●竹熊の行為は「現実逃避」か?

『チャイルド・プラネット』での原作降板の一件については、おおむね事実ですからあえて否定はしません。
 結論から言えば、庵野さんが『エヴァ』でやろうとしたことと、私が『チャイ・プラ』でやろうとしたことは、方向性としてはほとんど同じだったと思うんです。もちろんこれは私の個人的な思いこみですが。それで『エヴァ』を見て、正直大いに焦りました。自分はこの作品に勝てるだろうかと。それで出た結論は「勝てない」。どう考えても、自分の圧倒的な力不足を確信したわけですよ。
 またこのこととは別に、作品の方向性をめぐって漫画家や編集部と意見の食い違いがあり、それが日に日に大きくなっていたことは事実です。が、かりに強引に私が思う方向に作品を引っ張っていったとしても、結果は同じだったでしょう。要するに私はドラマをちゃんと組み立てる力量がないのに、なんとかなると過信していた、ストーリー作りというものをなめていた、ということです。かくの次第で、私は思い切って「原案」に退いて、その後の作品一切を漫画家と編集部にゆだねることにしたわけです。
 ところでそう決意した時点で既に、私は庵野氏と知遇を得ており、インタビュー等を通して氏の作品作りの姿勢や目的にたいへん共鳴しておりました。動機や姿勢は、私が相原コージ君と組んで制作した『サルまん』と大変近いものを感じましたし、また作品そのものの目指す地点は、(結局私的には未完で終わりましたが)『チャイ・プラ』でやろうとしていた方向と同じように私には思えました。
 要するに「作家」としては「同じ時期に同じ事を考えていた」という意味でライバル関係になるのでしょうが、「編集者」としての私にとっては、これ以上は望めないくらい興味深い対象であったわけです(ちなみに私は以前より作家と編集者の両方を兼ね備えた「編集家」という肩書きを使用しています)。つまり同時期に全くの赤の他人が同じようなことを考えていたということは、単なる偶然ではなく、そこには何らかの普遍性が存在するのではないか、という直感が働いたからです。
 この辺の作家・編集者の使い分けを他人に説明することはなかなか困難なのですが、とにかく、以降の私は完全に「編集者」として庵野氏と接していた。その結果が『スキゾ』(大泉氏とともにインタビュアーとして参加)と『パラノ』(こちらはインタビュアー兼編集者として全面参加)に反映されているはずです。内容の判断は読者にゆだねるしかありませんが、個人的には、単なる作家論やブーム論、オタク・カルチャー論を超えた、ある種の普遍性を備えた本になったと確信しています。
 さて、ここでの私の行為は果たして岡田さんが言われるような、「自分の仕事に疲れ切った果て」の「現実逃避」なのか否か? ズルい言い方かもしれませんが、判断はこの文章をお読みのみなさんにゆだねたいと思っています。

●岡田氏の「個人的見解」を庵野氏にぶつけたことについてのイイワケ

 最後に、『イイワケ』中で読み過ごすことのできない記述を見つけたので、これについての私の「イイワケ」を提示して、この文章を締めくくりたいと思います。

【(前略)僕は、庵野監督とは彼が20歳の頃からのつきあいだったので、色々知っていることも多いし、思いも複雑だ。竹熊さんと飲み屋に行って、何時間でも話し込めば、普通なら話さない話題も、ぼろぼろ出てくる。
 ところが、竹熊さんは、僕が言ったことを庵野監督にそのまま話したらしい。僕は、まさかそんなことをするとは思っていなくて話しているので、当然、庵野監督は激怒する。それも、一番ナーバスになっていた時期だから、なおさらだ。そして竹熊さんにバシバシと反論して、本音を吐き出す。それを、竹熊さんは、又次の対談の後で、それを僕に伝える。僕も単純な方なので、カッとして又言い返す。】(『イイワケ』より)

