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ある夜の夢
ダイジェスト版とwsb版との繋ぎの部分です。
キラキラと輝く日の光が湖面に反射して眩しい。私は服を脱ぎ捨てて、目の前に広がる湖に飛び込んだ。冷たくて気持ちがいい。誰もいない森の奥は、静かでとても心地が良い。
たまにはひとりで、こうやって羽を伸ばすことも必要だ。私はのんびりと水面に浮かび上がり、体をゆったりと伸ばした。
そのとき、岸辺の方から何者かの気配がした。私はすぐに体を起こし、目の前に突然現れた人影を睨みつけた。
そこにいたのは、真っ白い馬を連れたひとりの男だった。男は白銀の鎧を身に付け、スカイブルーの瞳を見開いている。
まさかこんな森の奥で誰かに出くわすとは思っていなかったのだろう。
私は瞬きもせずに、目の前の男のスカイブルーの瞳を見つめる。とても美しい色だ。まるで自らが光を放っているかのように眩い。
彼の目を見た瞬間、私はそれを手に入れたいと思ってしまった。いつまでもその瞳を見つめていたいし、彼にずっと私を見つめていて欲しい。それが叶うなら、きっと私はどんな事でもするだろう。
私の願いが聞き届けられたかのように、男は私を見つめ返している。限界まで見開かれた瞳はまん丸で、今にもポロリとこぼれ落ちてしまいそうだ。
しかし、男は急に私から視線をそらして顔をうつむかせた。ただ驚くばかりだった彼の顔に、戸惑いと羞恥の色が浮かんでいる。
私はようやく、自分が何も身に纏っていないことに気が付いた。そういえば、水浴びの途中だったことを思い出した。
「す、すまない。まさか、こんな所で人に会うとは思わなくて……」
男は真っ赤に染まった顔でそう言うと、くるりと後ろを向いてしまった。どうやら、そのまま立ち去るつもりらしい。
「待って!」
気が付いたら、私の口は勝手に言葉を発していた。水を跳ね飛ばしながら急いで湖から上がり、彼を追いかけてその背中を捕まえる。
「私を、貴方の妻にしてください!」
自分が裸でいることなど、まったく気にならなかった。彼の視線を独占することが出来るなら、もう今後服など着なくてもいいと思った。
たった一目見ただけで、私の心はこの男に奪われていた。だから、私は彼の心を奪いたいと願った。
波風ひとつ立てたことの無い私の心が感じた、生まれて初めて自分でも制御できないほどの気持ちだった。
「あぁ……なんか、変な夢見たなぁ」
目を擦りながら、私はのんびりと身を起こした。朝起きたときに、こんなにはっきりと夢を覚えているのは珍しい。
それに、あの夢の私は私ではなかった。水面に移る髪は似ていたけれど、もっと腰まで届くように長くて、私よりも美人だった。
どうしてあんな夢を見たんだろう。
私はお仕着せのメイド服に着がえながら首を捻る。夢なんて取り留めのないものだけれど、さっきの夢は妙にリアルで生々しかった。冷たいの水の感触まで未だに残っている。
まぁいいか。
私は手早くと用意を終えて、調理場へと向かうことにした。今日は辺境伯に何を作ろう。献立の事を考えながら、私はまず氷室へ向かった。 籠に一杯の食材を詰め込んで調理場に戻ろうとしたそのとき、私の足元を小さいものが横切った気がした。嫌な予感がする。
恐る恐る床を見下ろすと、とんがり帽子を被ったジャックフロストがわらわらとたくさん集まってきていた。黄色い歯を見せて笑う彼らを見て、私の体は凍りついた。まずい。彼らの機嫌を少しでも損なえば氷像にされてしまう。
私はがたがた震えながら、彼らが私に飽きてどこかへ散っていくのを待った。しかし、ジャックフロストの数は増えるばかりで一向に減らない。っていうか、こんなにたくさん住み着いていたのか……。
私を囲んで押し合いへし合いする彼らの中から、ひとりのジャックフロストが前に進み出た。良く見ると、彼だけが口ひげが床に着くほど立派で、帽子の色が違っている。もしかして彼がリーダーなのかな?
「お懐かしい……。お久しぶりでございます」
「え?」
「よくぞまた戻られました。殿下」
ジャックフロストリーダー(仮)は、私に恭しく礼をしてから甲高い笑い声を残して去っていった。彼に続いて、一匹また一匹とフェードアウトしていく。まるで波が引くように彼らは暗がりに消えていき、私の足元には氷付けになった真っ白い花が残されていた。
私はそれを拾い上げた。まるでガラスのような透明な氷の中に、花びらを一杯に開いた可憐な花が閉じ込められている。とても綺麗だけど、一体なんだったのだろう。まさかプレゼント? 良く分からないけれど、彼らと少し親交が深まったと考えていいのだろうか?
私はとりあえず「ありがとうございます」とお礼を述べてそそくさと氷室を後にした。不思議な事に、氷の花は確かに冷たいのに、手の中で解けることはなかった。私はそれをポケットにしまって調理場に向かった。
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