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アベル来訪
応接室
リトネに呼ばれて、テリアが入ってくる。
「リトネ様、この度は妹が失礼なことを言ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」
頭を下げるテリアに、リトネも慌てて返す。
「いえ。元はといえば、マリアさんの気持ちも考えずに婚約者にと迫った私の方に非があります。マリアさんにリトネが謝っていたとお伝えください」
深く頭を下げるリトネに、テリアは好感を持った。
「申し訳ありませんが、妹を説得するのに少しお時間をいただけないかと……」
「いや。トーラから聞きました。マリアさんはすでに好きな人がいるとか。無理に婚約を押し付けても嫌われるだけでしょう。婚約の申し出は撤回させていただきます」
それを聞いて、テリアは意外な思いをした。
「しかし、あなたの婚約者にならないと、妹は世界を破滅に導く悪女になるというのは……」
「トーラから話を聞いたのですか?テリア様は女神の予言を信じていただけるのでしょうか?」
リトネは真剣な目を向けてくるので、正直テリアは困ってしまった。
「……正直な所、判断できかねます。あのやさしい妹が悪女になるというのもそうですし、アントワネット様も優しい御婦人でした。その息子が邪悪な勇者になるというのも……信じられません」
「彼らは個人としては、自分に親しい人間には優しいのかもしれません。ですが、それだけで政治ができるわけではありません。例えば、今のマリアさんに、ポムペイ領を治めることができるでしょうか?」
「……いえ、出来ないでしょう」
テリアは下を向いて、リトネの言っていることを認める。
「……マリアさんを責めているわけではないのです。まだ起こってもないことですから。でも、アベルに好意を持っているというのはまずい。私はもしアベルが暴君となった場合、やつを討たねばならない立場です。その時マリアさんがアベルの隣にいたら、確実に巻き込まれるでしょう」
「……では、どうすれば……」
もはやテリアには、どうしたらいいか分からなかった。
「マリアさんは以前アントワネット銅爵夫人に仕えていたんですよね」
「え、ええ。二年ほどですが……」
「ならば、メイドの経験があるということですね。それなら、マリアさんを婚約者ではなく、メイドとしてシャイロック家にお預け願えませんでしょうか?」
意外な言葉に、テリアは困惑する。
「え?どういうことでしょうか?」
「幸い、魔皇帝ダークカイザーが現れるまで、あと5年ほど時間があります。その間、シャイロック家に仕えてもらい、我が婚約者たちの仕事を手伝ってもらうことを通じて、経済の勉強をしてもらいたいと思います。そうすれば、もし勇者の妻となっても彼を唆す無知な悪女にならないようにすることができるかもしれません。そして、むしろ勇者をよい方向に導く王妃になってもらえれば、世界は魔皇帝が滅んだ時点で救われるでしょう」
自分でも甘いと思いながら、リトネはそう提案する。
しかし、まだアベルもマリアも子供である。婚約者たちが経済の勉強をすることでビッチになる未来から救われたのだったら、彼らも変わる可能性があった。勇者が暴君ではなく名君になれば、自分も反乱など起こす必要はなく、平和に大貴族として生きていけるのである。
「……わかりました。マリアをお預けいたします。不出来な妹ですが、りっばな人間になれるようにお願いします」
テリアはそういって、再び頭を下げるのだった。
次の日
「嫌っ!お姉さま、私を見捨てるのですか?」
シャイロック城の玄関前で泣き叫ぶマリアがいる。テリアは胸が痛みながらも、心を鬼にして突き放した。
「マリア、あなたはこのままでは駄目になってしまいます。王都から帰って以後、ずっと部屋にこもって泣いてばかり。今までは甘やかしていましたが、これ以上看過出来ません。シャイロック家に奉公して、貴族として為すべきことを学びなさい」
テリアはそういって、リトネの婚約者たちに頼み込む。
「どうか、わが妹をよろしくお願いします」
本当に妹の身を案じている様子が伝わってきて、彼女たちも安心させるように笑顔を浮かべた。
「はい。一緒にトリさんたちのお世話をします」
「……任せて。リトネに教わったように、商売のイロハを叩き込む」
「マリアちゃん光魔法を使えるんだよね。対魔皇帝ダークカイザーの兵器開発に協力してもらおう」
「まかせなっ!甘えきった根性を武道で叩きなおしてやるぜ」
それぞれいい笑顔を浮かべるヒロインたち。
「いやっ!」
「そ、それではお願いします」
個性豊かな彼女たちに不安を覚えるものの、テリアは彼女たちに妹の教育を任せてポムペイに戻っていくのだった。
港町ポムペイ
アベルとカエデは、無事ポムペイに到着していた。
「マリアから話は聞いていたけど、綺麗な町だなぁ」
「本当」
