。
 「冬は沈思の時ではあるが、引っ込み思案に安閑に過ごす時ではない」
―ー 戸田先生は、冬になるとその話をされた。
夏になると夏の話を、海に行くと海の話を、山に行くと山の話をされた。
 いつも、絶妙な、見事な話をされる先生であられた。皆が、先生から聞いたことを忘れてしまっても、私は全部、覚えている。
 「(冬は)きりっとした身のしまるような気候の中に、来るべき春に備えて、営々と活力を蓄える時である。
 雪の下にも生命の芽生えは、たゆみなく春の準備に忙しいのである」
 いい言葉である。戸田先生らしい、詩人の言葉であると思う。
 「青年は」―ーよく先生は話された。
 「青年は、北風に向かって、堂々と進め!」
 「苦難の道に向かって、悠々と走り抜け!」と
 また「青年の強みは燃ゆるが如き熱情にあり」と
 私も情熱を満々と発揮しながら戦ってきた。
 学会のリーダーは、特に最高幹部は、皆の幸福を考え、生命を尽くして、学会の将来の歴史を刻んでいかねばならない。

● わが生命が宝塔
 戸田先生は言われた。
 「誰もが等しく仏子であり、また宝塔であるというのが、日蓮大聖人の精神だ。だからこそ、万人を救い得る真の世界宗教といえるのだ。」
 妙法を唱えゆく、我が胸中の肉体に、御本尊がある。
誰もが、わが生命を、妙法蓮華経の宝塔として輝かせていくことができるのである。
 だからこそ、大聖人の仏法は、万人を救う世界宗教だと云えるのである。
 戸田先生は、厳しかった。そしてやさしかった。
 戦時中、学会は軍部の弾圧を受け、多くの最高幹部が投獄された。牧口先生、戸田先生は、最後まで信念を貫き通された。
 しかし、こうした迫害に恐れをなした幹部は、次々と退転してしまったのである。
 先生は言われた。
 「信心で越えられぬ難など、断じてない。全同志が、誰一人として、負けずに信心をまっとうしてもらいたい。」
 これが遺言ともいうべき、先生の指導であった。
 また、先生は「必ずできる! できないと止めてしまえば、何でもダメだよ」とよく話された。
 まず自分が立つのだ。人任せではいけない。
 すぐに「できない」と決めて、あきらめていまう ―― そんな人間なってはならない。「必ずできる!」。この精神で進もう!
(会場から「ハイ」元気なと返事が)

■ 一、戸田先生は言われた。
 「信心は形式ではない。命を打ち込んで、御本尊に祈りぬくのだ。その根本を忘れてはいけない」
 そうでなければ、自分が損をする。
 牧口先生は、訴えておられた。
 ―― 近年ほど、指導者階級が指導力を失った時代はない。後輩に対する権威が失墜することは、皆を善導する力の源泉が枯渇することである。―― 指導者に哲学がない。確固たる目的が無い。だから、皆を導いていくことができないのだ。
 また、戸田先生は言われた。
 「広宣流布の長い旅路には、いろいろな事が起きる。だが結局は心配ないものだ。妙法の偉大な力というものは、何ものも遮ることができないからだ」
 この確信を忘れるな!

●大いなる喜び
 闘いの中に、喜びがある ―― 学会活動にも通じる言葉だ。
 何もしないで、ただ遊んで、ダラダラと過ごしている。それでは心からの喜びはない。ずる賢い、怠惰な、動物的な生き方になってしまう。
 我らは、人のため、法のため、そして社会のために動き、働く。これほど尊い事はない。これが真の人間としての生き方である。
 アメリカの民衆詩人であるホイットマン。
 私は桂冠詩人であり、若き日から、ホイットマンの詩を愛誦してきた。
 ホイットマンは謳う。
 「健康に金はかからぬ、気高くあることにも金はかからぬ。/節制がいちばん、ごまかしは禁物、大食や淫欲も禁物」
 これまで、学会の同志のおかげで社会的に偉くなりながら、堕落し、嘘をつき、ついには裏切っていった人間がいた。
 そうした輩にだまされてはならない。断固として、戦っていかねばならない。

■ 一、最後に世界の英知の言葉を贈りたい。
ドイツの詩人ヘルダーリン。
 「安堵は、私を幸福にせぬ」 「悩みは若者の胸を高める」
 そしてロシアの大文豪ドストエフスキーは青年をこう励ました。。
 「粘り強さを持った人は、かならず、いつかは物になるのです」
 「失敗をしない人間などいるものですか? 第一ずっと波風の立たない人生などに何の値打ちがあるでしょう。 もっと勇気を出して自覚を高めること ―― これがあなたに必要なことです」
 勇気 ―― これが人間として、青年にとって。最も大切なのだと申し上げ、スピーチを終わりたい。 長時間ご苦労様!
とくに海外の皆さま、ありがとう。皆どうか風邪を引かれませんように。
またお会いしましょう(大拍手)

 

ご本尊売り込み!

