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くらし☆解説 「ビザなし渡航同行記 北方領土のいま」

石川 一洋  解説委員

<VTR>
択捉島 散布山 紗那(クリルスク)
「これが新しい住宅です」「かわいい色ですね」「この通りは新しい通りです」

日本の固有の領土、しかしロシアに支配されている北方領土、日ロの立場が180度異なる中でのビザなし渡航と島の今の姿を報告します。
 
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岩渕)石川解説委員に聞きます。ビザなし渡航、どの島を訪れたのですか?

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石川)ご覧のような行程でしたが、宿泊はすべて船の中でした。

岩渕)エー!船の中ですか。

石川)「えとぴりか」というビザなし渡航専門に造られた船です。ビザなしを主催する独立行政法人・北方領土問題対策協議会が長期借り上げ契約を結び、事実上国の予算で建造した船です。船内には宿泊可能で、食堂もあり、風呂に入ることもできます。日本船籍、つまりこの船の中は日本です。船尾には日の丸が掲げられています。マストにはロシア国旗が掲げられています。日本漁船が国境警備隊に銃撃されたこともあるロシアが支配する水域に入ることを二つの国の旗は示しています。
 
岩渕)何か複雑な気持ちがしますね。

石川)エトピリカは港に接岸しませんでした。私たちは艀や船に備え付けの小型船で島に上陸しました。一つは日本の持つ北方領土の海図が戦前のもので、どこに浅瀬があるのか、沈んだ船があるか港の中の状況がよく分からないこと。安全上の理由。もう一つはロシア側との調整が済んでいない。日本としては「えとぴりか」が接岸してロシア側から何か書類に署名を要求されたりすると、日本の法的立場を損ないかねないという懸念があります。
 
岩渕)日本の法的立場を損ないかねないとはどういうことですか。

石川)ビザなし渡航のキーワードは「日ロ双方の立場を害さない」ということです。
北方領土は終戦までは4島に1万7千人以上の日本人が住み、日本は固有の領土として4島の返還を求め続けています。
一方ロシアは第二次世界大戦の結果としてロシア領となったとしています。
 
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パスポートとビザはその国の主権の象徴です。日本政府は閣議了解でロシアビザを取得しての島訪問の自粛を求めています。ビザなし渡航は、全く正反対の双方の立場をそれぞれ考慮しながら針の穴を通すような形で生まれた合意なのです。
 
岩渕)でも双方の立場に配慮してなんてできますか。

石川)日本側は、ビザは取りませんし、パスポートも提出しません。行き帰りに国後島沖で入域手続と出域手続きを行います。出域のときには国境警備隊が一人一人顔写真と照合しました。入域、出域という言葉にも双方の主張が対立し、国境が定まっていない地域に入るという意味です。さまざまな制限のある、はっきり申しますとじれったいという感じが残りました。
 
岩渕)制限のある訪問の中で、島のロシア人の生活は見えましたか?

石川)択捉でロシア人の家庭を訪問しました。警察官のセルゲイさんと銀行員のビクトリアさん夫婦です。二人は日本名で紗那、ロシア側はクリルスクとよぶ町を車で案内してくれました。中古ですが日本のアウトドア用の高級車に乗り、給与には満足していました。
今年に入って町の道路の舗装が進み新しい家も建っていました。国の予算で新しい文化スポーツセンターの建設も進んでいます。来年完成予定です。三階建てで、プールや映画館なども備え、娯楽の少ない島の人々は心待ちにしているということでした。
 
岩渕)島のインフラ整備の状況はどうなっていますか。

石川)択捉島では飛行場の建設も進んでいます。滑走路は2600メートル前後、中型機用の飛行場で、森林を切り開いて、建設が進められています。管制塔などの建物はすでにほぼ出来て、空港につながる道路の整備も進んでいます。計画では来月1日完成ですが、それは無理と感じました。しかしいずれにしても近く完成するのは確かです。ロシアだけでなく他の国からも観光客が飛行機で来る可能性が出ています。今回の訪問団には択捉島出身の鈴木咲子さんも参加していました。子供のころにこの島から強制送還されています。開発の様子に複雑な感情を現していました。

元島民・鈴木咲子さん
「こんなに作っちゃって、ご立派ですね。でも何か複雑な感情です」
 
岩渕)このままロシア支配の既成事実が進むのでしょうか。

石川)確かに投資が進んでいますが、ただ住民が定着しているとは言えません。日本人墓地の草刈りをしましたが、そばにあるロシア人の墓の草刈りもしました。つまりロシア人の墓にお参りする人が少ないのです。20代、大学に入る年代になると島の外の大学に進み、島には戻らず、人口は増えていません。
 
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岩渕)ビザなし訪問は領土問題の解決につながるのでしょうか。

石川)ビザなし訪問では、直接領土問題について意見を交換する場面はありません。日本へ好意を持ってもらうために文化紹介、今回も着物ショーを行い、日本人とロシア人とが輪になって踊ったりしました。友好を深めるというビザなし訪問のやり方に対していら立ちも募っています。

元島民2世 寺澤敏之さん
「できればこういうことに使っている費用を別の事に使ってほしい」

ただどのような領土交渉の結果となろうとも今島に住んでいるロシア人と日本人の共存する状態が出てくるでしょう。その基盤をこのビザなし交流は築いているとも言えます。

元島民・北方領土返還要求運動協議会事務局長 児玉泰子さん
「来年戦後70年ですからね、そろそろ総理と大統領がもっと頻繁に会ってね、頻繁に会わないと意志は通じない、しつこいくらい会うことによって私たちに光を与えてほしい」
 
岩渕)ビザなし訪問の意味は何でしょうか。

石川)若い世代への領土問題への継承です。今回の訪問団にも大学生が参加していましたが、北方領土問題とそれをどうしたら解決できるのか考えるようになっていました。
大学生・徳永勇樹さん「人種は違いますが、そこは認めて、お互いに人として認めれば大丈夫ではないかと感じました」

大学生・米山奈々美さん
「向こうの時間は進んでいるけれども私たちの時間は止まったままで、この二つの時間が一緒に動き出すときがくればいいのに」
 
岩渕)石川さんは何を感じましたか。

石川)私自身最も印象に残ったのは島に残された豊かな自然です。この自然は知床半島と一体となった世界的にも貴重な自然なのです。環境問題の専門家は「双方を行き来している動物も沢山いて、どちらかが破壊されますと、悪い影響がでる」と述べ環境面での協力の大切さを訴えていました。

北方領土問題は戦後残された日ロ間の最大の懸案です。日ロ両国首脳はぜひ解決に向けて一歩踏み出してほしいものです。

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