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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第2章 メガネっ娘と『ナーガの迷宮』

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第15+16+17話 エルクの覚悟と愚者達の末路

この話は、書籍化に伴い該当する部分を差し替えたまとめ版になります。


 ダンジョンにて、予想外に遭遇した大蛇を討伐した僕らは、さっさと町に帰ることにしたんだけど、せっかくだから、しとめた大蛇の死体も持って帰ることに。

 ただ、さすがに太さ1m以上、長さ15m近い大蛇だと、引きずっても運ぶのは手間なので、そこはちょっと工夫することにした。

 僕の『リュック』の中に、物干し竿みたいな黒色の長い棒が一本入ってる。
 この棒、見た目は普通の金属の棒だけど、実は、ありえないほど硬くて強靭な上、いくつもの特殊なギミックが仕込まれた、魔法アイテムなのだ。

 そのギミックの1つが、どこぞの天竺を目指すお猿さんが使う棒みたいに、ある程度の長さにまで伸縮自在なことだ。
 この棒をある程度の長さに伸ばし、大蛇をコレに巻きつけて、(若干)コンパクトにして持ち帰ることにした。

 まあ、それでも重さは数tほどあるんだけど、まあ、そこは魔力で強化した僕の腕力なら運べる程度なんで。

 そうして、出口に近づくにつれて増えてきた冒険者達の視線は若干気になりつつも、さっさと外に出て……近くにあったギルドの派出所に駆け込んで事情を話し、輸送用の荷車的なものをギルドに手配してもらうことに。


 さすがにこれ持って町に行くと、ただでさえ野次馬満載の今よりもシャレにならない騒ぎになるのは目に見えるからね……。魔物の素材とか荷車で運ぶ光景なら、そう珍しくも無いだろうし。

 ……で、

「ええと……こ、コレを仕留められたんですか……?」

 連絡を受けてやってきたギルド職員――またリィンさんだった。なんか奇妙な縁を感じる――を驚かせつつ、回収をお願いしているわけである。

「未確認の魔物らしいので、死体を回収して持ってきたんです。そういうのはギルドに提出すると、報酬がもらえる、って聞きましたから。すいません、ご足労頂きまして。さすがにコレ、街中運ぶと騒ぎになりそうだったんで」

「な、なるほど……それはご苦労様でした、ミナト様。要請どおり、この魔物の遺骸は、ギルドの方で引き取らせていただきます」

 リィンさんが『お願いします』と指示を出すと、一緒に来た作業員っぽいギルド職員の皆さんが、大蛇の亡骸を、持ってきた荷車に積み込む作業を始めた。
 まあ、重さが重さだから、相当手間取ってたけど。荷車はみ出してるし。

 その間にリィンさんに、僕らこの後どうすればいいか聞いたところ、さすがにこんだけの魔物が確認された以上、事実確認とかで事情聴取が必要らしいけど……それは、明日か明後日あたりギルドに顔を出してくれればいいそうだ。

 色々あって疲れてるだろうし、今日はまずゆっくり休んでください、と言われた。
 素直に助かる。僕はそこまで疲れちゃいないんだけど、エルクはもう、精神的にも肉体的にも疲労で限界、って感じだったしね……お言葉に甘えよう。

「あ、それと、ちょっといい?」

 すると、今度はエルクがリィンさんにたずねた。

「えっと……ちょっと俗なこと聞くけど、これって、報奨金とか出るわよね?」

「そうですね、明らかにこの『ナーガの迷宮』では未確認の魔物ですし……このように、完全に近い状態でお持ち帰りいただけましたので、明日以降の事情聴取で提供していただける情報も含めて、それなりの金額で買い取らせていただくと思いますが」

「その報酬って、支払われるの、いつごろになるかしら?」

「事実確認や、素材だけでなく情報においても査定がありますから……早くても明後日、遅ければ来週、でしょうかね。何か問題が?」

「いや、別に……ありがとう」

 そう返事をすると、再び歩き始めるエルク。
 ……? 何だったんだろ、今の。


 ☆☆☆


 帰り道、その道中のこと。

「ミナト、ちょっといい?」

「? どしたの?」

「こんな時になんだけど……頼みがあるの。あの大蛇の亡骸の提出と、情報の報告で入る報奨金……なんだけど、ね……?」

「? ああ、僕としては、面倒だから山分けでいいかなって思ってるんだけど……」

「そう、山分け…………はァああ!?」

 うぉ、びっくりした!

 今の今まで、物静かというか神妙な雰囲気だったのに、それを見事にぶち壊すシャウトがエルクの口から飛び出た。な、何!?

