自分で判断する。

以前、職場の人間関係でとても悩んでいたことがあった。ずっと暗い顔をしていたのだろう。そんな私を見て、父は言った。

「何か悩んでいるのか? 父さんに言ってみろ」

私は言った。

「俺はもうガキじゃないから、自分のことは自分で判断する」

私は父に悩みを言うのを断った。そして、「自分の判断」を職場で実行した。

その結果、人間関係はさらに悪化し、結局は辞めるハメになった。

「ガキじゃないから、自分のことは自分で判断する」というのは、私の口癖である。私は自分が人一倍不完全であることを知っているので、それを克服しようと思って、すべてを自分で決めようと心がけている。

いつまでも親に頼っていたくない。困ったことがあっても、自分で困難を乗り越えたい。そう思って、悩み事などがあってもなるべく相談せず、自分で判断するようにしている。

だが、その「判断」はほとんどすべて、間違っている。

私なりに良かれと思ってその判断を下したのだが、その判断は驚くほど見当違いなのだ。私が最良だと思っておこなう行動は、大抵の場合、相手をひどく傷付け、怒らせる。「ガキじゃないんだから、自分で判断する」と言った時、相手はとても感心してくれるが、その結果、事態はさらに悪化しているのだから、口先だけとしか言いようがない。「自分の判断」がどうしてこれほどまでに間違っているのか、不思議なほどである。

私はひきこもりであることをとても気にしているので、せめて内面だけは親から自立したいと思っている。だから自分で判断するようにしているのだが、その判断がほぼすべて間違っていることを考えると、「ガキじゃないんだから」という口癖を言うこともはばかられる。

あるいは、父から子供扱いされたことに腹を立てているだけかもしれない。「父さんに話してみろ」という姿勢に、何らかの反発を感じ、それであんな言葉を言うのかもしれない。

自分で生活費を稼ぐのは無理だから、それを親に頼っている。だけど、人生の困難は自分の力で乗り越えたい。

そう思って、自分で判断するようにしているのだけど、その結果、招くものが他人の怒りや失望なのだから、自分で判断するのが怖くなってくる。

うまく生きていくために、ものごとの判断を親や他人に委ねたほうが良いのだろうか。

4 Responses to “自分で判断する。”

  1. なずな Says:

    私も人のアドバイス通りに行うのが嫌なタイプです。相手に言われるとあえて反対とのことをしてしまう、ということまで。でも、最近、人のアドバイス通りにしたほうが大抵うまくいくということに気づきました。ただし、これはどんな人脈を持っているかにもよりますよね。

    とりあえず、相談はしてみて、方法と決断は自分で、というの時々を試してみたらどうでしょう。文面によると、相談もされていないようなので。相手のアドバイス通りにする必要はないですが、相談した上で自分で選んだ決断には後悔が減るのではないでしょうか。過程よりも、結果を私は重視します。誰にも頼らずに不幸な結果よりも、何にでも頼っても幸福な結果の方を。

  2. 二条淳也 Says:

    なずなさん

    世渡りのうまい人がいて、そんな人からアドバイスをされると、その通りに実行したくなりますが、根が頑固なため、どうしても自分の判断で行動しようとしてしまいます。

    他人の意見に流されたくないという意地もあるので厄介ですね。

  3. こりー Says:

    判断の善し悪しは死ぬまで分からないかもしれないですね。
    本当に大事な判断を委ねてしまうと良い結果が出ても、どれだけ成功できたとしても、
    死ぬときにやり直してみたくなるのではないかと思うのです。
    それは願っても叶わないのに。やり直せないのに。

    私は就労支援のカウンセリングを受けましたが、カウンセラーの方はほぼ何の助言も下さいませんでした。1年半以上通って、殆ど助言なしでしたよ(笑)
    最初、私はカウンセラーの方から助言が欲しくて(というか本心ではどうしていいのかが分からず、助言どころか決定を丸投げしたかった。こうしなさいと言って欲しかった。)どうしたらいいですか?と聞き続けましたが、貴方はどうしたいのですか?と返していただくばかりで助言はされませんでした。
    そのおかげで、長い時間がかかりましたが、自分なりの決定が出来てとりあえず現状に満足していたりもします。

    頼らせてくれて味方でいてくれるけど、助言も導きも殆どしない。人の決定に関わる相談のプロはやっぱり本人の決定を大事にし、過度なアドバイス、誘導はしないのだなと思いました。

  4. 二条淳也 Says:

    こりーさん

    たしかに、死ぬまで分からないのかもしれませんね。別の選択をしていたら、もっとひどかったのかもしれないし……。

    助言を与えないことも、一つの手段なのかもしれませんね。

    大事な判断を委ねることの危険性、ちょっと考えさせられました。

Leave a Reply