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第4+5+6話 免許皆伝と旅立ちの時
この話は、書籍化に伴い該当する部分をさしかえたまとめ版になります。
大人の階段を登り、母さんがこの森で暮らしていた理由を知り、さらに僕の出生の秘密とかも聞いちゃったりしたあの夜を境に……僕の生活はだいぶ変わった。
日々のトレーニングは、より一層実践的で、なおかつ『夢魔』の力を意識したものに変わり……それに伴って、僕はメキメキと腕を上げて、強くなっていけた。
森の魔物たちを相手にしても、このところはほぼ負け無しになったし。
……まあ、それでも母さんには全然勝てないんだけど。
また、戦闘訓練と並行して、僕は母さんから『夢魔』の能力や特性についても教えられるようになった。
基礎的な知識くらい走っておくべきだろう、ってことで。
『夢魔』。 ファンタジー漫画や小説なんかでよく見る、お色気担当悪魔。
この種族の特筆すべき特徴は、大雑把に言うと次の3つ。
1つ目。定期的に、男性と交わってエネルギーを補給する必要がある。
2つ目。人間はもちろん、他のあらゆる種族との間に子供を作ることができる。
3つ目。夢魔には女性しかいない。
通常、夢魔が他の種族との間に子供を作った場合、生まれてくる子が男なら100%父親と同じ種族に、女なら半々の確率で夢魔が生まれるんだとか。
しかし、僕の場合はおそらく『突然変異』……男であるにもかかわらず夢魔の力を持って生まれ、『3つ目』の特徴を思いっきり無視してるのは……多分それが原因だろう。
母さんがその時使った魔術自体禁忌らしいし、何が起きてもおかしくはないと思う。
なお、個人的には最大の懸念である1つ目の特徴――『摂取』しないと生きていけないとか言われたらさすがに死にたくなる。マジで――については、どうやら心配無さそうだとのこと。
突然変異のせいでその必要までなくなったのか、摂取するも何も自分の体の中で作ってるからなのかはわからないけど……何にせよ本気で安心した。
こんなにほっとしたの、前世で大学受験の合格発表で無事に自分の受験番号を見つけられて以来だよ……その後すぐ死んだけど。
☆☆☆
12歳になってしばらく経ったくらいの時期の、とある朝のこと。
目が覚めると……母さんがいなくなっていた。
ダイニングに、次のような……頭の悪い内容の手紙を残して。
『ミナトへ(はぁと)』
コレをあなたが読んでいる頃(朝ごはん前かな?)、
お母さんは、奴隷商人の馬車に捕まっている頃だと思います。
え、どういうことかって? わからないかしら?
ふっふっふ、まだまだねミナト。そんなんじゃ二代目『夜王』には程遠いわよ!
簡単に言うと、コレは一種のテストです。
ルールは簡単。
ミナトはこれ読んだらすぐに仕度して、家を出て、お母さんを助けに来なさい。
今まで訓練した知識や技能をフル活用すれば、追跡ぐらい簡単だから。
お母さんを助けに来るまでの時間や、そこに至るまでの手際なんかを基準にして、今のあなたの総合的な実力を評価したいと思います。目指せ免許皆伝!
それと、注意事項が1つ。
もちろん、母さんが捕まるのはわざとだけど、お母さんは『無力で無用心なただの女の人』を装って捕まります。テストの一環なので。
何をされても、抵抗しません。あなたが助けなさい。
だから、もし助けに来るのが遅いと、お母さん、大変なことになっちゃうかも?
具体的には……
(自主規制)
と、いうわけで、がんばってね♪
お母さんより
P.S. ちゃんと朝ごはん食べてから来ること。体が資本よ!』
………………あー……うん。
「何してんだあの母親はぁああ―――っ!!?」
家全体、どころかおそらくその周辺一帯の森にまで響き渡る音量で吼えた僕は悪くないと思う。
直後に僕は、手紙をゴミ箱に叩き込み、使い慣れてる稽古着を着用の上、いつも訓練その他で使ってる『装備』の手甲と脚甲も身につけて家を出る。そりゃもう、飛び出る。
朝食? 食ってる暇あるわけないでしょーが!!