「あ……あんた、何言ってんの!? え、ちょ……あの蛇の報奨金、山分けって!?」

「え? いや、そりゃ一応、チーム組ませてもらってる仲だし……」

「いや、だからって、アレ仕留めたのあんたじゃないのよ100%! 何考えてんの!? 普通、あんたが全部持ってくもんでしょこういう時って! 昨日も思ったけど、今日今度こそ私、微塵も関与してないのよ!? バカ!? バカなの!? バカじゃないの!?」

 エルク、パニック。言ってる内容に反して、思いっきり悪口満載だ。落ち着いて。
 いや、まあそりゃそうだけど……っていうか、バカばっかり3回も連呼しないでよ。

 別にホラ、全く何も理由っていうか、考えなしってわけでもないんだから。

「ほら、あのー……エルクって、近々まとまったお金が要るんでしょ? だったらほら、その方が都合が良いんじゃない?」

「……っ!! ……なんで……」

「?」

「なんであんた、そんなに優しいのよ……っ!! こんな意地汚い、寝てもさめても、お金のことしか言わない、考えないような、私みたいな女相手に……」

 いや、優しいとかじゃなくて、ぶっちゃけ、配分とか考えるのがめんどくさいだけ……ってのもあるんだけどね?
 そんなにもらっても、今んとこ使い道ないし。まあ将来はわかんないけど。

 それに、エルクがお金が必要で、必死で頑張ってる、っていう現状を知っている僕としては、そのエルクを差し置いて自分が大金を手にするということに、理由もなく躊躇いを感じてしまうわけで……。

 だったら、他人ともいえないくらいには関わり持ってる、それでいてお金を必要としてるエルクに使ってもらった方がいいんじゃないかな、っていう考え方が僕の中にある。
 なんというか、必死さみたいなのが伝わってくるから。エルクからは。

 そのエルクはなんか、動揺通りこして、わなわな震えてるけど。手、爪が食い込むほど握り締めてるし。

「……あんたは」

「ん?」

「あんたは、いつも、誰にでもそうなの? 見境なく優しくして……言っとくけど、そういうバカ正直なのって、好ましく見られるかもしれないけど、生き方としては損よ。この世界、弱肉強食で、正直者がバカを見るように出来てるんだから……」

 途切れ途切れに、搾り出すようにしてエルクの口からこぼれ出た、その言葉。
 その一言一言に、すごく感情がこもってて……紛れもなく、今のは彼女の本心からの、心の叫びなんだ、ってことが伝わってきた。

 向けられる視線には、これまた色んな感情がこもってる。

 悲しみのようにも、嫉妬のようにも、怒りのようにも見えるその目は、前世まで通して、僕が見たこともないそれだった。
 ただ、どうしようもないくらい追い詰められた、必死な感じだけは、伝わってくる。

 その理由はよくわからないけど、多分、僕は部外者でしかない事柄だと思うので、そこには触れないでおく。

 ええと、誰にでもそうなのか、だったっけ?

「いや、さすがにそれは無いって。むしろ僕、けっこう自己中でドライな方だと思うよ? 自分に関係なさそうな厄介ごとは積極的に無視する方だし」

「どこがよ!? 私なんてまさにその、厄介ごと引っ張ってくるだけのどうでもいい他人じゃない! 昨日今日会ったばかりの私を、何でこんなに気に……」

「あーまあ、そうなんだけど……強いて言えば、エルクが本気で必死だから、かな」

「……必死……?」

「うん。エルクってさ、多少勢いな部分もあるけど、優しいし、しっかりしてるし、何だかんだで面倒見もいいし。本心さらけ出してるかはともかくとして、ホントに真剣に僕と向き合ってくれてるから。世間知らずの自覚はあるけど、そういう人、貴重でしょ?」

 だから、なんとなくほっとけないっていうか、積極的に関わりたくなった感じ。

 まあ、家出て初めて会った人だから、っていうのも多少あるかもしれないけど。

「……どこがよ。やっぱりあんた、何もわかってない。真面目で真剣だなんて、私から一番縁遠い印象じゃ……」

「だって」

 割り込んで一拍、



「自分のやったこと、自分できちんと悔やんで、反省して、それも背負った上で真面目に向き合ってくれるなんて、普通できないじゃない?」



 そう、僕が言った途端、
 一瞬間を置いて、その言葉の意味を理解したエルクの顔色が変わっていくのが見えた。

 驚きや恐怖、不安、そういったものが混じった表情と瞳。

 ゆっくりと、おそるおそる、といった感じで顔をこっちに向けると、

「……気付いてたの?」

「……何に?」

 ちょっと残酷かもしれないけど、そう返しておいた。

 ここで言及するのは簡単だ。
 でも、彼女は今、揺れてる。自分でけじめをつけるか、周りの流れに任せるか。

 多分、周りの流れに任せて……その結果どうなっても、彼女は受け入れるつもりだろう。
 彼女の言うように『正直者がバカを見る』展開になろうとも、糾弾されてお縄に突くようなことになろうとも。

 けど、そういう覚悟があるなら……せっかくだ、そこに至るまでの道も、自分で決めてもらいたいと思う。僕は。

 だから、最後は彼女に任せよう。
 どんな決断を下すかはわからないけど、僕は彼女の、『必死』な部分を信じてみる。

 ただの勘だけど、エルクは、心のそういう部分がしっかりしてる娘なんだと思う。
 だから、自分の罪に、考えに、そして周りの環境に苦しんでる。苦しめるだけの良心と、迷うだけの覚悟がある。

