20/202
第54~56話 『ブルージャスティス』との遭遇
書籍化に伴う差し替え版になります。
ご了承ください。
『花の町』の一件から、もうすぐ一ヶ月。
あれを境に、僕やエルクの生活はだいぶ変わっていた。
毎朝の戦闘訓練にシェリーさんが参加するようになったり、
ネクロノミコンに『グリモア』と呼ばれる、読むだけで魔法を覚えられる(ただし、相性によるところあり)特殊なテキストが出てきて、それを見たアルバの魔法レパートリーがまた一気に増えたり、
それによって覚えた重力魔法を僕にかけることで、僕のトレーニングの助けにさせてもらったり。
そんな日々が流れ、いよいよ『合同訓練』が明日に迫った今日。
「……って、何で市場にきてんの? こんな朝早くから、何の買い物?」
「そりゃもちろん、合同訓練に持っていくものの買い物だよ」
「? ギルドじゃ、必要なものはこっちで用意するから、別に何も持ってこなくていい、って言われたんだけど」
「持ってこなくてもいいけど、持ってきてもいいんだよ。持ってきておくと、後々で色々と役に立つことも多いからさ」
「おやつとか、薬とかってこと? いいのそんなんで」
なんか、持ち込みNGみたいなルールないんだろうか? 例えば、勝手なもの持っていくと没収されるみたいな、修学旅行とか部活の合宿みたいな感じのアレ。
っていうか、実際に何泊かするみたいだから、まさに合宿なんだろうけど。
「基本的にないよ。あくまで今回の『訓練』は、冒険者としての総合的な実力をはかり、鍛えるものだからね。その中には、事前準備なんかも『地力』として含まれるわけ。何をどれだけ、どうやって持ってきても何も言われないんだよね。もっとも……訓練中に強奪されたりすることもあるんだけど」
「強奪……って、参加者同士で奪い合いでもさせるの!?」
ぎょっとしているエルク。その後ろで面白そうにしているシェリーさん。
なんでこうこの2人は反応が対照的なんだか……いや、まあ、どっちがおかしいのかとかは、この上なくはっきりしてるんだけども。
「それも時々あるけど……」
あるんかい。
「いや、担当になる教官によっては……あー、もちろんギルドの冒険者なわけだけど……盗賊の襲撃を想定するとか何とか言って、持ち込んだものを寝てる間に奪ったりする人もいるから。もちろん、後で返してもらえるし、気付いて防げればそれでもOKだけど」
「なんちゅう物騒な……」
とんでもない鬼教官が出るんだな、この合宿……現代日本だったら、訴えられるどころじゃないぞ、それ。
まあ、そんなことを考えていても仕方ないので、さっさと準備を進めることに。
ザリーによれば、毎年ばらつきはあれどそれなりに過酷らしいので、合宿だという事は一旦忘れて、どんな状況でも対応できるような装備・アイテムを揃えることに。
☆☆☆
食料、水、照明用の燃料、僕の手裏剣等……必要そうな買い物を進めていた時だった。
場所は、酒屋。シェリーさん行きつけの店。
樽で酒を買おうとしているシェリーさんに呆れていると、何やら、通りの向こうから、もめているような怒声に近い声が聞こえてきた。
見ると、人だかりも出来ている。何だろ、ケンカかな?
樽1つ1つの酒を試飲しているシェリーさんは、まだまだ時間がかかりそうだったので、エルクとザリー、あとアルバも一緒にそこに行ってみる。
そこに……人ごみの隙間から見えたところには、ちょっと見ていていい気分じゃないな、っていう光景が広がっていた……というか、繰り広げられていたというか。
ざっくり言ってしまえば、うずくまっている、みすぼらしい身なりの子供を、小奇麗な服を着た大人がガスガス蹴っている光景。しかも大人の方からは、ちょっと程度の低い、そして容赦ない罵詈雑言のおまけつきだ。
しかし、それがかえって現状を把握するのに一役買ってくれたりした。
どうやらこの、蹴られながらも歯を食いしばって必死で耐えている少年は、ウォルカ郊外のスラム(そんなのあったのかこの町)に住む孤児らしい。
エルクに聞くと、一応エルクはその存在そのものは知っていた。
貧しくてその日の食事も満足に食べられないような人々がたむろっている地区で、大通りとかからはかなり離れてるそうだ。なるほど、なら知らなくても無理ないか。
日雇いの仕事をしたり、時には犯罪なんかを働いて生活してる人たちも多いらしい。総じて治安が悪く、全体的に無法地帯。
で、そこに住んでる人達は、大通りにきても白い目で見られるだけだから、そこからほとんど出てこないらしい。その代わりってわけじゃないけど、スラムの中でなら、迷い込んできた人をカツアゲしたり何でもするらしいけど。
しかし、なぜかそこから出てきたらしいその少年は、どうやら蹴っている小奇麗な服の大人から、何かを盗もうとして失敗したらしい。
そしてその大人は商人で、盗まれそうになったものは商品のようだ。
すると、硬く握り締められていた少年の手が、何度目かに蹴られた拍子に開いてしまい……何やら小さな、キラキラした宝石のようなものが転がり出て地面に落ちた。