そのまま、森をダッシュしつつ、魔力を使って『嗅覚』を強化。
犬並みに強化されたそれを使って、母さんが残した、『魔力の残り香』をたどってひたすら走る。
途中で、いろいろな魔物―――子供くらいの大きさがあるトカゲとか、明らかにもとの世界より大きくて強そうな、目が3つあるでっかい熊とかなんかにも出くわしたりしたけど、いちいち相手してたらキリないので、無視orひき逃げ中心で突っ走る。
さっさと追わないと、魔力を持つ獣の匂いで母さんの(魔力の)匂いが消されかねないので。あ、もしかしてコレもテスト項目のうちか……くそっ! ホント腹立つ!
テスト項目としては正しいって頭ではわかってるのに、最初に見たあのアホな手紙のせいで感心とかする気になれなくてただひたすら腹立つ!
だから今から僕が、普段は修行中であっても設定しているリミッターを解除して加速全開にしたとしても許されるはず!
あと、それにプラスして、内緒で開発して母さんにも見せたことない技もいくつか使ってパワーアップ。脚力や持久力その他を限界まで引き上げる。
そして、ようやく森から抜けると……おっと、ここからは母さんとの修行でも来た事ない未知の領域だ。
慎重に。注意して進まないと………………と思ったけど、時間ないので多少のトラブルは力技で解決する方針で。
暴走車両よろしく、出てくる魔物とかいちいち相手しないで回避orひき逃げ中心。
地形の悪い岩場とかなら、思いっきり加速して岩壁を走ることで、地表の障害物を無視。
右足が沈む前に左足を出して、左足が沈む前に右足を出して。わーすごいコレ、水面走れちゃったよ、短距離だけど。人間やればできるもんだ。橋とかいらないや。
とまあ、そんな感じで走り続けること3時間弱……いたいた! いかにもな感じの馬車隊!
なんというかいかにも、ならず者が使ってそうな感じの、ぼろくて怪しい馬車。
そのくせ鍵だけは、やたら頑丈な南京錠がついてると来たもんだ。以前母さんが教えてくれた、違法な奴隷商人の馬車の特徴と一致する。
母さんの匂いもあそこから漂ってくるし、確定だろう。
と、いうわけで、先手必勝。
「ん? 何か来「アターック!」おごあっ!?」
とりあえず、周囲の見張りっぽい役割で馬車の外に座ってた男の1人に、勢いそのままジャンプ&体当たり。
肩口からの一撃をくらって飛んでいったその人は、道路脇のしげみの中に消えた。あれ、死んでないよね?
「「「何だぁあああ!?」」」
突如として突っ込んできた暴走少年に、仲間の1人がふっ飛ばされたことに唖然とする皆様。
少しして復活すると、
「な、何だテメエはっ!?」
「いきなり突っこんできてどーいうつもりだコラ!?」
「そんなこたぁどーでもいいっ! とりあえず母さん返せコラ!!」
要点だけを簡潔に。コレ基本。
「何だと? ははっ、そういうことか。このガキ、自分の母親を取り返しに来たってわけだ」
「おーおー泣けるねえ、ぎゃははは!」
と、僕が言ったセリフから事情を察し他らしい盗賊たちが下品に笑う。
健気にも、さらわれた肉親を取り戻しに来た子供っていう、僕の、ほほえましく、勇ましくも愚かしい立ち居地を知って。
微妙に違うんだけどね。捕まったの、母さんの方からだし。
「あいにくだなボウズ、おめーのお母さんは俺達の大事な商品だからな、返すわけにはいかねーんだ」
「そうそう、『どれ』のこといってんのか知らねーが、どれも上玉だったしな」
なるほど。母さん以外にも何人か女の人が捕まってるらしいな。
ことのついでだ、全員助けとこうか、彼女達に罪はないんだろうし。
「……っつーか、こいつ母親とか言ってるけど、母親っぽい奴なんていたか?」
「さあ、黒髪に黒い瞳の奴なんて1人も、いやそもそも、こんなでかい子供がいるくらいに年取ってる女、1人もいなかったよな?」
あー、うん。母さんと僕、あんまり似てないからな~。母さんはブロンドヘアで、僕は黒髪だし(生前と同じ、とでも言うべきか?)。
それに、母さんは『夢魔』。相当長生きする種族だ。
そのせいで、実際いくつなのかは僕も知らないけど、見た目もめちゃくちゃ若くてきれいだし。せいぜい20台前半くらいにしか見えないんだよ、あの人。
