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貴族のお坊ちゃんだけど、世界平和のために勇者のヒロインを奪います 作者:大沢 雅紀
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新人メイド

エレメント
新人メイド、マリア・コールレイの朝は早い。
「マリアさん。朝ですよ!」
メイド長から容赦なくゆり起こされ、マリアは寝ぼけ眼をこすりながらおきた。
「……」
「朝起きたら挨拶なさい。『おはようございます」」
「……『おはようございます』」
低血圧なマリアにとって朝はつらかったが、しぶしぶ挨拶をする。最初にシャイロック家に預けられた時は泣き喚いて反抗したのだったが、メイド長ネリーは厳しく、いくら泣いても容赦しなかった。
軽くビンタされてすくみあがったところに、無理やりメイド服を着せられて仕事を押し付けられる。その仕事をこなさないとご飯も与えられないので、最近ではしぶしぶとマリアは従っていた。
朝起きて顔を洗った後、ノロノロとある倉庫に向かう。
「マリア様、おはようございます」
そこで自分より年下なのに鶏の飼育責任者を任されている、リンというメイドに明るく挨拶されてしまった。
「お、おはようございます」
「はい。それじゃトリさんたちに餌を運んでください。私は水を作りますから」
リンは貴族である自分にも容赦なく仕事を割り振ってくる。仕方なく、マリアは他のメイドたちと一緒に穀物倉庫から重いトリ用の餌をはこんだ。
(はあ……なんでこんなことを……)
重い袋を運びながら、マリアはため息をつく。シャイロック家は以前仕えていたアントワネットと違い、自分のようにか弱い少女にも容赦なく肉体労働を押し付けてきた。
「……しっかりしなさいよ!」
ふらふらになっているマリアに、同じ見習いメイドが声をかけてくる。彼女はジルという名前の同年代の少女だった。奴隷として売られていたのを、シャイロック家がメイドにしたのである。
「私は貴族。なんでこんなことを……」
ぶつぶつ言いながら、餌袋をニワトリの飼育小屋の中に運び込む。
すると、いきなり茶色い影が襲い掛かってきた。
「わっ!」
驚いてマリアは転んでしまい、袋からこぼれた餌みまれになる。
「コケッ!」
次の瞬間、全方向から茶色い影が襲い掛かってきて、全身をつつかれる。
「いたいいたい!あっ、そこだめ!」
半狂乱になって泣き喚く。
「……こら、あっちにいけ!」
気がついたら、目の前に少年がいてトリたちは追い払われていた。
「大丈夫かい?」
「あ、はい。大丈夫です……ひっ!」
差し伸べられた手をとったマリアは、思わず悲鳴を上げる。
ニワトリたちを追い払ってくれたのは、嫌いな少年だったからであった。
「気にしなくていいよ。リン、おはよう」
その少年、リトネはマリアを助け起こした後、別に何を言うでもなくリンのところに行く。
「お兄ちゃん。おはよう。見て見て、トリさんたち、こんなに卵を産んでくれたんだよ!」
「そうか。よかったな」
リトネはやさしくリンの頭を撫で、リンはとびっきりの笑顔を浮かべていた。
「うう……リン様。うらやましい。リトネ様にあんなにナデナデされて」
隣でジルは指をくわえてうらやましそうに見ているが、マリアはじっとリトネをにらんでいる。
(……私はだまされません。あいつはアントワネット様を苛めたイーグルの孫。あんな顔をしていても、きっと悪いことを企んでいるに違いありません)
マリアはじっとリトネを警戒し続けるのだった。

朝食を食べ終わった後、マリアとジルはナディの倉庫に向かう。
そろそろ春だというのに、まだ外は寒かった。
「寒いですね……」
マリアは外の寒さに震える。エレメントも決して寒い土地ではないのだが、あいにく、その日は寒々とした曇り空だった。南国であるポムペイ育ちの彼女にとっては寒く感じる。
「……ふん。なによこの程度。私の故郷に比べれば……」
ジルは寒さに縮まるマリアを冷たい目で見ていた。
それを無視して、マリアは考え込む。
「もっとお日様が照ってくれればいいんですけどね……あっ。なんとかできるかも。「集光(コンセントレーション)」」
マリアは杖を掲げて、自分に光を集める。すると、ほどよく温まってきた。
「あったかい。幸せ~」
「……本当に貴族のお嬢様は軟弱なんだから。ほら、いくわよ」
ジルに手を引っ張られて、ナディ商会の倉庫に到着する。
扉を開けた瞬間、外とは比べ物にならない冷気が襲い掛かってきた。