すぐさま商人が駆け寄って、それを回収する。そして、安心したようにホッと一息ついていた。なるほど、アレか、盗まれた品物。
その間、うずくまってる子供は絶賛放置。
しかし、周囲にその子を助けてあげようとする気配の人は、1人もいなかった。
これは、別にめずらしくない。何かとモラルハザードなこの世界では、こういう場面に出くわしても、ああいう子供を助けようとする人は少ないのだ。
と言っても、別にドライが過ぎてるとか、冷酷な心根が一般的ってわけじゃなく……こういう世界・業界って、徹底して『自業自得』な価値観が根付いてるからだ。
子供を気の毒に思わないわけじゃないけど、野次馬全員の心の中にあるであろう本音は、『あの子供は盗みを働いたんだから、ある意味自業自得』。それに尽きる。
暴力を容認するじゃなしにしても、少年の側にも大きな非がある、と。
もし、蹴られてる理由が、大人側の利己的で理不尽なものなら、また違ったのかもしれないけど……今回のこれは、悲しきかな、よくあるケースのようだ。
そしてこういう時、『正当性』は一応商人にある。なので、下手に関わるとその方がこっちにとって面倒ごとになりかねない。
死ぬことはそうないから、この世界の価値観どおり放っておくか、おせっかいするにしても、警備兵を呼んで仲裁してもらう程度にしておけ、と、姉さんにも前に教わった。
そのままさらに二言三言罵声を浴びせると、商人は品物を手に歩いてその場を去……ろうとしたら、よせばいいのに、うずくまっている少年がその商人の足のすそをつかむ。
何だろう、よっぽどあの赤い宝石(?)がほしいのかな? あんな目にあってまで諦めようとしてないとこ見ると。
それをうっとうしく感じたらしい商人の大人は、再び罵詈雑言と共に、今度はつかまれてる足で蹴りだした。あーあー、子供相手にまた容赦ない……。
しかし少年、手を離さない。ホント、何か事情があるのかな?
しかしこのままじゃあの少年、ホント死にかねないな……と、思ったその時、
「ちょっと待て! 何してるんだよあんた!」
そんな声と共に、野次馬の中から1人の若い男が飛び出して、その場に乱入した。
「「「!?」」」
周囲の野次馬達全員ひっくるめて驚いている感じが伝わってきた。
僕とエルクがいる側とは逆サイドの人ごみをかき分けて出てきたのは、僕と同じぐらいの年齢の……『少年』と『青年』の中間、って感じの見た目の男だった。
どちらかというと童顔(多分僕ほどじゃないけど)で、少し面長。けど、多分一般的にはイケメンとか言われる部類。
髪の毛は青色で、前髪の一部以外を頭の後ろで縛っている。長さはセミロング程度か。
服や鎧は、青色と白を基調としていて、腰には一振りの剣。よく言えば上品、悪く言えば小奇麗、って感じの印象を受ける。そして、同じ感じの配色のマントを纏ってる。
その――僕よりは年上に見えるし、とりあえず『青年』とでも呼ぼうか――青年は、騒ぎの中心にいる少年に駆け寄って抱き起こすと、心配そうな表情でその子に呼びかける。
僅かだが少年が反応したことで、一応意識はあって無事だということを確認すると、一瞬だけほっとしたような表情を見せ、続いて、その少年を蹴っていた商人の大人をキッとにらみつけた。
「あんた一体何してるんだよ、こんな小さな、無抵抗の子供相手に殴る蹴るの乱暴なんて……大人として恥ずかしいと思わないのか!?」
「なっ……何だてめえは!? いきなり横から出てきて……関係ねーだろあんたには!」
「関係なくても見過ごせないんだよ! この子がかわいそうじゃないか!」
「……今日び、いるのね。あんな、誠実すっ飛ばして珍しいのも……」
と、僕の隣でぽつりとつぶやくエルク。あ、やっぱめずらしいんだ?
あの青年の、立派だけど酔狂が過ぎる、お節介さは。
周りが全員無視してるのに、構わず飛び出して子供を助けようとするような……道徳的には模範的でも、わざわざ自分から面倒ごとに首突っ込んでる、奇特な人。
「ええ、あんたといい勝負ね」
「……え、僕、あんななの? エルクの目から見て」
「2ヶ月前を思い出してみなさいよ。あんたの考え方も十分奇特でしょうが」
ひどいな、おい。
そんなことを僕らが話している間に、道の真ん中でぎゃあぎゃあ言い合う2人。
ちょうど、商人の人が事情……その子が、商品を盗んだ犯人だってことを、少年をかばってる青い髪の彼に伝えた所のようだ。
「そいつは俺の商店から商品を盗もうとしたんだよ! 泥棒を痛い目にあわせるのは当然だろうが!」
「それは……確かに褒められた行為じゃないのはわかるよ。でも、こんな風に暴力を振るっていいわけないだろう! 相手は小さい子供なんだぞ!?」
「言っても聞かないんだから仕方ないだろうが! 薄汚いガキのくせに、人様のものを盗みやがって……大人しく貧民街で物乞いでもしてればいいんだよ!」
「へっ、なんだ、やることも薄汚けりゃ言う事も薄汚ねーんだな、あんた」
「ホントよ! 子供に対して何てこと言うのかしら!」
((増えた!?))