……まあ、でも、
「けどまあ、上玉ばっかだからな。ガキ1人生んだような女がいても、売る分にゃ何も問題ねーだろ」
「そうそう、いくらで売れるんだろうなぁ? ぐへへへっ」
「ついでだ、このガキもさらって売っちまうか。黒髪は珍しいし、顔も悪くねえ。物好きなマダムが買っていってくれそうじゃねえか?」
とりあえず、遠慮は要らなそうだな。
「よぉガキ、悪いようにはしねえから、大人しくおじさん達とぐぼぉっ!?」
はい、1人。
これ以上聞いてる意味がないので、近寄ってきた奴に手っ取り早く拳を叩き込む。
ごん!! と、顎にキレイに入って……名もなき盗賊A、昏倒。
一応、死なないように手加減はしておくか。
こういう剣と魔法の世界って、盗賊とかの『犯罪者』が相手の場合、小説とかでは殺しても特に問題ないケースが多いけど、この世界はその辺どうなってるのか、まだ知らないからね。
とりあえず気絶だけしてもらって、後で母さんに聞いとこう。
「なっ、て、テメ……」
「何しやがる!」
「いや、あんな物騒なこと言われて抵抗しない奴いないでしょーが」
しかしまあ、ちょっと子供が暴れた程度で慌てちゃって……こういう、魔法とかある世界で、人を見た目で判断しちゃだめだっていう概念はないのかねー?
っていうか、お腹すいたな……僕そういえば、朝ごはん食べないでここまで走ってきたんだっけ。
そして今はお昼だ。ああ、そりゃお腹も減るわ。
よし、ちゃっちゃと片付けよう。
さて、こいつら全員片付けるまで暇なので――造作もない的な意味で――ひとつ、僕が今まで母さんとの修行で磨き上げてきた『戦闘技能』について話そうか。
前にも言ったけど、僕は『魔力』を体外でコントロールするための『感応力』に難があるため、ある程度の規模以上の魔法を使うと、制御不能で暴発しかねない。
なので、魔法メインの戦闘は必然的に無理だった。
かなり早い段階でそれを知った僕は、母さんの指導の下『魔法を外に出さない』もしくは『遠くに飛ばさないで使う』という能力を重点的に鍛え始めた。
外側で魔力を使うことをきっぱり諦め、体を内側および表皮部分から強化する魔法を集中して鍛え、極め、その肉体を使って戦う戦闘技能。
早い話が……徒手空拳での接近戦だ。
母さんとの修行で練り上げてきたそれは、動きそのものは完全に我流で、決まった『型』とかも無い上、特撮ヒーローや格闘ゲーム、カンフー映画みたいな動きを取り入れてみたりした、自由すぎるスタイルである。
格闘スタイルとしては、かなり適当だ。ほとんど喧嘩殺法であると言ってもいい。
けど、それでも長いこと続けてきただけに、技や動きは体に染み付いているし、無駄な動きもそぎ落とされている。
なので、いくら始めての対人戦だといっても……
「そぉーれ!」
「ぁぐあぁっ!?」
「ぐはぁっ!?」
「ぐげぇっ!?」
こんなゴロツキに負けるほど弱くない自覚ならある。
普段戦ってる母さんや、森の魔物たちに比べて、攻撃がどれも遅いわ軽いわ……一呼吸の間に3回殴って3人倒せるくらいだ。
……っていうか、ことごとく弱すぎて、別に狙ってるわけじゃなくても全員一撃で気絶する。簡単に。
こりゃ全員片付けるのに1分かからないかもなー……むしろ死なないように加減する方に神経使うし。
「このガキ……くたばれっ!!」
「断る!」
正面から切りかかってきた男の剣を、体勢を低くしてかわしつつ、カウンター気味の拳を腹に叩き込む。
割と強めに殴ったので、その大柄な体は10cmほど宙に浮き、肺の中の空気を一撃で残らず吐き出してしまった男は、失神してその場に崩れ落ちた。
直後、後ろを振り向かず、視線だけやりながら、後ろ回し蹴りでもう1人。
死角から襲い掛かったつもりだった2人目は、驚愕を顔に貼り付けたまま、水平に飛んでいき……茂みの中に消えた。
残りの人数が半分ほどになってようやく、連中の脳内に危機感というものが芽生えてきたらしい。
怒りに任せて襲い掛かってくる者がようやくいなくなり、剣を構えつつも、隙をうかがうように、僕を囲んだまま動かなくなる。
なるほど、短絡的な奴がいなくなって、一応は慎重な奴が残った、って感じ?
