「正社員にならないか?」

今まで三十以上の仕事を経験してきた。そのほとんどがアルバイトだったけど、どこへ行っても、

「正社員にならないか?」

と言われてきた。工場でバイトしていた時も正社員の誘いを受けてきたし、寿司屋でバイトしていた時は正式に寿司職人になるように誘われてきた。

もしかしたら、私はそれなりに仕事をこなしてきたのかもしれない。「仕事ができない」「使えない」と思っていたのは自分だけで、実は案外人並みにやってきたのかもしれない。

だが、バイトをしている最中は、とてもそんな前向きな心境にならなかった。バイトか正社員かという雇用形態にまで神経が回らないのだ。

「明日職場に行って挨拶が返ってこなかったら辞めてやろう」

そんなことばかり考えていて、とてもじゃないが正規雇用になることまで考えられなかったのだ。

もし正社員になったら、今の仲間たちと「正式に」付き合わなければならない。そう思うと、どうしても正社員の誘いを受け止める気持ちにならなかった。

今考えれば、済まないことをしたと思う。勿体ないというのではなく、ただただ、済まないと思うのだ。

寿司屋でお運びのバイトをしていた時、親方がしきりに、

「二条くん。職人になる気はないか?」

としきりに訊いてきた。この親方は私のことがとても気に入ったらしく、職人さんには怒鳴り散らすのに、バイトの私にはやたらと優しくしてきた。ミスをしても私だけ叱られないし、食事代を払ってないのになぜか私にも食事が提供された。お運びの女の子がお皿を割ると大声で叱れたのに、私が割ると真っ先に「怪我はないか!」と心配された。

今まで悪いことばかりだと思っていたのは間違いで、実際はかなりの優しさも受けてきたのかもしれない。「悪いことが起きていないとかえって心配になる」という元来の性質がそう思わせてきただけで、実は私の人生にもけっこう良いことはあったのかもしれない。

行くとこ行くとこほとんど全ての所で正社員の誘いを受ける人というのは、実はけっこう珍しいのかもしれない。私は少なくとも「人並み」に仕事をこなしていたのかもしれない。人間関係さえクリアすれば、私も正社員になれたかもしれないし、なれるかもしれない。

今さら正社員になる気はないが、もう少し自分を正当に評価できるようになりたい。

正社員に誘ってくれた人たちのためにも。

4 Responses to “「正社員にならないか?」”

  1. kyotosometime Says:

    >もう少し自分を正当に評価できるようになりたい。正社員に誘ってくれた人たちのためにも。

    そうなって行かれると良いと思います。

  2. 二条淳也 Says:

    kyotosometimeさん

    ありがとうございます。

    これからもよろしくお願いします。

  3. なずな Says:

    二条さん

    >行くとこ行くとこほとんど全ての所で正社員の誘いを受ける人というのは、実はけっこう珍しいのかもしれない。

    珍しいというよりも、二条さんは、周囲の人から評価、期待されていたのだと思います。この文章を読んで嫉妬を感じた人もかなりいるのではないでしょうか。

    私はどちらかというと、二条さんに正社員を打診した人達に近い考え方だと思うので、彼らの気持ちがよくわかります。正社員として打診するというのは、あなたの仕事ぶりに信頼できるものを感じたのだと思います。そして、あなたに可能性、将来性を感じたのだと思います。

    たくさんブログを読ませていただいて、ひきこもるタイプの人は、分別の範囲が大きいのかな、そして物事を決めつける傾向が強いのかなと思いました。

    自分は仕事ができる、できない、一つの判断しかないのでは?

    実際は、「◯◯の仕事はできていない」、「××の仕事は人と同じようにできている」とか、もっと細かく判断できることだと思うんです。「遅刻をしたことがない」「病欠したことがない」というのであれば、それも仕事ができるという能力の一つだと思うし。

    それなのに、例えば、お皿を割ってしまった、という事件があったとして、俺は仕事ができない、と決めつけてしまってはいませんか。

    例えば、二条さんが正社員になったとして、何か失敗して、自分を責めて、「だから俺は正社員なんか向いてないと思ってたんだ。それなのに、Aさんが熱心に勧めてきて、もし正社員にならなければ、こんなに仕事も任されなかったし、こんなミスもしなかったし、こんな気持ちにならなかったはずなのに」、と思ってしまいそう。

    部下のミスなんて、上司も会社も折り込み済みですよ。それでも指摘するのが彼らの仕事ですから。

    私は二条さんの真面目さに将来性を感じ、期待した人が、二条さんに去られて、どれだけがっかりしただろうかと思います。多分失恋に似た感情を抱いて、かなり落ち込んだと思います。

    いま私が伝えたいのは、断った事実を責めるのではなく、あなたは既に他人から十分な評価を得ていたという予想が事実だと認識して良いということです。それって、すごく自信をもっていいと思いますよ。もし、正社員になって、うまくいかなくて、やめたとしても、正社員に一度はなれた人と正社員の打診もなかった人とでは差があります。

    自分から言い出したのではなく、先方から言い出してきたということは、あなたに期待してくれて、「あなたを育てる覚悟を持ってくれた」ということだと思います。

    部下を持って部下が育つまでは、いったんは上司の仕事は重くなります。だから部下を持つのも部下を育てるのも、面倒くさいことなのです。途中で一度はイヤになります。ああ、なんでこいつを部下にしちゃった、なっちゃったんだ、と。あなたも、いいと思って初めた仕事、好きになれると思った相手でも嫌になることはあるでしょう。それは相手も同じなのです。だから相手が見せた、相手があなたをイヤになった「一瞬」を見て、「これが俺に対する評価の全てだ」と、思わないで欲しいです。

    自分とまったく同じではない人物だからこそ、自分が苦手なことが得意だったりして助けられたりします。自分と違う人物だからこそ、自分の体が存在していない場所で自分の代わりを務めてくれます。部下がなにかをできるようになることは、自分が何かできるようになるよりも難しい。だから部下に感じる喜びは自分のそれよりも大きいです。

    あなたを社員にしたい。そういう人に出逢えていること、そういう人から正社員にエントリーしてもよいという評価をもらえたことの価値を、あなた自身に認めてもらいたいです。あ、既に二条さんがブログに書いているとおりでしたね!

  4. 二条淳也 Says:

    なずなさん

    たしかに、ある種の期待は受けていたと思います。その期待が重圧になっていたことも確かで、その重圧から逃れたかったという側面はあります。

    私が去って、がっかりした人もいるとのこと。そうかもしれません。そう思うと、まずいことをしたなあと思います。

    正社員になるつもりはありませんが、正社員に誘われた経験は大切な思い出として取っておきたいですね。

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