 投稿者:一言児  投稿日:2016年 7月18日(月)12時20分4秒
  へーぇ!。寺の弘安2年のから離れ、本来執行部でやることを先取り、使命感に溢れている。T岡父さんらゲリラの失敗状態で残念、肉筆ご真筆で立ち上げる案には賛成します。模刻で板状とかサインペンで左右調整したなどビックリ情報、気を早ってたのね。学会も大誓堂建て、大石寺系の本尊を掲げ、動員かけて聖堂参り、こっちもダメ。ご本尊の展望なき執行部、この「宿坊」でも意見が分かれている。かって「大日蓮」展で、ウェブでも「大曼荼羅一覧」ご真筆観た。そのコピー曼荼羅でいけないの?、まさかこの時代「魂を墨に染め流して」など云わないでしょうね、貴方んち手書き本尊ですか。iPadでくっきり映ります、モニター本尊もありか、ひとり学会になって行くー。  

【えっ??竹岡男子部長の父ちゃんが~本尊造って売り込み計画】竹岡男子部長は父ちゃんに至急確認して~

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 7月18日(月)12時15分21秒
  【御本尊売込み計画とな? 】
?投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編

http://6027.teacup.com/situation/bbs/51785

 

イケディアンさん うんうん 納得!

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 7月18日(月)12時10分28秒
編集済
  >自分が直にやっている行為をそのまま当てはめている(-_-)<

>真面目に現場で活動している会員を小馬鹿にして楽しんでいるんじゃないですか?孤独な老人の独善的発病の場?が他に無い(-_-)<

>だから、この板に徘徊して来るのでしようかね?何度言い聞かせても『俺はそんなこと、覚えてねぇ!』何て言いながら、何度も同じ事を繰り返す(-_-)財務ジャブジャブで飯喰らってるとボケが早まるんです(-_-)<
 

必死だね

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 7月18日(月)12時09分16秒
  奴等必死ww  超笑えるww  

愚癡であるが正直の者

 投稿者:桃太郎  投稿日:2016年 7月18日(月)11時59分39秒
  衆生心御書 (随自意御書)

人のつかひに三人あり、一人はきわめてこざかしき、一人ははかなくもなし・又こざかしからず、一人はきわめて・はかなくたしかなる、此の三人に第一はあやまちなし、第二は第一ほどこそ・なけれども・すこしこざかしきゆへに主の御ことばに私の言をそうるゆへに・第一のわるきつかいとなる、第三はきわめて・ はかなくあるゆへに・私の言をまじへず・きわめて正直なるゆへに主の言ばを・たがへず、第二よりもよき事にて候・あやまつて第一にも・すぐれて候なり、

<通解>
たとえば人の使いにも三種の人がいる。一人は非常に賢しく、一人は愚かでもないがまた賢くもなく、一人は極めて愚かであるが確かである。この三種の使いのうち、第一の使いは過ちがない。第二の使いは第一の使いほどではないが少し賢しいので、主人の言葉に自分の言葉を添えるから最も悪い使いとなる。第三の使いは極めて愚かであるゆえに、自分の言葉を交えず、極めて正直であるから主人の言葉を違えず、第二の使いよりもよい使いとなり、どうかすると第一の使いよりも勝れた使いとなるのである。

会長や組織を批判する人は、どうやら、「第二の使い」のような感じかな?
第三の使いを末代の凡夫のなかでも、愚癡であるが正直の者という事ですが、やっぱコレでしょ。

池田先生ほどの人が幹部批判されるのなら分かるけど、私たちが批判していたら収拾がつかなくなるでしょ。
愚癡程度にしておくべきです。中心となるべき会長を批判して、ネットで拡散することは、破和合僧の所作ですよ。そんな事を池田先生は期待していない。と思う。
 

(無題)

