スピン経済の歩き方:
日本ではあまり馴染みがないが、海外では政治家や企業が自分に有利な情報操作を行うことを「スピンコントロール」と呼ぶ。企業戦略には実はこの「スピン」という視点が欠かすことができない。
「情報操作」というと日本ではネガティブなイメージが強いが、ビジネスにおいて自社の商品やサービスの優位性を顧客や社会に伝えるのは当然だ。裏を返せばヒットしている商品や成功している企業は「スピン」がうまく機能をしている、と言えるのかもしれない。
そこで、本連載では私たちが普段何気なく接している経済情報、企業のプロモーション、PRにいったいどのような狙いがあり、緻密な戦略があるのかという「スピン」を紐解いていきたい。
視聴率低迷にあえぐフジテレビが、「討論」に活路を見いだしているようだ。
4月に開かれた改編説明会で宮道治朗編成部長が、なかなか方向性の定まらぬ昼の帯番組『バイキング』で最近行っているニュースや芸能ネタをテーマにした「スタジオ生激論」について、「非常に手応えがあった」と言及したのだ。
事実、『バイキング』はこの4月から同時間帯の王者『ヒルナンデス!』(日本テレビ)でおなじみの食レポや商業施設めぐりを捨て、「生ホンネトークバラエティ」というコンセプトを新たに掲げており、それぞれの主張に分かれて、激論を交わすような内容となっている。
ちなみに、『バイキング』の前に放映している『ノンストップ!』でも毎週金曜は、主婦が気になるテーマをスタジオで生討論する「ノンストップ!サミット」がほぼ番組全体を占める。つまり、金曜の午前から昼下がりまでのフジテレビは3時間近くぶっ続けて、「スタジオ生討論」という構成になっているのだ。
それほどこの分野に「手応え」を感じていることなのだろうが、実はこの「傾向」は既に数年前から確認されている。
2015年4〜9月期はAKB48のみなさんに犯罪や自殺など重めのテーマについて討論をする『僕らが考える夜』を放映。2013年から始まった『ワイドナショー』は、松本人志さんら芸能人たちが政治や社会に対して個人的意見を表明するという主旨だが、それぞれの主張が異なるため、「討論」のような側面もある。
また、「テレビのチャンスをピンチをかえる」をテーマに掲げた昨年の27時間テレビでも、お笑い芸人のみなさんがテレビ界への提言、苦言をプレゼンするという企画があり、さまざまな意見を交わしていたのも記臆に新しい。
もちろん、他局にも似たような企画はある。が、それらと比較してもフジテレビは全体的に「討論」のウェイトが大きいというか、かける期待が強い気がする。
討論は数字のとれるキラーコンテンツ
「討論推し」に舵(かじ)を切らなくてはいけない理由もある。在京民放キー局の2015年3月期決算の中で、フジテレビは唯一の減収減益。グループ的には、通販事業やグランビスタなどホテル事業が数字を叩き出しているものの、テレビ事業の滑落ぶりはもはや危険水域と言っても差し支えなく、視聴率獲得の切り札を喉から手が出るほど欲しい。
「討論ってそんなに視聴率がとれるの?」と首をかしげる方も多いかもしれないが、昨年あたりから世界のメディアトレンド的に、「異なる立場の者同士が意見をぶつける」というのは数字のとれるキラーコンテンツとなっているのだ。
例えば、米国のテレビが分かりやすい。
3月上旬、米国のニュース専門局FOXニュース・チャンネル(FNC)は7週間連続で全日視聴率ナンバーワンの座に輝くという前代未聞の記録を打ち立てた。ニュース専門局だけではなく、全ケーブル局の中でトップである。
理由はもうお分かりだろう。ドナルド・トランプ氏だ。「メキシコ国境に壁をつくれ」などの過激な主張や、相手候補をメッタ斬りする攻撃的な討論スタイルに、視聴者がテレビの前に釘づけになっていたのだ。
もちろん、FNCだけではない。昨年9月16日の共和党候補による第2回討論会を放映したCNNの平均視聴者数は2294万人。2008年に行われたオバマとヒラリー・クリントンの討論で記録した832万人をトリプルスコアに迫る勢いで、これはCNN開局以来の最高記録となったという。
「プチ・トランプ」をつくりだす