 そう感じてたからこそ、『気付いて』からも僕は、ひとまず気にしないことにして、エルクと向き合ってたんだし。

「……ミナト」

「ん?」

「……ごめんね」

 結局その、一言ずつの会話を最後に、僕らは何もしゃべらないまま、宿に戻った。

 エルクの目元に、きらりと光るものが見えたのが、ちょっとだけ気になったけど、見ないようにした。

 宿に戻ってからは、耳の早いことで、すでに迷宮での騒ぎを一部聞きつけて興奮していたターニャちゃんにちょっとからかわれつつも、今日はさっさと休むことにして……僕とエルクはそれぞれ部屋に戻った。

 どこからか飛んでくる、数人分の、敵意のこもった視線も受けながら。
 ……こりゃ、休む前にもうひと仕事あるかもしれないな……


 ☆☆☆


 エルク・カークスが初めて彼らと関わったのは、3ヶ月前、
 事の発端は、エルクが偶然立ち寄った武器屋で、ある武器を見つけた時だった。

 ある理由から、その武器をどうしても購入したいと思ったエルクだったが、ショーケースの中に飾られているその武器の値段は、駆け出しの冒険者に到底手が出るようなものではなかった。

 ボヤボヤしていたら売れてしまうと焦っていたエルクのその肩を、後ろからたたいた者がいた。

 前途有望な冒険者を援助する団体に所属している者だ、と名乗ったその男の言葉を真に受け、エルクは……金を借りてしまった。
 ……その借りた先が、いわゆる『闇金』のような組織であるとも知らずに。

 元金の何倍もの額の請求書が宿に届いた時になってそれを知ったエルクは、どうにか契約に違法な点が無いか、綻びを見つけられないか、必死で契約書――1度は雑に読み飛ばしてしまったそれ――を何度も読み返した。

 同時に、そういった金銭トラブルに関する知識を勉強し、必死で切り崩す隙を探した。

 この剣と魔法の異世界は、ミナトの前世と違って、違法な利息など設定されていない。契約においては、合意が全ての焦点だ。署名捺印が本物である以上、とりつく島がない。
 そして問題が無い以上、軍や警備隊といった警察機構も動いてはくれない。

 そのため、契約そのものの不備を探すしかないのだが……そこに至って導き出された結論は、『どうしようもない』という無情なもの。

 それを理解したエルクは、途方にくれた。
 もし返せなければ、奴隷に身を落とすか、娼館に売られるか。
 そんなことになれば、その先には自由はなく、地獄しか待っていない。

 それからというもの、エルクは危険区に赴き、迷宮に潜り、魔物を狩り、必死で金策に走ったものの、利息を返すので精一杯であり、借金は減る気配を見せない。

 追いつめられたエルクに、男達がある提案をしてきたのが、数日前。
 それは、人攫いの手伝いをするという、悪魔の取引。

 手順はいたって単純。人の良さそうな、金を持っていそうな誰かを、遭難者や行き倒れを装うなりして騙し、近づき……そいつを、あらかじめ人攫い達が隠れて待ち伏せている場所に誘導し、襲わせる。

 獲物が持っていた金品や、あとで奴隷として売り飛ばす際の金額に応じて分け前を設定され、その分を借金の額から引いてくれるという。

 いくらなんでもそこまで堕ちたくはない、と、一度ははねのけたエルクだが、昨日、ミナトの持っていた大金を見せられ、気がつけば、『案内』してしまっていた。
 こうしなきゃ、どうにもならない。仕方ない。そう自分に、言い訳になっていない言い訳をして。

 もっとも……襲撃など意にも介さないレベルのミナトの強さが誤算だったせいで、幸か不幸か、あえなくそれは失敗に終わったが。

 そして今度はエルクは、欲に飲まれて最悪の手段に手を染めてしまいそうになった罪悪感と自己嫌悪を背負いつつ、今度はミナトの力を利用し、正攻法で稼ごうとした。

 が、その過程で幾度も、ミナトの、無邪気な子供にも似た優しさや素直さに触れる内に……エルクは、自分の醜さが浮き彫りになっていくような感覚を覚えていた。

 あの時、冷静でなかったとはいえ、契約書の精査もせずに契約をしてしまったのは、自分だ。自業自得、それ以外の何でもないのだから。しかも、その尻拭いのために、周りを巻き込み、善意を利用し、その挙げ句にまた施しを受けようとしている自分が、嫌になる。

