守れもしない嘘をつく
。
暑い、いやすでに熱いと言うべきか。
家にあるやかんの水は水道水をそのまま入れただけで沸かしてもいないのにぬるま湯並みの温かさに温まっていて、しかし最後の生命線の水道も水道代を支払わず昨日には止められた。
若い子は知っているだろうか、水は人の最後の生命線であるから、水を止めるといっても完全に止まることはない。ちょろちょろと申し訳程度には出してもらえる僅かな水をナツは大切にやかんにためていた。水道の栓は開きっぱなしである。それに溜まった水をナツは湯飲みに移して喉に流し込んだ。
クーラーなどこんな生活をしていればあるわけがない。家、そのものは代々続く家の持ち家なために古いがなんとか立っていていてくれるレベルで持ちこたえていてくれている。
耐震強度などどこの言葉?最新語?な状態の家なので次に大きい地震があったらヤバイだろう。
それでもここにナツは住み続けるしかなかった。
「ああ、何が悪いって貧乏が悪い。お金がないのが、私に男運がないのが、更には家系が悪すぎるっ!!全部悪いんじゃこりゃー!幸せになれないのは顔のせいかよっ!!」
こんな生活が嫌でこの家を飛び出したこともある。それも過去といえるほどではなく
つい最近の話で給食と言う素晴らしいものが学校から出なくなる高校で、当然義務教育までしか想定していなかった父親が高校へ進学したいと言い出した娘に折れて受験だけはさせて、そして入学費までは何とか、親戚に借りた金で入学させることが出来たが、それ以降は無理と
雲隠れしあがった先での話である。当然、学校の昼飯代もなくひもじく学校に通っていたナツはある日切れた。こんな生活もう嫌だと。普通のご飯いっぱい食べれる生活が良いと自分も家を出る覚悟を決めたのである。
そして門を開いたのはとある血筋の端にかかる同じ分家よしみのあるとある豪邸の前だった。
「あれ、ナツ。どうしたのそんなやつれた顔をして」
「…お腹がすいたの」
「ああ、握り飯で良いなら恵んであげよう」
自分より比べることもおこがましい綺麗な服を着て、自分よりよっぽど背も高く肥えた男にナツは頭を下げた。彼は中肉中背といいたいが、その腹はばんっと出て、背はナツより背は高いが男の平均を割る、みるに豚のような容姿の男でどうにもモテないがプライドは高い。謂わば年頃の女子には経験されがちな部類の男だったが、唯一羽振りだけはよく、ナツの親戚でもあった。
昔から気に入らない奴だが少しの優しさはあるのか、こうしてやつれた姿を見せにくると
何かしらナツに恵んでくれる男だった。
「ありがとう、加茂野の兄様」
「使用人に頼んでにぎらせるから家の裏口にでもいなよ。…ああ、まったく兄様と呼ばないでくれ。
物乞いが親戚だと呼ばれるのは心外だから」
「…。ごめんなさい」
ナツの高校の入学費もこの家が出してくれた。昔から同じくらいの大きさの子供がいるかららしく
この家はナツに少しばかり優しい家だった。今は家業を捨てサラリーマンになる親戚が多い中で、それでも昔からの生業を切り盛りし成功している稀有な家で、分家とはいえ足を向けて眠れない家だった。
『よかった。三日ぶりのご飯だ…。』
裏口の勝手口にあるちょうど据わるにいい踏み台に腰を下ろす。
そうしてご飯がくるまでじっとまった。
お手伝いさんがおにぎりを渡してくれたのを飢餓児のように食らいつく。
それにお手伝いさんが顔を顰めたのもなんのその。満たされるおなかにナツは涙を流した。
食事も終わり出された茶を飲んでいる頃、また親戚の兄様、琢也が現れた。
「なんだ、またいたのか…。」
「…兄様、ここに私を置いてくれないか?」
「なんだ急に」
「兄様の嫁になりたいんだ」