まあ、来ないならこっちから行くだけだけど。待ってやる義理ないし。
「――シッ!」
短く息を吐くと、前傾姿勢で突っ込み、囲んでいる一人の懐に飛び込む。
あわてて振るわれる刃は、体をひねってかわして、その勢いのまま、裏拳を一発。
よろめいた所に、確実に失神させる蹴りをもう1発。
倒れるそいつを踏み台にして跳躍。一気に3mくらい跳び上がり、人垣を飛び越えたすぐ先に着地。
振り向きざまのローキックで足を払って、転んだ所にみぞおちに拳を叩き込んで1人、
隙を見て襲い掛かってきた剣を、ジャンプ+回転でかわして、その勢いのまま、縦方向の空中回し蹴りで延髄に一撃入れて1人、
そこから着地、の瞬間を狙った槍の一撃を、手甲で受け止めて横にはじき、勢いあまってよろめいた所を蹴り飛ばす。また1人。
すると、横からもう1本槍が突き出してきたので、今度はそれをつかんで、強引に奪い取り、連中が驚いている間に地面を転がってそいつら全員が射程距離になる位置に転がり込む。
「でええぇぇえ――いっ!!」
「「「ぐああぁぁあ――っ!!」」」
一気に全員に当たる位置取りで、槍を逆に――穂先でなく柄が当たるように――持って時計回りに一回転。僕の周りを囲っているそいつら、もれなく全員にヒット。
直後にさらにもう一回転、今度は反時計回りに、トドメをくれてやる。
全員気絶……よし、終わり。
さて、あとはこの馬車の中にいる母さんを助けて……あらもう1人いた(ばきっ)と気絶させて母さんを助ければ、晴れて任務完了ってわけで……
「……え、早過ぎない?」
途中の障害物(岩場、川(橋なし)、魔物多数etc)から考えて、もっと遅くなるだろうと思ってたらしい母さんの、そんな一言で……またしてもどっと疲れさせられた。
……いや、酷くない?
☆☆☆
色々後始末を終わらせて……今、僕は母さんと2人きり。
ここに来るまでの道のり(崖走ったり水面走ったり)を報告してるところだ。
それをふまえて、試験官たる母さんの採点タイムなわけだけど、結果は……
「……まあ、色々言いたいことはあるけど、ここまでやれて、及第点をあげないわけには行かないわね。うん、合格よ。免許皆伝」
……何でそんな棒読み?
えっと、なんでそんなに面白く無さそうにしてるの?
「別に、面白くないわけじゃないわよ。母親として、師匠として、あなたのその予想以上の実力は、素直に喜ばしいし、誇らしいと思ってるわ。でも……」
……でも?
