権力の座に就いて11年、ドイツのメルケル首相にとって英国が6月23日に国民投票によって欧州連合(EU)から離脱を決めたことで、自身がEUで築き上げてきた成果が台無しになるかもしれない。しかし、独政府の閣僚やEU本部の幹部、他のEU加盟国首脳が英国への怒りをあらわにする一方、あまり感情を出さないメルケル氏の心の内を最も示したのは「非常に残念だ」とのコメントだ。
もっと怒りを見せても不思議はないが、複雑な心境なのだろう。慎重な姿勢で長年EUに関わってきた同氏は今、自らの政治生命を懸けた戦いに備えている。「残念だ」には様々な懸念が含まれている。EU内で自由経済を重視する同志を失うこと、さらなるEU離脱を招くリスク、EU内での自らの立場が危うくなる危険といった懸念だ。
■難民危機影響、陰る支持率
メルケル氏が掲げる目標は欧州の結束だが、その実現は英離脱決定で難しくなった。今後は高まるポピュリズム(大衆迎合主義)を撃退し、英国と残るEU加盟27カ国との関係、中でもドイツとの緊密さを維持する必要がある。かねての高い支持率は昨年の欧州難民危機以降、落ちている。それだけに来年の総選挙に備えつつ、これらの課題を克服する必要がある。
メルケル氏は英国とEUの利害を調整する一方、ユンケル欧州委員長を筆頭に、フランスのオランド大統領、イタリアのレンツィ首相など、今後のEUについて異なる将来像を掲げる彼らの対立も調整しなければならない。「メルケル氏の(EUでの)統率力は弱まるし、英離脱はEUのさらなる分裂と論争を招くだろう」と、欧州外交評議会ベルリン事務所のヤニングス代表は言う。
金融危機からギリシャ債務危機、ウクライナ紛争、難民危機に至るまで、危機対応には慣れているメルケル氏にとっても、英離脱は次元の異なる難題だ。
これにはメルケル氏のレガシー(政治的遺産)がかかっている。旧東独出身者として欧州大陸の新たな分裂は見たくない。冷戦後、欧州再統合を主導したコール元首相の後継者として、首相在任中にEU解体を目にするわけにはいかない。
メルケル氏は昨年、ドイツに100万人超の難民を受け入れたが、その政策がEU内で支持を得ることはほぼなかった。その後、難民受け入れの分担案を作ったが、他の加盟国から支持を得られず、後退させざるを得なかった。難民流入を減らすため、自尊心を捨ててトルコと取引することも余儀なくされた。