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異世界を制御魔法で切り開け! 作者:佐竹アキノリ

第一章

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新規エピソード3


 翌春、ダグラス領の屋敷の前には、多くの男たちが集まっていた。ダグラス家の従士たち以外にも鎧を纏った男たちがいるのだ。

 彼らは冒険者と呼ばれる者たちだ。日雇いの派遣業務のようなもので、金さえ払えば大抵のことを請け負う者たちである。幅広い業務を担当する傭兵が近いだろう。

 冒険者ギルドに所属しており、そこから任意で選んだ依頼を達成して報酬で暮らすといった、安定しない生活を送っている。

 エヴァンは彼らを見ながら、自分もこれから冒険者になるのだろうと思った。騎士になれるほど、親は援助などしてくれないのだから。何せ彼は遠ざけられており、暮らしさえままならぬほどの援助しかされてこなかった。期待できるはずがない。

 しかし今回は、エヴァンが冒険者となって働くというわけではない。まだ貴族の四男という身分で動くのだ。

 やがて、屋敷からレスターが現れた。ますます肥え太った巨体は威圧感がある。

「領主バリー・ダグラスの命により、春狼の討伐に当たってもらう。民を脅かす敵を打ち滅ぼす、名誉ある仕事だ」

 レスターはそんなことなど心にも思っていないだろう。
 これはパフォーマンスに違いない。次期当主として、人心を集める必要があったのだ。レスターはこれまで目立った働きをしていないのだから。

 冒険者たちは暫く退屈そうに話を聞いていたが、報酬の話になると沸き立った。現金なものだ、とエヴァンは思った。

 基本的には敵が来るのを待つことになっているので、今すぐ出発することはない。指定の位置について、そのときを待つのだ。

 冒険者たちが散り散りになると、エヴァンは離れに戻ろうとした。そこで、父バリーと目があった。

「エヴァン、本当に奴らはくるのか?」
「私の予想が正しければ、間違いなく」

 半信半疑、といったところであるが、父はそれ以上何も言わなかった。あまり顔を突き合わせていたくないのかもしれない。

 エヴァンが去っていくバリーの後姿を眺めていると、セラフィナが心配するように窺ってくる。

 離れに移ったころから、父と親しい会話することはほとんどなくなっていた。父がそのためにわざわざ離れを与えたのだから、当然だろう。

「大丈夫だよ。気にしてやいない。もう何年もこうなんだからね」
「ですが……」
「俺には君がいるから。一緒にいてくれるだろう?」
「はい! ずっとお傍におります!」

 彼女の笑みだけで、エヴァンは満たされていく気がした。
 それだけで十分だった。



 それから、エヴァンは領内のある街に行く。襲撃の予測地点である。
 ダグラス家の従士たちや冒険者たちは、持ち場についている。今回指揮を取るのはレスターになっているので、エヴァンに与えられた役割はこれといってない。

 セラフィナは辺りを見回して、しゃがみ込んだ。

「エヴァン様、やはり生えておりますね」

 春狼を興奮させていた花だ。全くの無臭だが、何かが漂ってくるような気がしてしまう。しかしまだ開花していないため、蕾のままである。

「予測が外れないといいけれど」
「出来得ることは成したのです。もはやなるようにしかなりませんよ」

 セラフィナはどっしりと構えている。あれこれ考えるのが好きなエヴァンとは対照的かもしれない。しかしだからといって、彼女が考えなしということではない。非常に聡く、状況を理解したうえで落ち着いているのだ。

「やはり君がいてくれると、頼もしいよ」

 エヴァンが言うと、セラフィナは背にしていた槍を掴んでみせる。穂先がきらりと輝いた。

 街中を歩いていくと、二人の冒険者が見えてきた。一人は二十代と思しき青年だ。もう一人は、彼の父親といったくらいの年齢だろう。だが、見た目はあまりにも似ていない。

 青年はやけに軽薄そうなところがある優男である。一方の男性は落ち着いた雰囲気があり、誠実そうに見える。

「初めまして。私は領主バリー・ダグラスが四男、エヴァン・ダグラスと申します。こちらがメイドのセラフィナです」

 二人に気が付くと、年上の男性が頭を下げる。冒険者にしては、やけに上品な仕草だ。

「エヴァン様、初めまして。私はブルーノと申します。隣のアーベライン領で冒険者をして二十年になります。こちらがバート――」
「初めまして、セラフィナさん。俺はバートと言います。どうですか、この後お時間があればお茶でも」