 投稿者:うらら  投稿日:2016年 7月18日(月)11時57分23秒
  どちらが正しい信心か。正しい行き方か。
法と三代の指導に基づいて、創っていくものだとおもいます。
出来上がった道のうえを歩いていくことが正しいとは限らない。
先生が「道を切り拓け」と指導されていらしたこと。
この信心はひとりひとりが主体者であるという事。
但し、法に基づいて。
 

排除の論理

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年 7月18日(月)11時45分31秒
  パソコン不調により、しばらくの間、書き込みできませんでした。閲覧は全体の5割ほど目を通した程度です。若干、浦島太郎状態ですが、パソコン復活したので、下半期もバリバリ書いていこうと思いますのでよろしくお願いします。

さて、先日、ある知人が支援活動しない旨を伝えたら、組織から排除されたことを書きました。その後、その知人はどうなったのか。支援期間も終わったので、てっきり元に戻る(拠点を知人宅に戻す)と思っていたが、そうではなく、変更なしとのこと。それはまだいいとして、どうやら引き続き、活動には参加しないでほしい(空気を読め)とのこと。

知人は幹部に、「私の存在自体が嫌だってことですか?」と尋ねると、「そうだ」との返事。存在そのものを否定されたことは驚愕の至りであり、さすがにそれはなく、行き過ぎだ。知人は、支援活動をしないことを認めてほしかっただけなのに、話がどんどんこじれ、厄介者にされてしまった。知人は、「あなたは威圧的で話がしにくい」と言われ、組織から敬遠され、村八分状態。もう会合にでないほうがいいのかなと悩んでいる。これは現場で実際に起きている事実である。

結論ありきの組織では、対話にならない。そして、組織が官僚化すればするほど、排除の論理がまかり通る。組織の意に沿わない者を認めず、必要以上に処分し、排除する。実に恐ろしいことであるが、権力を握っている側が陥りやすいポイントでもある。気に入らない者を敬遠するのが人間の性ではあるが、それが人間主義を掲げる創価学会の組織内においても厳然と行われている。しかも、当事者は、この狂いに気づかないところに、問題の根深さがある。

この手の話は、現場のリーダーの器量によって、結果は違ってくる。しかし、それ以上に、組織が長年培ってきた、「体質」というものが、強い影響を及ぼす。54年も、優れた感性の職員(おかしいと思えた人)もいたでしょうが、組織の大きな流れには逆らえなかったのではないか。宿坊の掲示板は、54年を生んだ、創価学会の体質そのものにメスを入れ、どのようにそれを転換していくのかを論じる場である。

創価学会の一現場ですら、このような排除の事件が起きている。それによって、心ある会員が傷つき、悩まされている。こういうことは、組織内にはゴマンとある話であり、ただ、知らない、見えないだけです。

存在自体を否定してしまったら、広宣流布の大義そのものを失ってしまう。その先に学会の未来はない。しかし、現実にそれがまかり通っている組織があるのだ。敵は内部(組織主義)であり、54年の総括は、いかに学会を人間主義化するかということ。今は末法であり、濁悪の世。ありえないことなどあり得ないのである。
 

Re.二枚舌

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 7月18日(月)11時39分59秒
編集済
  私が観察するに、y さんは、認知徘徊の類いだと思いマス(-_-)

錦の御旗だの酒飲み話だのガス抜きなどと言う、自分が直にやっている行為をそのまま当てはめている(-_-)

真面目に現場で活動している会員を小馬鹿にして楽しんでいるんじゃないですか?孤独な老人の独善的発病の場?が他に無い(-_-)

だから、この板に徘徊して来るのでしようかね?何度言い聞かせても『俺はそんなこと、覚えてねぇ!』何て言いながら、何度も同じ事を繰り返す(-_-)財務ジャブジャブで飯喰らってるとボケが早まるんです(-_-)

何か不安ですね、まったく(-_-)
 

【本尊造って売り込み計画 竹岡男子部長の父ちゃんが】掲示板を荒らしたい 輩がいるんだね~ なんで? それは執行部に都合悪いからね~

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 7月18日(月)11時35分21秒
  虹と創価家族さん 掲示板を荒らしたい「御本尊つくって売り込み計画」  投稿者:八尋みのる
投稿日:2016年 7月13日(水)20時05分19秒   通報 編集済
奴ら必死ですww
笑えるww  何しろ竹岡男子部長の父ちゃんだもーん
不破優さんの北林くんだもーん
~~~~~~~~~~~~~~
>読み解く補助として、
A=○くぼ、 O=○木、 M=○本、
H=○野、 T=○岡<

掲示板が荒れるのはコレ?
実名がバレルとヤバい???

>こうしてT岡やH野らの計画は失敗に終わったかにみえた。しかし、執行部の大御本尊計画が、当時の教学部の抵抗によって一時頓挫したとみるや、にわかに再燃する。<

大御本尊計画とは教学部レポートにあったよね!
教学部レポートや遠藤文書の証明につながるのでは???
ここも痛いのかな(笑)