僕とエルクの心の声がハモった。……と思う。
人ごみの、青い髪の彼が出てきた所から……また新たに2人出てきた。
1人は、黒に近い紺色のぼさぼさの髪に、目つきの悪い男。背丈は僕より頭一つ高いくらいで、背中に大剣を背負ってる所から考えると、戦士系なんだろうか。
そしてもう1人は、セミロングの灰色の髪に精悍な顔立ちの女性。背丈は僕と同じくらいで、気の強そうな目が特徴的だ。手にはワンド。魔法使い系かな?
どうやら、青色の髪の青年の仲間であるらしい2人が言い争いに加わる。
そのまま、さっきまでの延長みたいな感じの口論が続く。『子供相手に』『盗んだんだから』『だからって大人が』延々こんな感じ。
それを聞きつけたシェリーさん(結局酒を購入した模様)とザリーもこっちに合流。簡単に事情を説明していると、その間に向こうの4人の言い争いに動きが。
いや、厳密には……その4人の傍で、痛みをこらえてうずくまってた、窃盗犯の子供に動きがあった。
取り戻した商品――赤い宝石みたいな奴。あれ結局何なんだろ?――を握り締めてる商人さんに突進してくと、何とまあ根性のあることに、その『何か』をまた奪い取ろうとした。握ってる手に飛び掛って。
一瞬だけその場を驚きが支配したけども、次の瞬間には、また、商人さんの顔に怒りが浮かぶ。
当然のように振るわれた足によって、軽々と蹴飛ばされた少年は……あらまあ偶然、僕のところに飛んできた。
そして、偶然僕の近くにあった別の露店の棚に突っ込む。うげ、まずい。
運の悪いことに……その露店、金物屋。しかも棚の中には、ハサミやらキリやら、尖ってて危険なものがわんさか入ってたようだ。
その中身が、今の激突の衝撃でこぼれ出し……激突してきた少年と、たまたまその場にいた僕とエルクのところに降り注いでくる。
その様子を、驚愕の表情を浮かべてみていた青髪の彼が……次の瞬間、はっとしたようにワンテンポ遅れて、突如として両手を広げてこっちに走ってくる。
あれ? これはあれか? 少年を突き飛ばして助けて代わりにトラックにはねられるとか、そういう部類のやつか? 自己犠牲的な。
モロ突き飛ばす勢いでこっちに走ってきてるし……っていうか、もしかしてアレ僕らも助けるっていうか、突き飛ばすつもりで走ってきてない?
まあ、危険ゾーンに一緒にいるから、当然そうする思考になるのかもしれないけど。
ただ、別にそんなことしなくても平気……っていうか、このままだとムダに彼が怪我するだけなので……
「危なああぁぁあいっ!!」
「いや、あなたが危ない」
ダッ!! ← 危険地帯にいる僕と少年を助けるべく跳躍する青年
ガスッ!! ← 突っ込んでくるも僕がその場から微動だにせず、青年、墜落
しゅぱぱぱぱぱっ!! ← 落ちてくる刃物を僕が空中で全部キャッチ
「「「おぉぉお~~~……」」」
――ぱちぱちぱち……
驚きと感心の入り混じった声と共に、周りから拍手。ありがとーありがとー。
☆☆☆
その場の雰囲気を何かもう全部なあなあにした、僕の千手観音キャッチの後、
これ以上騒ぎが大きくなっても誰も得しないから、ってことで、商人のおじさんに商品を返して、その場はお手打ち、終わりってことになった。
窃盗犯の子供は、蹴飛ばされて棚に激突して気絶、そのまま最後まで意識は戻らなかった。まあ、商人との話はついていたので、問題はない。
もっとも、その『お手打ち』の交渉をしたのは、青い髪の青年達だったんだけども。しかも、自分達から進んで。
ホントに……どこまでもお人よしというか、ご苦労様というか。
っていうか、その後ろに控えてる、灰髪の娘とぼさぼさ髪の彼女の2人が、ずっと威圧的な視線を飛ばしてた。あからさまに。
最終的に商人さんも、許したってよりは面倒くさくなったって感じで了承してたし。
その過程で、彼ら……おせっかい3人組の名前も聞くことが出来た。
青い髪の青年がリュート。女の子がアニーで、黒髪の彼がギドだそうだ。
ちなみにリュートは……僕を突き飛ばそうとして、しかし失敗した体当たりの時にできたこぶを抑えていた。
いや、無理ないんだけどね?