「ひやっ!冷たい」
マリアは寒そうに体を縮めるが、ジルは平気な顔をしている。
「……二人とも、おはよう。今日はお魚屋さんが来るから、この場所に案内して」
自分と同じ年なのに、起業して大きな商会を立ち上げているナディという少女が仕事を割り振ってくる。彼女が所有する倉庫は、いつの間にか5つまで増えていた。
「……寒い……なんで貴族の私がこんなことを……」
「ぶつくさ言わないで!あなたが怠けていると、私まで怒られるんだから!」
マリアは容赦なく寒い冷凍倉庫に入れられ、やってくる業者の相手をさせられる。思わず愚痴がこぼれるが、ジルに怒られてしまった。
「はくしゅん!!!!!!!」
あまりの寒さにマリアはくしゃみをして、鼻をすする。
「もう耐えられない。『集光』」
外に出ては光を集め、体を温める。
そんなことを何回も続けていると、急に目の前が白くなって、意識が朦朧としてきた。
「あ、あら?」
ふらっと倒れそうになると、誰かに抱きかかえられる。
「大丈夫かい?」
「は、はい。大丈夫……げっ」
思わずマリアは声を上げる。自分をお姫様抱っこしたのは、またまた嫌いな少年だった。
「体調悪くなったみたいだね。ごめん、ナディを呼んでくれるかな?」
「は、はい。すぐにお呼びします」
あわててジルはナディの元に走っていく。それを見送ると、リトネはマリアに問いかけた。
「もしかして、君は朝起きるのが辛かったりするかい?」
「あっ、その……はい」
そう聞かれて、思わず素直に返事をしてしまう。
「おそらく、君は低血圧なんだろう。そういう人は、温かい場所と寒い場所を往復すると、血圧が上下してふらついたりすることがよくあるんだ。気をつけないとね」
「は、はい……」
マリアは注意され、俯いてしまう。
「あ、あの。もう大丈夫です。降ろしてください」
マリアがそういうと、リトネは優しくマリアをおろす。
しばらくすると、ジルがナディを連れてきた。
真っ青な顔をしたマリアをみると、ナディは労わってくる。
「……辛いの?」
「は、はい」
「彼女はね。低血圧という体質でね……」
リトネが説明すると、ナディはうなずいた。
「……仕方ない。なら、リトルレットを手伝って。ジル、お願い」
「わかりました。ほら、いくわよ!」
ジルに手を引っ張られ、マリアはリトルレットの工場に連れて行かれた。

「マリアちゃんとジルちゃんだね。いらっしゃい」
汚れた白衣を着たリトルレットは、にこにこと二人を迎える。
周囲にはガチムチのドワーフや、難しい顔をしたリリパットたちが沢山いたので、人見知りするマリアは怯えてしまった。
「あ、あの……何をすればいいんでしょうか?」
「えっと……たしかマリアちゃんは光の魔法が使えるんだったよね」
リトルレットはマリアをジロジロと見つめる。
「は、はい。ほんのちょっとですけど……」
「いや~助かるよ。光属性の魔力もちって数少ないから。こっちに来て」
リトルレットに連れられて、妙なガラス瓶が沢山ある場所に座らされる。
「あの……これは?」
「リトネ君が召喚した、異世界で捨てられている『デンキュウ』というものを再利用したものだよ。このガラス瓶の中に、ちっちゃい魔石を入れて……」
リトルレットがガラス瓶と砂粒ほどの魔石が入っている台座を見せる。
「この石に光の魔力を込めて。そうして組み立てると……」
ガラス瓶を台座にセットすると、明るく輝き始めた。
「すごい……」
「綺麗ですね」
二人とも、初めて見る美しい輝きに見とれていた。
「マリアちゃんは光の魔石に魔力を込めて。ジルちゃんは組み立てをお願い。えっと、取り付けるときに気をつけるのは……」
「リトルレット様。失礼します。この数値に異常が……」
説明の途中で、ドワーフの部下があわてた様子で近寄ってくる。
「え?何?大変だ!ちょっと待っててね!」
そういうと、リトルレットは忙しそうに去っていった。
「……」
残された二人は放置されてしまう。そのまま一時間ほどたっても、誰も何も言ってこなかった。
「退屈ですね……」
「待つのも仕事のうちでしょ」
そのまま座っていて、だんだん退屈してきたマリアがつぶやくが、ジルにたしなめられてしまう。
「ちょっと、やってみましょうか」
「え?余計なことはしないほうが!」
ジルはそう止めるが、マリアは手を伸ばして魔石を手に取った。
「うん、魔力を込めればいいんですよね……」
マリアは目の前にある、沢山の小さな魔石に魔力を放つ。
ちょうどその時、リトルレットが戻ってきた。
