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【社説】

海の日に考える 消えざるものはどこへ

 海の日を、祝日法は「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」と定めています。海の恩恵を忘れ、痛めつけてはいないでしょうか。

 外洋に面した海岸に立ってみると、海は果てしなく広がっているように見えます。一体、どれぐらいの大きさなのでしょう。

 七つの海を合わせると、海の面積は三億六千万平方キロ余。地球の表面の70%が海に覆われていることになります。深さの平均は三千八百メートルほどだそうです。

◆想像を絶する13垓リットル

 すると、海水の総量は、約十三億七千万立方キロ。なじみ深いリットルに換算すると、十三垓(がい)七千京(垓は京の一万倍)という想像を絶する数字になってしまいます。

 だからでしょうか。私たちは、ともすれば海を宇宙と同じような無限の存在とみなしがちです。

 でも、母なる海はすべてを包み込んでくれるのでしょうか。

 量子力学の祖、シュレディンガーが水の分子についてこんな説明をしています。

 −いま仮に、コップ一杯の水の分子にすべて目印をつけることができたとします。次にこのコップの中の水を海に注ぎ、海を十分にかきまわして、この目印のついた分子が七つの海にくまなく一様にゆきわたるようにしたとします。もし、そこで海の中のお好みの場所から水をコップ一杯汲(く)んだとすると、その中には目印をつけた分子が約一〇〇個みつかるはずです。(岩波文庫『生命とは何か−物理的にみた生細胞−』岡小天、鎮目恭夫訳)

 さて、海は広いのでしょうか、広くはないのでしょうか。

 船に乗っていると、海面を漂っていく膨大なごみの集団に出くわすことがあります。それは、残念ながら沿岸部に限ったことではなさそうです。

◆砕けたプラスチック

 こうした海洋ごみ、中でも分解して自然に返ることのないプラスチックごみをめぐる問題が近年、各国の調査研究で次々と明らかになってきました。

 米ジョージア大が昨年、科学誌サイエンスに発表した推計では、海に面した百九十二の国・地域から海洋に流出するプラスチックごみは、年間四百八十万〜千二百七十万トン。海洋ごみの約70%を占めているプラスチックごみは、やがて太陽の熱や紫外線、波の力などで細かく砕けていきます。

 そのうち、大きさが五ミリを下回ったものが「マイクロプラスチック」と呼ばれます。その微細片は消滅することなく海中を漂い、全世界の海域へ拡散していることが確認されています。

 こうなると、もはや回収は不可能です。しかも、やっかいなことに、マイクロプラスチックは海に溶け込んでいるポリ塩化ビフェニール(PCB)などの有害物質を吸着します。それを魚や貝がプランクトンと間違えて食べる結果、有害物質が濃縮され、食物連鎖を通じて生態系に悪影響を及ぼすことが懸念されているのです。

 問題は、もちろん、身近なところでも起きています。東京農工大の高田秀重教授らの調査では、東京湾で捕れたカタクチイワシの八割近くの内臓からマイクロプラスチックが検出されています。

 海洋生態系のみならず、人間の健康にも影響しうるとして、先進七カ国(G7)としてプラスチックごみの問題に取り組む方針が昨年、ドイツで開かれたエルマウ・サミットの首脳宣言に盛り込まれました。

 それを受けて今年は、伊勢志摩サミットに先立つ富山市でのG7環境相会合で、排出抑制への国際協力、砕かれる前の段階での回収の推進など、優先して取り組む五項目の対策が決められました。

 砕ける前の海洋ごみなら、費用と労力を惜しまねば除去もできます。あらためて強調したいのは、しかし、マイクロプラスチックになってしまったら、もはや回収するすべはないということです。

 プラスチックは、あまりにも安く、あまりにも使いやすい。私たちの文明はプラスチックの恩恵に甘え、結果として取り返しのつかぬダメージを海に与えつつあるようです。このまま海へ流出するに任せ、砕けていくのを見過ごしていてよいのでしょうか。

◆魚の総量より重くなる

 母なる海が浄化も消化もできずにいるプラスチックごみは、大量消費社会の暗部を象徴的に告発しているように見えます。

 プラスチックのリサイクル率は14%と低く、毎年少なくとも八百万トン分が海に流出している−。ダボス会議で知られる世界経済フォーラムが今年初め、こんな報告書を発表しました。その上で、こう警告しています。

 −このままなら、世界の海に漂うプラスチックは二〇五〇年までに重量換算で魚の総量を超す。

 

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