天皇陛下が皇位を皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を、周囲に示しているという。

 82歳の陛下は、憲法が定める国事行為のほか、被災者のお見舞いや戦没者慰霊などで、皇后さまとともに精力的に各地を訪ねている。その姿に多くの国民が敬意と共感を寄せながら、体調を崩さないよう、祈りにも似た気持ちで見守ってきた。

 公務の削減も行われてはいるが、天皇の地位にある以上、責務を十全・公平に果たしたいという陛下の強い気持ちがあり、なかなか進んでいない。

 こうした状況下で陛下の考えが伝えられた。かつて秋篠宮さまの会見で「定年制」が話題になったこともあり、本来、政府や国会の側から議論をおこさなければならない課題だった。そんな思いを抱きつつ、これを機にぜひ検討を進めたい。

 「天皇は神聖にして侵すべからず」の明治憲法の下、旧皇室典範は退位の規定を設けなかった。いまの典範が戦後つくられたとき、退位の是非も論点になったが、結局見送りとなった。天皇に重大な事故があった場合などは、摂政をおいて対応するきまりになっている。

 上皇が存在して世が乱れた歴史がある。意に反して強制退位させられるおそれを否定できない。天皇にならない自由を認めることにもなりかねず、皇位が不安定になる。天皇の自由意思で退位するのは、象徴という立場になじまない――。これらが退位制度をいれない理由とされた。当時は昭和天皇の戦争責任問題があり、退位を認めると臆測や混乱を招く懸念もあった。

 時代は大きく変わった。

 陛下は即位の日から象徴天皇としての道を歩んだ。平均余命はのび、高齢社会をどう生きるかは、人びとの最大の関心事のひとつになっている。

 立場上、基本的人権にさまざまな制約が課せられているとはいえ、陛下もひとりの人間として尊重されてしかるべきだ。それは、被災者を見舞うとき、ひざをつき、同じ目の高さで語りかける「平成流」というべき両陛下のふるまいにも通じる。

 もちろん、天皇は国民統合の象徴であり、その地位は国民の総意に基づく。退位に道を開くとすれば、その要件や手続き、「前天皇」の地位をどう定めるかなど、課題は少なくない。

 議論の過程を透明にし、これからの天皇や皇室のあり方について、国民が考えを深める環境をととのえる。政府、そして、国民を代表し、唯一の立法機関として最終判断を下す国会には強くそのことを求めたい。