ちょっと懐かしい写真を載せてみました。
昭和の最後である「64年」がたった1週間しかなかったのは有名ですね。
(1989年1月1日~7日です)
さて、速報ニュースを知ってすごく驚きました。
江戸時代の光格天皇(第119代・在位1780~1817)以来だそうです。
この天子様はなかなか気骨があったようで、
幕府にもしっかりと意見を申されたそうです。
徳川幕府は「禁中並公家諸法度」という法律を作っていたので、
当時の朝廷は力を抑えこまれていたんですが、ようやく反撃の糸口をつかみました。
民衆の支持というのは、いつの時代も大事です。
10歳(現代なら小学4年生)という光格天皇も聡明ですが、
彼をサポートしていた最後の女帝・後桜町天皇も素晴らしいじゃないですか。
余談ですが、日本は女性君主が少ない国なので、
有能な方はどんどん政治の世界に進出してほしいですよ。
まあ、光格天皇がいらした当時の幕府は、相次ぐ天災でダメージを受けていましたし、
徳川家康が作ったばかりの頃とは違って、権力が大幅に弱くなっていたんですよ。
その結果が、のちの「尊皇攘夷」の流れに繋がってゆきます。
光格天皇は現在の皇室の直接の祖先に当たるお方ですので、
現在の天皇陛下もそれにならいたいというご意思をお持ちたったんでしょうか。
ご本人が80代を過ぎて高齢になられましたし、
皇太子様もあと数年で還暦になるので、熟慮なさった上でご決断したんでしょうね。
また、これは非常にデリケートな問題ですが、
皇太子様には男子がいらっしゃらないですよね。
これを改正するか、男子のいる皇族に継承権を譲らなければならないんですよ。
なんだかちょっと残念ですよね。
個人的には愛子様が即位なさって、
女性の象徴天皇になられるというのもいいと思っています。
でも、いろんな事情を考慮すると女性天皇は難しいんでしょうね。
ですから、まず生前退位という前例を作って、
悠仁親王がいらっしゃる秋篠宮様への皇統の移行を考えておられるのかも知れません。
現代ではどういった敬称になるのか気になります。
あたりまえですが、元号も平成から変わるんですよね。
西洋諸国と違い、わが国をはじめとするアジア諸国は、
「○○何年」という年の刻み方をします。
「大化」が用いられたのが最初であるとされる。
以後、7世紀中後期には、
断続的に元号が用いられたことが『日本書紀』には書かれている。
しかし、当時使われた木簡の分析によると、
元号の使用は確認されていない。
まだ7世紀後半は、元号よりも干支の使用が主流だったようである。
文武天皇5年(701年)に「大宝」と建元し、
以降継続的に元号が用いられることとなった。
(ウィキペディアより引用)
かつては天災や政治的な理由により元号がしばしば変えられましたが、
明治以降は「一世一元の制」が継続しています。
日本で一世一元の制が実施された時期は、
明治維新に当たる1868年の慶応から明治への改元からであり、
それ以前は天皇の在位中にも災害など、
様々な理由によりしばしば改元が行なわれていた。
また、寛永や慶長のように、新たな天皇が即位しても、
元号が変わらない場合もあった。
明治政府は、慶応4年を改めて「明治元年」とするとともに、
一世一元の詔で天皇一代につき一元号とする一世一元の制を定めた。
日本の場合、明朝や清朝とは異なり、
君主が交代した日にすぐ新元号を適用する「即日改元」が実施された。
(ウィキペディアより引用)
太平洋戦争で日本が敗戦したときに、
当時の政府の間で元号を変えようという動きがあったようですが、
結局、沙汰止みになって「昭和」は64年まで続きました。
「平成」は今年で28年になりますが、
元号が変わると歴史が大きく動くことがあります。
幕末には「慶応」から「明治」に変えたところ、
維新で文明開化の大波が押し寄せました。
陛下が退位なさると、何かが大きく変わるかも知れませんね。
いずれにしても、国民のことを真摯に考えてくださる方ですので、
お体には気をつけて、いつまでもご長寿でいてほしいと思います。