何しろ一度でも手が濡れてしまうと栗がどこからともなく飛来してくる。
大抵は工場から飛んで来るらしいのだが、秋ともなると大変だ。山間から工場までまんべんなくいがぐりが手をめがけて大挙してくる。
ツリーマンのようになってしまった俺の手にジャーナリストたちが群がり、そのくせ時の首相の救済策もなく手の栗は重量を増していった。
結局去年の秋は取材班要請の医療チームが駆けつけて解体作業を行い、どうにか乗り越えることが出来たという具合だ。
話しによれば栗磁性と呼ばれる磁力を発生させているらしい。
俺は栗磁性をやり過ごすために右手にギプスをはめ、左手で生活するはめになった。幸い磁力は右腕だけで作用しているらしい。
ギプス上からは栗が飛来しないはずだし、水分は入り込まないはずなのに。
紅葉が燃え深まる頃になるとギプスは一週間ほどでひび割れ始め、包帯を退け奇妙なものが顔を覗かせた。
傍目から見ると何かの芽のように見える。
自分の行く末をなんとなく察知したが、芽の「種別」はいまいちわからないままだった。
このままならまず間違いなく俺は栗の木になってしまうだろう。
少なくともよくある物語のオチ的にはそうだ。そんなありえない状況が思い浮かぶと同時に汗が滲んだ。
数週間が経ち栗の木と思わしき芽は小さな枝へと成長し、それは見る間に大きな実をつけるとある時くす玉のように破裂した。
深夜に遠方の彗星が破裂したような科学的な水色の光が部屋を満たし、栗でもない泡状の幾つかの実の中には文字が記されてることを確認できた。それらは泡の繊維に刻まれている。
文字は単語ごとに区切られており、並べてみるとそこには以下ような意図が込められていることに気がついた。
なるほど、濡れ手に粟か。