 窓に映る自分の姿すら醜く見えていた彼女が、部屋で茫然としていた時、その手紙は届いた。


☆☆☆


「おい、今何て言った?」

「お断り。そう言ったのよ。聞こえてないはずないでしょ?」

 夕暮れ時の、町外れの荒れ地。
 ドアの隙間から放り込まれた、呼び出しの手紙に書いてあった場所に、エルクは1人で来ていた。

 エルクを囲むように、何人もの人相の悪い男がいる中で、その中の1人……昨日の夜、彼女に後がないことを告げた男が、眉間にシワをよせて口を開く。

「手紙は読んだんだよな?」

「読んでなきゃ来ないわよ」

「そうか、ならわかってるんだろ? お前にもう、選択の余地が残ってねえってことも」

「…………」

「今回の失敗の埋め合わせのためにさらに金がかかるんだ、これでもうお前の借金の額は、正攻法なんざでどうにかなる額じゃなくなった。だったら今度こそ、あの黒装束の男を襲うしかねえだろう。聴いた話じゃ……手柄を立てて報奨金も貰うらしいしな」

「そいつが報奨金を受け取った後で襲っちまえば、一度に借金の額の6割、装備の値段次第では、もしかするとそれ以上を返済できるんだぜ? あのガキ自身も、黒髪に黒目なんて珍しい格好してるしな」

 一気にエルクの負担が軽くなる、断る理由などないはずだという彼らの言葉に……しかし、エルクの返答は、

「何度も言わせないで。断るって言ってるでしょ。さっきから」

「……てめえ、それが何を意味するかわかって言ってんのか?」

 警告と言っていいその言葉の裏には、エルクへの脅迫が存在するのは明らかだ。
 何せ、間もなくやってくる期日までに借金を返せなければ、エルクは奴隷か娼婦に身を落とす。女にとって、その先は地獄以外の何物でもない。

 ……だがそれでも、彼女の意見は変わらない。

「わかってるわよ。奴隷商でも娼館でも、好きなとこに売り飛ばせば? 今更抵抗もしないわ」

「……何だと?」

「望み通り好きにしろって言ってんのよ。その代わり、この話はこれで終わりよ、あのバカには……ミナトには手を出さないで」

 彼女自身、これがケジメになるとは、別に思っていなかった。
 ただ、文字通り最後の最後に1つくらい、自分が後悔しない……自分を助けてくれたあの少年に顔向けが出来るようなことをしたかった、それだけだった。

「……バカだろ、お前。わざわざ目の前に転がってる儲け話蹴って、この先の人生捨てるってのかよ? 考え直せ、んなキレイ事言ったって誰も得……」

「そうね、誰も得しない。けど、誰も損もしないわ」

「何されても文句言えねえ地獄に、てめえで行くことを選ぶってのか?」

「ええ、そしてどうせ地獄行きなら、自業自得で私が垂れ流した悪いもの全部、道連れにして私が地獄に持って行くわ。誰一人、私なんかのために不幸にさせない。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ……私みたいなクズにはお似合いの末路だわ。同じクズのあんた達にも、得なんてさせないけどね」

「てめえ……」

 自虐気味につぶやくエルクに、囲んでいる男達は、憎悪のこもった視線を向ける。

 しかしエルクは、そんな視線をものともせず、吹っ切ったような涼しい顔をしている。
 おそらく、これから暴力を振るわれようが、服を剥ぎ取られて乱暴されようが、彼女は抵抗しないだろう。しかし、決して後悔もしないし、弱音も言わないだろう。
 そう感じるだけの、決心のようなものが、周りの男達にも伝わってきていた。

「……いいだろう、望みどおりにしてやるよ、このバカ女。娼館と奴隷、どっちに売っぱらった方がいいか査定して、高い方に売り飛ばしてやる。もう泣き言は聞かねえぞ」

 その、死刑宣告にも等しい言葉を聴いてもなお、エルクは表情を変えない。
 むしろ、薄く笑みを浮かべたようにすら見えた。

 ようやく楽になれる、とでも言わんばかりに。
 死刑台に連行される、殉教者を髣髴とさせる顔、と言えばわかるだろうか。

 しかし、



「あのミナトってガキは、その後でじっくり料理してやるよ」



「……!?」

 続けざまに放たれた言葉を、一瞬置いて理解したエルクが、はっとして顔を上げる。

 そこには、今日一番下卑た笑みを顔に貼り付けた、リーダー格の男がいた。

「何だ? お前、自分が犠牲になればあいつが助かるとか思ってたのか?」

「話が違うわよ!? これは私の借金で、あいつは関係ないじゃない! 何で……なんで、私が責任取るっていってんのに、何でアイツにまで、あんた達……」

「ホントにバカだなお前。だったら別に、お前のこととは関係無しにあのガキを狙うだけだろうが。あくまで俺らは『金貸し』と『奴隷商』で、あの『人攫い』共は業務を委託してるだけなんだからよ、あいつらがいつ、どこの誰を狙おうと知らねーしなあ、ん?」

