ドトールの店員さん。

ドトールコーヒーというコーヒーショップがある。都心部などで展開している、セルフ式のコーヒーショップだ。だいぶ前の話だけど、一時期、すごく熱心に通っていたことがある。読書をするために通っていたのだが、毎日通っているうちに、店員の女性と顔見知りになった。とても爽やかな接客をしてくれる女性で、顔もかなりキレイだった。

(デートに誘ってみようかな)

そう思って、その店員さんに手紙を渡すことにした。

〈今度一緒にご飯でも食べに行きましょう。気が向いたら電話下さい〉

そんな短い文面をメモ用紙に書いた。

メモ用紙を持って、その日もドトールに行った。カウンターには、長い行列ができていた。私が注文する番になったので、

「これ、あとで読んで下さい」

と言って、メモを渡した。すぐ後ろにいたサラリーマンが、ニヤニヤしながら見ていた。

電話はその日の夜に来た。

「ご飯、ぜひ一緒に行きたいです」

とのことだった。早速、お互いに都合のいい日を決めた。

メモを渡して一週間ほど経った頃だろうか、デートの日がやってきた。二人でデパートに行ったりケーキを食べたりしたのだが、だんだん私は疲れてきてしまった。

彼女がかなり否定的な人だったからだ。

「仕事を変えようかと思っているんだけど……」

と言うので、私なりに助言をしてみたが、

「私、そういうの自信ないから」

とか、

「私の能力じゃ無理かな」

とか、どんなアドバイスも否定する。ドトールの同僚を全否定するのも気になった。今置かれている立場に彼女はすごく不満を持っているらしいのだが、そこから抜け出す気もないようだった。デートの終わりに、

「二条くんの彼女になってもいいよ」

と言ってくれたのだが、私はもう、彼女に対して好意も関心もなかった(デートが終わってホッとしたぐらいだ)。

明らかに私が悪かった。店頭での爽やかな接客を見て、私はそれが彼女の「本当の姿」だと思ってしまっていた。だから、私服を着てネガティブなことばかりを話す彼女を見て、一気にガッカリしてしまったのだ。

店での彼女は「店員」としての仮面をかぶった姿であり、制服を脱げば本当の自分に返る。そんなことは分かりきっていたのに、「お店で爽やかな接客をしてくれる子だから、私生活でも爽やかだろう」と思い込んでしまったのだ。

デートに誘っておきながら、期待した姿とは違う一面が見えると、すぐに失望する。彼女が悪いのではなく、問題は私のほうにあったのだ。

今でもドトールに行くと、彼女のことを思い出す。まあ、彼女のほうも、私の恋人にならないでよかっただろう。

相手に多くのものを求めるのに、自分はひきこもりなのだから。

6 Responses to “ドトールの店員さん。”

  1. あい Says:

    私もドトールよく行きます。
    何処のドトールもそうですね。
    接客態度の良さは、会社のルールみたい。。

  2. 豚猫 Says:

    客商売は疲れるものですよ。
    私は以前ニ○リで清掃のアルバイトをしていましたが、
    店員と同じ制服着ているので商品の詳細など色々聞かれましたよ。
    (うちは清掃係なのに・・・)そう思いました。

    それが原因で出社拒否になり、退職しました。
    とにかく客商売は人間関係が苦手な人は絶対してはいけませんね。

  3. 二条淳也 Says:

    あいさん

    社員教育が行き届いているみたいですね。働く側としては、大変でしょうね。

  4. 二条淳也 Says:

    豚猫さん

    清掃係なのに商品の詳細を聞かれることがあるんですか……大変ですね。

    客商売は、ストレス溜まりますよね。

  5. チャ Says:

    うわわ!「ご飯、ぜひ行きたいです」って‥そんなこともあるんですね。読んでてドキッとしました。

    仕事って、自分の苦手分野が得意になっちゃったり能力が広がるチャンスという面があると思います。自信ないなぁ、嫌だなぁ、と思っていたことがちょっとでもできちゃったあの感じが楽しかったりすると思うんですが‥。

    接客業って、演じるってことだと思います。でもどうしても人柄が出てしまうので、彼女の爽やかさも彼女の一部だと思います。ただ、自分も周りの人も認められない自分を、ものっそい悩んでいたんじゃないかなぁと思います。悩むというか、イヤイヤの妖怪に取り憑かれたような人って、いますよね。

    私は人と会話するのは苦痛ではないので(浅い付き合いは逆に元気になります)、接客業は嫌いではないですが、買い物とかしてると あっの人だ みたいにしばらく見られたりしたのは嫌でした・・。

  6. 二条淳也 Says:

    チャさん

    キレイな人ほど、アタックされていないように感じますね……。

    接客業は、たしかに演技ですよね。イヤなことがあっても、笑顔でいる。それは大変なことだけど、給料のうちなのでしょうね。

    買い物していて「あの人だ」と言われるのはちょっとイヤですね(笑)。

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