~~~~~~~~~~~~

太ちゃん、関連リンクをまとめて頂きまして、ありがとうございました。

>御本尊売込み計画とな?  投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/51785

 

虹と創価家族様 同意いたします

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 7月18日(月)11時32分4秒
  【原田執行部の過ち 】投稿者:虹と創価家族

>明らかに原田執行部は過ちを犯しています。
ゆえに、会員が最高幹部を戒めているのです。

「おかしいと声を上げて何が悪い!(怒)」

民衆は大地、会員が大地なのです。
それを忘れた原田執行部を許すわけにはいきません。<

http://6027.teacup.com/situation/bbs/52195

~~~~~~~~~
いるのではない。
いかなる組織も、大きくなり、根幹の精神を忘れると、いつしか、冷たい官僚主義、事なかれ主義がはびこっていく。要領よく、戦っている格好だけ見せる。派閥をつくって気に入らない人間をいじめる。陰でこそこそ悪事を働く ―― そういう人間が、のさばりだすものである。
少しでもこうした兆候があれば、それは、広布を破壊する魔の働きであると、鋭く見破っていかなければならない。幹部になるほど、十分に戒めていくべきである。

(スピーチ全文)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/29864

 

なんか不安だね。

 投稿者:桃太郎  投稿日:2016年 7月18日(月)11時28分4秒
  将来の学会を想像すると、ちょっと不安になりますな。
同じ広布を目指す同志なのに、①会長を中心として異体同心で広宣流布を進める方々と②会長や組織を批判していかれる方々と二つに別れて、本当に大丈夫かいな?と思います。

会長を中心にしなかったら、誰を中心に団結して戦うんですか?

ここの掲示板は、すごく流れが速いので過去レスを全て読んだわけではありませんが、なんか嫌な予感がします。

私は以前、「創価学会応援隊」という掲示板で常連のように書き込んでいましたが、タイトルとは正反対の掲示板で、幹部批判、組織批判、公明党批判、なんでもありで、たまりかねて「いや、それちょっと違うんじゃねぇ?」とか言おうものなら、大人気ない低劣な人格批判をされました。

そのくせ、池田先生は偉大だ!みたいな事を言うんですよ。
「アラーアクバル」とか言って、意見の合わない同じイスラムの同志を攻撃するのと一緒です。

ここは、あの掲示板ほどでは無いにしろ、なんとなく似ています。
 

二枚舌

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 7月18日(月)11時26分45秒
  完膚なきまでけちょんけちょんにされて
忘れた頃に舌をペロンと出すバカタレが~
 

再掲ね~ www

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 7月18日(月)11時25分7秒
  ジョーカーさんへ  投稿者:yさん
投稿日:2016年 3月16日(水)23時14分49秒   通報
 さっそくのご返答ありがとうございます。おっしゃるとおりです。何の反論もございません。眠っていた魂を揺さぶられる想いでコメント読ませていただきました。

 細かい相違点が吹き飛んでしまうくらい共通の想いを感じております。再度じっくり考え、今の自分に何ができるか問い直してみたいと思います。ありがとうございました。
 

再掲ね~

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 7月18日(月)11時23分49秒
  偉くさせない戦い  投稿者:ジョーカー
投稿日:2016年 3月16日(水)19時23分58秒   通報
yさん

>果たしてジョーカーさんは、人間主義を標榜する現場から引っ張りだこの担当幹部に収まらずに、現場での現執行部の追求をも視野に入れたバージョンアップを望んでいるのでしょうか?<

まず、創価学会という組織は世間一般の組織とは根本的に異なります。世間では社長は偉い存在ですが、創価学会では、会長は全く偉くないのです。ですので、会長=社長ではありません。むしろ会長は一番の下っ端として考えるのが本来の創価学会です。この前提を間違えると、すべてが狂ってしまいます。

