俗に「八百万の神」と申しまして、我が国には古来より数多くの神様があらせられるわけですが、神社で神様として祀られるためには何か基準があるのかというと、全くそのようなものは存在しないそうです。「ここの神社では、この人を神様として祀っています」といえばもう神様として成立するそうです。しかも、死んでいる必要さえありません。「生き神様」でもいいそうです。
ですからどこかの神社に上手いことねじ込んでしまえばいいですし
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俗に「八百万の神」と申しまして、我が国には古来より数多くの神様があらせられるわけですが、神社で神様として祀られるためには何か基準があるのかというと、全くそのようなものは存在しないそうです。「ここの神社では、この人を神様として祀っています」といえばもう神様として成立するそうです。しかも、死んでいる必要さえありません。「生き神様」でもいいそうです。
ですからどこかの神社に上手いことねじ込んでしまえばいいですし、いよいよとなったら自分の敷地内に祠を作ってどこかから神主さんを呼んできて祝詞をあげてもらえばそれでもう体裁は整ったことになるので、その祠は自分を神様にして祠の前に小さな鳥居を立てればいいのです。30年もすれば立派な神社となるでしょう。現に、我が家からほど近いところに比較的最近(少なくとも戦後)に建てられたであろうよく分からない祠があるのですが、誰が建てたのかもよく分からないのですが、一応お賽銭箱もあって鳥居もあるのでなんとなく大切にされています。
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