給料の渡しかた。

水商売の店で働いていたときのことだ。そこは、給料は振り込みではなく、現金の入った給料袋を手渡しするやりかただった。ママと呼ばれる女性が経営者で、彼女から毎月給料袋を手渡されるのだ。

……だが、実際は給料は手渡されなかった。給料はもらったけど、手渡されなかったのだ。どういうことかというと、ママは給料日になると、給料袋を持ってきて、

「テーブルの上に給料を置いておきます」

といって、テーブルの上に置きっぱなしにして帰っていくのだ。その店には二年だか三年だか、かなり長くいたけど、ママは一度として給料袋を手渡ししてくれなかった。いつだって「ここに置いておきます」だったのだ。

私がそこにいるのだから、

「ごくろうさま」

と言って給料袋を手渡せば済む話だ。それなのに、帰り際になって必ず「ここに置いておきます」と言い残して帰っていくのだ。最初不思議に思ったが、やがて私はこう解釈した。

(ママは本当は自分に給料を渡したくないんだ。ママはきっとこう思っている。「あたし、本当は淳也に給料あげたくないのよね。働き悪いから」)

……この解釈は案外当たっていたのではないか。ママはこう思っていたからこそ、給料をテーブルに放置するというやりかたで賃金を置いていったのではないか。常識的に考えれば、給料袋は手渡すのが普通だ。二年も三年もそうせず、給料をテーブルに置くというのは、私の働きぶりに対する何らかの批判が込められているのではないか。そう感じたのだ。

他の従業員に給料を渡しているところを見たことがないから、なんともいえない。もしかしたら、他の従業員にも同じ渡しかたをしていたのかもしれないし、(私の予想通り)私にだけ、「ここに置いておきます」だったのかもしれない。どちらにせよ、一ヶ月必死に働いて、待ち焦がれていた給料がこの渡しかたでは、気持ち良くない。

「淳ちゃん、給料、ここに置いておきます」

と言われるたびに、不快感を感じた。ママからは合計すると、かなり多額の給料をもらったが、どうしても感謝の念を感じることができないのは、この渡しかただったからだ。

一度でいいから、

「ごくろうさまでした」

と手渡しでもらいたかったなあ。

4 Responses to “給料の渡しかた。”

  1. ととり Says:

    二条さんは本当に色々な仕事をしていたんですね。毎回、驚かされます。
    確かにお給料は「手渡し+感謝の一言」が常識だと思います。でもこの世の中、こんだけ人間がいることだし、常識外の人は沢山いるのも現実ですね。私が思うに、ママは、二条さんへ・・というより、従業員へ・・という感じだったのではないでしょうか。上手い表現ができないのですが、自分のお店で働いてもらっているというより、働かせてあげている・・的な感覚をもっていたのではないでしょうか。
    あとは、いちいち一言言って渡すことが面倒だったとか。
    まぁ、どちらにしても、その人は経営者として人格的にふさわしくない人だった・・とも言えますね。

  2. kyotosometimes Says:

    二条さんの人生物語には、ほんとに一風変わった人がよく登場しますね。

    これが全部小説なら、程好いネタになってくるんでしょうけど。。。

    深夜に失礼しました。

  3. 二条淳也 Says:

    ととりさん

    ととりさんのおっしゃるとおり、「あたしがつかってあげてる」という姿勢でしたね、あのママは。「拾ってあげた」という意識もあったようです。

    夜の世界では、甘えん坊の女性が多く、ママもそんな人でした。

  4. 二条淳也 Says:

    kyotosometimesさん

    ホント、変わった人に沢山であってきました。まあ、私も変わり者のうちの一人ですが。

    それにしても、かなり遅くまで起きてるんですね。

Leave a Reply