 その言葉に答えるように、周りの男達もげらげらと笑う。
 エルクの思いも、決意も、何もかも小馬鹿にして。

 目の前にいる男たちの思惑に気付いたエルクは、平気で悪辣を口にする彼らと、それに気付けなかった自分、両方への怒りで顔を赤く染め、手を握り締めて震わせる。

「わかったかエルク? このバカ女、結局こういうことになるんだよ。正直者がバカを見る……黙って楽な方に身を任せておけばよかったのになあ? ああ、もう手遅れだぞ?」

「あんた達……っ!!」

 皮肉にも、自分が昼間いった文句が現実になろうとしている。
 そんなことを頭の片隅で感じつつ、エルクの脳内は激情と絶望で支配されている。

 その目から、今にも涙がこぼれそうになっていることに、気付けないほどに。

「最後だけかっこつけて自己満足で終わろうとしてんじゃねえよ、気持ち悪りぃ。お前は最後まで、感情に流されて周りに迷惑振りまいて人生終えるしかねえダメな女なんだよ! あの黒い奴も哀れだよなあ、お前にさえ出会わなきゃこんなことには……」

「うるさい! 黙れ! 最低!」

「言ってろ。あのガキも今度は、綿密に計画立てた上で奇襲して、きっちりとっ捕まえてやるよ。昨日やられた連中とはレベルが違う、ランクにしてD~C相当の連中を集めてあるからな。今もそいつらの一部が見張ってるから、絶対に逃がさ……」



「あっそ、あの人達DとかCだったんだ? 道理で手ごたえ無いと思った」



「「「!!?」」」

 殺伐とした空気の荒地に、突如響く、緊張感の無い声に驚いて……男達の、そしてエルクの視線が、その声がした方に一斉に向かう。

 そこには、夕日をバックに背負って悠然と立つシルエットが。

「遠くからじろじろ見てきてうっとうしいからついでに掃除しといたよ? 10人とかけちけちしないで、どうせなら100人とか用意すりゃよかったのに」

「てっ、てめえ……!」

「ミナト……?」

 声のみならず、緊張感の無い顔を首の上に乗せ、にっこりと笑う童顔の少年。
 その視線は、男達に囲まれて、泣きそうになっている……しかし、はっきりと自分の信念を貫こうとした少女に向けられていた。

 そして彼自身、今、その笑顔の裏で、静かに燃えているのだということを知る者は……この場にいなかった。


 ☆☆☆


 や~れやれ、
 何かを決意したみたいに力強い、しかしどこか悲しげで儚げ……っていう、なんとも器用な感じの表情を貼り付けたエルクが、宿の玄関から出て行くのが見えたから、もしかしてと思って尾けてみたら、案の定だよ。

 まあ、宿の周りで見張ってたガラの悪い連中がいた(速攻で片付けたけど)時点で、こういう感じだろうなとは思ってたけども。

 眼下には、涙がこぼれる目を見開いて驚いているエルクと、それを囲むように立っている、何人もの柄の悪そうな男達。

 腰掛けてた建物の屋上から飛び降りて、壁を蹴って飛距離に変える。
 狙い通り、ちょうどエルクの隣に着地した。

「……お疲れ様、エルク。色々大変だったでしょ?」

「……あんた……」

 つい今しがた、惚れ惚れするような見事な覚悟を見せて啖呵を切っていたエルクには、僕が目の前に来ていることに驚きつつも……どこか安堵しているような感情が見て取れた。

 心のどこかで、こういう展開を期待してた……ってことは、ないな。さっきまでのエルクは、完全に覚悟決めた感じだったから。

 今、僕を目の前にして、『ああ、こいつならやりかねないか』って納得してる、ってとこだろうか。理解してもらえてるようで何よりです。

 ……そんでもってこっちは、そんな殊勝な部分が全く持って感じられない、てんで救いようのないバカ共なわけだけども……その代表が口を開いた。

「何だよ、結局来たのか。ったく……蛇の報奨金も纏めて掻っ攫ってやろうと思ってたのによ」

 心底面白く無さそうな声音でそう言ってくるリーダーさん。名前は知らん。

「お前だな? 昨日、そこのエルクに騙されて、人攫いの罠に誘いこまれて、逆にそいつら全滅させて……しかも今日、でかい蛇みてーな化け物を仕留めたっていう、黒ずくめの冒険者は。てめえのおかげでうちは大損害だ、どうしてくれる」

