世界有数の政府系投資会社(SWF)であるテマセク・ホールディングス(シンガポール)は7日、2016年3月末の運用資産残高が1年前に比べて9%減少したと発表した。前年比マイナスは7年ぶり。中国景気の減速や原油安を背景に投資先企業の株価が下落した。これまで中国の銀行株を重視した投資を進めてきたが、今後は米国企業や中国の消費関連企業など新たな投資先の開拓を急ぐ。
3月末の運用資産残高は2420億シンガポールドル(約18兆1千億円)と15年3月末の2660億シンガポールドルから大幅に減少した。リーマン・ショックが直撃した09年3月期の資産減少率(30%)には及ばないが、右肩上がりの規模拡大に急ブレーキがかかった格好だ。
この1年の収益性を示す「株主還元率(TSR)」はマイナス9%と前年のプラス19%から急落した。この数値は実際の収益に株式の含み損益も加えた数字だが、悪化した最大の要因は中国企業の株価下落にある。
テマセクにとって中国向け投資は全体の25%を占め、シンガポール(29%)に次ぐ規模だ。中国の経済成長が、テマセクの業績拡大の原動力になってきた。特に銀行株はその中心。11年時点では中国投資の7割を占めていた。
その主力投資先の銀行株が景気減速への懸念を背景に株価がこの1年で大きく下落。同社が香港市場で保有する中国の大手銀行(中国銀、中国建設銀、中国工商銀)株式の時価総額も目減りした。「銀行は中国の経済成長の象徴だ」としてきた投資戦略が裏目に出た格好だ。
資源安も響いた。シンガポールの海上石油・ガス掘削基地(リグ)建造大手のケッペル・コーポレーションやセムコープ・インダストリーズの株価が下落し、運用資産残高を押し下げた。
「中国の経済成長はより緩やかになる」。リム・ブンヘン会長は7日、中国経済の先行きについてこんな見方を示した。とはいえ、テマセクが中国投資を縮小する気配はない。
16年3月期も配車サービスの滴滴出行への投資を積み増し、ネット通販大手アリババ集団傘下の物流会社、菜鳥網絡に新規投資した。成長する消費関連企業などへの投資を積極化している様子がうかがえる。すでに中国投資に占める銀行の割合は40%弱に低下している。
成長のもうひとつの柱は業績が比較的堅調な米国企業への投資だ。16年3月期通期の新規投資額は米国企業向けが中国を上回った。民泊仲介サイトを運営するエアビーアンドビーなど新興企業への投資を積み増した。米国での新たな投資先の開拓に向け、今年秋を目標にサンフランシスコに米国2カ所目の拠点を作る計画だ。
世界のSWFは国債や上場株式など伝統的資産中心の運用を見直している。リスクを取って収益を高める目的だ。米資産運用大手インベスコによると、世界のSWFの不動産や未公開株、インフラへの投資比率は15年に14%と、1年で5ポイント近く上昇した。テマセクの投資に占める未公開株の割合も39%と2年で9ポイント上昇した。
右肩上がりの成長を続けた中国経済が転機を迎え、新たな投資戦略を模索し始めたテマセク。アジアを代表する機関投資家である同社の新戦略は、アジアを含む世界の株式市場に影響を与えそうだ。
(シンガポール=吉田渉、谷繭子)
テマセク・ホールディングス 1974年に政府系企業の持ち株会社として発足し、シンガポール財務省が100%の株式を保有する。米SWF研究所によると、運用資産残高は世界の政府系投資会社(SWF)で12位(2016年6月時点)につける。2000年代初めから海外企業の株式などへの投資を本格化している。政府系企業などの株式売却益を原資としており、原油関連収入を投資に充てる資源国のSWFとは異なる。最高経営責任者(CEO)はリー・シェンロン首相の妻、ホー・チン氏。