「ミナト、ここ、私が認識してる限りだと、空を飛べないあなたじゃ、能力をフルに使っても、どうがんばっても追いつくのが夕暮れ時にはなる場所なんだけど、速すぎるわよね? あなたさては……私に内緒で開発した魔法、いくつか隠してるわね?」
「ぎくっ」
あー……
それでか、それで怒ってたのか。
☆☆☆
話は、数年前にさかのぼる。
前世の知識と記憶、そして、ファンタジー大好きな思春期の発想力を持ってる僕は、魔法の訓練を始めてから間もなく、自分自身で魔法の研究を始めるようになった。
いや、だって、そういうの、理由もなく憧れるし。自分だけのオリジナル魔法とかさ。
母さんはそんな僕を、ほほえましく見守ってくれていたけど……当然というか、成功するとは思ってなかったそうだ。
当事の母さんからすれば、その僕の姿は、この世界の子供にはよくある、自分だけの魔法を考えて遊ぶ、普通の子供に見えていたからだ。
ちょっと辛辣な言い方だけど、たかが子供には、できもしないことを。
前世で言えば、子供が、何とかマンごっことかして、将来はスーパーヒーローになるとか、すごい武器を発明するんだ、とか言ってる程度の認識だったわけだ。
が、母さんがほほえましく見ていた僕は、残念ながら、普通の子供ではなく……前世の記憶を受け継いだ、年相応どころじゃない想像力や発想力、思考能力を持った存在だった。
そんなことを母さんは知る由もなかったわけだから、仕方ないといえば仕方ないんだけど……その結果、ある日、悲劇が起きた。
魔法の『研究』の最中に、僕の体内で魔力が暴発し、大怪我をするという形で。
その事件の後、母さんは、僕の傷を跡も残さず治療し終えた上で、僕から詳しい事情を聞いたけど……以外にも、僕はあまり怒られなかった。
きっちり、危険なことをしたことを咎められはしたんだけども、そのあとすぐに……逆に母さんの方から謝られてしまったのだ。
自分が、真剣に話を聞いてあげられなかったから、僕が危険なことをしているのだと気付けなかった。そのせいで、僕が傷ついた、と。
そもそも、危険だと教えてなかったんだから、怒れないよ、と。
完全な自業自得なんだから、母さんは悪くない。そう何度も言ったけど、母さんは納得しなかった。母さんは僕よりも、母さん自身を許さなかった。
その時、僕は罪悪感と共に……ちょっと不謹慎かもしれないけど、なんていい母さんに恵まれたんだろう、と、ちょっとだけ嬉しかった。
そしてその時、今後こういう事故を起こさないように、母さんに内緒で魔法の研究をしたり、新しい魔法を作って使ったりしない、っていう約束をしたのだ。
そして今日、それを破ったことが露見してしまった結果がといえば……
――ばしっ!
……不思議なもんだ。
前世でも、今世でも……母親の平手打ちっていうのは、どうしてこんなにも、痛くて、重くて、悲しいんだろう。
普段の訓練で叩き込まれる魔力パンチやキックの方が、よっぽど強烈なのに、その何千倍も心に響くから、不思議だ。
「あなたが立派になったのも本当だし、母さんに、これ以上何かする資格や、何か言う資格があるかもわからないから、この一発だけにしておいてあげる。でも……」
一拍、
「それでもね……心配なの。あの時みたいな思いは、もうしたくないの……」
「……」
「あなたは、成長して、魔法も上手くなって、強くなって、前より強い技も使えるようになった。でもだからこそ、もしまたあんなことになったら、って思うとね……」
「…………」
「事故を起こそうと思って起こす人なんていないのよ? 大丈夫だと思ってても、起こるものは起こる。だからねミナト、小さい頃の約束なんて、うざったくて、面倒くさいかもしれないけど……お願いだから……」
「……ごめんなさい」
今度は、深く頭を下げながら、
誠心誠意、謝った。
……だって、あんな泣きそうな目で、真剣に言われたら……そうする以外に選択肢、ないし。
その後母さんは、さっきの悲しそうな顔が嘘のように、いつも通りの母さんに戻り……僕らはそろって家路についた。
また走って帰ると夕方か夜になるので、母さんに抱えてもらって、空飛んで。
試験そのものは、かわらず合格と言う評価をもらえている。
あくまで実力・能力的にはもう、免許皆伝問題なし、だそうだ。
……その途中、母さんに耳元で、
「でもねミナト、騙したのはお母さんが全面的に悪かったけど……」
「うん?」
「必死になって助けに来てくれたのは……お母さん、ホントに嬉しかったわよ?」
そう言ってもらえたのは、純粋に嬉しかった。
同時に、これから先絶対に、この人を悲しませるようなことはするまい、と、その時僕はあらためて心に決めた。
☆☆☆
それから更に数年。
僕はこの屋敷で、更に腕を磨き、経験を積み、実力を高めていた。
もう僕の実力は、すでに森やその周辺の魔物程度ならほぼ敵なし。母さん以外とのバトルは、正直な所退屈……とまではいわないけど、明らかに物足りないくらいに。