「二人とも、ごめん……って、何しているの!すぐ止めて!」
「えっ?」
あせったリトルレットがマリアを止めようとしたが、もう手遅れである。
マリアの強大な魔力を吸った小さな魔石達は、限界値を超えて膨れ上がる。
「こ、これは?」
「魔石は魔力を吸いすぎると、爆発してしまうんだよ!みんな、逃げて!!!!!!!!!!」
リトルレットの大声に、あわてて工場にいた人間は地面に伏せる。
「もうだめ!」
マリアが目をつぶった瞬間、ドーンという大きな音がして、魔石が爆発してしまった。

「えっ?」
マリアが目を開けると、自分の前にたくましい男がいた。筋肉ムキムキでパンツ一丁である。
「き、きゃーーーーー!」
初めてみる男の半裸に、マリアは目を覆って悲鳴を上げてしまった。
「危なかったね。大丈夫だった?」
そういって振り返る男は、筋肉ムキムキだったが、顔だけはよく知っていた。
またまた彼女の嫌いな少年、リトネである。
「ひ、ひっ」
「怪我はないかな?」
筋肉が迫ってくるが、その前に誰かが抱きついてきた。
「だ、大丈夫だった?」
マリアを心配してきたのは、リトルレットである。
「え、ええ。大丈夫です。え、でも何で……」
彼女に抱きつかれ、マリアははっとなる。目の前で魔石が爆発したのに、傷一つついてなかった。
「リトネ君、ありがとう。キミがかばってくれたんだね」
リトルレットが礼を言う。はっとしてマリアがリトネを見ると、彼の体の表面に無数の破片が突き刺さっていた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
思わず心配してしまうが、リトネは余裕顔である。
「ああ、大丈夫だよ。『剛竜体』で防いだから」
そういって、リトネはガッツポーズを決めた。
「リトネ様、すごいです……」
ジルはあこがれのこもった目で見つめるが、リトルレットは冷たい目で見つめる。
「よかった。ところでリトネ君、もうそろそろ元に戻りなよ。女の子の前でその格好は、変態そのものだよ」
「へ、変態って……」
リトネは『剛竜体』を解く。彼の体に突き刺さっていたガラスの破片が、ポロポロとこぼれた。
滅茶苦茶になった魔石式光球製作エリアを見渡して、リトルレットはため息をつく。
「あーあ。これじゃしばらく作れないね。しょうがないな。ジルとマリアちゃんは、トーラを手伝っていて。後片付けはボクがやっておくから」
リトルレットにそういわれて、マリアは申し訳ない気持ちになる。
「あ、あの。壊してごめんなさい」
「あはは。いいよ。気にしないで」
リトルレットはにっこりと笑って、手をひらひらと振る。
その様子を、ジルは嫉妬のこもった目で見つめていた。
(なんでマリアばっかり……そりゃ、私は奴隷でマリアは貴族だから身分が違うけど、だからといってリトネ様にこんなに守られて……)
嫉妬したジルは、乱暴にマリアの手をとる。
「ほら、いくわよ!」
ジルに手を引っ張られ、マリアはトーラがいる城の裏庭に向かう。
「……不安だなぁ……」
そしてリトネも、さりげなく後をついていくのだった。

トーラの事務所
城の裏庭に何台ものトラックが停まっていて、ひげ面のおじさんたちが屯している。
タバコの煙がもうもうと舞いあがっている男くさい場所が、トーラの作った「アッシリア商会」の事務所だった。
そこに可愛らしい二人のメイドがやってくる。
「あ、あの、マリアです。よろしくお願いします」
「ジルです。お願いします」
マリアはおどおどと、ジルは明るくはきはきと挨拶する。
そこにいた髯もじゃの男たちは、可愛らしいメイドを見て相好を崩した。
「おっ。かわいいお嬢ちゃんだなぁ」
「俺たちの仕事を手伝ってくれるんだって」
男たちは好奇心を露にして、頭を撫でようとしたり、メイド服をひっぱったりする。
「ひっ。いやぁ!」
マリアは怯えて、思わず叫び声を上げてしまった。
「あんたら、余計なちょっかい出してんじゃないよ。さっさと配達にいきな!」
そこにトーラが現れて、男たちを一喝した。
「姫御~ちょっとくらいお話してもいいじゃありませんか」
「ああ。この職場は給料はいいけど、女っけがねえからなぁ。シャイロック家のメイドさんたちはなんでかここに近寄ってこないから、遠くから見ているだけだったし」
男たちがブーブーと不満を漏らすが、トーラに尻を蹴飛ばされる。
「お前ら、女っ気がないはどういうことだ。あたいがいるだろうが!」
「いや……姫御はどちらかといえば、男前なんで……」
「なんだと!」
