サトシさん。

ホームヘルパーをしていたとき、サトシさんという男性を担当したことがあった。サトシさんは五十三歳の男性で、末期の肺がん患者だった。おしっこの管が身体からベッド脇のパックまで繋がっており、ベッドから離れることができない人だった。トイレにも洗面所にも一人では行けず、生活のほぼ全てをヘルパーに頼っていた。

ヘルパーとして私は、買い物や掃除を担当していた。施設ではなくどうしても自宅で暮らしたいというサトシさんの要望に応えるため、私もできることはなんでもした。

サトシさんがどうしても自宅で暮らしたいと思うのには、理由があった。

施設ではタバコが吸えなくなるからだ。

末期の肺がん患者であるにもかかわらず、サトシさんは喫煙をやめなかった。末期のがんはよほど苦しいのだろう、ときおり荒い呼吸を繰り返し、発作的に激しい咳をして顔を歪めることもあったが、サトシさんは絶対にタバコをやめなかった。ハイライトというタバコを好んで吸っていたのだが、サトシさんはベッドに横たわりながら、いつもハイライトを吸っていた。末期の肺がんになるまで、さんざん医師から指導があった筈だが、この人はハイライトを吸い続けることを選んだのだ。

「苦しい、苦しい」

とサトシさんはいつも言っていたが、すぐそのあとで、

「苦しい、苦しい。二条さん、ハイライト買ってきて」

と言うのだった。

ヘルパーの事業所からも、「もう本人の好きにさせよう」と方針が決まっており、ヘルパーもサトシさんの好きなようにさせることにしていた。だから、私もサトシさんの要望通り、ハイライトを購入していた。

サトシさんは、最期までハイライトを吸い続けた。

「苦しい、苦しい」

と言いながらハイライトを吸い続け、五十三歳で亡くなった。

私は、サトシさんが絶対的な不幸だとは思わない。五十三年というのは人生の長さとしては若干短いかもしれないが、「好きなように生きた」という意味では、少なくとも不幸ではなかったのではないか。

私は、両親にも好きなように生きて欲しいと思う。ひきこもりの息子を食べさせるために両親は自分たちの人生を犠牲にしてきたが、これからは、両親が満足する生き方をして欲しい。

毎年、初もうでに行くと、

(今年も仕送りが続きますように)

と願うが、来年の初もうででは、もうそういう願いごとはしない。

ただ、両親の健康だけを願おうと思う。

 

 

――――――読者の皆様へ――――――

2013年の「高齢ひきこもり」は、これでおしまいです。一年間、お付き合い頂き、ありがとうございました。

「高齢ひきこもり」を読んでプラスになることは何もありません。「こんなイヤなことがあった」「あんなイヤなことがあった」と、自分が受けた不快な経験をただ綴っているだけです。

それでも、共感してくれる方がいて、記事を楽しみにしてくれる方がいる。それがブログを続ける原動力になりました。

記事にコメントはしないけれど、温かく見守って下さった方々も沢山いることでしょう。

そんな方々に、心よりお礼を申し上げます。

ありがとうございました。

2014年が、皆様にとって良い一年であることを願っております。

それでは皆さん。よいお年を!

 

二条淳也

10 Responses to “サトシさん。”

  1. あい Says:

    この1年二条さんのブログが励みになりました。
    そしてこのブログにたどり着いてから1年が経ちました。
    貴重な体験を書いてくださりありがとうございました。
    来年もブログを楽しみにしています。
    お互い似たような状況下の中、好きなように生き延びたいものですね。

  2. 二条淳也 Says:

    あいさん

    いつも肯定的に読んで頂き、ありがとうございます。

    来年もよろしくお願いします。お互い、なんとか生きていきましょう。

    では、あいさん。

    よいお年を!

  3. 非24時間睡眠覚醒症候群 Says:

    私も、二条さんの文章をかなり注意深く読んできました。
    こう言っては失礼かもしれませんが、二条さんが経験したことというのは、割とよくあることなのではないかと思っています。
    まあ、本当、いろいろありますよね。生きていると。
    まあ、そんなことで、今年はどうもありがとうございました。
    来年も、どうぞよろしくお願いします。

  4. 猫の鈴 Says:

    今年一年もお疲れ様でした、いろいろと考えさせられる記事ばかりでした。ありがとうございました。私は、このブログからたくさんのプラスを得ています。私も二条さんと共にご両親のご健康をお祈り申し上げます。二条さんご自身もどうぞお体に気をつけて、良いお年をお迎え下さい。

  5. 二条淳也 Says:

    非24時間睡眠覚醒症候群さん

    いつも読んで頂き、ありがとうございます。

    そうですね。生きていると、いろいろありますよね。

    来年もよろしくお願いします。

    では、非24時間睡眠覚醒症候群さん。よいお年を!

  6. 二条淳也 Says:

    猫の鈴さん

    いつも読んで頂き、ありがとうございます。私の文章から、少しでも得るものがあれば、嬉しい限りです。

    猫の鈴さんも、お体を大事にして下さいね。

    では、猫の鈴さん。よいお年を!

  7. けい Says:

    私は人間関係をうまくやっていけません。それでバイトは色々しましたが短期間で辞めています。
    1番長く続いた仕事はポスティングで5年半やりました。体力が続かなくなり辞めましたが。
    ポスティングは一人でする仕事なので続きました。

    二条さんの経験は貴重だと思います。
    来年が二条さんにとって良い年になりますように。

  8. 二条淳也 Says:

    けいさん

    ポスティングのバイトも大変な仕事だと思います。よく五年も続きましたね。
     
    お互い、来年もしぶとく生きていきたいですね。

    けいさん、よいお年を!

  9. shiobey Says:

    あけましておめでとうございます。
    実は、僕は30くらいまでダラダラと学生や学生のような立場を続けた一種の社会的引きこもりでして(かっこよく言えば一種のモラトリアムですがw)、うまく言えませんが、二条さんの感覚に親近感みたいなものを持って読ませていただいてます。
    (高校出てから1人暮らししているので、特に、親とか仕送りうんぬんの話は、身をつまされます)

    shio改めshiobey

  10. 二条淳也 Says:

    shiobeyさん

    あけましておめでとうございます。

    どれだけ頻繁に更新できるか分かりませんが、今年一年、よろしくお付き合い下さい。

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