─現在、日本においてテロが起きた場合、短期滞在の外国人観光客はテロ被害の補償対象に含まれていませんね。
金 2020年には東京で五輪が開催されます。大会期間中は世界中から選手を含め何十万人もの人々が集まることや、それがテロの危険性も高まる大イベントであることを考えれば、日本は大きな課題を抱えていると言えるでしょう。
前述した9・11同時多発テロの際には、ニューヨーク州の州法が短期滞在者にも補償を認めていたために外国人観光客にも補償規定が適用されました。もし、日本政府が2020年の東京五輪におけるテロを想定するならば、短期滞在者の扱いにも向き合う必要があります。
他に目を向けてみると、日本には1981年から施行されている「犯罪被害給付金支給法」という法律もあって、刑事事件や国内のテロ被害に対する補償が行なわれてきました。そこでは在日韓国人をはじめ、国内に住所を有する外国人ならば補償の対象に含まれています。
一方、今回の「国外犯罪被害弔慰金支給法」では「日本国籍を有する者」だけが補償の対象で、在日韓国人は含まれていません。これは国外でのケース、つまり国境というものを考慮した結果だと思います。日本国外で起きたテロ被害の補償対象に在日韓国人も含めてしまうと、他の法律との整合性で種々の問題が生じ、調整が困難だと判断したのでしょう。
─日本人はテロに対する危機意識が希薄だと言われています。また、今回の「国外犯罪被害弔慰金支給法」成立のニュースも注目度は決して高くありませんでした。世界とのズレは感じますか?
金 改めて法文を精読して思ったのですが、そこから日本政府の意思は感じられませんでした。私は国際法を研究していますので、各国の法律を読む機会は多いのですが、「ここがポイントなのか」と思わず頷(うなづ)くことがあります。テロ被害の補償に関する法律ですと、こういったケースに対する補償は小さいけれど、別のケースに対しては手厚く…といった国ごとの考え方や思想のようなものが法文から伝わってきます。
しかし、日本の法律を読むと各国の最低限の基準は満たしつつも、「こうした被害は必ず補償しなければならない」という強い意志が見えてきません。ある意味、義務的な対応の様に見えます。
つまり、日本は国家としてテロに対する明確なヴィジョンを提示しているわけでもなく、「仕方がないから」といった具合で決着が図られているのです。法律や目指される解決の帰結が、死亡で200万円、障害が残った場合で100万円なのですから、この金額から日本の国としてのテロへの対抗姿勢を見出すのは困難です。
「テロの定義」を確立することは難しく、各国も頭を悩ませていますが、日本ではそういった議論もほとんど聞こえてきません。テロに対する危機意識が希薄というよりも、そもそも「テロにどう向き合うか」という認識が国としてはもちろんのこと、国民の間にも共有されていないのが日本の問題だと思います。
●金恵京(キム・ヘギョン)
国際法学者。韓国・ソウル出身。高校卒業後、日本に留学。明治大学卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で博士号を取得。ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学韓国研究センター客員教授、明治大学法学部助教を経て、2015年から日本大学総合科学研究所准教授。著書に『柔らかな海峡 日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル)、『無差別テロ 国際社会はどう対処すればよいか』(岩波現代全書)など
(取材・文/田中茂朗)