観光気分で港町を回る、いくつもの帆船がとまっており、美しい船体を日光に晒していた。
しかし、下町のほうに来ると雰囲気が変わる。
「はいはい、魚が安いよ!」
「ほらほら、荷揚げしたばかりの新鮮さだぜ!」
露天の商人はやかましく騒ぎたて、腕に刺青が入った船員がそこかしこで喧嘩をする。
そして下町全体に生臭いにおいが漂っていた。
「うわっ!なんだこの臭い!」
「くさい!」
貴族育ちの二人は顔を顰めている。こんなところに来たくはなかったが、冒険者ギルドは下町にあるのでどうしょうもなかった。
「早く行こう」
不地理は足早に魚市場を通り抜け、酒場がたちならぶ歓楽街の一角にあるギルドにやっとたどりつくのだった。
冒険者ギルドでは酒場も兼ねているらしく、大勢のガラの悪そうな男女が酒を酌み交わして歓談していた。アベルとカエデは不快そうにちらりと冒険者を見ると、受付に行く。
「ちょっと聞きたいんだが?」
「はいはい。いらっしゃい」
犬族の受付嬢はにこやからアベルを迎えたが、彼が差し出したギルドカードを見ると顔色を変えた。
(えっ……パラディアの町で冒険者たちに暴行?『針の山』での協定破り、アンデス領でのダンジョン荒らし、ヨーホイ村での泥棒容疑で、賞金100アルかかってているお尋ね者?なんでこんな堂々とギルドに来るのかしら……)
相手を刺激しないように、注意して応対する。賞金首の少年と連れの少女は、上から目線で聞いてきた。
「このあたりで勇者の防具の伝説を知らないか?」
「え、ええ?さあ……私はしりません」
必死に笑顔を浮かべながら返す。同時に非常用のサインでギルドマスターに合図した。彼はひとつ頷いて、さりげなくギルドを出て行く。
「とぼけるな!ギルドなら伝説の防具についてもしっているはずだ!」
「そんなことを言われても……本当に知りませんので……」
ギルドの受付嬢は胸倉をつかまれながらも、必死に言い返す。いきなり騒ぎが起こったので、酒場で飲んでいた冒険者からも注目が集まった。
「おっ?何か揉めているな」
「ギルドに喧嘩を売るとは、度胸がある坊ちゃんだぜ。どんどんやれー!」
酔っ払った冒険者たちは、いい酒の肴だとはやし立てる。
馬鹿にされたと感じたアベルは、真っ赤になって剣を抜いた。
「お前たち、僕を馬鹿にしているのか!」
『鋼の剣』を抜いて、冒険者たち迫る。パラディアの町と同じことが起こりかけたとき、いきなりギルドの扉が開いて兵士たちが乱入してきた。
「おとなしくしろ。我々はコールレイ家の警備隊である!」
たくましい兵士が入ってくるなり一喝する。
「コールレイ家の者か。ちょうどいい。勇者であるボクを馬鹿にしたこいつらを……」
「アベルとやら、暴行容疑で手配が回っておる。ひったてい!」
わけが分からない間に、兵士たちによってアベルは縛られてしまった。
「な、なんだ!どういうことだ!」
「これはなんですか!アベル様に失礼な!」
連れの緑色の髪をした少女も怒るが、兵士たちは取り合わない。
「詳しいことは館で聞く。おとなしくしていろ」
こうして、アベルはコールレイ家に捕らわれてしまうのだった。
コールレイ家の館。
ここは役所と警察を兼ねた、街の中心である。
アベルとカエデは無理やりここに連れてこられていた。
取調室で、アベルはコールレイ家の軍を統括している士官に吼える。
「だから、全部言いがかりだ」
年取った士官は、わめくアベルを制して、冷静に取り調べを始めた。
「パラディアの街での冒険者たちへの暴行は?」
「絡まれたから、反撃したまでだ」
「その際に、「鋼の剣」を奪ったとあるが?」
「これは、元々ボクのものだ」
アベルは堂々と主張する。
「ヨーホイ村での泥棒行為は?」
「村を襲った魔物を撃退したんだ。報酬をもらって何が悪い」
アベルはまったく自らの行為を反省することはなかった。
隣の隠し部屋からアベルの様子をうかがっていたテリアは、アベルの実物を見てため息をつく。
「これでは……とても妹を任せられる人物ではありませんわね……」
シャイロック家にマリアを預けてコールレイ領に戻ったテリアは、アベルについて情報を集めた。するとあちこちで犯罪行為を起こして訴えが出ていたのである。
それでポムペイの街に現れたと聞いて兵士を派遣したのだったが、実際にみたアベルはお子様そのもので話にならなかった
「でも、彼はアントワネット銅爵夫人の子供で、セイジツ金爵家の血も引いている。なにより、ルイ国王陛下の隠し子でもある……」
アベルは表向きは正式な姓も決まっていないただの貴族の隠し子だが、その引いている血は尊い。おまけに正当な勇者でもある。テリアはどう対応すればいいか悩んだ末、一つの結論を出した。
(こうなったら、コールレイ家に恨みが向かない形で、追い払いましょう)
そう決めると、アベルを自らの応接室に招くのだった。
応接室
憮然としたアベルが入ってくると、テリアはまず頭を深く下げた。
「私たちの兵士が誤解から失礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした。アベル様ですね。妹マリアからよくあなたのことは聞いています」
