病気を原爆症と認めるよう求め、広島、長崎の被爆者らが起こしている裁判で、国がまた負けた。東京地裁が先月末、被爆者6人について、原爆症の認定申請を却下した厚生労働相の判断を違法とし、取り消した。

 国は13年末に認定基準を見直したが、その後の敗訴は8件目だ。行政判断がこれだけ「違法」として覆され続けるのは、極めて異常な事態だ。

 全国で71人が争い続ける裁判を、被爆者らは「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」と呼ぶ。自分たちのような苦しみを誰にも味わわせないため、戦争を起こした国にまず責任を認めてほしい、との願いが込められている。

 安倍首相は5月、オバマ米大統領と訪れた広島で「再び悲惨な経験を繰り返させてはならない」と力説した。ならばまず、行政の対応の誤りを認め、被爆者との争いを終結させることから始めるべきだ。

 原爆症の認定基準が厳しすぎるとして、被爆者たちが裁判に踏み切ったのは13年前だ。いまだに裁判が終わらないのは、「科学的知見」にこだわる厚労省の姿勢に原因がある。

 これまでの研究によれば、原爆の爆発の瞬間に放出された放射線を多く浴びた人ほど、病気になる確率は上がる。このため厚労省は、爆心地からの距離や被爆地に入った時期を、原爆症認定の重要な要件にしている。

 だが、今回の東京地裁判決を含め、一連の司法判断がこぞって指摘しているのは、こうした「科学的知見」の不確かさだ。

 爆心地から数キロ離れた場所にいたり、数日後に被爆地に入ったりした人たちにも病気は相次いでいる。一部の研究者は、拡散した放射性降下物による内部被曝(ひばく)の影響を疑っている。

 地裁判決はこの点を考慮し、距離や時間の要件は「目安にすぎず、一切の例外を許さないとすべき基準とはいえない」と指摘した。不確かな科学をたてに被爆者を切り捨てない、妥当な考え方と言えよう。

 被爆者団体は、距離や時間の要件は全廃し、放射線の影響が疑われる病気になった被爆者には手当を加算する新制度を提案している。病気の種類や症状によっては今より給付額を下げるとしており、国の財政負担が極端に膨らむ懸念もないという。

 被爆者らは判決後の声明で、「被爆者が生きているうちに国が償いを果たすことが、核兵器をなくす歩みを進めると信じる」と訴えた。広島で「核兵器のない世界」への努力を誓った安倍首相に、率先して受け止めてもらいたい言葉である。