や、贅沢言っちゃいけないんだろうけどね。
そして、戦闘の修業と平行して、僕は母さんから、この世界のことについても色々と習い始めた。
いわく『まあいつまでもここにいるわけにもいかないでしょーし?』だとさ。
つまり、いつかは巣立て、と。うん。
まずこの世界(異世界)には、人間のみならず、エルフやドワーフなんかの、亜人と呼ぶような種族が多く存在するらしい。種類は……まあ、それなりに多いため説明が面どいので、色々いる、ってことで。
別にどの種族が一番偉くて支配してる、とかそういうことはないんだけど、やっぱ、種族同士の好き嫌いとかはある程度あるみたいだ。
その他の特徴としては、元の世界ほど進んだ科学技術はない、ってこと。まあ、大体、普通に想像できるファンタジー世界っぽい世界観だと言っていいと思う。
で、異世界お決まりの『冒険者ギルド』なるものも存在するらしい。この世界中の、ほとんどどこの国にも。国境を越えて活動範囲があり、支部があり、って感じで、この世界においてかなり重要な位置づけと言っていいみたいだ。
そんな感じで、母さんは、僕が『免許皆伝』を取ってからも、おおよそ僕に必要と思われるようなことは、きっちり全部教え込んでくれた。
大変なことも多かったけど、かなり充実した時間を過ごせていたと思う。
……そんな日々の終わりが、突然やってくることになる、とは、僕は、全く知る由も無かった。
☆☆☆
ある朝起きると、また母さんがいなかった。
そして、母さんの書斎の机の上で、置き手紙を見つけた。
『まさか!?』と思って、慌ててそれを見るけど、そこにかかれてたのは、『テスト』のお知らせじゃあなく、別れの手紙だった。
『あなたはもう十分強くなりました、一人前です。だからこの家にいつまでもいるのはよくない。旅に出なさい。私も旅に出ます』
……というもの。
最後の最後まで、この人は突拍子もない行動とってくれるなあ、全く。
自分に甘えないように、自分はあえて先に、何も告げずに家を後にして、か。弟子に、子供に、帰る場所を与えない……残酷なようで、その実親心も混じったやり方だ。
そんな母に、がらでもなく最後の最後で、師匠っぽいとこ見せてくれちゃって。
しんみりして、でもちょっと、その厳しさと親心に感動したり……とかはできなかった。
なぜならその『別れの手紙』が、A4サイズの紙数百枚に及ぶ超長編になってしたためられていたからである。
……母さん、あんた露骨に未練たらたらじゃないですか。
しかもざっと見てみると、内容の何割かが何というか……ラブレターみたいな、嬉しくは歩けど中身があるとは言えない内容。……母さん、文章構成能力ゼロか。
母親の最後の気持ち――物理的にも気持ち的にも重過ぎるそれに、僕は頭を抱え、深~いため息をつきながら、無碍にするわけにもいかないそれを読み進めていった。
☆☆☆
『ミナトへ。
ミナト、私は今、身を切られるような思いでこの手紙をしたためています。私はあなたをいつも……(中略)さてミナト、母さんがあなたを思う気持ちはまだまだこんなものじゃないけど、そろそろ話すべきことを話さなきゃだから、本題に行くわね。
あなたはもう、いっぱしの冒険者として十二分にやっていけるほどの力を持っているわ。それほどの力を持ちながら、いつまでも引きこもってるのはよくない。あなたもそろそろ世界を知るべき時、家を出て、その足で世界を見て回るべき時よ。この家なら、定期的に私の使い魔が掃除したりするから、心配とか全然要らないわ。
冒険に必要なものは自分で考えなさい。家のものなら、道具もお金も好きに持っていって構わないから。あと…………』
こんな感じで、ラブレター部分と真面目部分が交互に出てくる手紙。
正直ちょっと面倒くさくもあったけど、きちんと全部読んだ。
……その結果、読み終わる頃には夕方になっちゃって、必然的にその日のうちの旅立ちは断念せざるを得ない事態になったけど。
そして読んでいく中で、母さんからのプレゼントが目の前に出現したりもした。
何か魔法が仕掛けられていたみたいで、手紙のある部分を読むと、アイテムが出てくる仕組みになっていたらしい。
そしてそのアイテムっていうのが……どれもこれも、冒険の役に立ちそうな、それなりに、いやかなりすごい一品ばかりだった。
『ジョーカーメタル』とかいう、未知の金属(金属……だと思う。多分)で出来た手甲と脚甲。
見た目よりも遥かに大量の荷物を収納しておける、収納系マジックアイテムであるリュックサック(黒)。
動きやすそうな服もあった。ノースリーブと長ズボン、それに外套。
色は黒で……多分だけど、ただの布じゃない。魔物素材か何かだと思う。まあ、着心地よさそうだし、頑丈そうだからいいけど。
ちなみに名前は、それぞれ 『闇の衣』と『死神孔雀の外套』……まさかとは思うけど、呪いとかかかってないよね?
