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シャイロック家の接触
「でも……でも……アベル様……」
いつまでもしゃくり続ける妹の説得に、テリアは手を焼く。
「やれやれ。貴方ももう13歳。そろそろ縁談が決まってもおかしくない年なのに。そうだ。そのシャイロック家の御曹司であるリトネ様とかどうかしら?各地で小さな勇者として活躍しているみたいですよ。強くて優しい少年だとか。会ってみたら、印象が変わるんじゃないかしら?」
テリアは冗談で言ってみたのだが、その反応は激しかった。
「いやです!アベル様以外の人なんて!ましてアントワネット様の敵のシャイロックなんて!」
鋭い目で姉を睨み付けてくる。
「じ、冗談ですよ、そもそもうちみたいな小さな家の子なんて、見初められるわけないし……」
「いっていい冗談と悪い冗談があります。出て行ってください!」
マリアは興奮して枕を投げつけてくる。
「マリア、いい加減になさい。いつまでも駄々をこねていると、『闇の姫』の生贄にされてしまいますわよ!」
テリアがそういった途端、マリアの顔が青ざめた。
「ま、まさか、そんな!」
慌てて部屋の窓に駆け寄って外を見るが、窓から見る風景は普段と変わらず日光がさんさんと降り注ぎ、青い空が広がるのどかな港町のままだった。
近くに見えるポムペイ山にも白い雲がかかっているだけで、異常はない。
「お姉さま!何もないではありませんか。闇の姫が目覚めれば、黒い雪が降るはず!」
「冗談ですわ。でも、勇者アルテミックが姫を封印して400年。もしかしたら闇の姫はポムペイ山で虎視眈々と復活の機会を待っているかもしれないのです。あなたがそのような態度を取っていると、いずれ寝ている間に忍び寄ってきて黒い雪であなたを包んで……」
テリアは子供のころのように、コールレイ家に伝わる伝説を話す。
伝説によると、魔族が世界を席巻していた400年前、ポムペイ山一帯は闇の姫の支配する領域だったという。彼女は氷魔法の使い手で、黒い雪を降らして港町ポムペイを苦しめた。そして光魔法が使える魔力の高い娘を人身御供として要求したという。
人々は泣く泣く娘を差し出していたが、ある日伝説の天竜の装備に身を包んだ勇者アルテミックが現れて、闇の姫を倒して娘たちを救ったという。闇の姫は勇者の手袋により魂を封印され、今なおポムペイ山で復活の日を待っているといわれていた。
「いいですか。私たちコールレイ家は、闇の姫を封印しつづける使命があるのです。あなたがそのような態度を取っていると、次に黒い雪が降ったとき、犠牲にされるのは……」
テリアはさらに怖がらせるようなことを告げる。
「もう!私は子供ではありません。テリアお姉さまなんか、嫌い!」
怒ったマリアは癇癪を起こして、手当たり次第に物を投げてくる。
テリアはあわてて妹の部屋から逃げ出した。
「アベル様……」
後には再びベッドに伏せて泣き続けるマリアが残されるのだった。
「まったく……マリアにも困ったものね」
部屋から出たテリアは愚痴るものの、ひとつ頭を振って気分を切り替える。
彼女はコールレイ家の跡継ぎであり、病弱な父親に代わって事実上港町ポムペイを仕切っている立場にあるので、そうそう妹にばかりかまっていられないのだった。
「ええと……次は新しい商会との面会だったわね」
執務室に入ったテリアは、テーブルの上の資料を確認する。この港町に新たな支店を開きたいという商会とのアポが入っていた。
「えっと……ナディ商会?聞いたことないわね。取り扱い品目は氷を使った倉庫業?それにアイスクリームやシャーベットの販売?何のことかしら?」
聞きなれない単語を見て、テリアは首をかしげる。
「なんか怪しいわね……断ろうかしら」
そう思ったテリアは、資料の最後を読んで驚く。
「えっ?代表者はナディ・シャイロック?シャイロックって、あの?」
慌ててテリアは侍女に命じて、予定を繰り上げて商会の使者を招き入れるのだった。
「コールレイ錫爵令嬢テリア様、この度は、お時間をとっていただきまして、誠にございます。私はナディ商会の支配人で、ドロンと申します」
執務室に入ってきたのは、15歳くらいの黒い髪をした美しい少女だった。スカートを開いて完璧な礼を返す。彼女からは闇の魔力が感じられ、かなりの気品も感じられた。少なくともその辺りの平民
とは思えない。
「こ、こちらこそ。シャイロック家にはいつもお世話になっております。おかけになってください」
テリアも慌てて頭を下げ、席に招く。メイドによってお茶が運ばれ、会談が始まった。
「ナディ商会とは、どのような商品をとり扱われるのでしょうか?」