宗門が邪教化したのは、「僧侶が上、信徒が下」とはき違えたからです。同じく創価学会が邪教になるとしたら、「会長が上、会員が下」とはき違えた時です。会長並びに執行部を偉くさせてはならないのです。池田先生が本幹で、壇上幹部を叱り飛ばしたのは、それをわからせるためでしょう。本来、皆の前で叱るということは、やるべきことではありません。なぜなら、恥をかかせることになるからです。だけどあえてそれをやるところに、甚深無量の意味があるわけです。

日本は官僚主義国家ですので、創価学会も官僚主義になりやすいですし、それのほうが馴染みがあります。人間主義といっても、知らない間に官僚主義思考に陥ってしまうのです。これは日本人特有の、「主人のために犠牲になること厭わず」という精神が根深くありますから、どうしても個よりも組織を重んじる傾向になりやすい。組織が良識的であれば問題はないですが、そうでない場合は、利用されてしまいます。

ちっとも偉くない会長ですが、組織の決定権(権力)は有しています。そういう意味では上なのです。ただ役割として上をいいことに増上慢となり、自分が偉い存在と錯覚するところに権力の魔性の恐ろしさがあります。権力の魔性を断ち切れるのは信心だけです。学会が権力の魔性に染まってしまったら、ミイラ取りがミイラになったも同様ですから、絶対に会長を偉くさせてはならないのです。今までは師である先生が、増上慢を断ち切ってくれていましたが、これからは、一体誰が断ち切っていくというのでしょうか。

下っ端の会長並びに執行部が理不尽で調子こいたこと(先生の指導と違う)をしていたのならば、「おかしい」と追及するのは普通のことでしょう。それに対して、誠意ある対応をしていくことが、権限を有している人間の責務です。それが出来ないこと自体が傲慢(自分たちが上)になっている証拠であり、組織の権限を有している分、危ないのです。人間主義の戦いとは幹部を偉くさせない戦いでもあるのです。

宗門は広宣流布の道から逸れてしまったので、残るは創価学会だけが、日蓮の魂を継ぐ団体です。学会が、信仰を深める手段として、正常に機能させることが学会を守ることになります。そのためには先生の指導を根本にしなければなりません。その道から逸れて、権限ある幹部が好き勝手するようなことになれば、諌めなければなりません。それは見る人によっては、批判にしか映らないかもしれません。

最後に戸田先生の指導を紹介しておきます。
「自分で威張るつもりはなくても、自然に威張るようにさせてしまうのが、怖いのだ。学会も、幹部になれば、周囲が、自分を何か偉い存在のように作ってしまう。それに乗ったら恐ろしいぞ。くれぐれも気をつけよ!」
 

この掲示板から退却するのは君

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 7月18日(月)11時21分55秒
  冷却ではなく退却ね
 

(無題)

 投稿者:yさん  投稿日:2016年 7月18日(月)11時13分47秒
   本門の戒壇の解釈の違いを巡り、今の顕彰会が宗門と分裂したように、古今東西を問わず宗派の方向性による違いによる分裂騒動などは、数多くあるのは御存知と思います。

 酒場のガス抜き論を否定するなら、この板の主張を先鋭化していけば近い内に分裂寸前という局面になることは、想像できますよね、、、。

 同じ信仰を保った同志だからこそ、そうならないよう次善の策として一定期間、距離をおいて冷却期間をもうけたらどうですかと家出、別居論を薦めているのが私の思いですし、目障りな板をつぶす目的でコメントしているわけではないことを、ご理解いただければと思います。
 

仏教会について

 投稿者:源蔵  投稿日:2016年 7月18日(月)10時54分3秒
    海外のSGI組織が各国の仏教会に加入することは、日蓮仏法の教義の上では必ずしも誤りではなく、容認されると考えています。
 大聖人は「教機時国抄」で「仏教は必ず国に依って之を弘むべし」(御書439㌻)と仰せられ、「開目抄」では「末法に摂受・折伏あるべし所謂悪国・破法の両国あるべきゆへなり、日本国の当世は悪国か破法の国かと・しるべし」(同235㌻)、「無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし」(同㌻)と述べられています。
 仏法について無智の人々が充満している国土では摂受を基本とし、仏法を知っていながら正法を迫害する邪智・謗法の人々が多い国土では折伏が基本になると仰せです。日蓮大聖人の仏法を知りながら、それを迫害している日本は邪智・謗法の国に当たり、日蓮仏法を知らなかった海外の国々は無智・悪人の国土といえるでしょう。従って、日本においては他宗の誤謬を破折していく折伏が基本になりますが、海外において日本と同じように折伏を前面に出すことは国土の相違を無視している故にむしろ誤りになり、海外では「たとえ人々が低い教えを信じていたとしても、そのことを咎めず、仮に受け入れたうえで次第に人々を導いていく方法」(『教学の基礎』264㌻)である摂受による弘教が正しい在り方となるでしょう。