歩くだけで腹の揺れる琢也がナツの言葉にふーん、と得意げな顔をして自分の足元で縋る
折れそうなほど痩せた娘を見下ろした。
女性に言い寄られて悪い気はしない。だがナツは琢也のお眼鏡にかかるほど美人じゃない。
そしてナツたち一族がもっとも重視する霊能も拭けば飛ぶようなものしか持ち合わせていなかった。
ナツや琢也たちの一族は霊能の一族である。代々それで飯を食ってきたが、近年は眉唾にされる職で霊力を持つものも生まれにくく、その過酷な職につきたがるものも減り、他職業へ鞍替えしてこの仕事を廃業する一族のものも多く、そうした者達は親戚である彼らを煙たがり避けて遠ざかっていくことが多かった。江戸のころまではそれなりにいた親戚も、現代においては数件にまで減り、結束は弱く、仕事のできるものは片手の指でも足りる有様だった。
それでもこの仕事に誇りを持つものもいるが、金稼ぎにだけ走るものもいた。
前者がナツの父で後者が琢也の家である。
ナツの父は払い師を語りながらその能力は低く、何度も詐欺罪でつかまり転々と家をかえる父親で、このナツはそれは苦労して育った。
ナツも父に似て優れた霊能はない。霊を見たのも子供の時分だけと言うお粗末さで
修行のかいもないと琢也の父に見限られていた。
普通の子供だけれど霊能なんて胡散臭いことをしている家。それは近所では有名で
ナツが年頃になってバイトを探してもそれがネックで雇ってくれるところもない。
そんな中であまり頭が良くないナツが最後に考え付いたのが琢也の嫁になるなんだろうと
琢也には瞬時に予想がついたが、それに応える義理はなかった。
琢也にはこの時、他に思いを寄せる相手がいたから
取り立てて美人でも可愛くもない、その上自分を本当に好いているわけでもなく
上から逃げるために利用しようと言う小娘。利用価値もなさそうな娘を嫁にする気はなかったが
ある思いつきだけは過ぎった。
それは今では廃れてしまったものだけれど、陰陽の家系の子供なら一度は考えるあることだった。
しかし、その成功例は殆どなく、このときの琢也も失敗するだろうと踏んで面白半分に持ちかけた。
「じゃあ、褥を用意するから風呂にでも入って身奇麗にしておきなよ。離れの客間に
未来の夫を待って、来たら尽くすんだよ。いいね」
「…うん」
勝手口から家の中へ入れてもらい、そして子供の頃から来ていて見知った廊下を進み
風呂を借りる。ここにくるまでにナツに心の準備は出来ていた。
琢也は見てくれは悪いが鬼のような男ではない。
今までも口は悪いし見下して人を見るが親戚だと切り離されたことはなかった。
同じ霊能の一家で他の子供のように自分が見えるものに素直なナツがそれを口にしても
唯一気味が悪いと怒らなかった人だ。
ナツは耐えられると思った。きっと大事にしてもらえるわけじゃないだろうが
それでもナツも好いているわけじゃない。浮気でも何でも受け入れられると思っていた。
長湯で体をきれいにしてナツは暗い蝋燭しかともらない離れへと向かった。
ここは昔から近代のものを置かない風習で江戸の頃からあまり手の加えられていない建物だった。
それだけで通常なら不気味で遠慮したいが、それでも琢也が選んだのなら文句はなかった。
一人、浮世から隔絶したようなその場所で、用意された白い着物を着てナツは
蝋燭の灯りだけの座敷牢のようなその部屋に布団を強いて一人待っていた。
「ああ、これだこれ。小さい頃に見つけて目星はつけていたんだ」
禁呪と呼ばれる本を手にして琢也は怪しい笑みを浮かべていた。
古来より異類譚婚の話は尽きない。霊能で有名な陰陽師といえば安倍晴明というように
その代名詞といわれる人物も謂わば妖怪とのハーフである。
