生保レディ。

一度だけ、正社員になったことがある。というか、なりかけたというのが本当のところだが、それでも一回だけきっちりと就職したことがあるのは確かだ。仕事内容は肉体労働で、「正社員」という名前からくるホワイトカラーの仕事ではまったくなく、作業着を着て炎天下の下で働く仕事だった。

そこで、私は今までしたことのない経験をした。生命保険会社の営業に勧誘されることだ。昼休み、ランチを食べてのんびりしていると、保険会社の女性がやってきて、事務所にいるみんなにあめ玉を配る。女性は二人組で来るのだが、昔からいる社員は顔見知りらしく、

「最近どう?」

などと、世間話をしている。

ある生保レディが、私を見つけて言った。

「新しく入社された方ですか?」

「はい、そうです」

私が答えると、女性は必死になって営業トークを始めた。

「こんなお得な商品があります」

「若いうちに入っておくと安心ですよ」

最初はふんふん聞いていたが、会社に二週間、三週間いると、彼女の相手をするのが面倒くさくなった。保険に入るつもりはなかったし、肉体労働でぐったり疲れていたので、休みたかったのだ。

でも、私にはやることがなかった。

「この職場は勉強できない人ばっかりだから、休憩時間に読書はするな」

と言われていたので、読書はできない。職場に友達がいないので、雑談もできない。結局、授業中のように、うつぶせになって寝ることにした。生保レディが来て挨拶しても、私は寝たふりをして返事をしなかった。彼女はいつも、そっとあめ玉を置いていくだけだった。

それを見た先輩のKさんが、ある日、私を猛烈に叱りつけた。

「きちんと保険の話を聞いてやれ! お前だってもう大人なんだから、保険ぐらい考えろ」

……なぜそんなことを言われなければならないのか。生保レディの相手をするかどうかは、私の勝手である。保険の加入もKさんの知ったことではない。

Kさんは、生保レディに向かって、

「この二条って奴は、僕が面倒みてるんですよ」

と何度も言っていた。なんのことはない。Kさんは生保レディに気に入られたかったのだ。私が保険に加入したら、Kさんは、

「保険に入るように、僕が二条に言ってあげた」

というのだろう。そうすれば、生保レディはKさんに感謝するからである。生保レディに気に入られたい。そんなKさんから見れば、寝たふりをして無視を決め込む私の態度は、許せなかったらしい。

上司や先輩から叱られるのは、仕事に限ったことではない。仕事とは何の関係もないことで、叱られることもある。それも、驚くほど次元の低い問題で。

今も、Kさんは生保レディに気に入られようとして、後輩に保険の加入を勧めているのだろうか。

正社員の思い出といえば、こんなことを思い出す。

4 Responses to “生保レディ。”

  1. kyotosometime Says:

    こんばんは。
    ちょっと逸れた話をしますが、
    今は、皆、スマホをいじる時代になって来ているので、スマホにオーディオブックのデータを入れておいて、音楽聞いてるふりして、目を瞑っていれば、余計な干渉から逃れやすいかもしれませんね。

    ただ、オーディオブックが十分安くないのと、紙の本の味わいがないのが至らない点ではありますが。。。

    読書サークルを作って、皆で本の音読を分担できるような仕組みがあると良いのかもしれませんね。。

  2. 二条淳也 Says:

    kyotosometimeさん

    こんばんは。

    なるほど、スマホを使って他者からの干渉を避けられるのですね。私は昔ながらのパカパカ携帯を使っていますが……スマホ欲しいです。

    読書サークルがあると、私も嬉しいです。

  3. kyotosometime Says:

    サークルでは有りませんが、「ブックカフェ 東京」で探すと良さげなお店が沢山出てきます。

    因みに、関西のブックカフェは出来ては、短期間で潰れています。
    民度が低いんでしょう。。

  4. 二条淳也 Says:

    kyotosometimeさん

    ブックカフェというのもあるんですね。。。

    関西の人には馴染めないんでしょうかね。

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