 『エルクに騙されて』のくだりで、罪悪感や気まずさからか、一瞬エルクがびくっと体を震わせたけども、ぽんぽんと肩を叩いて落ち着かせておく。気にしてないから、と。

 けどまあ、言われっぱなしも好きじゃないので言い返しておく。

「ご存知いただけてるようでどーも。同情しませんし心中お察ししません、自業自得だろ黙って失せろドブネズミ以下の下衆共」

 案の定というか、言った途端に周囲から膨れ上がってくる、苛立ちと殺気。
 リーダーの男は、表情こそさほど変えてないけど、額に青筋が浮かんでいた。

「へっ、そこの、最後だけ偽善者ぶるようなエルクもバカなら、それに引っ付いてくるてめえもバカみてえだな。この状況が見えてねえのか?」

「見たくもない醜悪な顔が並んでる、吐き気がするようなこの光景ですかね?」

「……さっきから言わせておけば……おい、出てこいお前ら!」

 出た、悪役にはお決まり、時代劇でいう所の『出あえ出あえ!』。

 物陰から、よくもまあ隠れてたもんだ、って具合に大人数の男達が姿を見せる。

「てめえが人並み以上には強いらしいのは知ってるからな。こっちもそれなりに準備はさせてもらったぜ。……本当は、報奨金を受け取った後で襲うつもりだったんだがな」

「その割には準備いいですねえ? きっちりここに揃えて来てるあたり」

「そこのバカ女が裏切る可能性もあったからな、んなことされたら商売上がったりだ」

 なるほど、エルクが僕を連れてここに来て、自分を追い詰める借金取りの連中を返り討ちにさせる可能性を危惧していた、と。案外頭回るんだな。

 しかしまあ、1日で随分と集めたもんだ……なんでも『マルラス商会』とかいう組織がバックについてるらしいけど、何なんだろそれ?
 その名前を使えば、DやCランク相当の荒くれ連中をたちまち集められるくらいのネームバリューらしいけど……ま、いいか。今は気にしても仕方ないだろう。

「抵抗なんて無駄なこと考えるなよ? 聴いた話じゃ、例の『蛇』も地下の落盤に助けられて運よく倒せたって話だからな、この人数にはてめえでもさすがに勝てねえだろ?」

 ……そしてどうやらこいつら、どこからか変な情報をつかまされたらしいな。
 あの大蛇を僕は、地震で脆くなってた『迷宮』の岩の壁や天井が崩れたのを利用して仕留めた、っていう噂でも流れてるんだろうか?

 僕、見た目はどっちかっていうと華奢だから、補完的にそういう噂がどっからか出てきたんだろうか? まあ、好都合だし、助かるけど。

 ……しかしまあ……全く、かき集めた人数とその質に勝ちを確信し、追い詰めた気になっている悪人共。顔には、さっきまでにもまして気味の悪い笑みが張り付いている。
 やれやれ……どこの世界でも、数に頼る悪役連中の小物臭って似たり寄ったりなんだな。

 と、その時……斜め後ろの方から、魔力が練り上げられる気配が感じ取れて――魔法が発動する前兆みたいなもんだ――とっさに僕は、エルクを突き飛ばす。


 直後――ぼぅん、と破裂音。


 いきなりのことで困惑しているエルクが尻餅をついた瞬間、どこかから飛んできた火の玉が僕に命中して炸裂した。

「……っ!? おい誰だ、いきなりあんなもんぶっ放しやがったのは!」

「いいじゃねえかよ少しくらい、昨日世話になった仲間のお礼してやっただけだろ?」

「バカ野郎! あいつ自身も売り飛ばすんだって言っただろ! せっかく見た目も整ってんのに、火傷でも残ったら値段が下がるだろうが!」



「あーご心配なく、効いてないんで」



「「「!!?」」」

 炎の中から聞こえてきたであろうその声に、その場にいた全員が固まった。

 直後、その火の玉の魔法の炎よりもさらに火力が上の炎が、僕の体から噴き出し……それでいて、どこにも異常がない僕の存在を、衆目にさらけ出す。
 ……たたずまいそのものが異常だって言われたら、何も返せないんだけど。

 予想通り、さっきの魔法よりよっぽど大きな炎の中から無傷で僕が出てきたのを見た瞬間、ほとんどの盗賊はドン引きしてたけど、エルクだけは、『迷宮』で多少なり僕の滅茶苦茶ぶりを見ていたからか、驚きが小さいように見えた。

「……ああ、そうね。私ごときがあんたの心配するなんて、おこがましかったのね……」

 ……代わりに呆れられてる? というか、諦められてる? 何ゆえ?

 それはともかく、今ので十分にわかったよ。
 リーダーは一応冷静みたいだけど、ここにいる連中はおそらく、僕らが何か少しでも暴れたら、遠慮なく袋にするつもりだ。そのくらい荒っぽいし、いらだってる。

 けどそういうことなら、むしろこっちもやりやすい。

 転がってるエルクに手を貸して助け起こした後、しかし僕はその手を放さず、つないだままの手に魔力をこめた……直後、

 つないだままの僕の手から、練り上げた魔力がエルクの方に伝わり、その体が、蛍火のような燐光を纏う。

 同時に、おそらく狙い通り、体が軽くなる感触を感じたんだろう。エルクの目が、驚きに見開かれたのが見えた。

 本当は、身軽になっただけじゃなく、攻撃力や防御力も上がってるんだけどね。
 何せ、僕が使ってる『エレメンタルブラッド』を、今、手を介してエルクにも分けてあげたんだから。

 この『他者強化』は、魔力を血管に投与したわけじゃなく、あくまで普通の身体強化と同じように大雑把な強化だ。斬れない燃えない溶けないとかいう所までは強化されない。
 けど、普通の身体強化よりは強力なので、コレで十分だろう。

 弱点として、常に僕と接触してないと、数秒ほどで魔力が霧散して解除されちゃうんだけど、もともと守りながら戦うつもりなので問題ない。
 もともと僕の動きについてこれるように、身体能力をプラスしてあげただけだし。