つらい修行を積んだ稀代の生粋の人間の能力者を養育して得るよりお手軽だと思った。
霊能の高い子供が生まれるのを何代も待つよりも確実なのが元よりそれを有するあやかしとの交わり。
それを禁呪としながらも取り入れなかった一族のものがいなかったわけではない。
古い資料にそれがあった。
最初に真似をしたのは安倍晴明の力を単純に羨んだ者だったのだろう。男だが女のあやかしと交わったとある。しかし女は子を身篭るとそれを魔界に連れ去ってしまったとある。
次はそうはならないよう霊力の高い女が選ばれ贄にされたが、これは女が連れ去られて失敗に終わったようだ。
何人か能力が高いものが試すもその心積もりもよまれたように弄ばれて終わることで終始する。
中々希望通りには進まない。
成功例もあるが、それは大凡が低級な下級でその生まれた子は大した能力もなく、捨石に育てられたとの記述もあった。
どうせそうならばと霊力の低い女を使ったこともあるが、それには大したあやかしもつかない。
手も付けられなかったことも度々あったという。
だけれどそれでも形は醜い子供だけれど、霊力の薄い子供に比べれば何倍も使えて
式も操れるほどだったとある。
今は人道に反すると廃れた風習でやるものがいないとあったが琢也はこれに大いに興味がそそられた。自分が試すのも良しとしていたが、それには前実験があればなお良いと思っていた。
今や霊能とは眉唾と言うものも多い。その心からなのか一族でも霊が見えず、そんなものを信じるなどと家を出て行くものも相次いだ。自分の家もそうで琢也の年の離れた兄は能力に恵まれず普通の生活を望んでこの詐欺一家と家のものを罵って出て行った。琢也は霊が見えたからそんな兄を馬鹿だと見下していたが、世間一般は兄のほうこそ受け入れることも知っていた。
ああ、もっと力があれば。自分に使役できる力がもっと多ければ。
嘗ての名を馳せる先祖の姿を思い浮かべて琢也は憧れていた。
それに仕えそうな機会があれば使うのが琢也だった。
ある術式を写して、どうなるかは分からないが離れの部屋の前の廊下にそっと置いて
離れを後にした。結果は明日の朝、この離れを訪れればわかるもの。
人の世にあやかしを降ろす陣を書いて琢也はほくそ笑んでその日は眠りに付いたのである。
ぴたぴたっと何かが廊下を歩く音がする。
中々訪れない琢也につい待ちくたびれて眠ってしまったナツは目を擦った。
つけていた蝋燭は時間がたって消えてしまったのか部屋は真っ暗だった。
だが、足音が部屋の前で止まり何者かが部屋に入ってくるのは気配でなんとなく分かる。
ああ、この時がきたかと覚悟をしていながらもナツは震えた。
誰かが隣に来た。それに初夜を迎える新妻が寝床に夫を迎える仕来りを守るように
ナツは布団を後ろにして正座をして三つ指付いて頭を下げた。
暗闇で肥えた琢也の姿を見ずにいられたのは良かったと思った。
「不束者でありますがどうぞ尽くしますので末永く可愛がってくださいませ」
相手が座り、触れてくる。
その手が嫌に冷たかったのをナツは驚いていた。
そのまま、闇の中で一切、ナツは抵抗を許されず朝の訪れを待ちわびた。
琢也だと思って身を任せたナツの相手は人ではなかった。
これでそれでも相手が低級のものであればナツでも払えたかもしれない。
だが、霊力も乏しいナツの夫に名乗りを上げたのはなんでそんな方がと口が開いて塞がらないような
相手だった。
『そなたは我の唯一の妻よ。つれなくとも構わぬ。人と人外の間柄よ。それでも夫婦なれば一生をそなたに捧げよう。我の力はそなたの力と思い使えばよい。細い、触れただけで折れそうなほどそなたは栄養が足らぬ。我は何をすればいい?そなたのみを肥えさせることができるのならば言うがいい。叶えて見せようぞ。今のままのそなたに我の子を宿せる頑丈さはない。我はそなたとの子が欲しいゆうてみよ』