突き飛ばそうとしたのに僕が動かなかった、ってことは……青年もといリュートは、柱か何かに自分から突撃していったに等しい。しかも、頭から。
彼の後ろにいる、アニーという名前の女の子はそれが気に入らないらしく、僕を睨んできている。僕が突き飛ばされなかったから、リュートが怪我をした、と。
いや、まあ確かに悪かったけども……それにしたって、彼女から感じる敵意が尋常じゃないというか。よほど、彼の負傷が頭にきらしいな。
「確かにな。ま、そこの男が気に入らないってのはアニーと同感だが……リュートを助けてくれたのは事実だ。あんまりギャーギャー言うな」
「けど……ギド!」
残る1人、黒髪のギド……あ、僕のこと気に入らないのは同感なのね。
「……ちょっと、聞いていいかな? ミナト、だっけ?」
「ん?」
いきなりリュートが話しかけてきた。
初対面でいきなり呼び捨てにされたけど(そもそも名乗った覚えは……ああ、エルクが呼んでるの聞いてたのか)、まあ別に気にしない。そういう性格の人もいるだろうし。
そしてそのリュートは、少し言いづらそうな、しかし言わないと気がすまないとでも言いたげな、なんとも難しい表情で口を開いた。
「さっきの手さばきや、ぶつかった時の頑丈さから見て思ったんだけど、ミナトってすごく強いんじゃない?」
……え、いきなり何、その質問。意図は?
「いや、そんな自慢するほどじゃないけど……まあ、こういう稼業やってるわけだから、それなりに腕には自信はあるけどさ」
「やっぱり……」
「で、それがどうかしたの?」
するとリュートは、一拍置いて、
「教えてほしい。どうして、ミナトはあの子を助けようとしなかったんだ?」
……はい?
えーと、『あの子』っていうと、商人に蹴られてたあの子?
「そうだよ。君の実力なら、簡単に助けられてたはずだよね? ひょっとしたら……僕なんかよりも要領よく、早く。どうしてそうしなかったんだ?」
そう問いかけてくるリュートの目は、どこまでも真っ直ぐ。
……真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐ。
そんな目で、僕に問いかけてきていた。
「えーっと、その……下手に口出すと、面倒ごとに巻き込まれそうだったから、かな?」
そう言うと、なぜかリュートははっとして、ショックを受けたような表情になり、
その後ろにいるアニーとギドは『やっぱりか』とでも言いたげな……これまたなぜか、さげすむような視線をこっちに向けて飛ばしている。え、何? 何で?
すると、フリーズから回復したリュートは、なぜかむっとしたように、
「どうして助けないんだ!? 自分に、そうできるだけの力があるのに……何で!?」
「え、ちょ、いきなり何!?」
「『何』じゃないよ! 目の前で苛められてる子供がいるのに、そしてその子を助けるだけの力があるのに、何で何もしようとしないんだい! そんなのおかしいだろう!?」
ずいっ、とこっちに顔を寄せて、というか体ごと前に出てきて、けっこうな大声でそう主張するリュートの目には……義憤? みたいなものが見て取れた。強い意志も一緒に。
そのままリュートが言うには、
盗みを働いた子供も、確かに悪いんだろう、と。リュートの乱入後も、何でだかしつこく盗品(未遂)を奪おうとしていたことも含めて。
しかしそれでも、
まだ未成熟で体も頑丈じゃない小さな子供を、大の大人が殴ったりしていいはずがない、盗みを働いたことを責めるなら、もっと他にやりようがあったはずじゃないか、と。
取り押さえるのに力ずくになるのは仕方ないとしても、まず説得か何かから入るべきであって、いきなりあんな暴力的な制裁に踏み切っていいものか、ということらしい。
なるほど、おおむね正しいだろう。
甘い、と言わざるを得ない部分も多々あれど、子供はまだ体が頑丈じゃないから、大人の腕力で暴力を振るわれれば結構な怪我になる可能性は否定できないわけだし。
……で、何でその抗議が、その暴行を加えてた商人本人じゃなく、僕に来てるの?
