どっちが先に挨拶するか。

朝、出勤すると、同僚と顔を合わせる。そんなとき、大抵、向こうからは挨拶してこない。私のほうから「おはようございます」と言ってくるのを待っている。こちらから挨拶しないと向こうも挨拶せず、それで、

「二条、あいつ挨拶しない」

などと言われてイヤな目に遭う(向こうもしないのに)。

どちらが先に挨拶するかというのは、職場内での力関係を表しているように思える。職場に古くからいる人や上司というのは、大抵自分からは挨拶してこない。相手から挨拶されて、ようやく返事をするというかたちが多い。そうやって、自分の優位性を相手に知らせようとしているかのようである。

ある職場で、Kさんという絶対に自分から挨拶してこない人に出くわしたことがあった。私から「おはようございます」と言えば「ああ」と返事らしきものをするのだが、私が挨拶をしないと彼もいつまでも返事をしない。Kさんのほうが年上なのだが、入社したのは同時期であり、なにより顔を合わせても絶対に自分から挨拶をしないという態度に苛立ちを感じ、強い敵意を私は持っていた。

では、私がいつまでも挨拶しなかったら、Kさんはどうするのだろう。実験したことがある。

職場に出勤して、Kさんと会っても何も言わない。……すると、Kさんは私をじっと見ていた。

(あれ? 二条の奴、挨拶してこないな)

そう思っているのが、手に取るように分かった。

二日三日と過ぎて、ある日、Kさんがイライラしたように話しかけてきた。

「あのさあ、朝、出勤したら『おはようございます』って挨拶するもんだろ?」

Kさんに不快感を抱いていた私は、こう返した。

「あなただって挨拶しないでしょう。僕のほうから挨拶してくるのをじっと待っているだけじゃないですか」

その日から、二人の仲は険悪になった。そして、Kさんは次の手に打って出た。職場の他の人間を自分の味方につけ、私を孤立させようとしてきたのだ。私と違ってKさんは仕事ができて人の心を掴む人だったから、瞬く間にKさんには沢山の味方ができた。あの日のちょっとした衝突から一週間もしないうちに、Kさんは沢山の仲間に囲まれ、私は孤立した。「味方を増やすような情けないマネはしない」という私の「美学」も、孤立を促進させた。

結局、あの「衝突」から十日ほどで、私はその職場を辞めることになった。「自分から挨拶をしないとどうなるか」という実験の結果は、私の退職という結末になった。

仕事自体よりも、挨拶にまつわる問題のほうが、面倒くさい。

こんなことがあったから、私は「一人でできる仕事」を探しているのだ。

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