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[ liberal arts-大学生の常識 ]

宇宙の歩き方(3)日本初の民間ロケット、ホリエモンの
絶賛する29歳が挑む

林公代 authored by 林公代宇宙ライター
宇宙の歩き方(3) 日本初の民間ロケット、ホリエモンの 絶賛する29歳が挑む
写真提供:インターステラテクノロジズ

 この夏、北海道から日本初の民間宇宙ロケット「モモ」が飛び立とうとしている。コンセプトは世界「最低」性能ロケット。「ロケット=最先端」? とんでもない。宇宙にモノを届けるのが目的なら、高級車である必要はなく、バイク便で安く、手軽に届ければいい。不必要に高性能を求めない割り切りで、将来的には「誰でも行ける宇宙」を実現する、その歴史的第一歩になる。

 ロケットの打ち上げ費2700万円(国のロケットより1ケタ安い!)をクラウドファウンディングで募集中なのも、ユニークな点。3000円から参加できるが、1000万円コースではロケット発射ボタンを押せるという! つまり「みんなの力で飛ばすロケット」なのだ(筆者も369人目のパトロンに。7月7日時点で約600万円が集まっている)。

 このプロジェクトを強力にけん引するのが、ホリエモンこと堀江貴文氏。そして堀江氏の右腕として、実際のモノづくりを仕切り、実験を実施し、プロジェクトをぐいぐい押し進めるのが29歳の若き社長、稲川貴大氏だ。

稲川貴大氏、インターステラテクノロジズ東京事務所で

 堀江氏は稲川氏のことを「(稲川)社長、最高っす」と絶賛する。「何があっても動じず困難に打ち勝つ。若者たちから慕われ、年上からも好かれる。僕にない素質を持つ」というのがその理由だ。実は堀江氏こそ、稲川氏をロケット開発に引っ張り込み、稲川氏の人生を大きく変えた張本人なのだ。

 2人が初めて出会ったのは、稲川氏が大学院の卒業式を終え、某一流企業に入社する3日前だった。「一緒にロケットを作ろう」と堀江氏に口説かれた稲川氏は何を思い、レールから飛び降りたのか?

鳥人間界の「いな様」

写真提供:インターステラテクノロジズ

 「よく『30代?』と言われます」とニコニコ笑う稲川さんは1987年生まれの29歳。東京工業大学制御システム工学科に入学後にのめり込んだのは鳥人間コンテストで、宇宙への興味は「人並みレベル」でした。設計した鳥人間の機体は「軽くて運用しやすく総合的なバランスがとれ、歴代でもっともいい機体」という自負があった。

 稲川さんが鳥人間業界で有名になったのは、その卓越した設計ノウハウを惜しみなく公開した点も大きい。「鳥人間は毎年、学生が入れ替わるが引継ぎがなく、ゼロからの設計になる。だから進化がなく停滞していた。もうちょっと進歩したらいいなと設計方法やツールの使い方を全部公開したんです」そうやって、稲川さんは鳥人間界で尊敬と親しみの念を込め「いな様」と呼ばれる存在になる。

2013年8月、6号機「すずかぜ」発射の瞬間。全長4.3mのロケットは超音速を超え高度約6.5㎞に到達。海上で回収に成功した。北海道大樹町で(写真提供:インターステラテクノロジズ)

 設計したものが実際に飛ぶ「モノづくりの醍醐味」を鳥人間で味わったものの、大学3年生で引退。次に何かやりたいと思っているときに「学生ロケット」に出会う。「北海道大学の永田晴紀教授の論文や記事で、学生が作って飛ばせるロケットがあると知り、遠い存在と思っていたロケットを自分たちで作れることに衝撃を受けたんです。ロケットを作ろう! と決めて、(当時すでに活動をしていた)東海大や秋田大学に行って作り方を教えてもらい、ロケットを実際に飛ばしました」