ああ、いや、さっき抗議そのものは商人さんにしてたけどさ。きちんと。
すると、答えたのは、すっかり実直&熱弁キャラで印象が高まりつつあるリュートではなく、その一歩後ろでやや高圧的な態度を取ってる、アニーの方。
「はぁ!? そんなの決まってるじゃない! 目の前で子供がいじめられてるなら、助けるのが当然でしょうが! むしろ、あんた達の方こそ何で何もしないのよ!?」
いきなり、がーっと噛み付くように言う彼女の勢いに、思わず気圧されそうになる。こ、こっちも、リュートに負けないくらい予測不能な……
「いじめる奴も悪いけど、それを見てみぬふりする奴も悪い、って聞いたことあるでしょ! 苦しんでる子供を見て何もしないなんて、常識を疑うわね!」
「あー、なるほど。まあ、それはわかるけど……」
「全くだ。周りで見てるだけで何もしねえ奴ら、頭の中どうなってんだって話だよな」
その横に仁王立ちしている、ギドまでも加わってそんなことを。
え、何コレ? 何だか、妙な展開になってきた。
どうも、この3人……僕が、あの子が苛められている現場を見ても何もしなかったことがお気に召さないらしい。特に、アニーとギドはあからさまに敵意丸出し。
いや、僕だってあの光景は見てて気持ちいいもんじゃなかったし、どうにかしたいとは思ってたよ? 別に、どうなってもいいや、とは思ってなかった。
もっとも、結果はやりすぎでも、原因は少年の方にあるみたいだったから、自分から出てって面倒ごとに巻き込まれるのはちょっとためらわれる所だった。
だから、まあ、警備兵呼んで仲裁してもらう程度はしようかな、と思ったところに、彼ら3人が乱入してきたわけで。
決して、そのまま暴行され続けるのをよしとしてたわけじゃないんだけども……
どうやらそれでも納得しないらしい3人(特に後ろの2人)は、理不尽な暴力の現場に遭遇しながら見てみぬ振りをすることがいかに悪辣な行為かをとうとうと説く。おそらくはこっちがなっているであろう、迷惑さを含んだ戸惑いの表情なんかも無視で。
すると、罵声すらも混じったその一方的な説法に、さすがに腹が立ったのか……こっち側の口が達者な彼女が一歩前に出た。
「でも、それで私たちまでその面倒ごとに巻き込まれちゃったら災難じゃない。あんたらの言う事はもっともだとしても、それ考えれば、慎重になってしかるべきでしょ?」
と、エルク。
何気にこの中で、特に気が短いのが彼女だったりするから、さすがにさっきからの罵声が半分以上の彼らの説教に頭にきたんだろうか。
対するは、アニー。はっ、と吐き捨てるように言って、蔑視をエルクに向ける。
「何あんた? 自分達だけよければいいってわけ? 罪のないいたいけな子供が酷い目にあってようと、自分が痛くなければ別になんでもないってわけね、ホント最低」
「そこまでは言ってないでしょ? ただ、私たち自身にまで面倒が及ぶのがわかってるのも構わず積極的に介入しろって言う言い分も、無茶があるって言いたいだけよ」
「どこが無茶なのよ? あんな芸当が出来る力量があるくせに。それに、正しい行いには少なからず向かい風が伴うものだっていうのは常識でしょ? リュートはいつも言ってるわ。そして……それも構わず、弱者を助けてる」
「そうだ。力が足りなくて手が出せねえってんならともかく、お前らはそれが出来るだけの力があるのにやろうとしねえ……ただの卑怯な臆病者だ。リュートを見習いやがれ、コイツは一度だって逃げたことはねえ」
ギドまで加わって、引き合いに出したリュートを褒めて、同時に僕らを罵倒。
リュートはと言うと、少し複雑そうな表情をしているものの、『恥じることは無い』とでも言うように、こっちを真っ直ぐ見すえて、視線を逸らさない。
「……ご立派ね」
「ええ、あんた達なんかじゃ到底及ばないのよ、リュートにはね。うらやましい?」
「別に。私達には私達の価値観があるもの。あなた達のリーダーさんのやり方や価値観を否定するつもりはないけど、こっちもこっちのやり方を変えるつもりは無いわ」
「っ……これだけ言ってまだわからないの!? いつまでそんな自己中心的な考え方で、助けを求める誰かに背を向けるやり方を続けようっていうのよ!?」
「だからって、行く先々で面倒事全部受け入れて慈善活動なんて出来るわけないでしょ? 聞くけどあんたら、明らかに不利益をこうむるのが確実な奉仕活動に、自分達はまだしも、他の誰かを自分達の価値観に当てはめて、参加させるために説得でもできるの?」
「当たり前でしょ!? 人と人とが助け合うのは当然のことだもの。変に遠慮なんかするより、勇気を持って隣の人を誘って、何が大切かをきちんとといて説得すれば、より多くの人が救われるんだから……私達は、それをためらわないわ」
「……あ、そ。じゃあ、その人たちがそういうことに巻き込まれたくなくて、しかも自分の財産を他のことに使いたがってて、その『大切』な奉仕活動に参加するとそれが損なわれるから、参加しない、っていう立場を明確にしてても?」
「同じことを何度言わせるのよ!? 説得するに決まってるでしょ! 時間もお金も、リュートのように正しい目的に使わなきゃ、自分の品位を損ねるだけなの。人と人との助け合いや慈善の精神以上に大切なことなんてないって、どうしてわからないの?」