トーラは怒って拳を振り上げる。荒くれ男たちは慌ててトラックに乗って出て行った。
そして、すまなそうに二人を振り返る。
「すまねえな。悪いやつらじゃねえんだが、何せ男ばっかりだからな。可愛いメイドがいたら、ちょっかいを出したがるんだ。怖かったか?」
「いえ、平気です。おもしろそうなおじさんたちですし」
ジルはケロッとしているが、マリアは野卑な雰囲気があわないのかブルブルと震えている。
それを見て、トーラはため息をついた。
(うーん。事務仕事を手伝ってもらおうかと思っていたが、この様子じゃここの雰囲気に会いそうにないか。外の仕事を任せようにも、リトネからはなるべく城外に出さないように頼まれているし。マリアにできそうな仕事……そうだ)
トーラはぴったりの仕事を思いつく。
「二人とも、外にいくぞ。今からあんたたちに任せる仕事の説明をするから」
トーラは二人をつれて、中庭にいく。そこには魔石が組み込まれた自転車があった。
「え?これはなんですか?」
ジルとマリアはそれを見て、目を瞬かせる。
「リトルレットの姉さんが改良した、「雷石動自転車」さ。こうやって乗ると、坂道でもスイスイと動けるんだ」
トーラが目の前で乗ってみせる。
「さ、二人ともやってみな」
そういわれて、恐る恐る乗ってみる。補助輪がついているので意外と安定しており、ペダルと漕ぐと少しの力で前に進んだ。
「あはは、面白いです」
マリアは気に入ったのか、笑顔を浮かべて自転車に乗っている。
「お前らには、城内での書類運びを頼みたい。執務室から出る指令書や報告書を運んで、サインをもらって担当部署に届ける仕事だ。やってくれるよな」
「はい」
「がんばります」
二人は元気よくうなずくのだった。

「あはは。気持ちいい」
「早いですね」
マリアとジルは快調に自転車を走らせ、城の各部署を回っていく。
「お疲れさん。これが今日の日誌だよ。執務室に届けてくれ。これをあげよう」
騎士団を統括する将軍から書類を受け取るとき、飴をもらう。
「これが今日の売り上げの記録だよ。ご苦労さん。これはごほうびだ」
食堂では売上帳を受け取り、同時に売れ残りのハチミツパンももらう。
こんな感じで各部署を回っていった。
「みんな、優しいなあ。でも、太っちゃうかも」
あちこちでもらったお菓子で、二人のポケットはいっぱいである。
ホクホク顔で執務室に向かって走っていると、内堀近くに来た。
「わあ、お魚さんがいます」
自転車を止めて、マリアが堀を覗き込む。満々と水をたたえた堀の中には、色とりどりの鯉が泳いでいた。
「きれい……でも、みているとムズムズします。釣りをしたくなっちゃう」
マリアはそうつぶやく。幼いころ港町ポムペイで育った彼女は、父や姉に連れられてよく釣りにいったのである。
「マリア、だめよ。その魚は飼っているんだから!」
「わ、わかっています。ほら、そろそろ行きましょう」
そういって自転車に乗ったとき、いきなり突風が吹き込んでくる。
「きゃっ!」
風に煽られたマリアはバランスをくずし、堀へとハンドルを切ってしまった。
「あぶない!」
思わずジルは目を閉じてしまう。
マリアはそのまま深い堀に落下してしまうかと思われたが、その前にふわっと誰かに抱きかかえられた。
「え、え?」
混乱するマリアが上を見上げると、またまたまた嫌いな少年の顔がある。
「危なかったね。『虚竜拳』」
リトネはまるで重さが存在しないかのように、平然と水面に立っていた。自転車は堀に沈んだのに、二人は水にぬれてもいない。
「す、すごい。リトネ様って、まるで超人みたい……」
マリアを抱きかかえながら水の上にたつリトネを、ジルはうっとりと見つめる。
リトネは苦笑して、マリアを抱いたままジャンプして地面に降り立った。
「リトネ様、ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
礼を言ってくる二人に、リトネは笑いかける。
「いいよ。でもこのあたりは急に風が吹くことがあるから気をつけてね。えっと、これが今日の書類かな?」
リトネは地面に散らばった書類を拾い集める。
「す、すいません。御曹司様であるリトネさまにこんなことをさせて!」
「ああ。いいよ。よし、これで今日の書類は全部だね。ご苦労様」
リトネは書類を受け取り、去っていく。
「……素敵……」
ジルはその後姿を憧れの目で見送り、マリアは複雑な顔をしていた。
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