「子宮頸がん(http://www.jsog.or.jp/public/knowledge/keigan.html)は美人に多い」との俗説がある。確かに、先の参院選で再選された三原じゅん子代議士は、子宮頸がん闘病をきっかけに政治を志したそうだ。女優の向井亜紀は妊娠と同時にがんが発見され、胎児ごと子宮全摘出手術を受け、後に米国での代理出産によって2児を得た。東北大震災直後の「38才で子宮頸がんに…」という仁科亜紀子の健診CMも印象深いが、元夫である某男優の隠し子を産んだ歌手の千葉マリアも子宮頸がん患者である。ちなみに、日本の年間患者数は約1万人で、死亡数が約3000人である。
「子宮頸がん美人説」の一つの根拠は、他臓器のがんに比べて発症年齢が低く、2~30代の患者が目立つからだろう。このため、妊娠適齢期に子宮摘出を余儀なくされ、一命はとりとめても向井亜紀のような悲劇が後を絶たない。また、子宮頸がんは、ヒトパピロマウイルス(HPV)感染から発症(http://www.jsog.or.jp/public/knowledge/keigan.html)することが多く、HPVは主に性交渉で伝染する。ゆえに、「子宮頸がん美人説」のもう一つの根拠は、「美人=誘惑が多い=HPVに感染しやすい」である。某男優の本妻や愛人が相次いで子宮頸がんを患ったのは、彼がHPV感染者だった可能性が高い。
子宮頸がんワクチン(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/)とはHPV免疫を獲得することによって、子宮頸がん発症予防を狙うものである。ワクチン接種時期は初交前が望ましいので、女子中学生~高校生が主対象になる。2010年から、日本でも公費助成が始まったためHPVワクチンは一気に広まり、のべ300万回以上も接種された。そして、接種後の「全身の激しい痛み」「漢字が書けなくなった」「光がまぶしすぎる」というような訴えが相次いだ。
STAP騒動が示すように、論文捏造のような地味な事件でも、若い女性が関与するとセンセーショナルな話題となりやすい。「大塚家具の父娘の闘い」も、大戸屋やロッテの内紛に比べ大々的に報じられた。先日の選挙で話題になった給付型奨学金も、イメージポスターや取材対象は女子高生ばかりである。日韓関係でも「慰安婦」よりも「(男性の)強制連行」が多数だったようだが、報道されるのは圧倒的に慰安婦である。そして「慰み者にされた可哀相な少女」というストーリーはセンセーショナルで注目されるので、ついつい報道に力が入ってしまい、真実か否かの検証が二の次になりがちである。
子宮頸がんワクチン接種後の「まっすぐに歩けない」「サングラスが手放せない」という少女たちの映像はセンセーショナルで、多くのメディアが取り上げた。「薬害ワクチン」「製薬会社と医師の癒着」「厚労省の怠慢」「少女たちの人生を返せ!」など大々的に報じられ、オンラインでは「不妊化ワクチン」「日本民族抹殺の陰謀」という情報も氾濫した。「被害者の会」「薬害NGO」が結成され、弁護士が加わって集団訴訟となり、それを支援する政治家も出現した。信州大の池田修一教授(医学部長)は、テレビ番組で「子宮頸がんワクチンを接種したマウスで、脳に障害がみられる(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7080)」と語った。そして2013年、厚労省より「積極的な接種は控える」という勧告がなされ、日本ではHPVワクチン接種は事実上休止したまま現在に至っている。
2015年、名古屋市はワクチン接種後の症状に関して、約7万人を対象にした大規模なアンケート調査を行った。そして、同年12月に発表された速報は「ワクチン接種後の症状の頻度は、同レベルか、むしろ非接種者の方が多い」というものであったが、これを報じるメディアは「薬害ワクチン」の報道に比べて少なかった。今年6月、名古屋市はアンケート結果(http://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/page/0000073419.html)を公表した。数万人を調査すれば、ワクチンを打たなくても「全身痛、光過敏、筋力低下」という症状を訴える少女は散見されることが示された。このことを「(有意差なしという)速報結果を撤回(http://www.asahi.com/articles/ASJ6W2DJDJ6WUBQU007.html)」と報道したメディアがあったが、「ワクチン安全性については独自の判断を避け、生データのみを市のホームページで公表」が正確なタイトルだと私は思う。そして、6月末に信州大から転出した池田教授の元部下が「実験は杜撰すぎて、ワクチンが脳障害を起こす根拠にはならない(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7124?page=2)」旨を告白したが、「薬害ワクチン」を派手に報道した大手メディアからは黙殺されたままである。
「あの可哀相な少女たちを救うために、ジャーナリストとして国の責任を追及し、製薬利権に正義の鉄槌を下すつもりだったのに…」「いったん薬害と報じたからには、それ以外の結論は認めない!」というメディアの姿勢に、慰安婦報道と同種の病態を、私は深く感じる。ワクチン接種とはデータや科学論文を参考に、リスクベネフィットを勘案して決定すべき性質のものであり、「可哀相な少女を何とかしろ!」的な感情論は、結局のところ患者にはデメリットしかもたらさない。「医学部長によるデータ捏造」については、信州大が調査を開始(http://www.jiji.com/jc/article?k=2016062800223&g=soc)するようだが、子宮頸がんワクチンの再開については、今のところ目処が立っていない。
追記:7月13日、「子宮頸がんワクチン被害者連絡会が集団提訴予定」のニュースが公表された。メディアによって「両論併記(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1607/12/news064.html)」「学術団体の見解を付記(http://www.jiji.com/jc/article?k=2016071200694&g=soc)」「(自称)被害者の主張のみを掲載(http://www.asahi.com/articles/ASJ7D56QTJ7DUTIL02G.html?iref=comtop_list_nat_n05)」と、見識が別れた。
フリーランス麻酔科医
1966年生まれ。某国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年よりフリーランス医師に転身。本業の傍ら、2012年から、「ドクターX~外科医・大門未知子~」「医師たちの恋愛事情」など医療ドラマの制作協力に携わる。近著に「フリーランス女医が教える 「名医」と「迷医」の見分け方(https://goo.gl/uc33z9)」。
筒井 冨美