さも当然のように、『人は自分が損をしてでも、困っている人を助けるべきだ』と、熱くこちらに向けて語ってくるアニー。最早、こっちの言い分を聞く気ゼロである。
「目の前に困ってる人がいて、自分には、腕力なり財力なり、その人を助けるだけの力がある。だったら、助けてあげるのが当然でしょう? 多少自分が損したって、それでその人が助かるなら、普通に考えてそれが道徳的、良心的な人間のあるべき姿よ! 逆にそれが出来ない、いちいち見返りを求めるような人は、絶対に間違ってるわ!」
熱弁。
はぁ、とそこでエルクがため息をついたのを見て、どうやら論破したと感じたのか、にやりとその顔に笑みが浮かぶ。
……エルクのそのため息が、論破された悔しさではなく、諦めや呆れであると、彼女は微塵も考えたりは出来てないんだろう。
その後も、自分達の価値観や良心的に考えた味方で、僕らがどれだけ間違ってるかとか、本当に良識ある人間ならこうすべきだとかを彼らはガミガミ言い続けたけども、そこで僕やエルクが首を縦に振ったりすることはなく、
結局、コレじゃ埒が明かないと判断したザリーが落としどころを見つけて『はい今日はこれまで、解散!』とまあ場を治めてくれるまで口げんかは続いていた。
☆☆☆
その数分後、ザリーから聞かされたのは、あのリュートたちが『どういう連中』なのかという情報。気前よく、タダで教えてくれた。
「『ブルージャスティス』? 何、その……かっこいい名前付けようとして失敗したみたいな名前?」
「うん、まあ、成功か失敗かは個人個人のセンスによると思うけど……まあ、それがあのリュート君たちが所属している、っていうか、3人で組んでるチームの名前なんだよ。ついさっき思い出した」
「やっぱり? あの3人、チームだったのね」
得心行ったように言うシェリーさん。僕とエルクも大体同じ感想だ。
あの様子だと、リーダーはリュートだろう。何ていうか……後の2人は、まずリュートありきみたいな感じで話してたし。
で、続けることには、ザリーいわく……今、いろんな意味で急激に有名になってきているチームらしい。
感想が一通り出た所で、懐から取り出した手帳をつらつら読み上げる。どこから仕入れたのか知らないが、リュート達の情報を。
「まあ予想ついてると思うけど、リーダーはランクBのリュート・ファンゴール君。それと、仲間……さっきいた2人ね。ランクCのアニー・レビアスちゃんに、ランクBのギド・タジャック君。合計3人のチームで、結構な実力者として評判なんだけど……」
……『けど』?
まあ、予想つくけど。
「さっき見たとおり、リーダーのリュート君を中心に、メンバー全員、正義感みたいなのが過剰なところがあってね。弱者救済だけならいざしらず、それに伴って色んな人、いろんなところにしょっちゅうケンカ売るらしいんだ。だから、その筋じゃ評判最悪」
「ケンカ……確かに、だれかれ構わず売ってそうな感じね」
「最近じゃ、護衛してる商隊が貧しい村に差し掛かったとき、炊き出しのために食料や資材を提供できないかって言い出したり、またある時は奴隷商人に……ああもちろん、合法なやつね? かわいそうだから開放しろとか食って掛かったってさ。だから今じゃ、商人の間では、過剰なまでのモラル遵守主義者として、半ばブラックリスト入りってわけ」
「……姉さんにその名前出したら、知ってるかな?」
「知ってると思うよ? マルラス商会は、提携してる商会の中に奴隷商もいたはずだし……マルラス商会自体、何かしら言われたことがあるかもね。基本彼ら、お金があるならない人のために少しでも使え、っていう考え方を周りにまで押し付けるから」
聞いてるだけだとただのお人よしだけど、肌で体感するとあの厄介さっていうか、面倒さがよくわかる。だから、あんまし笑えない。
確かに、それぞれの価値観や営利目的を第一に置いてる『商人』からしたら……人の道=ボランティアみたいな考え方の彼らは、うっとうしいことこの上ないだろう。
利益を第一に考える商人と、利益二の次で弱者救済を目指すリュートたちじゃ、水と油以上に相性は最悪だ。
そして厄介なのは、どっちも『間違ってる』とはいえないところだよなあ……商人が利潤を追求するのは自然だから、そこに文句なんか言えない。それに見合う働きを、実際に彼らはこなしてるんだから。
それに、リュート達の行いも、行いそのものは――程度の問題は出てくると思うけど――不幸な人に手を差し伸べてるわけだから、確実に救済されてる人はいるわけだ。それを考えれば、全く迷惑なだけの行為っていうことはまずないわけだし。
ただそれを……それが人として当然、それ以外は間違ってるんだって理由で、しかも利益を損なうことを大前提にして、他人にも押し付けるのがまずいんだけども。
ボランティアも結構だけど、限度ってもんを考えないと……そんなこと見境なく続けてたら、いつか無理がたたってガタが来て、破綻すると思うんだけどなあ。
何にしても……これ以上は、彼らとは関わらない方がいい、な。お互いのために。
☆☆☆
そしていよいよ『合同訓練』当日。
ギルドで指定された場所に僕ら……いつもの4人+1羽が行くと、そこにはすでに、数十人の冒険者たちがいた。
ごついのもいればヒョロいのもいた。
武器も様々、剣とか杖とか。斧や槍なんて人も。
