伝えたい、あなたに
作者:ZERO0
高層ビルが立ち並ぶ都心部に、女性ピアニストがいました。
彼女の仕事場は、都心部の小さなバーでのピアノ演奏です。
お気に入りの赤いドレスを着て曲を弾き、店の雰囲気をつくっていました。
中でも自分の造った曲がお気に入りでした。
いつものように曲を弾いている最中、ふと顔をあげたとき、一人の男性と目が合いました。
でも、彼女はすぐに目をそらし鍵盤に視線を戻しました。
そして、今日の仕事も終わり、岐路につきました。
次の日。
いつもと同じように、お気に入りのドレスを着て、曲を弾いていたとき、一人の男性と目が合いました。「昨日の人だわ。」そして、それが二回、三回と続きました。
そして一か月の月日が経ちました。
いつもと同じようにお気に入りのドレスを着て、ピアノに向かう最中に、客席に視線を向けました。視線の先には、一人の男性。
いつもと同じ客席に仲間と一緒にこのちっぽけなバーの片隅で嬉しそうに私を見ている人。とても優しい目を持っている人。
いつしか彼が気になり始めました。「なぜ毎日来ているの?」「どうしてそんなに優しい瞳で私をじっとみているの?」
彼女は彼と話がしたくなりました。そして思い切って、演奏が終わったらまっすぐに彼の客席へ向かいました。
男性はとても驚きました。彼の仲間は気を利かせて席をはずしました。
「お隣、いいでしょうか?」
「あ、はい。」
「いつもこの席で私のこと見ていますよね。」
「え?なんでそれを…」
「気づいたのは、一か月前です。演奏中にふと顔をあげたときに、あなたと目があったの。」
「え?そうだったのか?確かに一瞬目が合った気がしたげど、君が俺に気づいてくれているなんて思ってもみなかった。」
話し方、雰囲気、表情から読み取れる。この人は優しい気の持ち主であると。
最初のイメージでは、優しくもクールな男性かと思っていたが、どうやら違うようだ。今はおろおろとし、落ち着きがなく、まるで少年のようだ。そんな姿を見ていると、自然と笑みがこぼれた。
「ねえ、どうして毎日ここへ来ているのですか?」
「…」
「…」
「俺、あんたのファンなんだ。…だから緊張する。」
「ありがとう。でも、そんなに緊張しないでリラックスしてください。私のせいで人に緊張させちゃうの嫌なんです。」そう言うと彼女は男性に微笑んだ。
それから、毎日演奏後に男性といろいろな話をした。彼の仕事のこと、趣味、夢、思い出など男性自身のことを彼女に話して聞かせてくれた。
それが、とても嬉しくて、楽しかった。
いつものように語り合っていたところ、男性が言いました。
「…やばい。なんか俺ばっかり話してる。なあ、あんたもなんか話せよ。…例えば夢とか。」
「…私は歌いたいの。ピアノだけじゃなくて歌いたい。」
「あ、聞きたいな。それ。」
「だめなの。歌詞、作れなくて。曲はできるのにね。」
「そうか、大変なんだろうな。」
「でも、あなたのおかげで詞ができそうなの。」
「俺のおかげ?」
「ええ。あなたが私に見せてくれたたくさんの顔。傷ついたり、悩んだり…辛いことを包んでくれるようなそういう微笑み…顔…目。いつもニコニコしながら見ていたあなたの目、私、好きよ。あなたが私にヒントをくれたの。きっといい歌ができると思うわ。」
「すげえ…!夢みたいだ!」
「夢じゃない、でしょ?」彼女は彼の手を取り、優しくつねり言いました。
男性は照れながら微笑みました。
男性の携帯電話が鳴った。どうやら、これから仕事に向かうらしい。
「…また会える?」
「もちろん!歌、聞きに来なきゃ。」
「じゃあ、今度来るときまでに完成させておくわ。…ここで待っているわ。」
「ああ。行ってくるよ。これでまた一つ楽しみができたな。」男性はいつもの優しい笑顔で二カっと歯を見せて笑いました。
それから、彼女は詞を書き上げ、念願の歌を歌うことができました。
その歌は、彼女の心情を歌ったものでした。観客からも評判も上々です。このちっぽけなバーはいつしか有名になっていきました。
いつものこのちっぽけなバーで、彼女はピアノではなく歌うことが叶いました。けれど、男性は待っても待っても彼女の前に現れませんでした。
バーのマスターが、彼女の側に寄り添い、彼のことを告げました。
そのときの彼女の心は何を思ったのか、本人にしか分からない。
この歌を彼に捧ぐ。
今も彼女はあのちっぽけなバーで歌っている。いつかこの歌が彼に届くようにと。
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