【石坂浩二 終わりなき夢】(20)「犬神家」金田一役を一度断った
76年に市川崑監督に誘われて「犬神家の一族」に主演するが、最初は乗り気ではなかった。監督から電話で「金田一を知ってるか?」といわれ、頭に浮かんだのがダブルのスーツで2丁拳銃をぶっ放す、金田一を演じる片岡千恵蔵さんの映像で「ああいうのはあまり」と断った。子供のころ横溝正史よりは江戸川乱歩の艶っぽいところが好きだった。監督と会った時も2丁拳銃が頭から離れず「ちょっとできません」。一度は辞退したが「ワシは原作のようやりたい。頭はぼさぼさで汚い格好だよ。ピストルなんぞ出てこん」と。そういうことならと出演を決めた。
角川映画の1作目で春樹さん始め私の起用は反対が多く、推していたのは監督だけ。横溝先生は旅館の主人役で出演していた。撮影当日、照明用の電源が火を噴き、私がその場にあったバケツを持って飛び出したら、先生が「石坂君、金田一はそれなんだよ。そそっかしい部分があるんだよ。ちょっと心配したけど君で安心した」と言ってくれた。先生ほど大らかな作家はいない。どんなに脚本を変えてもOK。「獄門島」では犯人が原作と違うが「私も犯人を知らない」と自らCMに登場しているからすごい。
苦労したのは松子さん(高峰三枝子)に「あなたが犯人ですね」という場面。罪を犯さなきゃいけない松子さんへ哀れみだけではなく、冷酷さを残さなくちゃいけない。しかもどこか言いにくさを残しつつ…。悩んでいると、監督から咳をしたらどうかとアイデアをもらい、やってみるといい案配に流れた。監督は何台のカメラで撮る黒澤明監督とは違い、1台のカメラでいろんな角度から何度も撮る。毎度同じことをやるが、このシーンは7回ほどで丸一日気を張ったままだった。
実は高峰さんは一度出演を断っている。人殺しの役が嫌だったが、監督が直々に口説いて出演に至った。青沼静馬を殺す撮影で現場の緊張は頂点に達する。常に監督のそばにいた私にも「現場に来なくていい」という。高峰さんが斧で頭をかち割る凄惨な場面だ。返り血は服にちょっとかかる段取りが大量の血糊が顔に…。監督が「カット」と言おうとした瞬間、高峰さんが再び斧を振り上げていた。2度目は血糊が目の中にまで飛んだ。監督は大満足。スタジオの前で気にしながら待っていると、高峰さんが「石坂ちゃん、やってきたわよ、人殺してきちゃったわよ」。まだ顔は真っ赤っか。翌日、監督が「高峰さんの芝居変わったよな」って。「そういえば明るくなりましたよね」「何か違うよ。大変だけど、今まで撮った彼女の所を全部撮り直すからよろしく」。それだけ映画の中ではポイントになったシーンでもあった。(構成 特別編集委員・国分 敦)
◆市川 崑(いちかわ・こん)1915年11月20日、三重・伊勢市生まれ。2008年2月13日没。享年92。48年に「花ひらく」で監督デビューし、56年の「ビルマの竪琴」で名監督の仲間入りを果たす。映画の他にも72年にはテレビ時代劇「木枯し紋次郎シリーズ」を手掛け、CMでは大原麗子を起用したサントリーレッドがシリーズ化された。昭和の日本映画黄金期から21世紀初頭まで、第一線で活躍。82年に紫綬褒章、94年には文化功労者に選出された。代表作は「おとうと」「野火」「東京オリンピック」「犬神家の一族」「細雪」など。