老若男女入り乱れた(若い人がやっぱり多いけども)そこでは、自分を更なる高みへ導こうと考える……ランクにして、およそFやE、D程度の冒険者たちがたくさん。
中には、Cランクも一部ながらいるみたいだけども……やっぱりAやBはいないな。
それもそのはず……この『訓練合宿』はあくまで初心者用なので、適正ランクはEとかF、高くてもDくらいなのだ。
AとかBとか、ぶっちゃけここで学ぶことなんて何もない。
そんなだから……その後行われた最初の訓練メニューである『体力測定』でも、僕ら4人の結果は滅茶苦茶なものだった。
ぶっちゃけ、冷やかしでここにきているとしか見られないレベル。
筋力、持久力、敏捷性、魔力の4つの測定項目全て、僕らは平均を大幅に逸脱していた。
その翌日行われた戦闘訓練でも、僕ら4人は明らかに他が適になってない感じ。エルクがギリギリ接戦になることもありそうかな、ってくらいで。
正直、もう何も学ぶことなくこの合宿終わるんじゃないか、とか思ってた……最終日までは。
☆☆☆
『訓練』3日目。
この日は、『最終日』と銘打っておきながら、実の所そうではない。
どういう意味かっていうと、
たしかに『全体での』訓練としてはこの日が最終なんだけど、この後さらに特別な訓練日程が、組んだ『グループ』ごとに、訓練の集大成として『依頼』を受けるのだ。場合によっては、2つ3つの『グループ』がまとまって。
ちなみに、『グループ』は希望すれば、自分達でメンバーを選んで結成することも出来るし、運営側に振り分けを任せることも出来る。
そして1つ1つの『グループ』には、1人か2人、現役の冒険者が監督係としてついていき、評価はもちろん、状況に応じてアドバイスなんかをしたりもする。
その状態で、ギルド側が選んだ『依頼』を完遂することで、晴れて終了となる。
その依頼は、1日かからずに終わるような、単純な討伐依頼もあれば……数日かけて行う護衛依頼だったりもする。『グループ』ごとに抱える課題に応じて、ギルドが選ぶ。
戦闘の際の連携に課題があるチームなら、チームワークを要求される討伐依頼。
探索能力に課題があるチームなら、遺跡の探索と情報収集……って感じで。
さて、その最終日程を共にする『監督官』の人を、僕ら4人は待ってる。
一応、ザリーから仕組みは聞いてたから、バラけないようにチーム組んどいてたんだ。
ただ、待ってる今の段階で……もうすでにというか、何だか気になってることがある。
「……なんで僕ら、こんなとこで待たされてるんだろ?」
「さあ?」
さっきも言ったとおり、今日(から数日)は、ギルドが用意した『クエスト』を受けることによる、総仕上げの訓練やらテストやらが、監督官を務める冒険者の管理下で行われるわけなんだけども、
それに際して、ほとんどの冒険者達は、今まで合宿してた施設の中か周辺で『監督官』の人と待ち合わせ&出発するんだけど……僕らの場合、ちょっと違った。
合宿に使ってた施設から少しはなれたところにある……ここ。
見た感じは、廃墟とでも呼べそうな、待ち合わせの場所としてはちょっと不釣合いだな、っていう感想が真っ先に浮かんでくる。
なんか、都市部に入れない盗賊とかがねぐらにしててもいいような感じの場所。
エルクと、悪徳金貸し連中を相手にとって戦ったあの場所ほどぼろくは無い、一応、我慢すれば『住居』としても使えそうな感じの建物がいくつかある。
そんな中の、開けた……おそらく、ここがまだ『市街地』だったころは、『広場』とか呼ばれてたんであろう場所に、僕ら4人は集合していた。
かなり広いその場所は、下が石畳ではあるものの、ちょっとした運動場レベルの広さで……とりあえず、誰か来たらすぐにわかりそうな感じの場所だ。
「何か、意味とかあるのかな? ここに集合って言われたことに」
「わかんないけど……なかったらわざわざ指定しない気もするよね。今までの傾向考えると……この場所の特性を生かして、いきなり何かしらのハプニングがあったり」
と、苦笑いのザリーが嫌な予想。
ああ、そっか……この『訓練』、監督官によっては、そういうぶっ飛んだ訓練メニューも普通にやらかしてくるような無法地帯なんだっけ?
それ考えると、今のこの静けさが逆に……不気味だ。
「もしかして、物陰から突然、雇われのならず者たちが襲ってきちゃったりするのかしら? それとも、魔物が放たれて襲ってくるとか……」
「なんで嬉しそうに物騒な予想並べ立ててんのあんた?」
シェリーさんとエルクのそんなやり取りが気になったけど、周囲から別にそんな気配はしない。獣の匂いとかも特にない。
そもそも、この開けた場所は……魔物やならず者を使った奇襲形式のテストには不向きなんじゃないか……とか考えた、その時、
「あーあー、そういうのは無いから心配要らない。安心してくれていいよ、諸君」
そんな緊張感のない声が、背後から。
「「「!!?」」」
同時に、突如として背後から感じ取った巨大な気配に驚いた僕らが振り返ると……そこには、毎度のことながら神出鬼没な、生ける伝説が。
気配消していきなり部屋に来たり、ドラゴンに乗って『花の谷』に襲来したりと、毎度毎度やりたい放題なギルドマスター・アイリーンさんが、今回も何の前触れもなく、僕らの目の前に姿を現した。
ちょ、え、何!? 何でここに!? 何やってるんですか!?
