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アトランタでTPPへの抗議行動をする筆者(麦わら帽子姿)。民主党政権時に農林水産大臣、現在は「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」幹事長を務める
アトランタでTPPへの抗議行動をする筆者(麦わら帽子姿)。民主党政権時に農林水産大臣、現在は「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」幹事長を務める

売国のTPP大筋合意、協定批准は止められる!

山田正彦

日本に切れるカードは残っていなかった

 米国・アトランタで9月30日から開催されたTPP(環太平洋経済連携協定)閣僚会議は、延長を繰り返した末に「大筋合意」という形ばかりの合意に至った。

 日本は「行司役」を務めたといわれたが、前回、7月のハワイ会議でカードを全部切ってしまった日本に交渉できることは何もなく、言い換えれば「蚊帳の外」になってしまったともいえる。そのうえ今度は自動車でも譲ってしまった。現地で会ったカナダの農業団体の代表は不思議がっていた。「日本は今回のTPP交渉で自動車しかメリットはないのに、なぜ譲った?」

 国益を損なうことを恐れる各国は、関係団体と政府が真剣に協議しながら交渉に当たっている。ところが日本だけは違う。前回、ハワイでの関係者への政府説明会はわずか30分間。アトランタではいつになっても説明会がなく、最終日の閣僚共同記者会見の直前になってようやく開かれた。

 一言で言えば、日本政府は国を売った。

聖域は大幅開放

 ことに農産物については、国会決議された重要5品目(米、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖)の聖域は守られなかった。主に無関税・低関税の輸入枠が設けられたり、関税を引き下げる合意がなされた(一部は関税撤廃)。5品目以外では、これまで関税を撤廃したことのないオレンジやサクランボ、トマト加工品、ハム、ハチミツなど約400品目の関税が撤廃されることが発表されている(10月9日時点)。

 昨年4月、オバマ大統領が来日して安倍総理と寿司屋で会談した後、読売新聞により、豚肉の関税は10年かけて現行の10分の1の1kg50円に、牛肉は現行の38.5%を9%に下げることで日米間で合意などと報道された。政府は「誤報である」とすぐに打ち消したが、実際、今度の交渉過程で新聞社やテレビ局が報道したのもその通りの内容で、政府は否定しようともしなかった。

▼畜産の打撃は大きい

 牛肉は、15年かけて現行の約4分の1の9%まで関税が下げられることになる。セーフガードで対応すると言っているが、現在の牛肉の年間輸入量が平均52万tなのに対して73.8万tでなければ発動できないようでは、これからの人口減少を考えてもセーフガードの発動はあり得ない。交雑種の肥育はもちろん和牛のブランドも、近年の赤身嗜好に合わせた肥育経営は廃業に追い込まれていくことが目に見えている。

 豚肉も、価格の安い部位の関税が1kg482円から50円に引き下げ。韓米FTAを締結した韓国の例を見ても、もっとも深刻な影響を受けることが予想される。

 乳製品では、今でもバターや脱脂粉乳など生乳換算で13万7000tを輸入しているが、さらに7万tのTPP枠が設けられることになる。酪農家は、今ですらエサ代の高騰などにより危機的状況を脱しきれずにいる。それに対して何ら具体的な対策を用意できてない政府に、このうえ何ができるのだろうか。

 畜産農家の打撃は深刻である。

▼米価が下がるのは間違いない

 米もそうである。昨年の米価下落を受けて、規模拡大をしている法人などからは悲鳴が上がっている。私たち民主党政権時代に、稲作経営を支える岩盤部分として10a1万5000円の所得補償制度を実施したが、自民党政権はそれをなくしたうえ(2018年に廃止、現在は7500円)、7万8400tのSBS方式国別枠を米国と豪州に対して設定するという。

 いまあるミニマムアクセス米が77万t。そのうち10万tがSBS方式の市場入札制。それに7万8400tが加わったら、米価を引き下げる要因になるのは間違いない。

25年後? 米の関税撤廃の可能性

重要品目のTPP交渉結果
(2015年10月7日、日本農業新聞より)

