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凡人POWER

疲れたら、ここにおいで

いま君に伝えておきたいこと

僕には「想い」があった。

態度の悪いラーメン店が味だけで有名になるのが腹立たしかった。

ちょっとだけ美味しい飲み屋で予想以上の金額を取られるのが腹立たしかった。

笑顔が見たくて商売を始めたのではないのか。

素敵な「時」を提供したくてお店を始めたのではないのか。

日に日に積もる不満を胸に、今日もバイト先の居酒屋で「声出し」に励む。

「いらっしゃいませ」

「おまたせしました」

「ありがとうございます」

大きな声を出すたびに、左胸の「接客NO1」と書かれたプレートが揺れる。

この居酒屋ではお客が好きなスタッフに投票できる用紙があり、それに書き込んで投票するとお会計から100円引きというサービスをやっていた。

毎月その投票結果をもとにスタッフのランキングが発表され、3位までがプレートをつけることができる。

ランキング結果がわずかではあるが時給にも反映されるので、なかには不正を働こうとするスタッフもいたが、僕は普通に接客をしているだけでいつもNO1だった。

顔がいいわけでも、とびきり笑顔が素敵なわけでもない。

ただ純粋に楽しんでほしくて、ここに来てよかったな。と思ってもらえるように全力で接しているだけだ。

仕事仲間とアツく語っている人のタバコがなくなりそうだったら、事前に隣のコンビニで買っておくとか、会話しているのに上着を着だした女性がいたらひざかけを持っていくとか、そんなささいなことをしていただけだ。

もちろんタバコを欲しいと言われなければ買ってきた分は自腹になるんだけど、「ありがとう」と言われたときのほうが喜びは大きかったので、僕にとってはあまり問題ではなかった。

 

この日もいつものように「声出し」を終わらせて、店明けの準備をしようとしていたところ、店長に呼び止められた。

また誰かがやっかんで「不正をしてる」と告げ口でもしたのだろう。

正直「接客NO1」という肩書にはあまり興味がないし、時給も落ちるのは痛いけどその分働く日数を増やせばいいだけなので、こんなことでグチグチ続くのは止めてほしいと言い返そうとしたら、少しだけ様子が違った。

 

「昨日、なぜ常連にオススメの刺身を売らなかった?」

 

そんなの決まってる。

いつも3人で来てくれるサラリーマンの常連さんは、毎回お会計を割り勘していてその金額もいつも3000円以内におさめている人たちだ。

そこに1800円もする刺身を頼ませたら、あと1杯飲めたところを切り上げて帰ることになってしまう。

そう思っていたものの、話がこじれるだけなのは分かっていたので黙っていた。

 

「おまえのことが気に入って来てる常連だから、おまえが売れば絶対に頼んでくれるんだよ。今月の売り上げ目標に届かせるために今日は高いものをなるべくすすめるようにしてくれ。」

 

聞き流して早く終わらそうとしたのに、我慢が出来なかった。

「僕は望んでないものを売ることはしたくありません。」

後で考えればもうちょっと優しい言い方が出来たかもしれない。ただ日頃の不満とか色んなことが混ざり合い、とっさに出た一言だった。

 

「接客NO1だからって調子にのってるんじゃないか?働いている以上お店の売り上げに貢献するのが普通だろ。理想だけでお店はやっていけないんだよ。」

 

このお店に入るきっかけとなった求人広告に「お客様の笑顔をたくさん集める仲間になりませんか?」と書いてあったのを思い出した。

僕はその言葉に共感して、こんな僕でも人を喜ばせることが出来ればという思いでここに入ってきたんだ。

僕はただ理想を追い求めていただけだったのか。

一生懸命喜んでもらうことをしても、売り上げを伸ばしていかなければ意味がないのか。

左胸についた「接客NO1」と書かれたプレートをはずし、店長に渡した。

無言のまま深々と頭を下げて、僕はその居酒屋から立ち去った。

 

 

ムカついたからとか一時的な感情に任せたんじゃない。

心の中で覚悟が決まったから。

本当に喜んでもらえるお店を目指せば、絶対に繁盛するんだ。

 

それを僕が証明してやる!って。

 

そこから3年間、悔しさを糧にして必死にお金を貯めた。

昼はラーメン屋でアルバイトして、夜は宅急便の仕分けをして稼いだ。

めぐり合わせが良かったのか、ラーメン屋の店主が独立を応援してくれて開業支援のコンサルタント会社も紹介してもらうことが出来た。

開業に向けて必要な衛生管理と防火管理の資格もとり、着々と準備を進めていたところに一本の電話が入る。

 

「希望通りの物件が見つかりましたよ。」

僕の専属となったコンサルタント会社の人が、自分のことのように嬉しそうな声でいった。

コンサルタント会社と契約した理由は、物件の商圏規模を分析してくれたり、開業にまつわる色んな手続きを全てやってくれて、開業してからも軌道に乗せるためにサポートしてくれるということがあったからだ。

当初の予定よりだいぶお金がかかったけど、素人が一人で開業しようとして物件選びに失敗し、立ち上げることも出来なくなるよりはよっぽどましだろう。

 

待ち合わせの場所は、人通りの多い駅からまっすぐ歩いて10分くらいのところにある、大通りに面した小さな店舗だった。

ちょうど昼過ぎだったこともあって、2人でラーメンを食べながら打ち合わせをすることにした。

 

「物件はこの辺りなんですか?」

 

コンサルタント会社の人は笑ってこたえた。

 

「ここですよ。」

 

今自分たちがラーメンを食べている、まさにこの場所が僕の城となるかもしれない物件。

どうやら店主がお店を引退したいので、内装も厨房機器もそのまま渡してくれるという。

店内はカウンター席が5席とテーブルが4つで、若干狭い気はするものの僕の予算ではかなりお得な物件だと思う。

ラーメンを食べることも忘れて店内を見渡していると、コンサルタント会社の人が少し困った顔をして言った。

 

「ただこの物件は狙っている人も多くて、即決じゃないと決められないんですよ。とにかく早めに決めて売りたいらしく、明日になったらまた別の人に商談を持っていくといってまして…。」

 

 「商圏も予算も問題ないのですか?」

 

「ええ、指定された予算内で商圏も申し分のないところです。実際にこのお店の売り上げデータもありますのでご参考に。」

 

渡された資料を一通り見て確信した。

多少このお店通りに売り上げが上がらなくても十分にやっていける。

それにラーメンだけでこの売上げならば、夜に飲みを増やせば…。

 

「わかりました。この物件にきめます。」

ちょっとだけ急いだところもあったけど、ちゃんとデータも揃っていてコンサルタント会社のサポートもある。

あとは僕が成長していって、理想に近いお店を作り上げることができたら3年前のあの「想い」を証明することができるんだ。

 

こうしてたった3年あまりで僕は1つの店の「主」となった。

これから起こる壮絶な出来事などこの時に気づくはずもなく、僕は未来に胸を躍らせた。

やっと自分の「想い」を証明することができる。

人は望めば何でも叶えることが出来るんだ。

そう確信していた。

あの闇に飲み込まれるまでは…

 

 

続く