ひきこもりと接客業。

二十代前半まで、客商売なんて絶対にしたくないと思っていた。理由はハッキリしている。「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」を言うのが恥ずかしかったからである。

私は声を出すことにとても抵抗がある。特に若い頃はそうだった。お客さんが来る度に大声で「いらっしゃいませ」を言うなんて、恥ずかしくてとてもできないと思っていた。ファーストフードでスマイルしながら「いらっしゃいませ」を言うなんてとんでもない。ひきこもり男性の多くはやたらと「清掃」と「皿洗い」をしたがるが、その背後にはこんな理由も隠されているのだと思う。

ところがある日、突然接客を担当することになった。

皿洗いで入った筈の高級割烹料理屋で、ホール担当の女性が辞めてしまったのだ。洗い場に籠もっている訳にもいかなくなり、私もホールに出ることになった。

あの時の緊張は今でもハッキリ記憶している。

とにかくお冷やを持っていくのがつらかった。途中でお冷やを落としそうになるのだ。さらに、受けた注文を記憶するのも苦手だった。ファミレスと違い、お客さんの注文を頭で暗記しなければならない。それまで単純労務ばかりしてきた私にとって、それは大変なことだった。

また、客商売につきもののトラブルが心配だった。横柄な客に怒鳴られるのではないかという懸念がいつもつきまとい、気が気ではないのだ。背中に汗をびっしょりかきながら、毎日接客をした。いつヘマをしてクビになるか、その心配ばかりしていた。

ところが、意外や意外、私の評判は良かった。

人が怖いために、極端に卑屈に接客していたのだが、この姿勢が「腰が低くていい」とプラスに評価されたのだ。常連客のサラリーマンのなかには、私のことを、

「淳ちゃん、淳ちゃん」

とあだ名で呼んでくれる人もいて、妙に嬉しかった。だんだん接客に慣れていくうちに、皿洗いなんかよりお客さんと接したいと思うようになった。

ひきこもり男性の多くは、とにかく客商売を嫌うが、ものは試しでやってみればいいと思う。もしかしたら、そこに意外な楽しみが見つけられるかもしれない。

人間に慣れるという意味でも。

2 Responses to “ひきこもりと接客業。”

  1. kyotosometime Says:

    こんばんは。
    私も浅い関係だけの接客業なら、何とかなった方です。

    親密な関係を要求される、対同僚の方が、はるかに苦手でしたね。。

    ああ、そう。コールセンター(受信専門)の仕事は、各自がパーティションで区切られていて、お客さんとだけしゃべり続けていれば良いので、人によっては、かなり楽な仕事にも成り得ますよ。
    思いついたこと書いてみました。

  2. 二条淳也 Says:

    kyotosometimeさん

    こんばんは。

    へえ、kyotoさんも接客業の経験アリですか。たしかに、ある意味、同僚との関係のほうが大変ですよね。

    コールセンター、電話口で相手からきつい言葉を投げかけられることもあるのではないでしょうか。女友達が電話番号案内のセンターで働いていたのですが、「広島弁なんかはすごいきつい口調だから、責められると傷つく」ようなことを言っていました。

    どんな仕事でもつらいことはありますね。

    それにしても、kyotoさんからコメントが来ると、ブログを更新したくなるのが不思議です(笑)

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