 バートはエヴァンへの挨拶もせずに、セラフィナに粉を駆ける。セラフィナは思わず一歩下がって、たじろいだ。

 エヴァンは言い知れぬ不快感を覚えていた。彼女が獣人と蔑まれたわけではないというのに。
 また、彼女が誘いに乗ることはないと分かっているのに、どうしても感情を抑えきれなかった。

 そんな自分にうんざりして、エヴァンは小さくため息を吐く。

「バート、やめなさい。困っていますよ。だいたい今月で何回目ですか。まともに受け入れられたことなどないのですから、諦めたらどうです」

 呆れて言うブルーノに、バートは歯噛みした。
 セラフィナが、追撃を加える。

「私はエヴァン様以外には興味がないので、ごめんなさい」

 バートは大げさにその場に頽れていった。
 彼を無視してエヴァンは話を続ける。なぜか安心している自分がいた。

「魔物の様子はどうですか?」
「全く影も形もありませんよ。ああそうですね、花の方はもうそろそろといったところでしょうか」

 父から花の話をしておいたのは、冒険者たちを束ねる者だけ。自然精霊教の者に漏れないようにしておきたかったのだ。それゆえに、彼が統率しているということなのだろう。

「では、引き続きお願いしますね。……ところで、剣の稽古をお願いしてもよろしいでしょうか」
「ええ。少しだけでしたら」

 もうすぐ実践となる。だからエヴァンは、経験を積んできた者の力を知っておきたかったのだ。
 木剣を準備しながら、少しばかり話をする。

「エヴァン様は剣をお使いになられるのですか?」
「そうですね。我流ですが。魔法があまり得意ではありませんので」
「ほう、それは素晴らしい」

 彼の話を聞いていくと、どうやら貧乏貴族の末弟だったそうで、一時は騎士を目指していたそうだ。しかし力場魔法や制御魔法が使えない、ということでその道は諦めたらしい。

「炎だって、垂れ流すだけなら得意なんですよ」

 そう言ってブルーノは笑う。個人、近接戦闘においては、そこそこ役に立っているそうだ。
 そして彼は剣術も習っていたということもあって、独自の戦闘スタイルを考案していった、と。

 エヴァンは軽く素振りなどを済ませ、ブルーノと相対する。セラフィナはじっとその様子を眺めている。

 仕掛けてくるのに対して、返し技をかけていく。

 エヴァンはそこで力の差をはっきりと実感していた。大人が子供をいなすように、あっさりと攻め立てる剣は弾かれるのだ。その柔らかい剣技は、熟達を感じさせる。

 やがてブルーノが本気を出し始めると、エヴァンは自分へと制御魔法を用いた。身体を自動で制御する魔法である。相手の動きに応じて発動する力場魔法によって、補助的な力が加えられる。したがって反応が遅れたり、剣を弾かれた場合でも、すぐに理想的なフォームを描きながら、敵の剣にも対応する。

 純粋な剣技で劣る部分を、魔法でカバーしているのだ。

「失礼ながら、エヴァン様の歳でここまでできるとは思っていませんでした。よく訓練されていると言えるでしょう」
「……ありがとうございます」
「ですが、フェイントにも反応し過ぎですね」

 というのも、敵が動き出し始めると同時に自動で魔法が使用されるためだ。エヴァンの判断を介さず、敵の状態から自動で判別される動きなので、フェイントにまで反応してしまう。

 自動制御だけでは上手くいかないということを、エヴァンは知らされた。しかし、ある程度やっていけることの保証は得た。

 それが終わると、今度はバートがやってくる。

「なあ、エヴァン。セラフィナさんとどこで知り合ったんだよ? メイドって聞いたが、あんなかわいい子そこらにはいないぞ」
「父が奴隷市場から買ってきたんですよ」
「何!? じゃあ俺も金を貯めれば……!」

 バートはよからぬことを企んでしまったらしい。
 エヴァンはこの人は本当に大丈夫なのかと思ったが、剣と魔法の腕は確かだそうだ。もっとも、剣は危ないから魔法ばかりを使うと、ブルーノが指摘していたが。当の本人としては、問題ないと思っているようである。

 危険を出来る限り減らしていく。それが冒険者として生き延びていくコツなのかもしれない。

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