選挙日なので現代の政治の無意味さについて書こうと思います。最初に言っておくと政治に傾倒しすぎている人を小馬鹿にしている文書なので反論とかあったら書いてくれれば良いんじゃないでしょうか。
政治はレガシーテクノロジです。なぜならば科学では無いから。科学では無いので今後も施政者の独断による政策を実行し、 結果のフィードバック無しに野放図に存在し続けるでしょう。政治は我々がその弱点を理解し手を入れない限り今後も何ら問題解決し得る存在とは成り得ないでしょう。具体的には科学的事実と言える以下の要件を政策および政策を裏打ちする理由は全く満たしていないから、 政治システムが打ち出す政策とは社会システムに対する仮説の域を常に出ません。これはシステム開発のターミノロジーで言うならばテストコードの無いレガシーコード、 あるいは測定のないLean開発とあんまり変わりありません。
ここですぐ思いつく反論は「投票による民意だから正しい」というのがありますが、これは全くこの議論の文脈上的外れになります。投票とは民意を反映するメカニズムではあるものの、正しさに近傍させるメカニズムは一切具備していません。イギリスのEU離脱の国民投票結果は記憶に新しいですね。国家社会主義ドイツ労働者党が投票によって生まれた事にも注目しましょう。投票とは諦めと熱狂のためのメカニズムと捉えた方が良いでしょう。そして科学も数学も投票などというアプローチなど一切採用してないのを良く見てみましょう。さらに言えば正しさとは何なのかという定義自体が70億人分あるということにも注目しましょう。さらに言えばその70億のあいまいな正しさと,実際に社会システム上でワークする正しさは別物である点に着目しましょう。政策の正しさってなんだとみなさんは思いますか?憲法に準拠してることでしょうか?人々の幸福に依拠している事でしょうか?憲法とは時代によって経年劣化しない永遠普遍のナマの事実でしょうか?「人々」のカテゴライズには観測者のエゴは入り込まないでしょうか?自然言語で記述された憲法の「解釈」には観測者のエゴは入り込まないでしょうか?たぶん僕らは政治システムが継続する限り「正しさ」の定義を動的に変更し続けなければなりません。立憲主義も功利主義も今は正しそうだけど、 それは時間とともに修正する事が不可欠でしょう。この複雑な系における永遠に正しい事など神以外にわかりようがないのだから。ゆえに科学的アプローチによるフィードバック・ループが不可欠なのです。次は我々が自然言語ではいかに正しさを規定できないかを見ていきましょう。
分野を問わず物事の正しさを充足理由律で語る場合、我々は議論の遡上で次の問題にぶちあたるでしょう。わりと有名なアポリアです。
インターネット上で発生する議論なんてのはまさに、この例の通りで一見正しそうな事を言っていても結局は「根負けするまで議論を継続する声のでかいキチガイ」か「権威である誰か」が議論に「勝つ(笑」という結果ばかりが観察できるでしょう。まれに科学的事実を根拠にした議論も無くはないのですが、圧倒的に多く発生している炎上というやつでは概ねこのような議論ばかりが観察できるはずです。独断と独断のぶつかりあいなのでまぁ仕方ないですね。基本的には独断をゴリ押しする為の殺し合いなわけですから。そして政治システム、とりわけ議会が行う議論はこれと大差ないわけです。愚かですね。政治は一応の協約として「投票」により独断を防いでいると言えますが議会が成立する前の投票に注目してみても投票とは正しさを導き出す事ができないわけなので(そもそも誰もが独断による正しさを持ち得るわけで)投票は簡単に間違いを選択します。ゆえに自民党に怒り、民主党に怒り、そしてまた自民党に怒るのような愚を犯すわけです。科学はこの愚を起こさないために実験的観測事実(上記の4要件)によって、無限後退を防いだり観測者のエゴを排除したりする為の協約を敷いています。数学ではこれは公理系にあたるでしょう。これらはこれ以上理由を遡らないお約束事として存在します。そしてそのお約束事が役立つ事実っぽいものを生み出す事を我々は経験的に知っています。
さて、最後にこのレガシーテクノロジである所の政治が未来においてましな物になるにはどうしたら良いかを考えてみようと思いましたが、僕にはその答えが「協約」も無いこの場で成立するとは到底思えませんでした。まぁ科学的事実をどうやって役立つ形でフィードバック可能な形に実装できるかなわけですが、少なくとも協約も無しにこの場では実証不能な事を断言すれば独断による殺し合いを防げないのでこの文書では取り上げません。政治システムをテスタブルで測定可能なフィードバック・ループを内包をしているシステムにどうやったらカイゼンできると思いますか?みなさんが必要だと思う協約を敷いた上でトラバやブコメで議論してみてください。僕からは以上です。