「マリアのお姉さん……ですか?」
文句の一つも言ってやろうと思っていたアベルだったが、マリアの姉と聞いて怒りをおさめる。
「ええ。初めまして。テリア・コールレイと申します」
十代後半くらいの年齢の美女テリアはにっこりと笑って、自らの名前を名乗る。その笑顔は少し年上ながら、マリアによく似ていたので、不覚にもアベルはどきりとしてしまった。
隣にいるカエデが不機嫌な顔になる。
「アベルちゃん……」
「わ、わかっているよ。それにテリアさんは僕の伴侶じゃないみたいだ」
ちょっと惜しそうにダイヤを見る。ダイヤは輝いていなかった。
それを聞いて、テリアは内心でほっとする。
(あなたの伴侶なんて、こっちから願い下げですわ。もちろん妹の伴侶としてもね)
そう心の中で毒づきながら、テリアはにこやかに話しかける。
「それで、アベル様はなぜコールレイ領にこられたのですか?」
その問いに、アベルは自信満々に答えた。
「もちろん、我が伴侶マリアを迎えに来たんです。お義姉さん」
なれなれしくお義姉さん呼ばわりしてくるアベルにむっとなるが、抑えて聞き返す。
「伴侶……?」
「ええ。マリアは勇者である僕の伴侶として、魔皇帝を倒す使命があるんです。だから一緒に冒険の旅に出ることを許してください」
アベルはテリアが認めてくれることを疑ってない口調で言い放った。
(……まったく。人の家の娘をなんだと思っているのかしら。現状は正式な貴族でもないただの小僧が、いきなり来て僕の伴侶?危険な冒険の旅にですって?常識というものがないのかしら)
いまさらながら、アベルの自分勝手さに呆れてしまった。
(ちゃんとした地位と経済基盤を持った者が、相手の家の都合も考えた上で、まず婚約者として迎えたいのでどうですかというのならともかく、わけのわからない者が幸せにするから連れて行きたいだなんて……これでは無法者が娘をさらいに来たのと大差ありませんわ)
改めてリトネとアベルを思い比べて、テリアはため息をつく。大人の価値観から見たら、どう考えてもアベルよりリトネの方が妹の婚約者としてはふさわしく、また実際に幸せにしてくれそうである。
テリアはつくづくマリアをシャイロック家に預けてよかったと思っていた。
(しかし、今までの行動パターンから、相手が言うことを聞かなかったら暴れるでしょうし。仕方ありませんね。考えていたとおり、うまくあしらって追い返しましょう)
テリアはアベルに向き直り、おだやかな口調で言った。
「残念ですが、マリアは今ここにはいません。シャイロック家にご奉公に上がりました」
シャイロック家と聞いて、とたんにアベルは不機嫌になる。
「なぜですか!あんな邪悪な家に!」
アベルが不機嫌な顔をしたので、テリアは考えていた言い訳を話す。
「実は、ポムペイ山に怪しい気配が感じられるので、避難させたのです」
テリアはコールレイ家に伝わる伝説を話す。400年前に生贄を要求して周囲いったいを恐怖に陥れた闇の姫が蘇ると、光の魔力を持つマリアを生贄に要求されるかもしれないのでシャイロック家に逃がしたと聞いて、アベルは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「シャイロック家などに頼らなくても、僕が守ってあげたのに……」
「仕方ありませんわ。貴方が来るなんて思いもしなかったのですから」
抜け抜けと言い放つテリアを憎らしげに見つめるが、アベルは何も言い返せなかった。
それでも何か思いついて、傲慢に言い放つ。
「なら、僕がその闇の姫とやらを倒せば、マリアを取り返してくれますね?ならば、この勇者アベルにお任せください」
アベルはドンと自分の胸を叩いた。
「さすがアベルちゃん。困っている人を見捨てられない、りっばな勇者だわ」
隣でカエデも褒め称える。
(……まさに勇者病ね。頼まれてもいないのに、勝手に魔物退治なんて。怖いもの知らずもいいところだわ。誰も闇の姫を倒してくれなんて頼んでないのに)
テリアは内心であきれる。400年前も前の伝説であまり詳しくは伝わってなかったが、闇の姫は勇者アルテミックでも倒せずに封印するしかなかった最強クラスの魔物である。目の前の未熟な勇者に倒せるとは到底思えなかった。
「ですが、ポムペイ山の封印は誰も解けませんよ」
「任せてください。僕はアルテミックの正統後継者ですから」
自信満々に言い放つアベルを見て、さすがにテリアも不安になってきた。
「あ。あの。無理に戦わなくていいですから、封印を破られると、その……」
「大丈夫ですよ。それじゃ、カエデ姉、行こう」
アベルとカエデはさっさと立ち上がって、出て行く。
言い訳にポムペイ山の伝説を使ったことを少し後悔しながら、テリアはその後姿を見送るのだった。

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