「アシックスとしても1社でやりたいと強く言った」。
4月6日。アシックスの尾山基社長は、都内で行われた東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のゴールドパートナー発表会見で、こう語った。同社は東京五輪が開催される2020年末まで、「ゴールドパートナー」(国内最高位スポンサー)となる契約を、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と結んだ。
アシックスはゴールドパートナーとして、2016年のリオデジャネイロ夏季五輪、2018年の平昌冬季五輪、2020年の東京夏季五輪において、日本選手団の公式ウエアを独占的に担当する。東京五輪では約8万人が計画されているボランティアにもユニフォームを提供する予定。また契約期間中、国内ではスポーツメーカーとして唯一、五輪の呼称・マークを使ったマーケティング活動が可能になる。
従来は、JOC(日本オリンピック委員会)のスポンサーとして、アシックス、ミズノ、デサントの3社が持ち回りで、日本選手団のウエアなどを担当していた。
ゴールドパートナーは1社150億円?
ゴールドパートナー契約は、2015年1月のNTTにはじまり、アシックスで10社目。大会組織委員会はスポンサー収入の目標額を1500億円以上、最上位のゴールドパートナーの契約は10社、を目標としていた。個々の契約金額は公表されていないが、ゴールドパートナーの負担は、単純計算で1社150億円程度とみられている。
アシックスの契約額について、調印式に臨んだ森喜朗・大会組織委員会会長(元首相)が「尾山社長に奮発していただいた」と言えば、尾山社長も「それなりの高い金額」と言う。
なぜ、アシックスはこのタイミングで、単独での大型契約に踏み切ったのか。自国開催となる、2020年の東京五輪を、絶好のマーケティング機会と捉えているからだ。
業績が好調なアシックスだからこそできた単独契約とも言える。今2015年12月期の連結売上高は4230億円、営業利益は330億円と、過去最高の見通し。前期は変則決算だったために単純比較はできないが、実質的には増収増益路線を突き進んでいる。世界第3位のプーマ(前期売上高約3800億円)を追い抜くのも時間の問題なのだ。
業績を牽引するのは、欧米向けのランニングシューズだ。前期の海外売上高比率は81%。欧州や米州は、5年前にともに500億円台だった売上高が、前期は1000億円の大台を突破した。ここ数年で急成長した、欧州と米州は、確実に収益柱となっている。
ランニングブームの追い風が吹く中、アシックスはニューヨーク、ロサンゼルス、パリをはじめ、世界の主要都市で開催されるマラソン大会のスポンサーを務め、ブランドの認知向上に力を注いできた。同時に、そのような都市には旗艦店クラスの大型店を積極的に出店。店舗では、三次元足型計測器を用い、顧客に最適なシューズを提案するなど、ランナーにアシックスブランドを訴求することに尽力してきた。地道な草の根マーケティングの結果、欧米では本格的にランニングに取り組むシリアスランナー市場で、圧倒的な支持を集めようになった。
アシックスに課題として残ったのは、「アパレル」と「日本市場」の部門だ。今期を最終年度とする中期経営計画では、目標数値を達成済み、あるいは達成見込みのカテゴリーが多い中、目標に届きそうにないのが、アパレル部門である。中計での今期の売上高の目標金額が850億円なのに対し、前期実績は637億円、今期見込みも667億円にとどまる。
日本市場は唯一、減益の部門
もう一つの日本市場部門は、前期、唯一減益となったセグメント。前2014年12月期は変則9カ月決算で、収入源となる1~3月の数字が入っていない。ただ、12カ月だった2014年3月期の売上高セグメント利益率も、2.5%にとどまる。欧州部門の10.7%、米州部門の7.1%と比べ、利益率が低い。
日本市場は人件費などの固定費が他地域に比べ高い。加えて、欧米に比べ、ファッショナブルなブランドとしての認知が低いことが、伸び悩みの要因だ。尾山社長が「高校まではアシックス製のバスケットシューズの国内シェアは50%を超える。が、大学になると、海外ブランドに突然流れてしまう」というように、国内でアシックスば学校体育のブランド゙というイメージが先行している。
これに対し、ゴールドパートナーの契約期間中に開催される五輪では、日本選手がメダルを獲得すると、アシックスマークの入ったウエアが表彰台ではっきり露出される。東京五輪では、約8万人のボランティアもアシックスのウエアを着用する予定のため、宣伝効果は抜群だ。
尾山社長は今からこう語る。「この投資が日本のブランドイメージを変える起爆剤になる。目立つのはウエアなので、ウエア改革に使える」。
ゴールドパートナー契約の業績への影響について、SMBC日興證券の岡芹弘幸シニアアナリストは「中長期的にはプラスに働く」とみる。費用についても、「次の中計では、売上高・利益の拡大戦略をとっていくはず。それほど無理しなくても吸収できるくらいの金額では」と推測する。実際、アシックスは売上高広告宣伝費比率を、2012年3月期は7.7%、2013年3月期は8%と年々増やしており、今期は8.6%の計画。そろそろ゙攻め゙の姿勢に転じることを匂わせる。
尾山社長も「この契約が全世界に流れれば、コンペティター(競合他社)が何らかの反応をする。それ自体がマーケティング効果」と余裕たっぷりだ。
「2016年のリオ五輪、2020年の東京五輪で金メダルを目指します」。契約会見に同席した卓球の石川佳純選手が話すように、五輪で日本選手団が活躍を見せれば、アシックスの目論み通り、日本、アパレルという弱点を強化する、起爆剤にもなり得るだろう。そうすれば、世界3位の座をガッチリと掴み続けることも、夢ではないかもしれない。