 そんな活動の中で、堀江貴文氏や作家、宇宙機エンジニアらが本気のロケット開発を行う「なつのロケット団」を知る。メンバーの1人が「燃焼実験やるけど見に来ない?」のツィッターでのつぶやきに「見せてください」と手をあげ北海道へ。

 「(実物を見ると)技術的に難しい液体ロケットで、推力も僕らのロケットの約5倍。配管をちょっと手伝ったら、燃焼実験の開始ボタンを押させてもらえた。押すとバーッと燃えて大迫力。自分たちのエンジン音とは全然違う。少人数ですごいことやってるな、できるんだと」。稲川さんは大きな感動を覚えた。

姿勢制御実験機LEAPの前で。堀江氏はこの民間宇宙ロケットプロジェクトの創立者であり、出資者であり、広告塔として投資家を連れてきてくれる。プロジェクトにもガンガン口を出す。実際の人、金、物という限られたリソースから現実的に動かしていくのが稲川社長(写真提供:インターステラテクノロジズ)

就活ではめちゃくちゃ落ちた

 しかし、その後稲川さんは修士論文や就職活動に忙しくなる。就活はどうだったのか?

 「普通に就活しましたけど、めちゃくちゃ落ちたんですよ。第一希望は三菱重工で『ロケットをやりたい』と面接で言って。JAXAも受けましたし、ほかにも何社か受けて、最終的に受かったのは大手光学メーカー。修士論文はレーザーをテーマにしていたので、光学もいいなと思って。学校推薦でした」

 内定書に判を押し、修士論文も書きあげた。もうロケット開発にかかわることはないだろうと思いながら、入社式直前の2013年3月29日、稲川さんは「ひなまつり」打ち上げを手伝いに再び北海道に飛んだ。くしくも、刑務所から出所直後に駆け付けた堀江氏と、初めて出会うことになる。

2013年3月29日、打ち上げに失敗した5号機「ひなまつり」を見つめる堀江貴文氏。しかし、すぐに「次どうする?」と切り替えた(写真提供:インターステラテクノロジズ)

 「みんなで堀江さんに『大将。お勤めご苦労様でした』とノリノリで冗談言って。でも肝心のロケットは発射台から打ち上がらず燃えてしまった。火がまだくすぶっているうちに堀江さんは『次どうする?』と。ちょうどロケット開発のためにインターステラテクノロジズという会社を立ち上げたばかりで、人を増やし開発体制を強化しようという話になった。僕がぼんやり座っていたら、あそこにちょうどいいのがいるじゃん、と視線が集まって(笑)」

「ロケットやりたいなら、うちでやればいいじゃん」

 「堀江さんから『君どうするの?』と聞かれて『4月から光学メーカーに就職します』と言ったら「ロケットやりたいんだよね。ならうちでやればいいじゃん」とかるーく言われて(笑)。そのあと焼き肉屋の打ち上げの席でふたたび堀江さんから『どうするの?』と。『ロケットやりたいけど、そんな......』と口もごると、『やろうよ』と強く言われて、『じゃあ、やります』と」。入社直前、この焼き肉屋で、稲川さんは進路を大きく変えた。(つづく)

※稲川さんたちが挑戦中の日本初の民間ロケット「モモ」は2016年夏、北海道大樹町からの打ち上げを目指し、開発が進められている。みんなの力でロケットを飛ばす新しい試みだ。同プロジェクトはクラウドファンディング実施中。

みんなの力で宇宙にロケットを飛ばそう! - クラウドファンディングCAMPFIRE
https://camp-fire.jp/projects/view/7166

林 公代(はやし・きみよ)宇宙ライター。書籍や雑誌、ウエブサイトなどで宇宙関連の記事を企画、執筆、編集。宇宙飛行士や宇宙関係者へのインタビュー、NASA・ロシア・日本でのロケット打ち上げ、宇宙関連の取材を続けている。共著書に『宇宙へ「出張」してきます』(古川聡・林公代・毎日新聞科学環境部毎日新聞社著、2012)、著書に『宇宙飛行士の仕事力』(日本経済新聞出版社、2014)など多数。

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