 だが私は、米についてはこれだけではすまないと考えている。

 2013年10月8日、APEC(アジア太平洋経済協力会議)が開催されていたインドネシア、バリ島からの通信社のスクープで、私の地元の地方紙「長崎新聞」一面トップに、「TPP最長30年関税撤廃検討」「重要5項目対象の可能性」の見出しが躍った(左写真)。その記事には、協定発効から最長20〜30年かけて段階的に関税を引き下げ、最終的に撤廃することが検討されている、とあったのである。TPPは秘密交渉であることを忘れてはならない。しかも四年間の秘密保護義務がある。今回、政府が明らかにした概要がすべてではない。

 それに韓国の例もある。韓米FTAを締結した韓国では米だけは守られたと報道されたが、そうではなかった。WTO(世界貿易機関)での約束もあり、今年から米国との間で関税を下げていくことがわかっている。おそらく10年程度かけてゼロにしていくのではないだろうか(山田正彦著『TPP秘密交渉の正体』参照)。

 TPPでは、発効から25年後に、米国は日本に対して自動車の関税を撤廃するといっているが、これまでの交渉結果では、自動車と米はセットで、米の関税が撤廃されなければ自動車の関税も撤廃されないと報道されてきた。米国の自動車の関税が撤廃されれば、それと引き換えに日本の米の関税も撤廃されるということが十分ありうるのだ。

農家への補助金も出せなくなる

 農産物の価格が下がれば政府が補填してくれることを期待するかもしれないが、それも危うい。TPPでは、加盟相手国の企業との公平な市場競争を妨げてはならない、商業的な配慮のもと差別的、反競争的であってはならないとある。そして、これらに反した場合には、ISD条項(投資家対国家の紛争処理)に従うと書かれているからである。

 前回のTPPハワイ閣僚会議の最中、思いがけないことが起こった。私は現地で、各国から集まってきた記者、NGOに対して日本のTPPに関する状況について報告した。その直後、秘密にしておかねばならないある筋から、1枚のメモリーチップを渡された。

「これは、明日午前9時にウィキリークスから全世界にリークされる、TPPの『国有企業(事業)に関する指針』です。この内容は、各国の首席交渉官たちも持っています。これをどう扱うか、山田さんに委ねます」

 ニュージーランドのジェーン・ケルシー教授は、かねてから私に、国有企業の問題は関税交渉の次にくる大きなヤマ場になると語っていたので、私は緊張した。

 さっそく皆で手分けして翻訳したが、読んでみて私は驚いた。

 国有企業といえば、日本では一般に国が50%以上株を持っている日本郵便などの会社として扱われているがそうではない。国立、県立、市民病院などはもちろん、国が関与している法人、国民健康保険、共済健保などの法人、いわゆる独立行政法人なども含まれる。格差社会が進む中で、われわれ庶民の生活に関わる大事な制度がすべて対象になっている。

 農業関係を例に挙げれば、乳価などの畜産物の価格安定基金制度、野菜などの価格安定基金制度、農畜産業振興機構などもこれにあたる。米価の「ナラシ」とされる価格の補償保険制度、飼料価格高騰時の補填制度なども該当する。

国内の補助金が外国企業に訴えられる

 翻訳した文書の国有企業(事業)に関する章によれば、こうした補助金は国内の政治判断だけで自由にはできなくなり、TPP加盟国との協定の中で厳しく規制されていくことになる。各国で、補助金の上限と下限、期間について一定のルールを作るとなっている。

 たとえば、畜産農家がこのままでは経営を維持できないとして、日本政府がこれまでのような価格安定基金制度の下、内外の価格差に補助金を与えるとしたら、それだけ米国大手のタイソンフーズ、カーギルなどの期待した売り上げを損なうことになるので、各国の同意がなければできなくなる恐れがある。もし、それに反することがあれば、ISD条項によって日本政府はこれらの企業から訴えられ、多額の賠償金を払わされる。

