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ダイジェスト3
精霊の集う森を有するヴェーデン侯爵領。国としても大事なその場所で侯爵令嬢に魔法がかけられた。
そう連絡が来たレオナール様と共に侯爵領へやってきた私が目にしたのは、花に埋もれるかのように眠り続ける美しい女性だった。
光を編み上げたような長い髪、華奢な手足に目を閉じていてもわかる美貌の、本当に人間なのか確認したくなるほど可憐な人。
すべては彼女を守るためだったと魔法をかけたエルフのユーフィス様から聞いた時、実はとても感心していた。
ユーフィス様とそれに協力した妖精さんたちは令嬢のミリアム様が大好きだった。大好きだから守りたかった。その気持ちはとても素敵なこと。
でも、今回の件のきっかけになった、ミリアム様を狙った襲撃事件の相手がユーフィス様たちでは太刀打ち出来ない強さを持つ精霊食い——魔力どころかそれによって存在する精霊さんそのものを取り込んでしまうことから精霊食いらしい——だったそうで、退けるのが精一杯だったとか。
実際ミリアム様を守ろうとした精霊さんが犠牲になったらしく、精霊さんに愛される体質のミリアム様がまた狙われるのはわかりきったことだった。
だからこそ、純粋に助けを求めるのではなく、物語の中にしか存在しないような古く忘れられた魔法を使うことによって、王宮魔法使いでも実力のある人を呼ぼうと考えたんだ。
侯爵領は確かに大切な場所で、王家に助けを求めれば誰かしら派遣はされたと思う。
だけど、それが突出した力の持ち主かと聞かれればきっとそうではなかった。
自分たちにお咎めがあろうとミリアム様を守れる誰かを呼びたい。そう必死に考えたんだなって思ったし、だからこそ筆頭魔法使いであるレオナール様が出張出来たのだろうとも思うんだ。
目覚めたミリアム様の願いは怖い目にあったとはいえ、侯爵領へ残ること。それはミリアム様を囮に敵を捕まえられるチャンスがあるということでもある。
だからレオナール様は結界魔法が得意なリズさんと精霊食いに対抗できる魔力食いのヨシュアさんを呼び寄せて結界を作ることにしたんだ。
私も魔力の媒体になるという刺繍のお手伝いをしたり、少しは手伝いも出来た。
その日々の中で少しずつ、変わっていくものがあった。
お互いを思いやるあまりすれ違っていたミリアム様とユーフィス様の恋。それぞれに相談された私はユーフィス様の背中を押してなんとか両思いにすることができた。
エルフと人間だけど、おそらくは上手くいくと思う。それだけの覚悟をユーフィス様が持っていたし、ミリアム様もただ守られるだけのお姫様になりたいわけじゃないみたいだったから。
リズさんはレオナール様が好きだったそうで、最初はすごく敵視されたんだ。だけどそんなリズさんを好きだったヨシュアさんの積極的なアプローチに少しずつ気持ちが変わっていったみたい。
キスされたの嫌じゃなかっただなんて、聞いたこっちが顔を赤くするほど幸せそうな顔だったよ。
どちらも素敵な恋だなと思うと同時に私の中でも変わっていっている思いがあることには気づいていた。
私には前世の記憶がある。それは一生誰にも教えるつもりもなかった秘密だったけれど、そんな私を丸ごと受け入れてくれたレオナール様にだけ打ち明けることにしたんだ。
その信頼と好意に、応えたいと思ったから。
それで、やっぱりレオナール様は全部受け入れてくれて、そしたらどうしたって心が緩むじゃない。レオナール様に心を許して、甘えそうになっていく。
恋なんてしないと決めていたのに、どんどんレオナール様で心がいっぱいになっていくんだ。
それでもこれは全部受け入れて貰えた嬉しさからだって、そう自分に言い聞かせていたのに。
レオナール様が向けてくれる好意は家族愛だって、そう思っていたのに。
無事にみんなで帰ってきた時、ジルの言葉につられるようにレオナール様が私を好きだと言ったんだ。
それだけなら良かった、前々から女性に誤解されるような言葉を選んだら駄目ですよって、いつもみたいに言っただけだった、なのに。
『リリーは誤解しないんでしょう? ……しちゃえばいいのに』
そんなことを言われて、動揺しないはずがない。
心の奥に鍵をかけてしまいこんだはずの、名前をつけちゃいけない感情が目を覚ましてしまう。
レオナール様、そう呼びかけるだけで心がバレてしまいそう。
ああ、もう。これからどんな顔でレオナール様に会えばいいのかな。
いろんな出来事があったはずなのに、私の頭の中はそれだけでいっぱいになってしまっていた。

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