「あ、アイリーンさんっ!? 何でここに……」
「おやおや、予想しないじゃなかったけど、随分とつめたい反応じゃないかい? そんな、人を化け物か何かみたいに見ないでおくれよ」
「いやいや、今更でしょギルドマスター、そんな反応……って、そうじゃないって。何であなたがここにいるんですか?」
と、ザリー。
そうだ、それだよ。気にしなきゃいけないのは。
この人がどこからともなくいきなり現れるのは、今に始まったことじゃない。
それよりもいつも問題になるのは、この人が『どうして』来たか、だ。
アルバの種族の確認や、『ディアボロス』との交戦に関する事情聴取……とまあ、この人が自分で動いて僕らに接触してくる時は、いつも相応の理由があった。
それ考えると、今回も、僕らの今の状況である、この『訓練』に関して何かあるのかな?
「え? もしかして……私達の『監督官』って、ギルドマスターだったり?」
「ふふっ、残念でした、違うよ」
あ、違うんだ? 一瞬僕もそれ疑ったんだけど。
まあでもよく考えたら、Aランクが2人いるパーティだって言っても、そのためだけにわざわざギルド最高責任者のアイリーンさんがくるわけもない、か。
「あら、そうなんですか? なーんだ、残念。ひょっとしたら、伝説の英雄に稽古付けてもらえるかと思って期待しちゃったのに」
「戦いたいだけのくせに、よく言うわ」
「……否定しないけど……なんかエルクちゃん、最近私にあたり強くない? 何かしたっけ私?」
ちょっと不満そうなシェリーさんに、エルクが何か言い返すより先に、アイリーンさんが『でもね』と割って入ってきた。
「まあ、監督官も一緒に来てるし……現役じゃなくて、冒険者ギルドのOGって意味では僕と同じだけどね」
「「「え?」」」
監督官の人、一緒に来てるの?
そしてしかも『OG』……『Old Girl』。引退した冒険者ってこと? それも、女の。
「今日ボクがここにきたのは、付き添いみたいなもんだからね、彼女の。ついでにちょっとだけ様子見させてもらったり、茶々入れたり野次飛ばしたりするかもしれないけど……基本的に、君達への指導は彼女に任せてあるから」
そう言って、自分の後ろの方を『くいっ』と指差すアイリーンさん。
それにつられて、僕ら4人の視線がそっちに向けられると……そこには、
「「「……え?」」」
予想だにしない人物が、たたずんでいた。
(ノエル……姉、さん?)
僕らの唖然とした視線と、アイリーンさんの楽しそうな視線を同時に受けながら、
口調だけはいつも通りな僕の姉は、至極当然のようにさらりと言ってのけた。
☆☆☆
『大灼天』。
100年ほど前に有名だった、ある凄腕の冒険者の通り名。
視認すら不可能なほどに疾く、そして鮮やかな剣と、全てを焼き尽くす灼熱の炎を併せ持った彼女は、その2つを組み合わせた斬術は、単騎で龍をも落とすほど。
短い期間のうちにSランクにまで上り詰め、やがては大陸最強の剣客とまで言われるようになったらしい。
当事、現役冒険者としては5指に入るであろうその実力を買われ、多くの国や大規模な組織から勧誘が来ていたらしいが、それらを全部蹴って冒険者として自由を楽しみ続けたといわれている。
その後、次第に噂を聞かなくなり……引退したのがいつごろかは、そして今現在生きているのかどうかも知られないまま、表舞台から姿を消した。
一時期は人々はそのことを気にしたものの、冒険者というのは後から後から有望な新人が出てきて世代交代が早い職業だということもあり、やがて人々の意識から、ゆっくりと『大灼天』は姿を消し……いつしか、『惜しまれつつも引退した』『クエストの最中に死亡した』などの流言飛語が飛び交うレベルになった。
……というのが、その裏の真実を知っているアイリーンさんの証言。
そしてその『大灼天』ことノエル姉さんを相手にした組み手の中で……僕ら4人は、本当にこの人は別格に強い、ということを見せ付けられた。
広場に現れたノエル姉さんから『小手調べするから』ってことで模擬戦の実施を命じられたわけだけど……そこで姉さんは、武器も使わずにエルク、シェリーさん、ザリーの3人を相手にして完勝。
さらにその後の僕との一対一の戦いで、100年以上の時をかけて磨き上げられた実力を見せ付けられた。
結果を見れば引き分けだったけど、姉さん全然本気じゃなかったっぽいし、武器も模擬戦用の模造刀だったし。
そして姉さんは、その一戦で僕らへの課題や訓練プランを頭の中で組み上げたらしい。
さっそく『訓練最終日』を開始する、とのことだった。僕らの『監督官』として。
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