日銀の追加緩和は逆効果、10月緩和は消費者マインドに悪影響
現時点で一段の追加緩和を行うことは日本経 済にとってむしろ逆効果になるとの見方が日本銀行内で浮上している。
関係者への取材によると、足元で輸出と生産が持ち直しており、原 油価格の下落、消費増税の先送り、政府の経済対策などにより、日銀は 景気の先行きに自信を深めている。
そうした中、原油安により消費者物価だけはさえない動きとなる可 能性が高いが、日銀内では、ここで追加緩和を行えば、さらなる円安を 引き起こし、回復しつつある消費マインドに水を差すなど悪影響の方が 大きい、との声が上がり始めている。日銀幹部の一部で、為替相場に対 する考え方に変化が生じている可能性もある。
BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「アベノミク スでは、デフレから脱却することで、日本経済が自律的な回復軌道に乗 るというシナリオを描いていたが、2014年に実際に観測されたのは、円 安によるインフレ上昇がもたらした景気減速だった。15年は反対に、原 油安によりインフレ低下が景気回復をもたらす」と指摘。
その上で、「原油安により15年春にインフレ率はゼロ前後まで低下 すると見られるが、原油安のメリットを円安が損なうことを認識し始め た政権は、2%物価目標達成時期の先送りを容認する姿勢を示してい る。日銀自身も追加緩和は実行可能性の観点から困難と考えており、政 治圧力がない中、追加緩和の可能性はますます低下している」という。
消費者マインド調査は軒並み悪化
内閣府の消費者態度指数や景気ウオッチャー調査によると、消費マ インドは昨年10月31日の追加緩和以降ともに悪化した。日本リサーチ総 合研究所が12月に実施した生活不安度指数は10月調査とほぼ横ばいだっ たものの、8月調査に比べると悪化している。
9日発表された1月の景気ウォッチャー調査は現状判断DI、先行 きDIともに上昇したが、バークレイズ証券の森田京平チーフエコノミ ストは同日のリポートで「ガソリン価格は下落しているものの、円安に よる衣料や食料品の値上げが重しとなっており、マインドデータの回復 ペースは緩やかなものにとどまっている」と指摘した。
森本宜久審議委員は9日、千葉市内で記者会見し、昨年10月の追加 緩和は大幅な円安をもたらしたことで、消費者マインドを悪化させる要 因になったのではないか、という質問に対し、「家計の実質購買力に影 響を与えているのは事実なので、影響がないということはないと思う。 そういう意味で、影響も少しあったのではないか」と述べた。
円安「大きなマイナスにはなってない」
支店長会議が開かれた1月15日、宮野谷篤大阪支店長は本店で会見 し、12月の企業短期経済観測調査(短観)で近畿地域の企業が増収増益 を見込んでいるにも関わらず、先行きDIが悪化したことについて、 「急激な円安や原油安などの不確実性の高まり」が背景にあるとの見方 を示した。
黒田東彦総裁は2日、参院予算委員会で、現時点で為替レートは日 本経済全体に対して「大きなマイナスにはなっていない」と述べた。一 方、原油価格の下落については、1月21日の会見で「企業収益の改善や 家計の実質購買力の上昇につながるため、わが国経済にとってプラスに 働く」と述べた。
みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは12日のリポ ートで、「円安ドル高が進行したことがドル建て原油価格の下落による 景気刺激効果を減殺する方向に作用している」と指摘。日本が少なから ぬ部分を輸入に頼っている食料品の価格で「円安ドル高が上昇方向の強 い圧力になっている」とした上で、「各種食料品の相次ぐ値上げ発表が 消費マインドを冷やしている」としている。
追加緩和は見送り
日銀は昨年10月31日の金融政策決定会合で、消費増税後の需要の弱 さや原油価格の大幅な下落が「物価の下押し要因として働いている」と した上で、「短期的とはいえ、現在の物価下押し圧力が残存する場合、 これまで着実に進んできたデフレマインドの転換が遅延するリスクがあ る」として追加緩和に踏み切っている。
1月21日の決定会合では、昨年10月の経済・物価情勢の展望(展望 リポート)の中間評価を行い、原油大幅下落を受けて、15年度のコア CPI前年比見通し(政策委員の中央値)を1.7%から1.0%へと大きく 下方修正したが、一段の追加緩和は見送った。
甘利明経済再生相は27日の閣議後の記者会見で、2%の物価目標に ついて、「厳格な期限ということを政府も日銀もコメットしているわけ ではない」と発言。「原油安、国内CPI(消費者物価指数)総合にと って相当大きな要素となりうる原油が半分になった。それらを勘案する と、だいたい、いつぐらいという幅の中心線よりももっとアローアンス (容認)を取っていいのではないかということだ」と述べた。
いずれ主流の考え方に
ブルームバーグ・ニュースの報道を受けて、1ドル=120円台前半 で推移していたドル円相場は一時、118円台後半まで円買いが進んだ。 日本時間午後7時現在、119円台後半で推移している。
三井住友信託銀行の瀬良礼子マーケットストラテジストは電話取材 に対し、「量的・質的金融緩和の効果がどのくらいか検証は済んでいな いというのが現実だと思う」と話した。「正直効いてるのかどうか分か らないし、日銀としても、誰も金融政策だけでデフレを脱却できるとは 思っていない。これは主流の考え方ではないと思うが、このまま金融緩 和が効かなければ、この考え方が主流にはなると思う」と述べた。
--取材協力:藤岡 徹、野原良明.