数字がとれる者がもてはやされるのは日本も米国も変わらない。米3大ネットワークのひとつ、CBSのレスリー・ムーンベス会長は2月末、メディアやIT関係者が集まるイベントで興奮気味にこう語ったという。
『こんなのは見たことがない。我々にとっては良い年になる。ドナルド、このままの調子で行け』『米国にとって良くないかもしれないが、CBSにとっては全くすばらしい』(2016年4月9日 朝日新聞)
こういうトレンドに日本のテレビマンも敏感だ。特に、視聴率低迷で最近は一般人からも駄目出しをくらっているフジテレビの方ならば、どうにかこの流れを生かせないかと考えるはずだ。
といっても、党首同士の討論より、司会が「再婚相手は見つかった?」と軽口を叩いたことの方が注目をされる日本で「トランプ現象」を再現するのはあまりにも無謀だ。そうなると、残された方法はひとつしかない。
意見が分かれそうなテーマを設定し、対立軸を明確したところで、その中でできるだけ過激な意見をぶちまける「プチ・トランプ」をつくりだすのだ。
いやいや、いくら数字が欲しいからって、さすがにそんなにえげつないことはしないでしょ、と思うかもしれないが、ちょうど昨日の『バイキング』では「働きにくい社会に怒れる無職の人々が激白 働かなくて何が悪い!ニートの主張」というテーマで、「働くことがそんなに偉いことなの?」と疑問を呈される24歳のニートの方たちと、坂上さんたち芸能人が激論を交わすという、実に分かりやすい「対立構図」だった。
批判をしているわけではない。これはテレビマンのモラル云々ではなく、「遠くのものを写す」という意味の「テレビジョン」が持つ性だと思っている。
先ほど、FNCがトランプ現象で7週連続トップに立ったと述べたが、この記録が達成される前、同局が6周連続トップという記録を打ち立てたことがある。
2003年のイラク戦争だ。
戦争というのは遠く離れた地で行われる「対立」と言えなくもない。一方、トランプ現象というのも、米国民が言いたくても言えない本音をぶちまける男が、国際社会の常識をどうやりこめるかという「対立」でもある。ここから浮かび上がるのは、テレビにおいて「対立」は「数字のとれるコンテンツ」であるという現実だ。
「対立」を煽る機能
先日、NHKで『そしてテレビは“戦争”を煽った 〜ロシアvsウクライナ 2年の記録〜』という番組を放映していた。
2014年5月、オデッサという地域で、ウクライナ民族主義者とロシア系住民が衝突し、建物内で火災が発生。ロシア系住民40人が亡くなる大惨事となった。そこで、ロシア側は「ウクライナ民族主義者が死体を辱めている」「妊婦が殺された」などの報道を積極的に行い、義憤にかられたロシアの若者を多く戦場へと送り込んだ。
しかし、現場にいた人たちによると、そのような事実はなく、ロシア国民にウクライナへの憎悪を煽るためのプロパガンダだったことが明らかになったのである。
この醜悪な現実が示すように、実はテレビがもっとも得意なのは、異なる主義主張をもつ者たちの「憎悪」や「対立」を煽ることにある。
フジテレビが活路を見出している「討論番組」というのは、見方を変えれば、「対立」をコンテンツ化していると言えなくもない。視聴率低迷の苦しさから、テレビのもつ「強み」に救いを見いだしたというわけだが、果たしてそれでいいのかという気もしている。
ロシアとウクライナの「対立」を煽ったオデッサの火災で、実は建物から逃げ出すロシア系住民をウクライナ人が助けていた。その瞬間を撮影していたジャーナリスト・セルゲイ・ジプロフ氏はこう述べている。
「どんなものでも表と裏があります。斧は人を殺すこともできるし、薪を作ることもできる。映像をどう使うのか、それは良心の問題なのです」
ジリ貧になったテレビ局は「映像」という斧をどう使うのか。フジテレビの「良心」に期待をしたい。
窪田順生氏のプロフィール:
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで100件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。
著書は日本の政治や企業の広報戦略をテーマにした『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。