小森敦司(こもり・あつし) 朝日新聞経済部記者(エネルギー・環境担当)
東京都出身。1987年入社。千葉、静岡両支局を経て、名古屋や東京の経済部に勤務、金融や経済産業省を担当。ロンドン特派員も経験し、社内シンクタンク「アジアネットワーク」では地域のエネルギー協力策を研究。現在、エネルギー・環境分野を担当、とくに原発関連の執筆に力を入れている。著書に「資源争奪戦を超えて」「日本はなぜ脱原発できないのか」、共著に「失われた〈20年〉」、「エコ・ウオーズ~低炭素社会への挑戦」。
万一、2011年の東京電力福島第一原発事故のような巨大な原発事故が再び起きたら、誰が責任を負うのか、ひいては誰が賠償の原資を払うのか――原子力委員会の専門部会で、次の事故に備えようと、原子力損害賠償制度の「あり方」が議論されている。
経済界の委員は、電力会社の声を代弁する形で、電力会社の責任に上限を設け(有限責任論)、「あとは国で」と主張する。虫のいい話に聞こえるが、安倍政権は原発維持路線を突き進む。そこに国の責任はないのか。原発を使い続けることに伴う巨額の費用負担リスクをどう考えるべきか。
企業が工場で事故を起こし、周辺住民が被害を受ければ、ふつう企業が賠償の責任を負う。だが、東電福島第一原発事故は違った。被害があまりに大きかったため、当時の民主党政権は賠償費用をまかなうのに、原発を持つ全国の電力会社に「奉加帳」を回し、電気料金に上乗せして利用者から徴収する仕組みをつくったのだった。
あの時、東電をつぶすべきだ(法的整理)との声も強かったが、賠償問題への対応を担った当時の官房副長官・仙谷由人氏は筆者の取材に、法的整理となると社債などの弁済が優先され、ほとんど資金が残らず、被災者が泣くことになるなどと、つぶさなかった理由を語っている。
そうして現在につながる東電支援策ができたが、東電が見込む要賠償額は、現時点で7兆6千億円強にのぼり、実際の支払額もすでに6兆円を突破している。
一方、被災者らが東電を相手に慰謝料や原状回復などを求めた集団賠償訴訟は全国で約30件起こされ、原告数は1万人を超えた。この賠償の枠組みに納得できない被災者が多数いることを示している。そのほとんどが、国の過失を問う国家損害賠償訴訟でもある。
訴えた事情は様々だ。
「元の家に帰っても、山菜採りもできないし、孫も遊びに来ない」「仕事のためにとどまったものの、被曝(ひばく)の不安が消えない」「避難指示区域外なので『自主避難』となり、賠償はわずかしか出なかった」……。
そんな前例のない被害をもたらした原発事故が、再び起きたら、賠償費用をどう手当てするかということで、15年5月に専門部会が立ち上がった。委員は、法律に詳しい大学教授を中心に、経済団体や消費者関係団体など各界の識者19人で構成する。
部会長には東京大学前総長の濱田純一氏が、副部会長には早稲田大学総長の鎌田薫氏という「大物」が座った。環境法の大家の早稲田大教授の大塚直氏や著名弁護士の住田裕子氏、原発が多数立地する福井県知事の西川一誠氏もいる。オブザーバーとして電気事業連合会専務理事も加わる。
今年6月までに11回開かれたが、これまでの議論では、「有限責任論」が大きな焦点になっている。電力会社の支払いに上限を設けるか(さらに、それを超える損害は国が補償するか)どうかということだ。
有限責任論を唱える代表格が財界からの加藤泰彦氏(日本経団連資源・エネルギー対策委員会共同委員長)で、5月末の専門部会に、経団連としての「提言」を出している。
その提言は、「国の役割・責任」との項目で、「国は、エネルギーの安定供給確保や地球温暖化防止等の観点から、これまで国策として原子力を積極的に推進し、今後も一定水準の利用を図っていくことを方針として掲げている」と強調。
さらに「国は、安全確保を実現するために事業者を規制し、監督してきた。福島第一原発事故の後も事業者は国が新たに定めた厳格な安全基準をクリアすることを求められている」と続けた。
だから、国に「責任あり」という論理で、「事業者の責任に上限を設け、それを超える賠償が発生した場合は国が補償すべき」だ、とし、有限責任をとる米国の制度を例に挙げたのだった。
しかし、消費生活アドバイザーの辰巳菊子氏が、「(原発で利益を得ながら)事故が起こったときにだけ、国に負担をというのは納得しがたい」との指摘をした。筆者も同じ思いを抱く。
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