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(No.331)2010年11月24日 『時代遅れの市長の感性(がん治療施設〜オリンピック)』
鹿島建設(株)の社内報2010年11月号にがん治療に関する医療施設の施工実績の紹介記事がありました。 その記事は、「QOLを高めるがん治療施設」の見出しで、
また、群馬大学の重粒子線医学センターも「切らずに治すがん治療」として、写真と施設内イメージ図とともに、次のとおり紹介されていました。
さらに、「低侵襲ながん治療の普及を施設面でサポートしたい」と題して、営業本部医療福祉推進部長さんの次のようなコメントも掲載されていました。
また、こうした記事は企業機関紙だけにとどまらず、10月30日の週間東洋経済では「がん」特集をしていました。
こうしたがん治療に関する施設については、既に、私のホームページでは、「佐賀県のがん治療施設」(2009年12月15日(bQ88))と題して取り上げ、広島市の助役を務めて頂いた山野社長(九州重粒子線施設管理株式会社(SPC))を広島市議会に招き、議会有志で、がん治療における重粒子施設の重要性や九州での取組状況を講演していただいた内容を紹介したことがあります。 この九州での取組は、「佐賀県で最先端のがん治療を」を目標に、平成25年春オープンを目指して、「重粒子線がん治療施設」の建設に向かって、全九州の「産・学・官」が堅実なネットワークを結び、交通結節地である九州新幹線鳥栖駅前の鳥栖市の市有地に、総工費、約140億円をかけて医療事業を進めているというものでした。 また、その事業推進の前提には、佐賀県を始めとする「官」、九州大学を始めとする「学」、九電を始めとする「財」の信頼と結束が、そして、その上に、市民の政・官・財に対する信頼があるというものでした。 この講演以来、市議会の中でも、がん治療の特殊性と必要性の認識が深まってきていると思われますが、広島市は人類史上最初の被爆都市であり、私たち被爆者は、被爆後65年を経過した現在でも、精神的にも、肉体的にも、日々不安を感じながら生活をしているのです。そして、中でも、一番気になる病気が「がん」であろうと思われるのです。 さらに、旧ソ連のチェリノブイリ原発事故の後遺症は放射線被爆によるものであり、それは、肉体的なものも、精神的なものにも完治する治療方法は見つかっていないのです。 こうした特殊性を鑑みましても、広島市は医療・福祉の先端都市を目指すべきではないかと思うのです。 重粒子線治療施設も陽子線治療施設も中国地方にはいまだ、一ヶ所もありません。いかに最先端医療施設の整備が遅れている地域なのか、思わざるを得ません。行政は少子高齢化対策と高福祉、高医療施策と口では唱えながら、現実は後進地方になっているのではないでしょうか。 広島駅新幹線口の二葉の里地区の一部には、30億円ぐらいで建設可能な「陽子線」治療施設のがんセンターの設置を計画しているようですが、行政が主体の施設であれば、市長の決断さえあれば来年度からでも計画ができるはずです。オリンピック招致資金の消えてゆく多額の出費とは大きく違いますし、それだけの資金があればこの施設は出来上がるのです。 さらに、行政と地方大学の連携を早急に構築しなければならない時期に来ているように思います。また、そうすることで、北は北海道から、南は沖縄まで、先端医療の平準化ができ、保険が適用できる安価な治療費で安心して治療を受けることができるシステムになるのではないでしょうか。 秋葉市長さん、オリンピック広島開催は将来の夢として次の世代にまかせてはどうでしょうか。市民の皆さん、この度、オリンピック招致に広島市が失敗すれば、二度と広島市は立候補することは出来なくなるのです。福岡も大阪も名古屋も東京都でさえ手を挙げることが出来かねているのです。オリンピックを開催したいのなら、今までの経験を参考にして、万全の準備で臨むべきです。 重ねて言いますが『次の世代の夢』を私たちが不用意になくしてはいけないのです。また、今、被爆都市広島には何が必要なのかをもう一度真剣に考えて欲しいのです。あてにならないイベントよりも目の前の生活と医療福祉の充実を市民は望んでいるのです。 安心して安全に暮らせる街づくりと、医療福祉の充実を待ち望んでいます。その指針を明確に打ち出す時ではないでしょうか。 何故、秋葉市長が、今、オリンピック広島開催などといった「絵空事」を唱えられるのか、多くの市民は理解しかねているのではないかと思うのですが、ここまで来ると、市民生活重視の政策か、秋葉個人の名誉のための政策かを選択する分かれ道に来ていると感じます。 市民は「華」ではなく、「実」を選択する時代のはずです。何でもありの、バブルの絶頂期を人一倍謳歌された秋葉市長の感性はもう時代遅れではないでしょうか。市民の皆さんの判断で広島市の運命を決める時が近づいています。 悔いのない、間違いのない選択を市民の皆さんと一緒にしたいと思わざるを得ないのですが、皆さんはいかがお感じでしょうか。 ※追伸(旧広島市民球場) 週刊文春の11月11日号の152ページ以降の写真集「最近、聞かないと思ったら・もうない!」の中に、「もうない!建物」のページに私たち広島市民の共有財産であり、広島の活力の源であった旧広島市民球場の写真があります。 もうすぐ解体され、市民の夢と希望の源であった建造物がなくなると思えば、広島市民として、また、議会人として、感慨深いものがあります。しかし、そうした私たちの思いとは別に、戦後の広島市の歴史遺産が跡形もなくすことに、何の感情も持ち合わせない為政者には失望せざるを得ません。 さて、この度、このことを取り上げましたのは、そうしたことをお伝えすることではなく、その写真の下の広島市職員のコメントに、何故、職員が、しかも担当課長がとの思いが湧いたからなのです。 多分、職員はそのような発言はしていないと自己弁護されるでしょうが、その為に、文春はわざわざ「担当者のウラ話」と掲示しているのです。そのような発言を絶対にしていないのなら文春を訴えるぐらいの覚悟が必要ではないでしょうか。
いちいち反論はしませんが、何故、解体が遅れたか、まだまだ多くの市民は取り壊しには納得していないのです。先進文明国では(東京・丸の内でも)歴史的な建造物は大事に残す、これが世界遺産であり、市民、国民の文化度のバロメータではないでしょうか。 原爆ドームは世界遺産ですが、私たち広島人にとっては、旧球場も広島の文化遺産です。市民の皆さんはどのように思われますか。 |
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