 自民党政権が農家に対して、TPPになっても十分な補助金を助成するから大丈夫だと言っても絵空事になることは明らかである。そうなったら、日本の食料はすべて外国に頼ることになりかねないではないか。

 5年前、日本のTPP加盟が表面化した時、私はすぐに訪米したが、当時の通商代表部のマラチェスに「米国は日本にTPPで何を求めるのか」と聞いた際、「米韓FTAの合意内容を読んでほしい。それ以上を求める」と言われた。現在、韓国ではサムソン、現代自動車などの深刻な経済不況に加えて、韓米FTAで深刻な打撃を受けた畜産農家の七割が廃業を決意している。そして、守られたといわれた米についても前述の通りである。韓国は食料の自給を捨て、米国などの輸入食料に頼ることにしたのだ。

 日本の農業をTPP交渉で潰してはならない。韓国のようにしてはならない。

だが、批准は進まない

 冒頭に「形ばかりの合意」と書いた通り、TPPがこのまま進むとは思えない。

 米国議会では、2016年11月の大統領選挙が終わるまでTPPは塩漬けの状態のままで批准できないだろう。通商交渉の権限を大統領に委ねるTPA法案は1票差で可決したが、当時賛成に回った上院財政委員会のハッチ委員長(共和党)など有力議員が、今回の大筋合意を痛烈に批判している。今回のTPAは、通商交渉の権限を大統領に完全に与えたわけではなく、まだ議会に権限がある。また、来年秋の大統領選の民主党有力候補、ヒラリー・クリントン前国務長官も反対の姿勢を表明した。

 今回、アトランタではカナダの労働総同盟の会長にもお会いしたが、世論調査によると、この10月に行なわれる総選挙でハーパー首相からTPP反対の新首相に交代するのが確実だと話していた。ようやくTPPのことが国民に知れ渡ってきて、反対運動がものすごく盛り上がってきているとのこと。カナダも批准できないだろう。

 アトランタでの大筋合意は、豪州が米国の砂糖の開放と引き替えにバイオ医薬品の保護期間で同意したことが大きかったが、医薬品に対してかなり助成している同国やニュージーランド、ペルー、チリ、マレーシアの五カ国は、保護期間が延びてジェネリック薬品が作れなくなることだけでなく、TPPによって医療費が2〜3倍になることに多くの国民が反対している。果たして批准できるかどうか。

 マレーシアは、貿易大臣が会議の途中で帰ってしまったくらいだからTPPから抜けるかもしれない。協定文書ができあがった時点で内容を国民と議会に告知して、議会の承認がなければ署名しないと明言している。シンガポールとブルネイもどうなるか。両国とも、今回のアトランタ会議にはもともと閣僚が来なかった。

なんとしても止める

 安倍政権のもと、先ごろ成立した安全保障法案が憲法違反であることは間違いない。ただ、この法律は政権が交代して改正すれば元に戻すことができるが、TPP協定は条約なので国内法の上位にある。韓米FTAにおける韓国がそうであったように、日本の国内法がすべてこの条約によって書き換えられてしまうという危険な代物である。しかも、これらのことを国会議員にもいっさい知らせないままに秘密交渉で行なわれ、成立後も4年間は秘密保持義務が課される。まさに、国の主権が損なわれ、生存権などの基本的人権が侵されることになる。

 いま私たちは、原告1600人、弁護団157名で国に対して「TPP差止・違憲訴訟」を提起している。第1回口頭弁論は9月7日に開かれ、前日本医師会会長・原中勝征さんらの陳述がなされた。

 年内に第三次訴訟を予定している。もし、参加いただける方は「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」のホームページを開いてほしい。

 TPPはなんとしても止めなければならない。

(弁護士・元農林水産大臣)

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この記事の掲載号
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