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新規エピソード4
翌朝、花は満開になっていた。ガンガンと鳴り響く鐘の音が、朝の澄んだ空気に混じる。
「魔物だ、魔物が来たぞ――!」
冒険者たちが剣を抜き、弓を構える。従士たちは走り回り、状況を確認し合う。
エヴァンは予想通りになったと思う。だが、してやったという感覚はない。本来ならば、未然に防ぐべきことなのだから。
「エヴァン様、敵を探るのでしょう?」
「そうだね。奴の目的を知らなければならないから」
エヴァンは剣を佩き、連弩を準備し、懐に小瓶を仕舞いこむと部屋を出る。セラフィナは既に槍の準備を終えていた。
外に出ると、向かってくる狼の群れが明らかになる。その数はやけに多く、緑色なので深い森のようにも見える。
集めた冒険者たちで太刀打ちできるだろうか。
そう思っていると、先頭に立っていたレスターが指示を出した。魔法が使える者たちが一斉に動き出す。
侵食領域内にて岩を生成、そして一気に力場魔法を加えて撃ち出す。それはさながら大砲だ。
岩が敵の群れに直撃すると、狼どもは散らばっていく。
今度は兵たちが剣を掲げて飛び込んでいった。レスターは慌てて安全な場所まで引っ込む。実践経験などないのだろう。
やがて混戦になるも、状況は有利である。エヴァンはつい安心してしまう。
「エヴァン様、あれを!」
だが、すぐにセラフィナが声を張り上げた。彼女の示す先には、巨大な狼の姿。おそらく、魔物どものリーダーなのだろう。
向かう先は、ダグラス家の屋敷。つまり、これは陽動だったということ。
「ブルーノさん! リーダーが屋敷の方に向かっていきます!」
「では私とバートで向かいます! レスター様、後の指揮はお願いします」
唐突に告げられた指揮の移譲。もちろん、元からレスターに指揮権があったわけだが、細かいところはブルーノが指示していた。
レスターはしどろもどろになっていたが、格好悪いところを見せたくなかったのだろう。
「ふん、初めから俺に任せておけばよいものを」
などと嘯くのだった。
エヴァンはセラフィナと共に駆け出している。後からブルーノとバートが続く。
巨大な狼はあっちにいったりこっちに言ったりとふらふらしているため、追い付くのは難しくない。
やがて近づくにつれて、巨大さが目立つようになってきた。大人など一飲みしてしまえるだろう。
バートは魔法で岩石を生成、敵目がけて撃ち出した。外れるも狼の足元に当たり、注意を引き付ける。
ブルーノが飛び出した。剣を振り抜くと、狼はすかさず牙で受け止める。が、その途端、ブルーノは侵食領域を広げた。
領域に覆われた剣はほんのりと光り輝く。そして牙を真っ二つに切り裂いた。
ブルーノは距離を取って、再び剣を構える。そしてエヴァンへと声をかけた。
「魔導機械のようなものですよ。魔法が使えない者でも、魔力さえあれば誰でも同じ効果が発揮できます」
魔法が使えずともやりようはある。エヴァンはそのことを実感する。
狼は素早く飛び退いて体勢を立て直し、幾度となく襲い掛かってくる。今度は学習したのだろう、ブルーノが剣を振ると受け止めようとはせず回避に徹する。
それゆえに、中々攻めきることができない。
エヴァンは連弩を構えた。そして制御魔法を連弩に使用。調節を受けた力場魔法により、空気抵抗なども考慮された狙いが付けられるというものだ。
大まかに狙いが付けられ、それから微調整が行われる。敵にピタリと一致すると、エヴァンはレバーを引いた。
矢は狙い通り、敵に向かっていく。そして正確に片目を貫いた。
「ギャン!」
狼が叫び声を上げる。ブルーノはその隙に、ますます攻勢に出た。
こちらが押している今が好機。エヴァンも後に続かんとする。が、それを遮るものがあった。
「エヴァン様! 危ない!」
セラフィナが飛び込んできて、エヴァンを押し倒す。
エヴァンは衝撃に倒れ込みながらも、慌てて彼女を見る。腕に矢が突き刺さり、血が流れ出ていた。
「セラ! 大丈夫か!」
「……腕の一本くらい、何ともありません!」
矢の向かってきた方を見る。真っ白な外套が、木陰からゆらりと現れた。
自然精霊教の男だ。奴は再び弓を構えようとしている。
(させるか!)