そして、分厚い本。ただの本じゃなく……魔法書物の類みたいだ。
タイトルは……『ネクロノミコン』?
まーたすごいのが……超有名なファンタジー書物じゃないですか。本物?
添えてあったメモ書きによると、例の『棺』の中身だそうで……母さんはもう全部読んだからくれるそうだ。軽っ。
そして最後に、母さん手作りだっていう黒帯。コレについては、昨日なんかはまだ不明。
なんかまあ、色々と癖のあるアイテムの数々……けどまあ、せっかく用意してくれたんだし、ありがたく使わせてもらいますか。
……ところで思ったんだけど、これ読まなかったら僕、これらを手に入れないまま出発してたんだよね? 是が非でも読ませる必要あったよね?
だったら手紙もっと短くまとめて欲しい。僕じゃなかったら絶対読み飛ばしてるって。
そしてその夜、
母さんがいない寝床で寝てみて気付いたんだけど……
隣に母さんがいない夜、ってのは、新鮮というか、なんというか、なんか物足りない……
いや、正直にいうと……さびしい感じがした。
ああ、こりゃどっちみち、この屋敷にはもう居たくない。つまんないもん。
母さんがいない屋敷で暮らすより、外に出て生きたい、と思える。気晴らしにもなるだろうし。
……何だかんだで、僕もマザコンだなぁ……。
☆☆☆
開けて翌日。
「よし、忘れ物もなし!」
朝4時に起きて荷物をまとめ、例のリュックにつめ終えた僕は……母さんの書斎の隠し扉の向こうにある、なんというか、見た目一発、この上に乗るとどこかに飛ばされます、みたいな雰囲気の魔法陣(?)の前にいた。
別に、普通に歩いて旅立ってもいいんだけど、母さんの手紙には『刺激的な旅の始まりを求めるならこれ!』ってな感じで書いてあった。
そんなこと言われたら、興味わいちゃうじゃん、男の子だもん。
ま、いいかもね。新たな旅立ちみたいで、雰囲気あって。
そして、その前に立って僕は、この家で過ごした16年間のことをずっと思い出していた。
ホント、色々あったなあ。けどまあ、これからもっと色々あるんだろうな。
何せ、今まで母さんと2人っきりだった僕の世界が、一気に広がるんだから。
外の世界に行って、どんな出会いが待ってるのか、全然わかんないけど、それも含めて旅なんだ。上等上等!
と、魔法陣に乗ろうとして……
僕はその前に、今一度、母さんの手紙を見た。
束ねて、リュックに入れてあるのだ。ラブレター部分以外は。
……その、末尾の部分には、
『ミナト、またいつか絶対、どこかで会いましょうね。今よりもっともっと大きくなって、頼もしく成長したあなたと会える日が今から楽しみだわ。愛してるわよ!
――あなたの甘えん坊な母親・リリン
追伸
もしかしたら、旅の途中にあなたの弟か妹ができるかもしれないから、そのときはよろしくね♪』
最後の1文以外は、心に染み入るなあ。何度読んでも。
……そして、最後のアレは、子供に言うことじゃないと思うんだ。
ともかく次会った時に、胸張って母さんと話せるように、僕は僕で、きっちり成長してみせなくちゃね!
そんじゃあ一丁、行きますかっ!
ぱしんっ、と頬を叩いて気合を入れてから、僕は魔法陣の中心に飛び乗った。
直後、不思議な浮遊感に包まれて、一方通行の異空間を通り……我が家を後にした。
+注意+
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