「在特会」の生みの親
都知事選に出馬した桜井誠候補(44歳)。在日コリアンに対して「殺せ、死ね」と声を上げた、ヘイトスピーチが問題視された団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の前会長だ。
有力候補ではないから、その声は大手メディアではほとんど取り上げられない。彼はどんな主張をしているのか。
「朝鮮人、あるいはサル」
都知事選、初めての週末となった7月17日正午、練馬駅前に桜井候補はいた。その姿は一見すると、普通の選挙そのものだ。
日の丸が袖に入ったブルーのポロシャツを着たスタッフが、ビラを配る。桜井候補は半袖シャツにネクタイ、タスキ、白い手袋をつけ、額に汗を浮かべながら手を振る。それを、周囲にいる支援者が拍手で迎える。
聴衆は50人〜60人といったところか。
しかし、「まこりーん」「元会長」といった声に押され、マイクを持つと、「普通の選挙」の姿は一変した。
「昨日も演説をしていたら、朝鮮人あるいはサル、と言われる人たちがですね、邪魔をしにくるんですよ」「あのですね、日本人がですね、日本人のための選挙をやっている最中において、邪魔をする気があるなら、命かけてこんかい。なめるな日本人を」
支援者からは「そうだ」という声があがる。
狙いは在日コリアン
演説のほとんどはパチンコ規制に割かれた。
「ギャンブル依存症対策」「通学路にもパチンコがある」「パチンコにいった親が、車内に子供を放置して亡くなる事件が無くならない」と理由をあげて演説を続ける。ターゲットにするのは、在日コリアンだ。
「パチンコ業界は在日の基幹産業。我々は一生懸命、反日韓国人、北朝鮮にお金を渡している」「民団の資金源を叩き潰すんです」
そして、こう続けるのだ。
「韓国人、朝鮮人に怯えないでいただきたい」
白い手袋をつけた、手を振りあげる。支援者は「そうだ」「まったく怖くないぞー」と声をあげる。
公約のトップは「外国人生活保護の廃止」。在特会が、在日コリアンの”特権”とみなしているものだ。他にも「朝鮮総連、民団への課税強化」「韓国学校建設中止」など、在日コリアンをターゲットにした公約がずらりと並ぶ。
支持者に囲まれて記念写真
選挙カーを降りて、桜井候補は握手をしてまわる。自身の著作を持ってきた聴衆にサインをし、写真撮影に応じる。そのなかには子供もいる。
「××(別の都知事選候補者)だけはなんとしても潰してください」「一緒に写真を撮ってください」
桜井候補は「暑いなか、ありがとうございます」と普通の政治家のように、握手で応じるのだった。
支持者が問題視したのは
小さな子供2人を連れて、桜井候補の演説を聞いていた男性に感想を聞いてみた。在特会による新大久保のデモにも、子供と一緒に3度ほど行ったという。いでたちは、いかにも「休日のお父さん」。彼は穏やかな口調で、こう言った。
「演説ですか。うーん、桜井さんのカラーが出ていて良かったけど、一般市民に届けるには、もう少し言葉がソフトなほうがいいかな。(桜井候補は)きちんと物言いするところがいいですよ。日本人として、矜持を持っている」
「朝鮮人、あるいはサル」などと言う演説に対し、支持者が問題だと感じたのは、あくまで「言葉の強弱」だった。趣旨には賛同しているようだ。
強まる在特会への抗議
ヘイトスピーチが問題視された「在特会」などへの圧力は強まる一方だ。在特会の認知度が高まると、同時に抗議の声も上がるようになった。
国内外からの抗議に応えるように、国も規制に動いた。
法務省は2015年、朝鮮大学校の校門前で学校関係者に「朝鮮人を日本からたたき出せ」「朝鮮人を殺しに来た」などと脅迫的な言動を繰り返したとして、桜井候補に同様の行為をしないよう、勧告を出した。
2014年には、京都の朝鮮学校近くで「日本からたたき出せ」などと拡声器で連呼したなどとして、学校側に損害賠償約1200万円の支払いと、周辺での街宣活動禁止を命じた判決が確定した。
ヘイトスピーチ規制法も成立。デモの現場では、警察が「法律に基づき、国民は本邦外出身者に対する不当な差別的言動の無い社会の実現に寄与するよう努めなくてはなりません。みなさんのご協力をお願いします」と呼びかけた。
抗議なし。のびのびと持論展開
今では、在特会が街頭デモ・集会を開くと、それに反対する人たちのほうが参加者よりも多く集まるのが普通になっている。
しかし、この日、抗議の声は上がらなかった。
選挙活動を妨害すると、公選法違反(選挙の自由妨害罪)となるリスクもあるからだ。結果、桜井候補は約20分、のびのびと持論を述べ、笑顔で手を振りながら、練馬駅前を去っていった。
狙いは来年の都議選?
桜井候補に一定の組織力があることは、演説会の様子からもわかる。揃いのポロシャツ、顔写真入りの選挙カー、のぼり、応援弁士……。ビデオ中継するスタッフまでいる。
個人献金を求めると、「1000万円が集まった」(桜井候補)という。ポスターも都内各地に貼られている。ウェブ上でのボランティア受付は、すでに打ち切られた。
2014年、突如として在特会会長をやめた時、次の展開として、関係者の間で囁かれていたのが、政界進出だった。
都知事選は劣勢だが、次の狙いはどこにあるのか。桜井候補は産経新聞の取材にこう答えている。
「来年の都議選には10〜20人ほど立候補させますよ。みんな政治活動は素人ですが、今回の都知事選でノウハウができましたから」
桜井候補が、どの程度、票を集めるのか。それは、このような言説を支持する人が、東京にどれほどいるかの指標にもなる。