「……えっと、何コレ。もしかして……一緒に戦れっての?」

「いや、まあ、隣にいて守られててくれればいいよ。この人数じゃ、僕が戦うのはいいとしても……エルクが逃げたり、隠れたりできなそうだから」

「あ、そう……コレはそのための?」

 理解が早くて助かる。
 僕の動きにあわせて、上手くついてきてくれればそれでいい。倒すのも守るのも僕がやるから。

 そして、エルクにそれを理解させた……正にその直後、

 何がきっかけになったのか、叫び声を上げながら襲い掛かってきた1人を、僕がエルクを抱き寄せてかばいつつ、勢いそのままに体を回転させて蹴り飛ばしたのを皮切りに……黄昏時の殺陣は幕を開けた。


 ☆☆☆


 終わった。
 かなり一方的に蹂躙した挙句、リーダー1人残して悪党共が全滅するという形で。

 しかし、エルクをかばいながらの戦いだったんだけど……予想より楽だったな。
 連中の錬度が低かったこともあるけど、思いのほか、エルクが自分で考えて上手く立ち回ってくれたことが大きかった。

 僕の動きに合わせて上手いこと動いて、敵がいなくて安全な方へ動いたり、僕がやるより先にエルクが自分で蹴ったり斬りつけたりして迎撃したりして……ちょっと失礼かもだけどびっくりした。

 『他者強化』で身体能力は上がってるけど、それにしたって見事なもんだ。さっきまで、言い方悪いけど、震えてたのに……こういう戦い方に才能とか適正でもあったのかな?

 それはそうと、お約束気味に1人残された、リーダー格の男が唖然としています。

「あー……もうおしまいみたいだけど、どうすんの? えーと、リーダーさん」

 最初の余裕はどこへやら、顔は青ざめて、何もしなくてもぶっ倒れそうだ。

「っ……! 嘘だろ……何十人かき集めたと思って……」

「そういうありがちなのはいいから。えーと、こういう時どうすんのエルク? 借用書でも奪って破り捨てればいい?」

「破り捨てるのはダメよ。借用書そのものは正式なものだから。その事実とあわせて、こいつらや、バックにいる『マルラス商会』が人攫い集団と関わりを持ってたことを、警備隊に報告すればそれで全部済むわ。……証言は、私がする」

 そうエルクが言った途端、男の顔色が更に青くなった。
 どうやら、それをやられると本当にヤバいらしいな。

「私1人のケジメで済むと思った私がバカだった。やるんなら徹底的にやらないと。商会が裏で手を回してたらまずいと思ったんだけど……その顔色を見る限り、なさそうね」

「エルクの証言だけで大丈夫なの?」

「足りなきゃそのへんに転がってるわ。雇い主に義理立てする連中じゃないし」

 一瞥した先には、今しがた僕らが昏倒させた、人攫いと雇われの荒くれ者の混成軍が。

 なるほど確かに、金で雇われてバカやるような連中だ、自分たちが処罰されるのが確定してるんだから、1人でも多く道連れにしたがるはず。わざわざ義理立てして、雇い主のこいつらを守るようなまねはするまい。

「え、エルク!? そんなことしたら、てめえも同罪になるぞ! 人攫いに加担したって知られれば、ギルドから除名されて、牢屋にぶち込まれるか、犯罪奴隷に……」

「望む所よ。こちとら元から地獄に行く覚悟ぐらいできてんの。むしろ、あんたらも道連れに出来るんだから、喜んで証言でも何でもさせてもらうわ」

「ま、待て! 早まるな、話し合おう……そ、そうだ! これでいいだろ!」

 すると男は、懐から何かの紙を一枚取り出す。

 地面に広げられたそれを見て、エルクが目を見開いたので、何かと思ってよく見てみると……『借用書』?
 しかも、書名の欄には、『エルク・カークス』ってこれまさか、エルクの借金の?

 そして男は、同じく懐から取り出した、今度は……印鑑のようなものを手にすると、それを借用書に押した。

 それを拾ってみてみると……商業契約においては、双方の合意の上でや、一方からでも正当な理由があった場合に、契約や履行義務を無かったことに出来る仕組みがあるそうだ。

 その手段の1つが、この『無効印』らしく……つまり、このハンコのおかげで、エルクの借金チャラになったってこと?