 実際のニュアンスはどうあれ、このことについて隠し立てしてするつもりはありません。確かに私は、岡田さんからそう受け取られるような行為をしましたが、理由は2つあります。
 まずインタビューの主要目的のひとつが、庵野氏のこれまでの人生を聞き出すことにあったので、氏の過去の一時期で大きな比重を占めている岡田さんの存在を無視することができなかったということです。これは、事前調査をキチンとするまともなインタビュアーなら、岡田さんに関する質問は当然やってしかるべき項目ではないでしょうか。
 もうひとつは、当時私が置かれていた特別な個人事情に由来するものです。つまり、私は庵野氏と知り合う以前に岡田さんと知り合いで、折に触れて岡田さんから庵野さんの人物像や、もろもろのエピソードを聞かされていました。そのお話から判断して、私は未だ会ったこともない庵野氏の人間像を抱いていたわけです。
 ところが、実際に庵野氏にお会いしてみると、私が岡田さんの話をもとにして考えていた庵野像とは、ニュアンス的にかなり異なる点もあることに気が付きました。もちろん岡田さんなりに正しい庵野像を私に伝えていたのだが、私の理解力不足で誤解していたという可能性はあるかもしれません。しかしながら、素直に岡田さんのお話を聞いていたときとは異なる部分が多かったので、私としては、私自身の誤解がもしあるのなら、それを糺す意味でも本人に直接確認せざるをえなかったわけです。また、庵野さんの方から岡田さんに対して言及する局面では、それを受けて私が岡田さんから聞いた「岡田氏の意見」を話して庵野氏の真意を確認したこともあります。
 たまたま知り得た情報とはいえ、それが矛盾をきたしていた場合、そこを確認しておかなければまともなインタビューなんてできないだろう、という職業上の意識をあえて優先させたわけです。
 もちろん私にも、友人として岡田さんから「個人的に聞いた話」を庵野氏にぶつけるのは、話の内容いかんによっては、岡田さんにとって不愉快なこともあるだろう、という意識はありました。万一これについて岡田さんから恨まれて、ことによればぶん殴られても仕方ない、という覚悟くらい決めていましたよ。これは本当です。と同時に、いかに岡田さんがお怒りになったとしても、活字化した部分に関しては岡田さんが第三者にも納得のいく客観的な理由を示さない限り、撤回するつもりはありません。これも本気です。
 もちろんインタビュアー兼編集者として、質問、及び構成には細心の注意を払ったつもりです。そのうえで、私はこう書いているわけです。仮に『スキゾ』『パラノ』での私の発言について、岡田さんが反論または抗議したい箇所があるなら、今からでも遅くはありませんので、いつでも受け付けます。ただし活字化していないやりとりの邪推をこういう公の場所で追求されても、私としては返答のしようがありませんので、あしからず。
 また、『イイワケ』の中で言及されている、

【そんなことを何回か繰り返しているうちに、僕と庵野監督とは、すっかり絶縁状態になってしまった。】

 という文章に至っては、私としては絶句するほかありません。岡田さんは本当に私の存在、ないしは行為によって「絶縁状態」になったとお信じになっているのですか。これについては庵野監督に直接お確かめになられたのでしょうか。もしそうでないなら、直接本人に確かめられたらいかがですか。それ以上、私には言うべき言葉が思いつきません。
 確か「クイック・ジャパン」の10号に載った、庵野インタビューが出た直後のことだと思いますが、岡田さんから「実は怒っていたのだが、インタビュー自体は素晴らしいものだったので水に流します」という内容の電話があったと記憶しています。同時期に岡田さんが主催されているパソコン通信の会議室でも、岡田さんによる同様の発言がありました。いずれの場合も私は「友人」として非礼を詫びました。と同時に「岡田さんはなんと心の広い人だろう。僕は岡田さんを誤解していたのかもしれない」と、密かに恥じ入っていた次第です。しかし今回、あらためて岡田さんがこの問題を蒸し返すに及んで、再び岡田さんという人間がわからなくなりました。
 繰り返すようですが、もし『スキゾ』『パラノ』における私の発言にご不満があるのなら、そのむね遠慮なく私にぶつけてください。謝罪すべきは謝罪しましょう。また万一「事実誤認」があるような場合、岡田さんに公の場で謝罪するとともに、可能な限り名誉回復の手段を講じるにやぶさかではありません。
 それにしても不思議なのは、一連の岡田さんの態度です。最初は私をあっさり許されたのに、どうしてここにきて『竹熊1,2』のような、私の人格を愚弄する情報操作的文章を発表されたのか。また、それに対して私が『抗議文』を送ると、こちらの抗議の内容にはまともに受け答えをせず、さらに「水に流したはず」の出来事を持ち出される。まあ、「水に流された側」がいうべきことではないかもしれませんが、私にはよく理解できません。まあこれは「竹熊がバカ野郎だから」理解できないのでしょうが。

●おわりに

 ここまでで、私の現時点で言いたいことのほとんどは言い終わりました。とはいえ、『竹熊1,2』に対する詳細な反論はそのまま残っているのですが、ダイジェスト版である『抗議文』(暫定版)に対する岡田さんの対応(『イイワケ』)を読む限り、詳細につっこんでも岡田さんのキチンとした対応は得られないのではないかと密かに危惧しています。これが私の「危惧」で終わらないよう、今後の岡田氏の「誠実な対応」に期待しております。長文におつきあいいただき、ありがとうございました。
(97年8月25日、記す)


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