さっそくテリアが切りだす。身分的にはテリアの方が上だが、相手のバックについているのは今をときめくシャイロック家である。内心不安でビクビクとしていた。
ドロンはテリアの不安を和らげるように、穏やかに笑う。
「そうですね。主力は氷を使った倉庫業ですが、ほかにも冷たいお菓子を販売しています」
「氷を使った倉庫業にお菓子ですか?」
テリアは目を白黒させる。目の前の少女が何を言っているのか分からなかった。
しかし、ドロンはすべて承知しているかのように、ゆっくりと説明をする。
「この町にはあいている倉庫はございませんか?」
「そ、それは……めったにないことですが、大漁のときなどに魚を一時的に保管するためのものはございますが……」
「よかった。 まず最初に、そこをお借りしたいと思います」
ドロンはにっこりと笑う。
「それは、ありがたいことではございますが、倉庫などで何をされるのでしょうか?」
「実は、我らがオーナーであるナディ様を初めとして、私たちは氷を作る闇魔法を使うことができます。それを使って、魚を大量に冷凍保存できるのです」
ドロンは噛んで含めるように説明する。
「この町で取れた魚を大量に買取り、冷凍保存して貯蔵しておきます。そして、エレメントまで輸送して販売しようと思っております。ご存知のようにエレメントは内地。魚は珍しいので、高値で売れるのです」
「なるほど……しかし、どうやって運ばれるのですか・馬車で運んでいたら、氷が解けてしまうのではないでしょうか?それに、あまり大量には運べないのでは?」
テリアは疑問に思う。今までは水槽に生きた魚を入れて運んでいたので、少量しか運べなかったのだ。
「その辺りのことも考えております。輸送の手配はアッシリア商会に頼みます」
ドロンの顔には自信があふれていた。
正直テリアには彼女が何を考えているのか分からなかったが、倉庫の手配を頼まれて引き受ける。
この町の経済にとって、魚を大量に買い取ってもらえるというのは望ましい話だったからである。
「それと、アイスクリームを売るための店を出したいのですが、そちらもお願いします」
「……そのアイスクリームというのがよくわからないのですが……」
不安顔になるテリアに、ドロンは何かが入った瓶を差し出す。それはキンキンに冷えており、白いものが入っていた。
「お一つどうぞ。とっても美味しいですよ」
ドロンに言われて、テリアは恐る恐るスプーンですくって口に入れる。すると、なんともいえない冷たい甘みが口いっぱいに広がった。
「こ、これは!」
「いかがですか?これが新しいお菓子『アイスクリーム』です」
ドロンはドヤ顔をして言い放つ。彼女はアイスクリームを広めることこそ自分の使命だと思い、誇りにしていた。
「美味しい……」
あまりの美味しさに、あっという間に完食してしまう。その後、客の前ではしたない姿をみせてしまったことに気づいて赤面した。
「し、失礼しました」
「いいえ。気に入っていただけて嬉しく思います。当商会ではこのお菓子を大々的に売り出そうと考えております。ぜひテリア様にご協力を……」
「わかりました!このお菓子を広めましょう」
テリアはドロンの手をとって協力を約束するのだった。
「このアイスクリームは本当に美味しいですね」
二つ目を完食したテリアが感想をもらす。
「それは「ばにら」というミルクをベースにした味ですが、ほかにも果物の汁をまぜることでいろんな味が楽しめますよ」
テリアとドロンはすっかり打ち解けて、10年来の友のようにアイスクリームについて語りあっていた。
「ええ。食べた人すべてが幸せになれるお菓子だと思います」
そういってから、テリアはハッとする。
「実は、私の妹が最近塞ぎこんでいるのですが、このお菓子を食べさせてあげれば元気になるでしょうか」
「ええ、きっと元気が出ますよ」
こうしてテリアとドロンはマリアの部屋に赴く。
マリアは相変わらず、自室で暗い顔をして沈んでいた。
「マリア、新しいお菓子をもって来ましたよ。一緒に食べましょう」
テリアが優しく誘うが、マリアは首を振る。
「食べたくありません」
「もう……そんなことばかりいって……」
必死に慰めるテリアをよそに、ドロンはマリアの顔をマジマジと見つめていた。
(これは、リトネおぼっちゃんから探すように頼まれていた、最後の一人のヒロインの顔にそっくり)
カバンの中から一枚の絵を取り出して、改めて見比べる。今は泣きはらしているが、そこに書かれている金髪おかっぱの美少女とマリアは良く似ていた。
(この絵にこれだけ似ていて、マリアという名前、まちがいないわ。お坊ちゃまに報告しないと)