エヴァンは素早く飛び出す。そして侵食領域を目一杯広げた。
敵との距離がどんどん近づく。だが、剣が振るわれるより、矢が放たれる方が先だった。
エヴァンの額目がけて撃ち出される矢。男は勝利を確信して、口の端を釣り上げた。
しかし、矢はエヴァンの侵食領域に入った途端、元の軌道から逸れていく。制御魔法により一定以上の速度を持ったものが自動で観測され、エヴァンに当たらないよう力場魔法で逸らされるのだ。
男が瞠目する。このような魔法の使い方は初めて見たのだろう。
エヴァンは剣を思い切り振り下ろした。
外套が切り裂かれ、男は血を流す。だが、浅い。仕留めることはできなかった。
頭部を覆っていた布が落ち、容貌が明らかになる。男の顔には火傷の跡があった。
男は飛びしさりつつ、顔を隠そうとする。だが、その意に反して外套はずり落ちていった。
エヴァンは更に飛び込んで、敵に止めを刺そうとする。男は素早く剣を抜き、エヴァンの斬撃を受け止めた。
剣と剣が交わると、後は力の勝負となる。体格の差もあって、エヴァンは押し負けてしまう。男は絶叫を上げながら剣を振り乱して襲ってくる。
男の様子に反して、剣は早く鋭い。相当な訓練を積んでいなければこうはいかないだろう。技量も単純な力でも勝ち目はない。
「エヴァン様!」
セラフィナが駆け寄ってこようとするのを制止、エヴァンは真っ直ぐに敵を睨み付ける。やらねばならないことがある。許してはならない敵がいる。
「セラを傷つけるというのなら、容赦などしない!」
エヴァンが明らかな怒りを見せるのは初めてのことだった。それゆえに、セラフィナは嬉しくもあったが戸惑いを覚えずにはいられなかった。
ブルーノとバートはエヴァンを助けようとするものの、狼の注意を集めすぎているため、上手く動くことができずにいる。
「この女狐がああああああああ!」
火傷跡のある男は、気でも触れたかのようにひたすら剣を振り乱し、エヴァンを攻め立てる。口からは泡が出ていた。
(このまませめても勝てない!)
エヴァンは力任せに相手の剣を叩くと、大きく距離を取った。そして懐から小瓶を取り出す。中には液体が入っており、瓶の底には小さな魔石が取り付けられていた。エヴァンは制御魔法を用いておく。
そして敵が動くと同時に、小瓶を投げつけた。
男はぎりぎりまで引き付けて回避する。すぐさま飛び掛かって、エヴァンと剣を交わらせた。
拮抗した状態が続くと、男は愉悦に表情を歪めた。しかしエヴァンもまた、この時勝利を確信していた。
先ほど投げた小瓶は、制御魔法によりエネルギー源をエヴァン本体から魔石へと変更、そして自動制御により目標とする男を追尾している。男の頭上へと移動すると、瓶のふたが力場魔法で飛ばされて、中身が降り注ぐ。
エヴァンは予見していたため、すぐさま離れることができた。
「……燃える水か!」
男は体を戦慄かせ、血走った目でエヴァンを睨み付ける。ひどく怯えている様子だった。
それゆえに、エヴァンは魔法を使ってみせた。手のひらサイズの小さな炎を生み出し、あたかも敵に狙いを定めるかのように。
男は火を見て何事かを喚きながら、よろよろと下がっていく。
だが、エヴァンは敵を燃やすためにこれを用いたのではない。
男が背を向けた途端、彼の頭上を影が覆った。
「ぎゃああああああああ!」
叫び声が上がると共に、男の姿がなくなった。狼が丸呑みにしていたのである。
暫くは男も暴れていたが、骨が砕ける音が聞こえると、もう何も聞こえやしない。最後に狼は、口元からはみ出していた男の手を飲み込んだ。
だが、そのときには既にブルーノが飛び掛かっていた。食事に夢中になっている狼はあまりにも無防備。剣は易々と胴体を切り裂いた。
狼は痛みに呻きつつも、ブルーノを蹴飛ばしてエヴァン目がけて走り出す。もしかすると、先ほどの飛沫がエヴァンにも多少かかってしまっていたのかもしれない。
バートが魔法で攻撃を行うも、狼は止まらない。
眼前に迫ってくる巨体。エヴァンは剣を構え、覚悟を決める。
だが、突如狼の体が宙に浮いた。横から飛び込んできたセラフィナが槍を突き刺していたのである。
「エヴァン様に手出しはさせません!」
言いつつも、セラフィナは片手で槍を振り回していることから、怪我は軽くないのだろう。エヴァンは彼女の思いを無駄にするわけにはいかないと駆け出した。
血にまみれた狼の牙が近づいてくる。だが、恐れることは何もない。彼女がいてくれるのだから。
エヴァンは剣を振るった。一度では首が落ちない。だから何度も立て続けに斬り返す。そのたびに血飛沫が舞った。
やがて、狼は動かなくなる。時間が経つと、巨体が粒子状になって消えていく。まだ消化されていなかったらしい、ぐちゃぐちゃになった死骸があった。もはや人の形などとどめてはいない。
エヴァンは暫く男だったものを眺めていたが、セラフィナがやってきたので視線を外した。
「エヴァン様、上手くいきましたね」
「ああ。……自分の策で死ぬことになるとは、愚かしいな」
エヴァンは付近に転がっている小瓶を回収する。先ほどまで入っていた中身はあの花から作った香水である。濃縮されている分、狼どもはすぐに反応するだろう。
「これで、終わったんだ」
奴が何のために襲ってきたのか。疑問は消えない。だが、一先ずこの事件は終わったということでいいだろう。
ブルーノとバートは残してきた冒険者たちの方に戻っていき、エヴァンはセラフィナの手当てをする。
「あの、エヴァン様」
包帯を巻かれながらセラフィナが尋ねてくる。
「うん。なんだい?」
「……ありがとうございます」
「こちらこそ。いつもありがとう、セラ」
何となく気まずくなるも、今はそれが心地好かった。

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