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日本の社会では「システム」からはずれた行動を起こすと、集団から排除される。ベッキーは、”読み”を誤った!? 「ベッキーの誤算」第1回<不寛容という病 バッシングが止まない日本>

幻冬舎新書『他人を非難してばかりいる人たち バッシング・いじめ・ネット私刑』が評判の精神科医・岩波明氏が、とどまるところを知らない日本人の不寛容性にメスを入れます!
毎日が猛スピードで過ぎていく昨今、去年末から話題になっていたベッキー問題は、もう古いと思う人もいるかもしれませんが、あえてここで言っておきたい。
あのバッシングは、実は的外れで、あまりに過剰ではなかったか――?

                        *   *   *

 日本の社会には、堅苦しく息苦しいという側面がある。この点に関して、多くの人が程度の差こそあれ、自覚していると思う。もちろん、このことが常にマイナスに作用しているわけでなく、だから無くなった方がいいと言うつもりもないのだけれども、ただ、この「息苦しさ」の程度が最近になって増しているように感じられるのは否めない。
 なぜ、日本の社会は堅苦しく息苦しいのか――。
これには、様々な理由がある。何よりも、元来、日本という国では、人と人との距離が、物理的にも心理的にも密接だったことがあげられる。地域においても、あるいは学校や職場でも、相互監視のシステムがしっかりと機能し、潜在的な「カースト」が明確に存在しているのが日本という社会だ。
 そもそも、この「人と人の関係の構図」を正しく認識していることが、「社会人」として生き残っていくために重要であるのは言うまでもない。

 このような社会の中において、「システム」からはずれた、はじけた行動を起こすことは、本来は「悪しき」事柄であり、集団のメンバーから排除されるかなりのリスクを伴うものとなる。
 一方で、タレントや芸術家は、この日常的なシステムの「外部」に存在するはずであった。けれども、現在の日本社会は、彼らにも、一般人と同様の「行儀のよさ」を求めている。だが、これは矛盾した話である。
 言うまでもないだろうが、彼らは、世間の標準からはずれた行動をとる能力を持っているからこそ、芸能人として認められているのであり、逸脱した行為を行なうことにこそ存在意義がある。われわれは、彼らの、時には卓越した、また別の時には非常識で困った行動を楽しめばよいのであり、世間並みの「道徳」によってバッシングするのは本末転倒である。

 既婚男性と三十路女性の「恋愛」というテーマは目新しいことではなく、いつの時代にも、だれの周辺にも転がっている話である。もちろん登場人物がベッキーという人気タレントであれば、世間の注目度は高いし、詳しい情報を知りたいと思う人は多いかもしれない。
 けれども、本来は単にそれだけの話である。「忍ぶ恋」であったため、ハッピーな結末にならなかったのは当然かもしれないが、今回の騒動の結果は、主役であるベッキーには予想を超えた痛々しいものとなった。彼女は多くの仕事を棒にふり、さらに恋人も失ったのである。
 この騒動の流れを振り返ってみたとき、以前に、私が以前、文庫版の解説を担当した『十年不倫』(衿野未矢 新潮社)という本のことを思い出した。出版社による本の内容の紹介は次のようになっている。

「不倫なんてとんでもない」。いったいどれほどたくさんの独身女性が、そう思いながらも、既婚男性との恋に落ちてしまったのか―。恋愛のひとつのかたちとして認められ始めた不倫だが、その道は険しい。十年を超えるほど続く関係に感じる安心と不安、自立心と孤独感、そして結婚願望。裏腹な本音を引き出し、女性たちが陥る甘くて苦い関係の実態に迫る、衝撃のノンフィクション」

 解説に記したことであるが、この『十年不倫』から思い浮かんだのが、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『イノセント』の最後のシーンである。この映画は、巨匠ヴィスコンティの遺作であり、一九七六年に製作された(ヴィスコンティの作品の中では評価は低いらしい)。
 舞台は十九世紀末のローマ。映画は絢爛豪華な貴族社会を背景に描かれているものの、テーマはありふれた「不倫」である。
 主人公である貴族のトゥリオは、美しく貞淑な妻ジュリアーナを顧みず、愛人である未亡人テレーザと情事を重ねていた。トゥリオは自らの魅力を疑いもせず二人の女性を支配しているつもりだったが、妻は別の男性と浮気して妊娠までしてしまう。さらに愛人からも急な別れを告げられ、彼は失意のあまり自ら死を選ぶ。
 冷たい骸になったトゥリオを目の前にした愛人テレーザの冷淡な行動には、唖然とする。最後のシーンで彼女は、もうこれ以上この男とかかわりになるのはまっぴらといった様子で、貴重品をかき集めてその場を立ち去った。

 女性のしたたかな強さを感じる場面であるけれど、男女の関係というのは、愛だの恋だのと言ったところで、本当のところは、このように薄っぺらく、ドライで即物的なものなのかもしれないと思えた。ベッキーと「ゲス乙女」の川谷絵音も、スキャンダルが「騒動」になった時点で、あっさりとお互いを捨てたと見受ける。  

                        *   *   *

本日より全4回で、ベッキーバッシングへの違和感を語ります!

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