旅先で出会った人。
二十五歳のとき、一人で信州に旅行に行った。旅行の最終日、関東へ向かう電車に乗ったところ、ある青年と隣り合わせた。同い年のY君という人で、彼は関西地方から来ていた旅行者だった。
乗った車両で、たまたま隣に座っただけの仲であるが、Y君は積極的に私に話しかけてきた。各駅停車の旅だったため、途中、何度か乗り換えたのだが、Y君はずっと私についてきた。一人になりたくて、乗り換えのときにY君を振り切ろうとしてみたが、彼は電車の中をくまなく探し、「あ! いたいた!」と言って私の隣に座ってきた。
そして、いよいよ別方向の電車に乗ることになった。Y君は、
「電話番号を交換しよう!」
といって、メモ帳に自宅の電話番号を書いて私に渡した。私も渡した。
「これからは密に連絡をとりあおう!」
彼は私の顔を直視して、そう言った。
家に着いてしばらく経つと、Y君から電話がかかってきた。
「最近どう?」
などといった、日常会話だった。一週間に一回ぐらいの割合で、Y君から電話がかかってきた。
Y君と知り合って一ヶ月経った頃だろうか、ついにY君から怒りの電話がかかってきた。興奮しながらY君は、こんなことを私にぶつけてきた。
「いつもいつも、俺(Y)からばっかり電話をしている! 俺たちは親友なんだから、二条からもかけてくるべきじゃないか! どうして二条は俺に電話をかけてこないんだ! いつも待っているのに!」
……正直、絶句した。二時間ほど電車で一緒になっただけなのに、どうして我々が「親友」なのか(彼はたしかに「親友」という言葉をつかった)。
敏感な人なら、乗り換えの際に違う車両に私が乗ったり、こちらから電話をしないことから、友愛の情がないことを感じ取るはずである。だが、Y君はそれができなかった。
彼が友情に飢えていることは間違いなかった。
電車の中で、彼はこんなことを言っていた。
「職場の人にはお土産は買わなかったんだ。買っても効果がないから」
「効果」というのは、お土産をあげても期待したような友情は築けないという意味なのだろう(私の勘だが)。私も一時期、旅行のお土産を買うことによって、友達をつくろうしたことがある。お土産をあげるのに「効果」を狙うということが、彼の孤独さを示しているようだった。
私はY君とは友達になりたくなかった。人間的魅力を感じなかったこともあるが、なにより、その友情にがっついた姿勢がイヤだった。正直、見苦しいとさえ感じた。私の内面にもY君とまったく同じものがあったが、私はなんとかこらえている。だが、Y君はそれを正直に露呈してしまっている。それがなんだか、浅ましく思えたのだ。
「俺たちは友達でもなんでもないんだから、電話なんてしなくてもいいじゃないか」
電話口で私がそういうと、彼はあきらめたような口調で、
「……そうか……わかった」
とだけ言った。それ以降、Y君から電話はかかってこなくなった。
彼は今でも「密に連絡をとる相手」を探しているのだろうか。
もう少し優しくしておけばよかったかな、とも思うが、実際にY君とまた会ったら、やはり私は冷たい態度をとるのだろう。
5月 15th, 2013 at 1:18 PM
勇気ある行動ですね。電話番号を教えるとは。
私もカフェの常連さんに電話番号を教えてもらったこと二回あるのですが、私は教えませんでした(笑)
最初は会うたびに怒った口調で電話下さい!って言われたんですが。
しばらくそのカフェには行かず、違うカフェに行ってました。
半年後に同じカフェに行って、偶然会ったのですが、あいさつはするものの会話はありません。
その方がいいと思い、あいさつだけに留めていたら、それが返って良かったのか、以後疎遠にもならず会話がない視線だけで通りすぎています。やっぱりあのとき、半年会わずにいたのが正解だったのかな。冷戦状態だけは避けて通りました。相手にも私の気持ちが通じたようです。
もしあのとき、電話番号を教えていたら喧嘩になって事件に発生していたかも。同じ駅の人なので。
でも二条さんは遠距離の人でよかったですね。近くの人だと会うと気まずくなりますよ。
5月 15th, 2013 at 8:09 PM
今回のお話、二条さんがそう言う状況を引き寄せてしまう確率が100だとしたら、私も指数で60-70有りますね。。感想も、対処方法も、二条さんとだいたい同じような結果だったと思います。
(おこがましい言い方ですが、魅力高い人は、俺の所になかなか近寄ってこず、社会で弾かれたような属性の人が、空き家に見える俺の所に寄ってくるんだろうな、、と皮肉にも思っていました。)
うーん、厳しい。
5月 15th, 2013 at 9:22 PM
こんにちは。