ドロンにより、マリアの情報はエレメントにいるリトネに伝えられるのだった。
一週間後
再びポムペイの町を訪れたドロンによって、コールレイ錫爵家に吉報がもたらされる。
「お見合いですか?」
テリアはドロンから、マリアにシャイロック家の御曹司が会いたがっていると聞かされて、腰が抜けるほど驚いていた。
「ええ。マリア様の美しさを伝えたところ、すぐにでも会いたいとおっしゃっていました」
ドロンは笑いながら続ける。
「もしよければ、第四夫人として娶りたいとおっしゃっています」
「そ、そんな。恐れ多いというか……あの、本当ですか?」
「ええ、お坊ちゃまはすぐにもここに会いにきたいとおっしゃっていたのですが……」
ドロンはいったん言葉を切って、クスクス笑いを浮かべる。
「もうすぐ、ある所に修業に行かないといけないので、その準備に忙しくてエレメントを動けないのです。だからマリア様に来ていただきたいとおっしゃっていました」
「はあ……修業ですか……」
貴族のお坊ちゃんには似合わない言葉を聞いて、テリアは微妙な顔になった。
「何といっても、リトネ様はマザードラゴンに勇者アルテミックの後継者として認められた、勇者の伝説を継ぐもの。その修業も過酷なものとなるのです」
ドロンはリトネを尊敬しているらしく、誇らしげに言い放つ。
「お話は大変ありがたいと思いますが、私の一存では決められません。父と妹本人に相談してからになりますが、よろしいでしょうか?」
「ええ。ただ、出来ればなるべく早くお返事をお願いします。リトネ様は一刻も早くマリア様に会いたがっていらっしゃいますから」
ドロンからリトネの手紙を受け取り、テリアは父の元に向かった。
コールレイ錫爵の自室。
そこには、やせ衰えた男がベッドに横になっていた。
「シャイロック家の御曹司が、マリアを娶りたいだと……」
長く病気を患っているコールレイ錫爵が、ベッドから身を起こしてテリアに聞く。
「はい。身元の確かな者が使者として申し出てきました」
テリアはドロンから受け取った手紙を錫爵に渡す。それを読んだ彼は、大きくため息をついた。
「……嘘ではないようだ。いよいよ我が家に手を伸ばしてきたか……」
「お父様、それはどういう事でしょうか?」
それを聞いたテリアが首をかしげる。錫爵はそれに直接答えず、従者に地図を持ってこさせる。それは昨年のものと、最近発行された最新版の二枚で、現在の貴族の領地分布が描かれていた。
「この二つを見比べてみるがよい。シャイロック家の領地が異常に膨張しておる」
「……たしかにそうですわね」
テリアも地図をみて頷く。もともとシャイロック家は大陸西部に根を張る最大の大貴族だったが、近年アッシリア領とアンデス領を加えて西部の重要な地域をほとんど支配していた。
「シャイロック家の領地の周辺を見てみると、北のリリパット銅爵家からは、三人も娘を婚約者として御曹司の元に遣わせたらしい。西のアッシリア家の娘とも婚約した。東のアンデス領もシャイロック家の支配を受け入れていると聞く。次に南の我々を影響下におき、海に出る道を確保しておこうという心積もりだろう」
地図を見せながら説明する。それを聞くうちに、テリアの顔が厳しくなっていった。
「つまり、婚姻とは名ばかりで、我々を支配しようというつもりで?」
「それはわからぬ。それに、実際問題我が錫爵家は弱小貴族じゃ。下手に抗ったらつぶされるかも知れぬ。なんとかうまく利用せねばならぬのだが……。もしマリアが嫁になり、生まれた子供を跡継ぎにするように強制されたら、実質的にのっとられるかもしれん」
「お父様!それはなりません。ならば、私がマリアに代わっていきます」
テリアは自分が人身御供になるという。
「それも駄目だ。マリアではこのコールレイ家を継ぐ器量がない。無理に跡継ぎにしても、潰されるだけだ」
錫爵はベッドの上で弱弱しく笑った。
「ならば、どうすれば?」
「とりあえず、相手から申し込まれた縁談だから交渉の余地はある。家と家との結びつきのことだから、我々も譲れないところはあるとはっきり主張すべきだろう。最低限、マリアの子を我が家の跡継ぎにと強制しないこと、ボムペイ領の独立を保証し、その統治を尊重するといったことがみとめられなければ……ごほっ」
コールレイ錫爵はテリアにこの婚約が成立するための譲れない条件を伝える。
「テリア、後はお前に任せる。大貴族に我ら弱小貴族の意地を見せ付けるのだ」
コールレイ錫爵はそういうと、疲れたようにベッドに横になるのだった。

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