 仏教会に加入することは他宗の教義を宗教的に受け入れることではなく、教団同士の交際という社会的行為であり、他宗寺院での会合の際に他宗の本尊に対して礼をしたとしても、信仰としてその本尊を信じて行うものではないので、他教団に対する社会的な礼儀を示すものとして問題ないと思われます。この点は、日本においても学会員が他宗・他宗の葬儀に参列して祭壇に礼をしても(宗教的行為ではなく社会交際上の行為なので)差し支えないのと同様でしょう。仏教会に加入するかどうかは、もちろん各国組織の主体的な判断によるものですが、仏教会に加入していることは、その組織が特異なカルト集団と見なされる恐れを低減する意義はあるかと思われます。
  また、学会員が他宗の僧侶と「談笑」することも許されないとすることは余りにも偏狭で硬直的な態度であり、むしろ不適切です。他宗教の聖職者であれ、誰であれ、人間として対話していくことは一切衆生に仏性を認める仏法の精神から当然の在り方ではないでしょうか。この点については、池田名誉会長がキリスト教・ユダヤ教・イスラム教の指導者とも対話されてきたことが明確な模範となると思います。
 

yさんの話

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 7月18日(月)10時42分40秒
編集済
  グリーでのFBIさんの言葉を借りれば、こういう状態を段違い平行棒ならぬ『勘違い平行棒』と揶揄してたな~とf^^;

宗教やってるのに「心」の存在を無視して表面上の「形」でしか物事を捉えてないですよ。
まるで昨日今日入会した人の話を聞いてるみたいです。
こんなことでは十界論すらまるで理解されておられない様子ですね。
話がかみ合うわけもないんです。基礎も体験もまるで伴ってないから。
なぜ「池田先生」なのかまるでわからない状態でしょ。

そんなyさんの姿へと仕向けてるのは執行部や最高幹部たち、そう見られるだけですよ?
執行部擁護どころか逆に執行部と最高幹部らを「ただ貶めてるだけ」ですよ。
結果的にね。

追伸:
「先生の意向を確認」できるような池田先生の容態ではないから「4人組」はやりたい放題をロコツにカミングアウトしたのでしょうね。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

(無題)

 投稿者:yさん  投稿日:2016年 7月18日(月)10時28分48秒
   身内の方でもなかんずく、奥様が先生の思いを一番理解されていると思っていますので、奥様の新聞紙上の姿をみれば、活動家なら錦の御旗がどちらにあるか確認しなくてもわかるのではありませんか、、、。  

ありがとうございます!

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年 7月18日(月)10時22分16秒
  ●うららさんありがとう!
そうなんです。
実は、今の組織事情が頭をよぎってあまりにも不憫に感じたのもあったんです。
僕の動揺はそこだったんです。
少しずつ覚えていけばいい、というそんな悠長なことをしてる場合でもなくなったんだなって。
加えていえば、これまでの「学会活動をがんばって!」というのが適切でなくなってるのが明らかな地元のようですから。
どうやってちゃんと功徳のある信仰を伝えようか思案してるところです。
ここで「決着」をつける時期なんでしょうね。
激励のそのお話を相手にさせて頂きます(^^)
温かいお言葉ありがとうございますm(_ _)m

●ひかりさんありがとう!
はい、症状は「尿道結石みたいな感じ」と言っております。
僕のほうで要点を話すよりも、この文面をそのまま伝えてよろしいでしょうか?(^^)
迫力とリアリティーがある体験談に感じます。
僕が要点を話すような「第三者を入れる」よりも、文面そのものを伝えたほうがいいと感じたんです。
最近はあまり見なくなった非常に貴重な体験談に感じます。
内部コミュニティーで話してるので、他の人にもぜひ知って欲しい素晴らしい体験談です(^^)
よろしいでしょうか?m(_ _)m

●石嵜さん改めてありがとう!
真っ先のお話をありがとうございましたm(_ _)m

みなさまありがとうございます! m(_ _)m

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

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