私も似たような人達に遭遇したことがあります。
たいした精神交流も無い、または出会ってからすごく日が浅いのに、親友であるかのように接して来るんですよね。
こういう接し方をしてくる人達に共通していた点はやはり友達がいたことがない、または周りから嫌われ孤立していて、自分はいい人だから嫌われる要素が一つも無いと、信じて疑わないところでした。
だから、なぜ自分が嫌われたり拒まれたりするのか理解出来ないみたいでした。
そしてはやり「どうして(遊びに)誘ってくれないの?連絡もくれないの?」と付きまとっていた対象を責めていましたね…。
私は「自分は多くの人には好かれない、第一印象も良くない」という前提で生きているので「どうして〇〇してくれないのか」とか絶対聞けないです。そんな状況になる前に普通に気付くからというのもありますが、ものすごい身の程知らずと思わるのが嫌で言えません…。
よほど自分に自信がないと言えない言葉のような気がするんですよね…。
少々脱線しましたが、こういう人達は二条さんのようにはっきり言葉にしないといつまでもつきまとうので、二条さんのとった行動は正解だったと思いますよ。
5月 15th, 2013 at 10:34 PM
こうゆう人はいますよ。
私はほとんど旅には行きませんから経験がないですが、旅好きな人なら数回ぐらいこういった態度をとる人に出会ったことがあるのも疑問には思いません。親はこうゆう人に何回か出会っていると話に聞きました。
少し話しただけで「友達」「親友」だといってくる。旅先から絵葉書を送ってくる。など
でもこちらが反応をしめさなければ自然と交流は途絶えます。そこらへんの対応のされ方は、こうゆう人はよくわかっているのではないでしょうか。こちらが思っている親友、友達とは違う感覚をもっているようにも思えますが、私はこうゆう人は「あえて」友達、親友といっているだけで、言葉の意味とおりにはその人本人でも考えていないと思います。会話でそういうだけで。
こちらが友達になりたくないと思えば、返事をしなければいいですし、友達になりたければ、対応していけばいいのではないか。そんな風に思いました。
わたしなら、連絡先は教えないと思いますが。
5月 16th, 2013 at 9:14 PM
こんにちは。
旅での出会いは、その時はいい思い出となりますが、そのあとは数回やりとりしたら、自然消滅にいたることが多いはずですよね。おそらく、その青年は、その時、あまり真の友達がいなかったのでしょうね。
でも、まあ普通、「友達でもなんでもない」と言われたら、逆ギレして捨て言葉でもいうものだと思うのですが、「……そうか……わかった」で、連絡が来なくなったということは、そこまで悪い子でなかったんですね。
彼も、自分に何が足りないのか、何で相手から電話してもらう気になってくれないのか、分かる時期がきているといいですね。今はどんな大人になっているでしょうね。
5月 18th, 2013 at 11:10 PM
あいさん
本当は教えたくなかったのですが、相手が教えてくれたので、「俺は教えたくない」とは言えず、つい教えてしまいました。こういうときって、なかなか断れないんですよね。
あいさんのカフェの話も、なんだか苦しいですね。相手から「電話ちょうだい!」と責められるのは、つらいと思います。
近くの人だったら、ホント気まずいですよね。。。
5月 18th, 2013 at 11:11 PM
kyotosometimeさん
kyotoさんも私と似たような感じですか。つらいですね。
魅力高い人は寄って来ず……というのは、とてもよく分かります。
どうしてなんでしょうねえ……?
5月 18th, 2013 at 11:13 PM
夜桜さん
こんにちは。
夜桜さんの分析は当たっていると思います。友達がいない人は、こういう態度をとりがちなようですね。
たしかに、つきまとわれるよりは、ああやってきつく言ったほうが正解だったと思います。
もうちょっと言葉を選べば良かったかな、とも思いますが……。
5月 18th, 2013 at 11:15 PM
あいささん
こちらが反応を示さないのが大事なんですね。分かります。連絡先を教えないに越したことはありませんが、なりゆきというのもあるので、難しいですね。
5月 18th, 2013 at 11:16 PM
さやかさん
こんにちは。
そうですね。普通は自然消滅するものですね。彼が孤独だったのは間違いなく、そのぶん、彼は「親密な友達」を求めていたようです。でもさやかさんの言う通り、悪い人でもなかったようです。
Y君、どういう社会人になっているんだろう。たしかに、気になります。