とろけそうなほどの甘い笑みを浮かべた男はナツを甘やかす。
その腕の中に囚われながら最後の足掻きのようにナツは自分に触れてくる手をさりげなく払った。
人外のものと夫婦など望んだことはなかった。
どんなに美しかろうとそれは身の毛のよだつものでしかない。
まだ人だったら何でも耐えられた。そう捨て身になっていたナツでもこれは受け入れられない。
琢也を信じたナツは自分を恨んだ。
冷たい手がまた懲りずにナツの頬に触れてくる。
白い眼光のあるはずの場所にない目を向けられる。容姿は美しくも禍々しさが襲うそれが
子犬のようにナツにじゃれ付いてくる。それは大切に触れるものが壊れ物のようにやさしく。
だれが夫婦だというか。
それを怒鳴りたいが恐ろしくてナツは言えない。かの者は蛇が1000年たって神へと変じたものである。おおよそ人が怒りを買えば祟られるだけですみそうもない。
それも誓ったのは夫婦の契りだと言うのだからこれを反故にするのはどれほどの怒りをかうか。
なぜ自分のような取るに足らないものにかような大層な夫が出来るのか。
戸籍もなくば人のなりもしていない夫はどこにもつれて歩くわけにもいかず、ナツの古い家の一部屋に場違いのようにいた。
彼はナツの言うことならば何でも聞く。あやかしの言葉に嘘はないとナツの夫として
琢也に使役されて働いている。あんな奴に仕える身分でもないだろうに。
その給料でナツの暮らしぶりが向上しているのは確かだった。
学校にも通える。食事も好きなものが食べられる。いつの間にか父も家に戻っていた。
霊能は眉唾といいながら、それでしか考えられぬことは世の中には沢山ある。
実力が伴えば詐欺のようだと嘯かれる家業も商売繁盛。お金儲けの話には事欠かない。
今では拭けば飛ぶような霊能しか持ち合わせていなかった一家がその業界ではトップに君臨する。
顧客は名のある有名人から政治家。彼らは人の目にも見えるように調整した人外を見て
一様に息を呑む。そしてこれが偽者ではない本物かと悟るのである。
仕事の成功率は100%。どんな難しい事案もこともなく片付ける。
それが請うのはナツの愛それだけである。
おそろしい、だが払えもしないナツの旦那様。
今はその髪に触れてくる手を退く気も起きない。なんでこうなってしまったのか。
『そなたの言葉は嬉しかった。末永く可愛がってくれとは嬉しいことよ。来世も夫婦であろう。
二世の誓いを結ぼうぞ。必ずまた夫婦となりて大事にしような。魂から全てそなたに捧げよう。
末永く夫婦であろうぞ』
「はいはい」
『愛しているぞ、常しえに。我が唯一の奥方殿』
人と言うのはあやかしよりもよっぽど不実でしたたかで平気で嘘をつく
誠実な夫の傍らから抜け出して立ち上がったナツは夫の稼いだ金で夫を払う計画と
逃亡の準備に余念がなかった。
夕食の準備をしにいくと平然としたいつもと変わらない顔をして自分の髪を弄んでいた
夫を置いて部屋を出た。
(誰があやかしの子など身篭るものかっ!!)
ナツが逃げる先で、その先の未来で二人の子が宿る未来はそう遠くない。
※あづい。夏ばて中です。
アイスの箱を一日で一箱からにする勢いです。明日には下げる書き捨ての短編書きました。
またどうしようもないくらい程度低いけどちょっとスランプ抜ける練習です。
恋愛もの書くと地文が崩れて何を書いて良いか迷子になる確立めっちゃ高いです。
向いてないんですね、タハハハハ…。
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