石田純一と靴下

7月末に迫った東京都知事選。誰が立候補するのかで盛り上がっているこの選挙ですが、そこに突如現れたのが俳優の石田純一。結局立候補は断念したものの、マスコミの注目を集めたのは間違いありません。石田を「茶化す」報道が多かったこの件に対し、ちょっと違う視点から武田砂鉄さんが切り込みます。

クールビズ小池、ノーソックス石田

旬のニュースに対して積極的に迫るか、思いっきり茶化すかを、自分のイニシアチブだけで定めていくことに疑いを持たないオレ。そんなオレを周囲にもり立ててもらおうと促す様がどうにも露骨で宮根誠司が苦手なのだが、これから記者会見に臨もうとする石田純一が、会場となる建物の前ではなく横断歩道の向こうに現れると、宮根は「足下映してもらっていいですか?」とカメラマンに指示した。その指示を受けたカメラマンが、歩道を渡ろうとする石田の足下を映すと、現場で待ち構えていた記者は「靴下……履いていないようですね!」「(出馬表明したら)裸足の候補者が登場します!」と言い、宮根の要求に応えてみせた。

『ミヤネ屋』で放送された8日の記者会見を通しで見たのだが、都政云々よりも「妻はどう思ったか」に向かいたがる質問や、挙句の果てに「(これをきっかけに)離婚というのは……」と非礼な質問まで吹っかける記者たちに呆れた。日刊スポーツの記者は「都知事になっても、靴下を履かないというスタンスを続けるのか」と問いかけ、会見場を笑わせた。靴下に絡めて問いを投げるならば、「すでに出馬を表明している小池百合子氏は、環境大臣時代にノーネクタイ・ノージャケットキャンペーン、いわゆる『クールビズ』を提唱したことで知られますが、先日の出馬会見ではクールビズどころか暑苦しい色合いの上下スーツを着込んでいました。ネクタイを緩めてノーソックスというのは、小池氏への牽制と考えてよろしいのでしょうか?」くらいの情報を詰め込むべきだったが、記者は、ただただ「よーし、茶化すぞ!」という使命感に酔いしれてしまった。

こうなったら議論を靴下に絞る

「出馬会見」ではなく、「出馬する可能性を表明した記者会見」を開いただけでCMなどの違約金が発生する慣例を改めるべきだと思うが、出馬断念に至るまでの数日間を丁寧に追いかける気にもならないので、本稿では潔く議論を靴下に絞りたい。皆が知るように、石田純一は靴下を履かない。その理由について、Wikipediaには「以前はそれほど素足にこだわっていなかったが、北海道を訪れた時に靴下を着用していたのを地元民に『プロ根性がない』とダメ出しされてしまい、それ以降はこだわったと語っている(ゴルフシューズや極寒の地などで靴下を履く必要が生じた際には、外見からは靴下の存在が分かりにくいカバーソックスを着用することもある)」と書かれている(7月12日AM現在)。

この記載には特に出典が示されていないが、石田の自著『マイライフ』を彼の正史とするならば、この情報は誤っている。正しくはこうだ。イタリアのミラノで流行った「ロファーに素足」に憧れた石田は、素足でも蒸れないような10万円を超える靴を揃えるようになった。しかし、真冬の時期はさすがに冷え込むので「その時期だけは、薄手の靴下か、足先だけの靴下を履いていた」。その靴下の存在を初めて見破ったのがガレッジセールのゴリだった。2003年頃、『笑っていいとも!』に出演した際、唐突にズボンをめくり、「あれっ、石田さんが靴下履いてる! いやぁ、ある意味ショックだなぁ?」と言われた石田は動揺し、「それからは一年じゅう、靴下を一切履かないことに決めた」のだという。

「我々の脳は、すでに石田さんの文化的遺伝子を埋め込まれている」

石田との対談本『茂木先生が石田純一の「幸福脳」を解剖したら』を出した茂木健一郎は、石田について「従順なのに芯がある、唯一の日本人」とスケールの大きすぎる発言を残している。白州次郎に憧れてきた石田にとっても勇気の湧く発言だったに違いない。石田純一が靴下を履かないことについて、茂木は例のごとく脳科学を交えて解説する。

「動物が自分の遺伝子を残していく場合、普通は生殖行動で残していきます。しかし人間にはもうひとつ、文化的遺伝子を残していくという方法も持っていているのです。それが『石田純一=ノーソックス』ということです」。不倫のみならず、ノーソックスも文化だと言うのか。こう続く。「『石田純一といえば素足』というのは日本人ならすでに常識に近いほどの認識度でしょう。それはイコール、我々の脳は、すでに石田さんの文化的遺伝子を埋め込まれているということになる」。マジかよ。落ち着いて、呼吸を整えてから答えると、そんな事はない、と私は思う。

横断歩道の向こうから歩いてきた理由

かの有名な「不倫は文化」発言だが、本人は当初、本意を汲み取ってもらえなかったと悔やんでいた。というのも、正式な発言としては「不倫から文学や文化が生まれることもある」という発言だったので、ただただ不倫を肯定する主張、開き直る主張だったわけでもない。誤読した形で流布されたが、石田はいつの頃からか「不倫は文化」との誤読を素直に受け止めるようになっていく。ご存知のように、今ではもう、自分からそれを繰り返し発している。

今回、世間は彼の勇み足を罵っているが、彼にとっては何度か経験済の盛大なバッシングである。生じた誤解をそのまま受け止めてうやむやにしてきた石田純一の歴史を冷静に振り返れば、彼は今件もさほどの痛手とは思っていないはずで、発生する諸々を想定した上で、自分の政治的考えを伝えるために使った。それは少なくとも、靴下だ妻だと急いだ記者たちよりは一枚上手だと思う。「茶化してやったぜ!」と思っていたとしても、先方は茶化され慣れている。

例えば、足下を撮るように指示したのは宮根だが、車を建物に横付けせず、わざわざ横断歩道の向こうに止め、足下を撮れる機会を用意したのは石田の思惑ではなかったか。引き続き政局を問うべき時にこれほどどうでもいい話もないのだが、その可能性を示唆しておきたい。彼は、足下を撮らせる機会をわざわざマスコミに提供したのである。石田純一は誰よりも茶化され慣れているのだから、「茶化してやったぜ!」は効かないのだ。

(イラスト:ハセガワシオリ


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ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

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コメント

sachi_mizuno 誤読の流布を逆に自分でも使ってしまう、その腹の座り。それを踏まえて起きていることを見るとおもしろいなと思う。 約1時間前 replyretweetfavorite

OtOkOIV まあわかんないけど純一さんは好きだよ 約2時間前 replyretweetfavorite

u5u “彼は、足下を撮らせる機会をわざわざマスコミに提供したのである。 約3時間前 replyretweetfavorite