「ま、そういうことよ。契約文の中に、債権者こいつら債務者()に断りなく、一方的にこの契約を破棄できる、っていう一文があったからね……どうせそれも本来は、何かのあくどい商売に使うつもりで設定した文面なんだろうけど。

 それでも、今押された判子はきちんと意味があるものだということで……エルクの借金はこの瞬間、間違いなくチャラになったそうだ。

 で、だからもういいだろ、見逃してくれ、と、さっきまでの威勢を微塵もなくし、情けなくはいつくばって懇願してくる男に、僕とエルクは……。

「……二度と私に近づかないで。っていうか、関わらないで」

「だそうです」

「えっ……! あ、ありがてえ! 恩にきるぜ!」

 そんな声を聞きながら、しかし一瞥もくれてやることはせず、僕らは踵を返した、その瞬間……今正に見逃してもらった男が、安堵に大きく息を吐きながら、背後でゆっくりと立ち上がる気配がして、


「ガキが……甘ぇんだ(バキィッ!!)よごぇェっ!?」

「……こっちのセリフだよ」


 ナイフを手に背後から襲い掛かってきた男は……振り向きざまに僕が放った、帯電した右足での回し蹴りを顔面に受けて宙を舞い、飛んだ先にあった廃墟の窓枠を粉砕してその中に消えた。

 全く……見逃すわけないでしょうが。あんたほっとくと、エルクが無事でも、他の人がいずれ同じように泣くことになるんだから……まあ、最初からだまし討ちを迎撃するつもりで、反撃の鉄拳制裁(脚だけど)のためにわざわざ芝居した僕らも僕らだけど。

 まあ何はともあれ、これで正真正銘、おしまい……ってことで、

「で、どうするの、エルク?」

「……言った通りよ。こいつらのやったことを、1つ残らず証言するわ。それで私が、罪に問われることになってもね。……それが、私のケジメだから」

 エルクの決意は変わらない様子で……あくまで、この一件をきちんと組織ごと叩き潰すつもりのようだ。……自分がどうなろうとも。

 エルクは自分が手にしている、『無効』な借用書……今となってはただの紙切れだけど、ことを明らかにする上での証拠品の1つ。

 これから自分を追い詰め、断罪する証拠になるであろうその紙を、しかしエルクは、決意と責任感に満ちた瞳で、大事そうにバックにしまった。

「残念だなー……なんだったら、これから先も、エルクとは一緒にコンビ組みたいと思ってたんだけど」

 母さんから、聞いたことがある。
 冒険者は、魔物と同じくらい、人間とも戦う職業だって。

 危険区域で戦うにせよ、旅をするにせよ、冒険者には、共に生きていく仲間ってものが、遅かれ早かれ絶対に必要になる。

 しかし、1回や2回一緒に依頼をこなすような程度ならともかく、末永く一緒にやっていけるような、本当に信頼できる仲間を探すのは、本当に大変だ。
 そりゃそうだろう、他人の心を100%理解するなんて、無理なんだし。

 その点エルクだったら、冗談抜きに、僕は大歓迎なんだけどな。

 確かに、こんな風に立派に覚悟決めて、自分のやったことの責任から逃げないで、全部背負って生きていく覚悟が出来るような人なんて、そうそういないだろう。

「……やめときなさい。あんたなら、私なんかよりいくらでもいい奴と、そのうちきっと出会えるわよ。……私みたいな女と、これ以上関わっちゃだめ」

 そう、少しさびしそうな、儚げな微笑を浮かべるエルク。

 情けないことに、かける言葉が見つからなかった。

「まあ、こうなったらなるべく多く、悪人連中を道連れにしてやるわ。それでも、マルラス商会そのものをどうにかできるとは思えないのが、ちょっと悔しいけどね」

「その『マルラス商会』っていうの、結局何なの? 随分大きい組織みたく聞こえるけど」

「ああ、知らないのね。この辺で一番大きな勢力を持ってる商業組合よ、国内でも有数の規模。まあもっとも、そこが丸ごと今回の事件に関わってるかどうかはわからないのよね。私に出来るのは、何もかもを話して、1人でも多く悪人が捕まって、私みたいなのがこれ以上生まれないように祈ることだけだし……」



「あら、それやったら心配ありまへんえ? もうじき全部片付きますよって」



「「!!?」」

 反射的に、声のした方を見る僕とエルク。
 そこには、1人の女性が立っていた。

 クリーム色の、腰まである長い髪。
 少し幼さの残る顔立ち。年齢は……僕らよりは上だろう。20台前半ってとこかな?
 ゆったりとした、着物のような服を着て、サンダルのような草履のような服を身にまとっていた。なんか、中途半端に和風を取り入れて失敗した洋服、みたいな?

 そして、それら以上にインパクトがあるのが、その頭の上にぴょこんと生えている……髪の毛のクリーム色と同色の、一対の狐耳と、腰の辺りから生えている、狐の尻尾。

 柔和な表情のその人からは、敵意とかそういったものは感じないけど……僕が気付けないほど静かに近づいてきてたんだ。間違いなく、只者じゃない。

「あーあー、そのままそのまま。警戒せんとってええよ、何もおっかないこと考えてへんさかい」

 そして、何で関西弁? どうなってんだこの世界?

 その人は、僕らから警戒のその他の視線を向けられているのは百も承知で、にっこり笑うと、



「ああ、すんまへん、いきなり出て来て自己紹介もせんと。うち、ノエル・コ・マルラス言います。今あんさんたちが話しとった、マルラス商会の元締めや。よろしゅう♪」



 そう、何事も無かったかのように、あっさりと名乗った。





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