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リケジョのイメージを超越する、女性科学者の波乱万丈の半生
deucee_-iStock.
<植物への限りない愛情で科学の世界を邁進した女性科学者は、そこでハラスメントに直面する。しかしこの回想録には、そんな深刻な問題だけでなく、彼女の波乱万丈の半生が綴られていた>
ネットでときおり「リケジョ」という言葉を目にする。「理系女子」のことらしい。数学、化学、物理、生物といった学問を学び、それらを一生の仕事として選択する女性が少ないためか、物珍しさが含まれた表現だ。そもそも人を「文系」や「理系」に分けられるのか? という疑問や、「女性の脳は通常理系には向いていない」という先入観なども感じられ、ネガティブに捉える人もいるだろう。
ハワイ大学で geobiology (地球環境と生物との関係を探る)という分野の生物学の教授を務める Hope Jahren の回想録『Lab Girl (English Edition)』のタイトルは、「ラボの女の子」という意味合いで、「リケジョ」のような軽い響きがある。だが、読み始めたとたん、そんな印象はすっかり吹き飛んでしまう。
「みな海が好きだ。いつも、なぜ海洋生物学をやらないのかと私に尋ねる。なにせハワイに住んでいるから。そこで私は答える。なぜなら、海はとても空っぽで孤独なところだから。陸には海の600倍もの生物がいる。そして、そのほとんどが植物だ。標準的な海の植物は寿命が20日しかない単細胞だ。けれども標準的な陸の植物は100年以上生きる2トンもある樹木だ」
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Jahrenは、自分が愛する植物のこと、たとえば私たちがふだん気にもとめない「タネ」について独自の詩的な言葉で語る。
「タネは待ち方を知っている。ほとんどのタネは育ち始める前に数年待つ。桜のタネなど100年くらい平気で待つ。いったい何を待っているのかは、そのタネのみが知る。温度、湿度、光、ほかにもいろいろなものが組み合わさった独自の誘発があって、ようやくタネは清水の舞台から飛び下りる(jump off the deep end)決意をする。一度しかない成長のチャンスをつかむために」
そして、この章をこう締めくくる。「それぞれの始まりは、待つことの終焉だ。私たちは、たった一度の生存のチャンスを与えられる。私たちはそれぞれに不可能かつ不可避だ。大木のすべてが、かつては『待っていたタネ』だったのだ。
ここまで植物に感情移入する Jahren は、「数学ができないと科学者にはなれない」というような誤解やステレオタイプを考え直す機会も与えてくれる。葉っぱの一つを手にとって、「どんな緑色なのだろう?」「表と裏はどう違うのだろう?」「どのくらい乾燥しているのだろう?」などと考えた時点で、すでにその人は科学者なのだという。そして、一人の科学者から、科学者である読者に送る物語がこの回想録だ。
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