なんとなく民主主義を否定してるように誤読されてる感あるので追記しますが,民主主義を科学的事実によるフィードバックと仮説検証によって補強せよというのがぼくの主張です。あと協約の無い議論は不毛だな〜という思いを強くしました。協約を誰か敷くかな〜と思ったけど誰も敷かないですしね。
はあ、それでなぜ科学でなければならないのです? 科学と民主って割と鋭く対立しますよ。/ “政治がレガシーテクノロジ…” https://t.co/mpYaZmZ5G0— ツキ (@FAtype100R) 2016年7月10日
レスどうもです。仮説検証の無いオペレーションが野放図に続くからです。政治オペレーションとはそんな不確実な物で良いのでしたっけ? あとは仮説検証まで行かなくても実行したオペレーションをテクニカルに分析した結果すら乏しいですね。例えばアベノミクスに対する評価なんて個々人の政治信条が混ざりこんでおよそ再現性の無い独断論しか存在しないからです。消費税増税についても同様ですね。こんなものは我々の社会を形成するための知識としては今後全く役立たないでしょう。逆にオペレーションの精度を問うているこの文脈において民主主義を絶対視する理由ってなんでしょう?無限後退になっちゃいますよ。
合理とは目的にたどり着くための手段であって、目的をどこに定めるかは非理性的に決まるのは科学でも同じだと思うが。 / “政治がレガシーテクノロジ…” https://t.co/mpYaZmZ5G0— ツキ (@FAtype100R) 2016年7月10日
※/合理とは〜にたいする返信
追加レスどうもです。100字だとなかなか語る単語を選ばなきゃいけないだろうからお察しします。さて「目的をどこに定める」と言っているその目的ですが期待効果の無い目的は無いでしょう。たしかにそれは政治も科学も同じですね。そして期待効果を発案するアプローチも手段として期待効果に近傍するアプローチも政治システムは科学的事実の要件を満たしたファクトから始まっていない以上, 精度に乏しいと話しているわけです。そして政治が独断と投票という脆弱な仕組みに依拠にしている以上, 科学的アプローチよりは望んだ効果を得る見込みは薄いといえますね。
いやだからですね。「望んだ効果」と書いていらっしゃいますが、どんな効果を望むか、を決めるのが政治の大きな役割なんですよ。 / “はてなブックマーク - 政治がレガシーテクノロジである理由” https://t.co/pXnqGTZwaE— ツキ (@FAtype100R) 2016年7月10日
レスどうもです。なるほど。ではその決定はどんな理由によって決められるのでしょうか?非理性的な人々の気分で決まるのだと主張されるのでしょうか?ぼくはそれでは期待効果を得られないので(期待効果なるものがあるのかも怪しいが)あるべき姿じゃないと申してます。どんどん無限後退に陥りますねえ協約の無い議論は。これは勝ち負けのパラダイムに陥って根負けした人が負けて勝った人が快楽を得るパターンになる気がするなあ。続けますか?
houyhnhm 生政治とかちょっとモノ読んでから出直して来てほしい。社会システム論もかすってもいない。システム開発者としても中途半端な人だとは思う。
はい人格批判と受け止めました。ありがとうございました。初手のレスで人格批判レスにあまり興味ないの提示してるのでご理解いただければと。こちらが提示した文のどの部分に対する反論なのか明らかになった時点で反応したいと思います。生政治学がどの部分に掛かって来るかなどなど。よろしくどーぞ。
圧倒的にきもい文章 特に最後の締め・・。 読点にカンマ使ってるあたり、なんかこじらせてそうだな。
※トラバ間違えたっす トラバどうもっす。ぼくの人格はキモイっすが,それよりかは最後に上げた議論とかしてくれるとうれしっす。
トラバどうもっす。ぼくの人格はキモイっすが,それよりかは最後に上げた議論とかしてくれるとうれしっす。
http://anond.hatelabo.jp/20160710170711 ※上記の本文上限に達したので続きはこちらで https://t.co/f1UHYomQ6P「非理性的な人々の気分で決まるのだと主張されるのでしょうか?」いや全くその通りで、...